南シナ海紛争裁定に残る疑問

中国の南シナ海への強引な進出に対し、国際仲裁裁判所は国際法違反の裁定を下した。中国は法に従う姿勢がなく猛反発をしているが、国際社会の冷たい目の中に曝されることになる。ただ、中国の立場に立つ意図は更々ないが、何故この地域を『南シナ海(South China Sea)』と国際的に呼ばれているのか、何か中国の歴史的な足跡がないか、気になって調べて見た。

日本のウィキペディアでは、1935年に当時の中華民国国民党がブルネイ島近海に進出したが、国内の混乱のため実効支配が出来ず、その後南沙諸島を支配していた日本海軍が敗れて現在の中国に移ったとある。しかし、日本の歴史は都合の悪い部分は触れない傾向がある。米国のWikipediaを調べた。

流石に話は古く、紀元前1046-771年の西周王朝の時に、周辺の原住民部族より引き継いだが、当時は南方海として南海・漲海・沸海と区分されていたとの記述がある。国際的に南シナ海と呼ばれたのは、16世紀になってポルトガルが中国への商業航海ルートを開いたのが初めとされている。但し、中国の権益がある海域を通過という意味ではなく、中国行き航路という意味から来たものらしい。

赤い舌といわれ、中国本土から遠くフィリピンやインドネシア近くまで延びる海域に何故中国が進出するのか素朴な疑問があったが、度重なる王朝の変遷により実効支配はしなくても、何らかの形でツバをつけ、それが南シナ海の呼称になっていないか検証の必要がある。

李克強首相は、日本は当事国でないので口出しするなと牽制しているが、国際的に認められた公海として、頻繁に日本船舶が往来している。立派な当事国なのである。





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