視覚に訴える時代


会社時代に、日頃の自分達の仕事のやり方を改善するため、自分達で考え、提案し、実行しようという改善提案制度というものがあった。個人の発案による提案制度もあったが、会社が推奨し、推進している活動はグループによる提案制度で、仕事内容の改善と同時に、チームワークを助成する狙いもあった。従って、勤務時間中に、日常の仕事を離れて会合することも認められた。

最初のうちは、字や絵の達者な人間が、大きな模造紙に図表や文字を手書きで表示し、発表する形が一般的だったが、やがてオーバーヘッド・プロジェクター(OHP)を通して、より多くの聴衆に理解しやすい方法に移っていった。これが、パソコンの普及によりパワーポイントが利用されるようになった。

パワーポイントは、いろんな表現方法を可能にしてくれる。図表の一部拡大や矢印を挿入して移動させるなど、パワーポイント作成技能により多様な表現方法が可能である。各グループからの発表の提案内容を審査する側の一角に席を占めていた私は、説明を聞きながら飛んでもないことに気が付いた。業務改善の内容がそっちのけとなり、パワーポイントを如何に駆使するかの表現方法のコンテストになっていたのである。人の目を惹くのに力点が注がれる余り、業務改善の質の内容が薄くなって来ていた、これでは本末顛倒である。

今はテレビ時代と言われ、視覚に訴える代表的なツールになっている。何でもテレビ映りの良さが優先され、本来の技能や特技の表現が後回しになるか、甚だしい場合は無視される。如何に歌唱力が良くても、テレビ映りの良くない顔をしている歌手は画面に出して貰えない。逆に、ルックスだけが買われてテレビに引っ張り出され、聞くに堪えない音痴の音程を外した歌を我々は聴かされている。ドラマの俳優でも同様である。昔はダイコンと言われた演技力の人や台本を棒読みしているようなセリフの俳優も、テレビ映りが良ければ頻繁に出てくる。いずれも、力量よりは視覚が優先されているのである。

昔のゴジラとか日本沈没という空想映画には、特撮という手法があった。ミニアチュアのセットを本物そっくりに時間と丹精を込めて作り上げ、それを惜しげもなく壊して行くのを撮影する方法である。パソコンで、”とくさつ”とかな入力して漢字変換すると、チャント「特撮」と出る程一般的な日本語になっている。これが、今はコンピュータ・グラフィック(CG)という手法で、何でもキーボードを叩いているだけで好きな画像が創出され、動き出すのである。特撮のミニアチュア・セットを手がけた職人は、職を奪われたことになる。これも、視覚に訴える世界である。

業務改善発表のパワーポイントもコンピュータによる視覚誘導であり、音程外れの歌唱力の持ち主でも、画面に出て口だけ動かしていればクチパク歌唱をコンピュータが再現してくれる。CGもしかりである。

このコンピュータによる本質を離れた視覚に訴えるための画像処理が、論文の捏造となって科学の世界にも蔓延っているのを知らされると、何とも言いようのない気持ちになる。研究論文の世界には、かかる捏造が常態化しているのか、そもそも「論文検証サイト」とは、かかる不正を糾すための白馬の騎士の役割をするのか、それとも自分の研究の成果が得られなかった科学者達が、ヤッカミのために他人の論文のあら捜しをすることを、自分の人生をかけた仕事としているのか。何でも視覚に訴えて、本質が後回しになっている現代の汚点を見るような気がする。


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