森山加代子と昭和のポップ曲


一時代を風靡して今は名前も聞かなくなった人の訃報に接すると、「アレッ!まだ生きていたの?」と不謹慎な気持ちが起こる。昨日聞いた森山加代子の死亡ニュースもその一つである。ただ、彼女は私より2才年下だから同年代と言える。

彼女の「月影のナポリ」という歌がヒットしたのは私のまだ20才過ぎだった。半世紀以上も前の「リンリンと胸の鳴るリンリン・・・」の軽やかなメロディーが鮮やかに蘇ってくる。当時の彼女は今でいうアイドル風の顎の下に大きなホクロがある可愛い女性だった。

今でも“昭和の歌”と繰り返しテレビで放映されるように、この時代は国産歌謡曲の宝庫で次から次へと名曲が今に至るも歌い継がれている。それで十分なのに、当時は欧米の軽音楽のヒット曲が輸入され、日本語に吹き替えられてあたかも国産歌謡のように受け入れられた。江利チエミの“テネシーワルツ”や“トゥヤング”、雪村いずみの“遥かなる山の呼び声(映画シェーンの主題曲)”などを皮切りに、ペリー・コモの”パパはマンボがお好き“を俳優の高島忠夫が歌うなど、日本の数ある歌謡曲のヒット曲と同時並行して数多く歌われた。ザ・ピーナツの多くのヒット曲の内、どれが国産でどれが輸入ものか判らない友人もいた。

それら輸入ヒット曲も、今では昭和の歌謡曲として受け継がれている。森山加代子の「月影のナポリ」もイタリアの歌で、米国を経由して日本にやって来たと聞いていた。米国のポピュラー音楽に混じって輸入されたものらしい。

森山加代子の訃報は、そんな半世紀前の日本の歌謡環境を思い出させてくれた。彼女には“白い蝶のサンバ”という大ヒット曲も持っているが、私が好きだったのはやはり“月影のナポリ”である。




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