第4次安倍改造内閣と学歴
日本は何故無意味な学歴偏重社会から脱却出来ないか。広範囲な識者、評論家の提言にも関わらず頑なな日本文化として定着している。優秀な人材獲得の尺度とされていながら、出身校の名前だけが基準で、どんな専門課程、学部で習得したかの肝心の部分が省略されているので、全く意味のない尺度である。
随分以前に月刊誌文藝春秋の中に、立花隆の「私の東大論」が長期連載され、私の愛読作品だった。その冒頭部分に、「東大は明治維新の幕開け時に、昌平坂学問所から紆余曲折の改組を経て設立された経緯の中に、官僚養成の目的もあった」との記述がある。官僚だけでなく多くの政治家が東大卒で占められていた根源がここにある。
私は人の学歴には全く興味はなく、むしろ無関心であるが、日本近代史の中で政治家と東大の奥深いつながりから、今回の安倍改造内閣陣容の学歴を眺めて見た。結果として今回任命された閣僚20名の中で、東大卒は加藤勝信厚生労働大臣と西村康稔経済再生・社会保障改革の二人だけだった。他に、代々大臣を多く輩出した京大卒は1人、早大は2名となっている。
今回は女性閣僚は2名だけで、「女性が輝く社会」は相変わらず掛け声のみの男性偏重の本音が出た陣容だが、学歴偏重社会の解消という観点では先導的な姿勢が伺えて評価できるのではないか。尤も、首相ご自身の経歴から学歴には無関心だったかも知れないが。
日本の大臣は、他国のように公聴会で民意を問うシステムにはなっていない。議員経験年数と選挙当選回数という定量的な基準があるだけで、民意よりむしろ派閥の長の意向が尊重される。従って、任命された閣僚の身体検査は野党やメディアの手に委ねられている。今回の初入閣は13人で昨年の12人を上回る新記録となった。
マナイタの上に載る人材は豊富である。毎回数人の犠牲者が出る。今回は人数が多過ぎて身体検査に手が回らなくなることを睨んでの任命というのは考え過ぎだろうか。
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