ラグビーの煩雑なルール



若い頃から、自分の体力では対応出来そうにないと本能的に避けて来たラグビーだけに、関心が低かったためか、未だに詳しいルールを知らない。テレビの実況で解説者が折に触れて説明してくれる範囲内なので、ルールに対する知識は一貫性のない断片的なものである。何故スクラムを組むのかは未だに判っていない。


今度のワールドカップで、ゲームと直接関係のなさそうなニュージランドチームのハカという行為も国際ラグビー連盟で公式に認められたもので、一定のルールの下に披露される儀式であることを知った。ニュージランドの他に、サモア・フィジー・トンガのみに認められていて、チームの士気鼓舞のため他のどの国でも取り入れて良いものではないらしい。ハカが先住民族の伝統を継承したものとして認められたものである。


ハカは自軍に気合を入れるのと、戦いを挑む相手を威嚇する意味合いがあるのに加え、相手に敬意を払うものとして、紳士のスポーツに相応しいとされているが、怖い顔をして歯を剥き出し睨みつける行為からは余り信じられない気がする。


ハカで挑戦を受ける相手は、10メートル以上離れてニュージランドチームと相対するのがルールとされている。真面目にハカの威嚇を大人しく受けて立つのもラグビーの紳士的な姿勢といて微笑ましい。以前、「勝手に踊っていろ」と無視して受けて立たなかったチームがあり、ルール違反と罰則を喰らった例もあるらしい。


ところが今回のW杯で、準決勝でニュージランドと相対したイングランドが、V字型のフォーメーションを組んで対峙し、両端に並んだ選手6名がハーフウェイラインを越えたのはルール違反として連盟から罰金を言い渡された(英国BBC電子版こちら)。


ラグビーのルールは複雑だが、競技以外にもこんなルールがあったのである。ところが、この罰則はニュージランドからの苦情を受けたからではない。当のニュージランドは「イングランドの行為そのものは何ら問題ない(No problem at all)」と受け流したという(英紙ガーディアン電子版こちら)」。誠に紳士らしいラグビーチームの清々しい対応ではないか。










八千草薫の蝶々夫人


八千草薫.bmp


私は17歳だった。繁華街の映画館の前を通りかかると、「近日上映、蝶々夫人」の看板が掲げられている。当時の私は映画ファンでそれも洋画中心、この映画館も洋画専門だった。蝶々夫人は日本が舞台であることは知っていたが、洋画専門館に着物姿の若い女優の看板が登場するのは珍しい。その若く美しい女優が主役の蝶々夫人を演じる当時24歳の八千草薫だった。


映画「蝶々夫人」はドラマではなく、有名なプッチーニの歌劇の舞台をそのまま映画化したものと聞いて、当時からクラシックファンだった私は封切りと同時に駆け付けた。ただ、当時はこのオペラの中で知っている曲と言えば、蝶々さんの有名なアリア「ある晴れた日に」と合唱団の静かな「ハミング・コーラス」の二曲だけだったが、看板に出ている八千草薫の余りの美しさに誘われ、この機会にオペラ全編を見ようという気になったものである。


映画は日伊合作。主役の蝶々さんを裏で歌うのはソプラノのオリエッタ・モスクッチで八千草薫は姿を出すものの口パクのみ。セリフはなく着物姿で演技するだけだった。しかし、その姿はまさにプッチーニが描いた蝶々さんのイメージそのものの可憐さで、世界の蝶々夫人ファンの溜息をつかせたという。


ただ、八千草薫は余りに楚々とした小柄で、ソプラノのオリエッタ・モスクッチの豊かで堂々とした声量と、顔と声がそぐわない感もあった。その後私は歌劇「蝶々夫人」をナマやテレビで何回か見たが、外国人ソプラノの主役は概して大柄のグラマーが多い。良くもあれ程大きな超LLサイズの着物が作れたものだと感心する衣装で歌うので、おおよそ可憐な蝶々さんのイメージとは程遠い。映画の八千草薫の蝶々さんはその意味で、イメージそのものの適役で、当時の言葉でいうテクニカラーの総天然色がひと際美しさを表現していた。





「終戦時10才で戦争体験者か」と言えるたわごと



戦後生まれは日本総人口の83%を越えたと言われる。その中で10月25日毎日新聞に、音楽評論家湯川れい子(83)の「日本国憲法第9条は国の宝」との発言を中心として、平和への道を危惧する特集記事があった。


