最後まで話せないこと


朝刊の地域面に、“おくやみ”の欄がある。県内で亡くなった人の名前と没年が出ている。自分と同じ市内に知っている人の名が出て驚くことがある。最近は、90才代や時には100才を越える人が多くなった。長く生きていたと思っていた夏目漱石が49才、野口英世が52才、与謝野晶子が64才で亡くなったことを思うと長生きするようになったものと実感する。

男性で90才代と言うと、大部分の人は兵役の経験者に違いない。中には外地で終戦になり、長年抑留暮らしをした人もいる筈である。それらの人々の言語に絶する生活は帰国後良く語られて記録や書物に残されている。

一方で、何かと議論になっている南京大虐殺や死の行進、連合軍俘虜虐待の加害者に加わった人もいる。こちらの方は、後年批難される行為の実行者だから、進んで事実を公表することは出来ない。自分の意思でなくても、手を下した以上口を閉ざすのは人情である。この結果、後年の研究者は僅かに残された資料により推量した歴史が作られる。ご自身が読めば明らかに間違った記述があっても口が出せない。

とっくの昔に戦争犯罪の処理は終わり今では時効となっていて、誰も糾弾することが出来ない内容でも、事実を述べることをしないし出来ないのである。刑事犯罪で迷宮入りをした事件の実行犯も死ぬ前に、「実はあれは私がやりました」とは言わないのと共通している。人間には最後まで自分を守る、自分を飾る習性があるようである。

私には、こんな“墓場まで持って行く”負の経験なしに人生の終焉を迎えられそうなことだけが自慢になりそうである。




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