ヒットラーはサリンに不賛成


アウシュヴィッツのガス室で6百万人ものユダヤ人を虐殺したヒットラーであるが、第二次世界大戦中にサリンガスを使用するのには賛成しなかった。ドイツでは既に1943年にサリン製造工場を持っていたのに何故か?長年のミステリーであった。

ワシントンポスト4月11日付電子版にその解説がある(こちら)。

ヒットラーは、化学兵器を使ったシリアのアサド大統領ほど残忍冷酷ではなかったという訳ではない。歴史家や精神医学者達は、ヒットラーが第一次世界大戦の時にマスタード・ガス攻撃の犠牲になった自身の経験から来ていると見ている。

有毒ガス攻撃に会ったヒットラーは、防空壕から出た時に同僚と共に突発的な盲目状態になり、お互いに手探りで逃げた。明け方になるに従って痛みが出始め、15分毎に痛みが激しくなり、午前7時には両眼が焼け焦げたようになり、やがて石炭が灼熱するように燃え上がった後、何も見えなくなった。病院に運び込まれて気が付いた時は、第一次世界大戦でドイツの敗戦を知らされた、と彼の著書「我が闘争」に記述されている。

これだけで、ヒットラーがサリン使用に消極的だった理由ではない。彼の天敵である英国のチャーチルも化学兵器を保有していた。化学兵器は一瞬にして殺人を犯すのではなく、影響を受けた人は未来永遠に悲酸な後遺症に苦しむことになる。もし、ヒットラーがサリンを使えばチャーチルは手持ちの化学兵器で報復する。その時自国の兵士はどうなるか。

戦争とはチェスのようなものである。ヒットラーは手持ちの駒をムダにする戦法を取りたくはなかったのが理由とされている。




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