「年寄りは年寄りらしく」
ある中国メディアの“中国人から見た日本人”の記事の中に、次のような一文があった。
私の祖母が亡くなったのは私の中学生の頃で、年齢70才だった。近所の人達から「お元気だったので長生きされましたね」と良く言われたが、晩年は立ち居振る舞いがヨボヨボで、当時としては長寿の部類だった。いつもネズミ色の着物とモンペ姿で腰を曲げて歩き、灰色の髪を後ろでダンゴに束ねた姿が印象に残っている。彼女(自分の祖母を“彼女”と呼ぶのは、恐らく初めてである)より年下の60才代の婆さん(当時は)も共通のスタイルだった。
英語で“gray”には「高齢者」の意味がある。髪の毛が灰色になるところから来た言葉らしいが、当時の日本の老婆は髪だけでなく衣服まで灰色だった。要するに、全体の印象が灰色で、唇に紅を差すなどは精神異常者でも論外だったに違いない。要するに、今の中国のように、「年寄りは年寄りらしく」が正常な感覚だったのである。
ところが現代は80才・90才代でも資生堂の陰謀か、化粧は欠かせない。化粧だけではない。グラウンドゴルフ場での70才・80才代の女性の衣服はカラフルで、遠目には女子高生の集まりと変わりがない。ナマ足を見せることがないだけの違いである。
祖母に見た“灰色の世代”のイメージは完全に消し飛び、「年寄りらしい」ルールは無くなった時代である。
日本の高齢者は中国と比べて「おしゃれで優雅」だと感心している。日本では、80歳のお年寄りもお化粧をしてカフェでくつろぐが、中国では「年寄りは年寄りらしく」というルールに縛られているのが日本との違いである。
私の祖母が亡くなったのは私の中学生の頃で、年齢70才だった。近所の人達から「お元気だったので長生きされましたね」と良く言われたが、晩年は立ち居振る舞いがヨボヨボで、当時としては長寿の部類だった。いつもネズミ色の着物とモンペ姿で腰を曲げて歩き、灰色の髪を後ろでダンゴに束ねた姿が印象に残っている。彼女(自分の祖母を“彼女”と呼ぶのは、恐らく初めてである)より年下の60才代の婆さん(当時は)も共通のスタイルだった。
英語で“gray”には「高齢者」の意味がある。髪の毛が灰色になるところから来た言葉らしいが、当時の日本の老婆は髪だけでなく衣服まで灰色だった。要するに、全体の印象が灰色で、唇に紅を差すなどは精神異常者でも論外だったに違いない。要するに、今の中国のように、「年寄りは年寄りらしく」が正常な感覚だったのである。
ところが現代は80才・90才代でも資生堂の陰謀か、化粧は欠かせない。化粧だけではない。グラウンドゴルフ場での70才・80才代の女性の衣服はカラフルで、遠目には女子高生の集まりと変わりがない。ナマ足を見せることがないだけの違いである。
祖母に見た“灰色の世代”のイメージは完全に消し飛び、「年寄りらしい」ルールは無くなった時代である。
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