パウル・バドゥラ=スコダの死



パウル・バドゥラ=スコダ。久しくお目にかからなかった名前である。久しぶりに聞いたと思ったら、最近のニューヨーク・タイムズの訃報欄だった。91才とある。イエルク・デムスとフリードリッヒ・グルダと共に「ウィーン三羽烏」の一人として世界的に知られた名ピアニストだった。

パウル・バドゥラ=スコダはPaul Badura-Skoda が実名だが、日本語で表示される場合は何故かバドゥラとスコダの間に(=)を入れて表記される。モーツアルトやベートーベン、シューベルトを得意としたピアニストだったが、私は「ウィーン三羽烏」については共通してシューベルト弾きとして愛聴している。身辺整理の断捨離で身を切る思いで捨てたCDの中に、バドゥラ=スコダの演奏が沢山あった。

まだ夜の大学に通っていた頃、昭和36年だったと記憶しているが、パウル・バドゥラ=スコダの演奏会が京都会館であった。貧乏学生だったが、一生の間にナマで聴く機会はないと思い切って出席した。欠席したことのない学校の授業も止むを得ず欠席した。当日はシューベルトの四つの即興曲など私の好きなプログラムが組まれ、文字通り至福の時だった。

翌日の授業に米人講師による英会話の授業があり、各自英語による自由な一口話を2~3分で順繰りに披露する時間があった。この講師の定番の授業プログラムで、各自が話した内容を発音・表現方法・文法的に矯正してくれる人気講義である。この米人講師は、教員官舎の自分の部屋にグランドピアノを置いて毎日練習する程の音楽好きである。私の順番が回って来た時に、「昨日はパウル・バドラ=スコダの演奏会に行った。お気に入りのピアニストによるお気に入りの曲を聴いて興奮した」と話したら、一瞬私の目を凝視して「Really?(本当か)」と聴くので、胸を張って「本当だ」と言うと羨ましそうに目を泳がせていたのを覚えている。先生もバドゥラ=スコダのファンだと言っていた。

50年以上の前の話だが、訃報に接して当時の教室の風景が蘇って来た。三羽烏の内、イエルク・デムスは今年の4月に亡くなった。毛糸の縁なし帽子をかむって演奏するフリードリッヒ・グルダは2000年に入って早々他界している。最後に残ったバドゥラ=スコダも逝って、20世紀の名演奏家がまた鬼籍に入ってしまった。





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