「戦争を止めるのは、戦争を知っている人しかいない」といわれる世代が年々少なくなって行く。「人生の残り時間」の減少を実感する焦燥感が満ちている。今年の憲法記念日に、「私は戦争経験者。憲法9条は日本の宝、世界の宝です」と集会で呼びかけた。ところが、今月の臨時国会で安倍首相が憲法改正に強い意欲を示した所信表明に対し、「もう怒りしかありません。戦争であれほどの人が死ぬ過去の過ちを犯した。人間に反省はないのか」と言う。


ところが、この発言に対しインターネット上で、『戦争体験者と言うが、終戦時10才ほどで戦争の何が判るのか』と批判する書き込みがあったと聞いて一瞬絶句したと同時に開いた口が塞がらなくなった。今や日本の大多数を占める戦争を知らない世代の言葉であることは間違いない。戦争を知る世代、或いは終戦直後に生まれ、食べるものがない時期に戦災の焼け跡で育った世代から出る言葉ではない。


こんな破廉恥な言葉を臆面もなくネット上に開陳する人は、「戦争体験者」とは“実際に銃兵器を持って戦場で戦火をくぐって来た人“と極めて狭い意味でしか捉えていないのかも知れない。


私は湯川さんよりもまだ2才年下の「戦争経験者」で、終戦時は小学生(当時は国民学校)2年生だった。それでも夜中に空襲警報のサイレンに叩き起こされて防空壕に駆け込み、空襲で夜空一面真っ赤になった光景、まるで雨が降って来たような焼夷弾の落ちる音を鮮明に思い出すことが出来る。遊び道具などまるでない時代に、大切な三輪車やスケートを「お国を守る軍艦を作るため」に没収され、リアカーに積んで持って行かれるのを見送った時の虚しい気持ちは忘れられない。


湯川さんも「9歳であっても十分見ています。黒く焼け焦げた国土にいたのは親を戦火で亡くした戦災孤児や傷痍軍人が義足を剥き出しにしてハーモニカを吹いて物乞いをしている姿を」と言っている。「戦争体験者」とは銃後にいて、芋蔓や大根の葉、カボチャの蔓、団子汁を食し、栄養失調に悩まされた国民全てを含むのである。


ネット上でこんな不謹慎な書き込みを平気で行う無見識で無知識、無定見・無常識・無教養な人間は、サーバーから実名を特定して発表し恥を晒して貰うべきである。


参考:毎日新聞記事(こちら





パソコンの怪


7年使ったWindows7のパソコンでインターネット・エクスプレスプローラが立ち上がらなくなったのが丁度1ケ月前。NECのサポートデスクから40分もの間色んな対策の助言を受けたがどれも功を奏せず最終的にはメーカー修理以外に手はないと宣言され、マイクロソフトのサポート終了も近いとあって新しい器械Windows10を購入した。


ただ、前のWin7はインターネットが出来ないだけで、電子メールやエクセルなどは正常に稼働する。画面が滲んで見辛く使い勝手の悪いWin10では能率が悪いので、データ集計や文書作成、メール交換にはWin7を使い続けている。


昨日は終日大雨で家に閉じこもらざるを得なかったので、ヒマに任せて新しいパソコンを傍らに置いてネットで情報を探しながら、古いパソコンのインターネット・エクスプローラー(以下IE)の修復をいろいろ試して見た。その結果、いろいろパソコンを弄っている内に、ナント!原因不明ながらIEが応答した。


その手順を自分用の備忘録として今後のために記録して置く。


コントロールパネルから「インターネットオプション」クリックし、「詳細設定」タブを開く。以下次の2方法を試す。


1)「拡張保護モードを有効にする」のチェックを外して「OK」ボタンを押す。

2)「GPUレンダリングでなく、ソフトウェアレンダリング」のチェックを外し、同じ窓のサードパーティ製のブラウザを有効にする」のチェックも外す。


しかし、我がパソコンでは上記3項目とも初めからチェックが外れていたので、そのまま「OK」をしたが修復しなかった。実はこれは数日前にも何回もトライしていたのである。NECサポートデスクの助言でも成功しなかったので、今度は3項目とも外さねばならないところを逆にチェックを入れて「OK」した。この際、ヤケクソの措置である。


