対馬から盗まれた韓国の仏像
自民党二階幹事長が、釜山の日本総領事館前の慰安婦像設置問題に対し、「韓国は大事な国かも知れないが、話し合って行くには面倒な国だ」と述べたらしいが、今までの我慢にも限度があるという本音が滲み出ているのが良く判る。理屈や常識では対処出来ない国民性である。
今回は、韓国の裁判所が韓国政府に対し、韓国人が対馬の観音寺から盗んで持ち帰った金銅観音菩薩坐像は、元々は韓国の寺の所有物だったので日本に返還する必要はなく、韓国の寺に引き渡すよう命じる判決を下したというのである。まるで他国が所有していたものを盗んだ行為が正当化され、窃盗品を喰らい込むのは正しいとの解釈である。
もっと呆れるのは、当該の仏像は14世紀に韓国の寺から倭寇に略奪されたものだから、所有権は韓国の寺にあるとの理屈である。
根拠のない14世紀の略奪を今の司法判断に持ち出すとは、一種の精神病的思考である。これが通るのなら、日本の国宝級美術品がフェノローサにより二束三文で持ち出され、ボストン美術館やメトロポリタン美術館にある歴史的芸術品は日本に返還出来るし、ピサロにより略奪し持ち出されたインカの多量の黄金を、ペルー政府はスペインに返還要求出来ることになる。
尤も、フェノローサは明治維新前後の混乱期に、当時の日本人が今のタリバンのように古来の芸術品を破壊しているのを懸念して海外に逃避させた美談とされているが、本当は対馬から仏像を盗み出した韓国人と同じだったかも知れない。
いずれにせよ現代の韓国人の精神構造は、正常な思考力を持つ世界の人々には理解出来ないものである。
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