日本中に知られた大津三事件



お隣の大津市、琵琶湖畔の県道の丁字路で乗用車同士が衝突し、内一台が信号待ちの保育園児の列に突っ込んで死傷者を出した事件から5日。今でも全国ニュースとして連日ワイドショーや新聞で取り上げられ、事故の直接的原因となった右折車の運転への警鐘の意味があるようである。

交差点での車同士の衝突事故で一番多いのが、強引な右折による反対車線の直進車との衝突である。「伊予の早曲がり」とか「松本走り」という“右折ファースト”のローカルルールを想起させる。右折時の瞬間的な判断と運転操作、緊張感はハンドルを握る誰もが経験するものだけに、身近な問題として今回の事件が全国のドライバーに右折時の注意を改めて再認識させる教訓となった。

大津から全国に問題提起された別の事件として、8年前の“大津中いじめ自殺事件”がある。中学校で同級生から執拗ないじめに遭って自殺した生徒に対する学校側の対応である。事件発生当時は、加害者生徒の父親がPTA会長であり、母親が女性団体連合会会長とあってか、学校と教育委員会の対応は及び腰だった。「自殺は家庭環境が原因」と一蹴したり、「いじめた側にも人権がある」と聞き取り調査もせず、世論に押されて実施したアンケートの結果も公表しない徹底的な隠蔽行為が世間の反発を加速させた。

真相解明に当時として異例の第三者委員会も組織され、遂にはこの事件を糸口に国会でも取り上げられて「いじめ防止対策推進法」が可決され、全国の学校いじめ問題対応の先駆けとなった。

極め付けは、明治24年5月に大津市で起きたロシア帝国ニコライ皇太子に対する警護警官による暗殺未遂事件である。世界の大国の将来のロシア皇帝に、新興国日本が犯した犯罪だけに外交上の難問だけでなく、即時武力攻撃を受ける恐怖が広がった。当時の明治政府の閣僚は押しなべて犯人の死刑を迫ったが、時の大審院院長(現在の最高裁判所長官)は「日本は法治国家であり、刑法に外国皇族に対する規定はない」と政府に反発して無期懲役とし、司法権の独立を守った。日本近代史の中で広く知られる「大津事件」である。

大津の事件は暗い話ばかりだが、いずれもそれを将来に対する教訓と捕え、改める礎となれば救われる。中でも「大津事件」の司法権独立精神は、政権に対する忖度の匂いがする日本や韓国に是非再認識して貰いたい例である。



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