その結果、訳が分からないがIEが立ち上がったのである。画面下に「前回のセッションは正常に終了しませんでした」のサインが出て「セッションの回復」のボタンが出たが、回復させればまた立ち上がらない状態に戻る懸念があり、そのままインターネットを使い続けた。このサインは暫くして消えてしまった。


訳の分からない解決だったが、そのまま「再起動」すると修復した。


日本人にラグビーを再認識させたWカップ


現在行われているラグビー・ワールドカップで日本チームの活躍は、他のスポーツに比べて比較的注目度が低かった日本に一挙にラグビー熱を燃え上がらせた。表面上は乱暴で野蛮な印象を与える競技の中に、意外と紳士的な選手達のふるまいと厳格なルールに気付いた人が多いと思われる。


尤も、我々には決して新しいスポーツではない。社会人ラグビーや大学ラグビーは新聞のスポーツ欄を再三賑わせているし、甲子園の高校野球と同様、花園ラグビー場での高校ラグビーの名門校の名前を知っている人も多い。なかんづく、手に負えない不良生徒達を抱えた京都の伏見工業高校の生徒を更生させ、何度も全国制覇を成し遂げたラグビー部の話はテレビドラマまでになってラグビーを知らない人達をも感動させた。


しかし、日本では野球、サッカー、バレー、体操、水泳、フィギュアスケートなどに比べてラグビーへの関心度は低かったようである。それでも私の勤務していた会社は、取締役の中にラグビーのOBがいたためか、テニスと並んでラグビーに力を入れていた。関西のCリーグで、直ぐにもBリーグ入りが出来る位置にあり、会社の敷地の中にラグビーのピッチも作り、選手も大学ラグビー部の有力選手をスポーツ枠で採用していた程である。神戸製鋼OBの平尾選手を講師に招いたこともあった。


ある年、私の所属する部署に人事部からラグビーで有名な大学のラガーを受け入れてくれないかとの打診があった。我が部署は海外取引で特別の知識と経験者を揃えているので部内で馴染みにくいと断った。しかし、総務、庶務担当としてでもと泣きつかれ、止む無く受け入れたことがある。しかし受け入れてみて驚いた。第一線の経験豊富なベテランの中で裏方の仕事であるが、部内のチームワーク造りに精を出し、何よりも礼儀正しい行動が周囲の好感を得ていた。就業時間中のラグビーの練習や対外試合を認めない企業の姿勢も良く理解していた。


ラグビーの試合では、競技が終了すれば相手方とジャージの交換をするなど特異な習慣があるなど、他のスポーツにはないラグビーの「ノーサイド精神」を教えて貰った。


今回のW杯で、台風のために中止になったカナダ選手が率先して被災地のボランティアに汗を流したこと、外国チームが試合終了後に観客席に向かって日本流のお辞儀をするなど、ラグビーの美しい「ノーサイド精神」が日本にラグビーファンを急増させたのである。




千曲川



台風19号が甚大な被害を残して去ってから10日。浸水地域の水が引いて倒壊した住宅や泥に使った乗用車、流木の堆積など復興が進まない状況を放映している。今日は6か所で堤防を乗り越え氾濫し、70メートルに亘って堤防が決壊、橋も流出した千曲川の惨状を映し出していた。


千曲川の源流は遠く北アルプスの槍ヶ岳の懐、槍沢の雪渓の底から流れ出して景勝地の上高地を通る梓川と中央アルプス茶臼山から発し、中山道木曽路の奈良井宿、贄川宿を通る奈良井川が松本市西北部で合流する。ここから名も犀川となって信州平野を横切り、川中島近辺から千曲川となる。尚北上して新潟県に入って信濃川となり日本海に注ぐ日本一長い河川である。


上高地で見る梓川は、夏でも手を浸けることが出来ない程冷たく、川底の小石までくっきり見える清流で、テレビで見る増水後の濁流を生み出すとは到底思えないが、上流の梓川も犀川も信州の奥深い山岳地帯から流れ出す無数の大小の河川を受け入れるので千曲川は大河となる。しかし、今まで堤防を乗り越える程の増水は聞かなかった。


