心に響かない名曲


あるブログに、「ベートーヴェンの交響曲は全部楽しめるが“英雄”だけはちっとも面白くない。メロディーも魅力的でないし、オーケストレーションも地味だし迫力ある聞かせどころもない」とあった。乏しい初給料から念願のこの曲のレコードを買った私から見れば、どんな耳の持ち主?と同情する。

「ショパンの“舟歌”(バルカローレ)は聴いても良く分からない、何だかたらたらした、盛り上がりに欠ける曲」というのもあった。私の好みの曲を二つまでけなされた気持ちになる。演奏時間の長短の違いはあるが、双方共好んで繰り返し聴いて来たからか、最後まで口をついて出る程頭に叩き込まれた名曲なのに何故かと思う。

私の会社時代の先輩でクラシック音楽に造詣が深く、ご自身でピアノを弾き、自宅のホームシアターで交響曲を流しながら指揮棒を振る程の人が、「ベート-ベンのピアノ協奏曲第二番ほどつまらない曲はない。天才の駄作だ」と言う。私は牧歌的で美しいメロディーの第二楽章、晩年の弦楽四重奏曲第16番の終楽章を彷彿させる諧謔的でリズミカルな第三楽章を持つこの曲が好きだが、人により感受性が違うようである。

“美という言葉に客観性はない”と良く言われる。誰もが同じ美意識を抱くことはない。名曲から受ける感覚も人により異なるのは当然で、他人に強制するものでない。では私にはどんな曲でも受入出来るかと言えばそうではない。ショパンなら何でも好きの私でも、彼のチェロソナタは何回聴いても胸に響いて来ない。好き嫌いの問題ではなく、その曲が自分に受け入れられるかどうかの違いである。




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