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zoom RSS 「どぜう」「泥鰌」の読み方

<<   作成日時 : 2018/05/25 22:18   >>

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60才代以下の世代で、「どぜう」や「泥鰌」を正しく読める人は殆どいない、いや70才代前半でも同様かも知れない。正しくは「ドジョウ」であるが、今の子供達には、どんな生物かも知らないに違いない。環境省が、絶滅懸念があるとして準絶滅危惧種としたのはうなずける。「どぜう(泥鰌)」の表現j自体はいち早く絶滅している。

準絶滅危惧種にしたからと言って、如何にして種を守り、保存し、増やしていくかのガイドはない。お手上げの状態で見守るしか方策はないようである。

我々の子供の頃は、どんな田圃の中でも沢山泳いでいるのが見られた。田圃そのものも京都のような大都会でも住宅の間にあったし、徒歩圏内にある郊外には広々と広がっていたのである。田植えが終わった丁度この時期には、水田の中に多数生息していた。潜り込んでいた泥の底から顔を出して泳ぎ回る姿はどこでも見られた。

ドジョウは、「ドジョウ一匹、鰻一匹」と言われるほど栄養価が高く、また極めて美味であるため、街中の鮮魚店でも安価で販売されていたし、我々子供は郊外へ出向いてドジョウ摂りに良く行ったものである。但し、早苗を植えたばかりの水田を丸い網で掻き回したり、長靴のまま水田に入るので、農家の人から良く追い出されたりもした。

沢山生息していたものだから、持参したバケツは直ぐに一杯になる。持ち帰って隣近所にも配るのだが、食糧難時代の当時でも食べ飽きていたのか、大して喜ばれもしなかったことを覚えている。

オフクロは、鍋の中にドジョウを生きたまま入れて、ゴボウと一緒に煮込み、生卵をかけて食べるドジョウ鍋が美味だった。栄養価が高いため、余り食べると元気な子供時代は鼻血が出たものである。

近所の農家の人の話では、ドジョウが少なくなったのは農地減反政策にもよるが、肥料が人糞から化学肥料に変更されて急激にいなくなったとのことである。

水田にドジョウがいなくなっても水鳥はやって来る。今舞い降りてくる水鳥も、昔はドジョウという美味な餌がいたことは知らない。



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