千曲川は信濃川になる手前で小諸を通過する。中学生の時に、島崎藤村の「千曲川旅情の詩」に感激して全文暗誦し、収入が得られるようになったら是非「小諸なる古城跡」を訪れて見たいと切望していた。数年の後に夢がかなえられ、友人との信州一周旅行を自分で企画して旅程に組み入れた。古城跡から見下ろした千曲川は、穏やかにゆったりとした流れであり、藤村の詠う「~砂まじり水巻き返る」光景は感じられなかったが、台風19号の影響を受けた時は、まさにそれ以上の状況だったことが想像される。





台風の時に川を見に行きたくなる心理



台風19号が過ぎ去った翌朝、いつものウォーキングに出かけた。前夜の豪雨で道筋がぬかるんでいるのを承知で強行したのは、いつも通る河川敷から見る野洲川がどの程度増水しているか興味があったからである。


今まで台風の後に良く見に行っており、ある時は異常に増水して高さ4メートル程の岸を乗り越えて河川敷が水浸しになっている光景を身近で写真に撮っていて、国交省の河川監視パトロールカーに追い出されたことがある。


今回はどのテレビ局も関東・東北地方の洪水状況を放映していたような茶色に濁った急流に比べて、野洲川の流れはいつもより速いものの、水嵩も余り増えておらず水色の美しい流れだったので、不謹慎ながら期待外れだった。


私は京都の嵯峨に住んでいた時も、大雨の後は必ず近くの嵐山へ出かけ、渡月橋の橋げたスレスレに流れる濁流を良く見に行ったものである。

 あるウェブニュースに、「人は何故台風の後に川を見に行きたくなるのか」とその人間心理や行動を研究する専門家の記事があった。


二つのパターンがあり、「単純にどんな被害が出ているか興味本位で出掛ける人」と「自分が育てている農作物などの被害状況を見るため、仕事として出掛ける人」に分かれる。


私の場合は前者の野次馬根性で、「自分には起ることはなく大丈夫な筈だ」という勝手な楽観から来る。これは「正常性バイアス(偏見)」と言われ、人には誰にもあってこれが自然環境・社会環境に適応出来る力になっている一方、災害に巻き込まれやすい原因となる。


後者の「仕事として出掛ける」のは使命感に駆られる行動で難しい問題ながら、「命の方が大事」と自制を促している。


これら興味本位、使命感を命の危険から守りながら解決するためには、ウェブカメラを設置して外出しなくても屋内の安全地帯から状況が見られる方法を提案している。しかし、電線すら来ていない河川敷では実現不能の話である。


詳しくは(こちら)のウェブ記事を参照。




今日読み終わった本―「新聞記者」


今日読み終わった本:


『新聞記者』 望月衣塑子 角川新書 2017年10月


著者は官房長官定例記者会見で、毎々執拗な質問を繰り返し、菅官房長官から「貴女の質問には答えない」とキレた答弁を引き出したことで有名になったご存知、東京新聞の記者である。数ある報道記者の中で、一般人にも良く名前を知られたのはこの人ぐらいであろう。


本書は特定のテーマを分析し解説・評論する内容ではなく、著者の自伝に近いものである。前半は物心がついた小学生頃から始まり、新聞記者になった経緯とその間の自分の考えの変遷を時系列で述べる物語である。後半は地方都市の市長が収賄容疑で逮捕された事件から始まり、日歯連事件や森友学園・加計学園の数々の疑惑追及取材など我々が記事として読んだ内容と記事にされなかった裏事情などが紹介されている。この辺りは「読み物」としての面白さが躍動している。


報道記者の華は何と言ってもスクープ合戦、その成功例や他社に先を越された失望、勇み足報道による失敗例の記述がある一方、第一線の取材記者とは違った編集部とか整理部という新聞社内の内勤部署の仕事にも触れられている。


著者の名が知られたのは官房長官の定例記者会見場である。会見は通常10分程で早い時には5分で終わることもある。その中で著者は自説か質問か判らない発言をして「質問は手短にお願いします」と司会者より注意されたが、お蔭で定例会見は25分を越えたこともあるらしい。他の記者よりも質問姿勢に批判を浴びているという。それでも菅官房長官は無表情ながら手を挙げると指名してくれるが、安倍首相の会見はいくら手を挙げても読売・産経・NHKの記者しか指名しないという他社のベテラン記者のコメントも出ている。


