滋賀医大管弦楽団第61回定期演奏会

毎年六月と十二月に、滋賀医科大学管弦楽団の定期演奏会がある。今回は第61回の定期演奏会で、当日の演奏の感想を求めるアンケートに、”今回で何回目のご参加ですか”と括弧の中に回数を書く欄があった。人の記憶を試すような設問とは思いながら、”自信はないが多分10回以上”と書いたが、気になって帰宅後同楽団のホームページで過去の演奏会を調べて見た。初めて参加したのが2006年6月の第44回定期演奏会だったことが判り、その後欠かさず出席しているので、早くも17回目になる。

今回のプログラムは、ボロディンの「中央アジアの草原にて」、シベリウスの「カレリア組曲」及び同じくシベリウスの「交響曲第二番」だった。特に、「交響曲第二番」は、感想アンケート中の”演奏して欲しい曲”の設問に、マーラーの交響曲第一番やベルリオーズの幻想交響曲と一緒に毎回並べて記入して希望していたので楽しみにしていた。マーラーの「巨人」とベルリオーズの「幻想」は、楽器編成が多彩なだけに無理な希望かと思っているが、シベリウスの「第二番」はいずれ取り上げられる予感はあった。

まず「中央アジアの草原」は、大草原の向こうから隊商が現れて来て、やがて目の前を通り過ぎ、遥か彼方に消えて行く光景を、音楽は静かに始まり、クライマックスに達し、また静かに終わる起伏の大きな曲であり、多くの演奏はそのように表現しているが、今回の演奏はそのような立体的な表現ではなく、ごく平坦な印象を受けた。

むしろ、次の「カレリア組曲」第一曲目の”間奏曲”が、まさにうねりの豊かな演奏だったので、同じように「中央アジア」にも表現されれば良かったのにとの思いがしたが、これは指揮者の解釈によるものかも知れない。聞く方の私としては、「カレリア組曲」のテンポの良い演奏に好感を持った。

さて、お目当てのシベリウス「交響曲第二番」である。好きな曲が演奏されると期待感が高まるのは、他のオーケストラの演奏会でも同じである。その結果、満足する場合と不満を覚える場合の両方がある。かって若い頃、”関響”の愛称で呼ばれた関西交響楽団の演奏会の後、数人のグループで指揮者の朝比奈隆と楽屋で話しする機会があった。その時に私が、「いつもレコードで聞き慣れているテンポから、この曲はこんな演奏でないといけないと思うものだが」と、一般にスローテンポと言われる氏の演奏手法の理由をそれとなく聞いて見ると、「フルトヴェングラーやワルターの演奏がその曲の絶対的な再現ではない。耳がタコになっている人を、どのように説得するかがその指揮者の任務である」との説明があった。

私が持っているシベリウスの「交響曲第二番」のCDは、バーンスタインがウィーン・フィルを指揮したものである。好きなものだから何回も何回も聞いて、この曲はこう演奏されねばならないと、それこそ耳がタコになっている。ここで、滋賀医大管弦楽団とウィーンフィルを比較するものではない。ただ、演奏されたテンポ・展開が、この曲の壮大なスケールの曲想を再現し、手持ちCDで聞き慣れた曲と殆ど違ったものでないことに満足した。その意味では、いままでの定期演奏会で聞いた曲の中では、チャイコフスキーの交響曲第一番「冬の日の幻想」と並んで、立派な演奏だったと思った。


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