肩が凝らず気楽に読める本だが、終わりの部分では名前が売れて来たことによる自慢話や自己宣伝が鼻に付く部分もあった。






話題の多いサッカー・ワールドカップ



次回サッカーW杯は2022年にカタールで行われる。大会に向けてアジア予選が早くも66日から始まった。現在は2次予選が各地で開催されている。サッカーW杯は何かと話題が多いが、早くも今月10日のイラン・カンボジア戦でイラン女性が史上初めて直接観戦が認められた。但し、1万人収容可能のスタジアムで3500人に限定されたため、場外では熱狂した女性ファンが溢れたと伝えられている。


もう一つの話題は、今週火曜日の1015日に北朝鮮平壌で行われたアジア大会グループHの二次予選、韓国と北朝鮮での対戦で0-0で引き分けた試合である。前回、両チームの対戦は10年前にソールで行われ、この時は韓国が1-0で勝利した。試合終了後、北朝鮮ファンから「韓国は試合前、北朝鮮選手に毒入りの韓国料理を提供した」と根拠不明の抗議が流布された話題が記録に残っている。


今年の予選で韓国チームは平壌まで1時間足らずで行ける軍事境界線越えルートが北朝鮮より許可されず、北京経由で3時間以上かけて平壌入りをした。予選は金日成スタジアムで行われ、両国の国歌が流れ双方の国旗が掲揚されたが、ファンの入場は許可されず5万人収容能力がある競技場には観衆は一人もいなかった。韓国チームの役員も厳重な身体検査の結果数人が入場しただけで、報道陣やテレビカメラは完全にシャットアウトされた。


試合は無観衆・無中継の下で行われ双方共に無得点で終わるナイナイ尽くしだった。この北朝鮮の冷たい待遇は、過去の「毒入り料理」の仕返しなどの小さな問題ではない。一時は友好に見えた両国首脳の関係の急激な冷却化けを、予選による膨大な放映権収入、5万人ファンの入場料、応援を兼ねた韓国人の観光収入を犠牲にしても、北朝鮮側の外交姿勢として示したと受け止められている。


試合が終わって帰途の北京空港で選手団の一人が、「無事に帰れただけでも良かった。今回はサッカーの試合ではなく“戦争”だった」と話したという。


出展:ガーディアン電子版(英文こちら




通り一遍の勝利ではない



ラグビー・ワールドカップA組最終予選で、日本チームがスコットランドを下し、史上初めて決勝トーナメントに進出を決めた時は、国内を興奮と感動で沸き返らせたが、相手国の有力紙である英国ガーディアン紙も、「勝利の質が違う」と絶賛した記事を世界中に配信した。


ラグビー日本代表チームは桜のジャージで代表されるように「桜」のCherry blossomをもじって英語では“Brave blossoms”が伝統的にチームの愛称となっている。ガーディアン紙の記事も「ブレイブ・ブロッサムスは、極めて困難な周囲の状況下でスコットランドと勇敢に闘い劇的な勝利を収めた」で始まり、超弩級の台風19号の来襲とその大きな被害状況を絡めた密度の濃い見事な内容となっている。


予想される大型台風のため、スコットランド戦が中止になれば、日本は自動的に決勝トーナメント進出の権利が得られるにも関わらず、日本チームは決然として試合決行を希望した。それも、中止になった場合スコットランドが法的措置を取るとの発表に影響されたものではない、ホスト国としての誇りと世界に日本の実力を示したい強い意志があったためとしている。


『舞台となった横浜スタジアムは、鶴見川の氾濫から物理的に市内を防御する立地となっていた。そのため関係者は吹き荒れる暴風雨の中を競技場に泊まり込み、ロッカールームやピッチにまで浸水し始めた初期の段階から排水作業に取り組んだ。組織委員会は、政府や県庁と電気・水道・道路・交通機関などとも幅広い調整を行い、困難な環境下で試合開催に取り組んだ。これらはまさに開催国としての日本の“おもてなし”の姿勢だった』と報じている。


ガーディアン紙はご丁寧にもここで“おもてなし”の解説までしている。『“おもてなし”とは英単語で一言で表現するとすれば逐語訳として、“hospitality(親切な接待・歓待・厚遇)”で済ませることが出来るが、記者が4週間日本に滞在した経験から、その表現だけでは不十分であり、“遠来の人を喜ばせ楽しませるために、自己最上級のベストを提供する”ことであることが分かった』


何度も繰り返し読ませる内容の濃い記事であった。


参考:ガーディアン電子版(英文こちら





                                                                                                                         

限られたカネの有効利用



超弩級の台風19号が、近畿から東海、関東、東北にかけて過去に例を見ない被害をもたらした。風の被害も大きかったが、それ以上に広い範囲に及んだ豪雨の影響が甚大で、何本もの一級河川の堤防決壊或いは氾濫による浸水が各地で発生した。


土砂崩れや河川の増水による浸水は、台風が去った後にも発生することが多く、今回の未曾有の雨量による影響はこれから出て来ると専門家の解説にある。台風15号による千葉県の災害復興が進められている途中で、畳み掛けるような大規模の災害発生である。国の生半可な規模での復興資金で対応できるものではない。どこから財源を拠出するか。


ここで思い出されるのは、どこかの国がサウジの原油施設にドローンで爆撃した時のワシントンポストの記事である。


『巨額の投資をして装備した米国製兵器が、サウジの最重要拠点である原油施設を防御出来なかった。戦闘経験豊富な国が開発・生産した最先端技術を具備した兵器を装備しても、十分に練られた攻撃戦術の前では無力だった』


トランプ大統領から言い値で巨額の兵器を買わされた安倍首相は、この記事を読んでどう思うか。北朝鮮から飛んで来るミサイルへの対空ミサイルを装備していると言うが、その迎撃の確率に疑問を呈する専門家もいる。しかも、その価格は訓練中に日本海に落ちた戦闘機とは桁違いに大きいと言われる。


墜落した戦闘機1機の価格で決壊した何か所もの堤防の修復・改良費用が賄える。防衛予算と災害復旧予算は別物との理屈は理解出来るが、国の予算は費用対効果を十分考慮する必要がある。カネは「財務省にドンドン印刷させる」と言い放って済ませるものではない。


要は、目前に必要性の薄い防衛費を台風の復興費用に回せと言いたいのである。




パウル・バドゥラ=スコダの死



パウル・バドゥラ=スコダ。久しくお目にかからなかった名前である。久しぶりに聞いたと思ったら、最近のニューヨーク・タイムズの訃報欄だった。91才とある。イエルク・デムスとフリードリッヒ・グルダと共に「ウィーン三羽烏」の一人として世界的に知られた名ピアニストだった。

パウル・バドゥラ=スコダはPaul Badura-Skoda が実名だが、日本語で表示される場合は何故かバドゥラとスコダの間に(=)を入れて表記される。モーツアルトやベートーベン、シューベルトを得意としたピアニストだったが、私は「ウィーン三羽烏」については共通してシューベルト弾きとして愛聴している。身辺整理の断捨離で身を切る思いで捨てたCDの中に、バドゥラ=スコダの演奏が沢山あった。

まだ夜の大学に通っていた頃、昭和36年だったと記憶しているが、パウル・バドゥラ=スコダの演奏会が京都会館であった。貧乏学生だったが、一生の間にナマで聴く機会はないと思い切って出席した。欠席したことのない学校の授業も止むを得ず欠席した。当日はシューベルトの四つの即興曲など私の好きなプログラムが組まれ、文字通り至福の時だった。

翌日の授業に米人講師による英会話の授業があり、各自英語による自由な一口話を2~3分で順繰りに披露する時間があった。この講師の定番の授業プログラムで、各自が話した内容を発音・表現方法・文法的に矯正してくれる人気講義である。この米人講師は、教員官舎の自分の部屋にグランドピアノを置いて毎日練習する程の音楽好きである。私の順番が回って来た時に、「昨日はパウル・バドラ=スコダの演奏会に行った。お気に入りのピアニストによるお気に入りの曲を聴いて興奮した」と話したら、一瞬私の目を凝視して「Really?(本当か)」と聴くので、胸を張って「本当だ」と言うと羨ましそうに目を泳がせていたのを覚えている。先生もバドゥラ=スコダのファンだと言っていた。

50年以上の前の話だが、訃報に接して当時の教室の風景が蘇って来た。三羽烏の内、イエルク・デムスは今年の4月に亡くなった。毛糸の縁なし帽子をかむって演奏するフリードリッヒ・グルダは2000年に入って早々他界している。最後に残ったバドゥラ=スコダも逝って、20世紀の名演奏家がまた鬼籍に入ってしまった。





消費税改定から10日



消費税が上がってから10日経過した。予想された9月末の駆け込み需要もなく、10月に入ってから目立った消費需要の落ち込みもない。日本経済は何故か白け切っている。

9月末にパソコンがダウンして新品購入に電化製品量販店に駆け込んだ。別に消費税が上がるためではない。丁度うまい具合にその時期にインターネットが繫がらなくなったためである。店員に駆け込み購入の様子を聞いたら、ウィークデーには動員をかけない店員を出勤させ、消費税増前の需要増を当て込んで特別キャンペーンを行っているが、目立った客足の伸びはなく至って静かだという。電化製品とは耐久消費財で一度買えば数年は買うものではない。しかも暖房器具には早過ぎる。時期が悪いという。

スーパーに行っても、増税前特別セールスを銘打ったキャンペーンは特になかった。2%程度なら財布の負担は軽微と見ているのかも知れない。電化製品量販店なら交渉次第で2%位の値引きには応じてくれるので影響はないと見ている可能性がある。

ただ、店頭に並んでいる商品価格はいつまでも9月末までの価格ではない。販売価格だけが2%上がるのではない。消費税は各流通過程で課税される。工業製品なら原材料から一次加工、二次加工業者に渡る度に2%づつ課税される。最終完成品として店頭に並ぶまでその累積額は大きなものになる。今店頭に並んでいる商品は大部分が消費税増までに加工完成されたものだから価格は元のままだが、10月以降に製造される商品の価格は大きく上がる筈である。これに販売時の2%が加算される。消費税とは各流通過程毎に加算されるが、次の業者に引き渡される都度、自分の払った消費税分は還元される。最終消費者は還元すべき販売先がないため、それまで支払われた全ての差額分と最終消費税の全てを負担するシステムになっている。

増税後の商品価格への影響やその購買需要減は増税直後の今ではなく、この2~3ヵ月後、年末商戦期に影響がでることになる。







2台のPCにメールを同時に受信する方法



新しいパソコンに無事にメールアカウントが設定出来たにも関わらず、受信トレイに何も入電がない。プロバイダーのKDDIサポートデスクに照会すると、両方のパソコンに同時に入電する方法の助言を得た。自分の備忘録として下記する。

1)以前のPCの受信トレイの上に表示の自分のアカウント名をクリック。

2)タスクバーの「アカウント」をクリック

3)「プロパティ」をクリック

4)「詳細設定」をクリック

5)「サーバーにメッセージのcopyを置く」のラジオボタンにチェックを入れ、「サーバーから削除」及び「ごみ箱をカラにしたらサーバーから削除」のラジオボタンにチェックが入っていたら外す

6)「OK」をクリック

これで今までのパソコンと新規に購入したパソコンの両方に同時にメールが入るようになった。どちらかに入電すれば良い話で、わざわざ両方で受信する必然性はないが、今までの器械で特定の友人からのメールがいつも迷惑メールフォルダーに自動的に振り返えられ、見落としがちだったトラブルが解消される利点がある。

今日のブログは、単なる自分用の備忘メモである。







新しい電化製品を買ったが一苦労


ウォークマンや電気スタンドなどの小物は別として、大枚10万円を超す冷蔵庫やテレビ、エアコンなど購入した場合は、気分的にも新鮮な気持ちにさせてくれる。一部業者による設置や初期設定を行ってくれたり、電源コンセントに差し込むだけで動くものが多いので手間はかからない。


ここ数日、このブログページで取り上げているパソコンはそうは行かない。別途相応の費用を払って業者に一切の設定作業を委託する場合は別だが、本体購入の時に徹底的に値引き交渉し、周辺器具を無償で付属させてまで苦労をして買った商品に、それ以上の費用をかけるのは勿体ないとの思いが出る。また今まで何台もパソコンを買い替えてセットアップ作業は全て自分でやって来たし、知人・家人の設定まで手助けをしてきた経験から、今更専門家に依頼するのは沽券に係わる。


幸いにして古いPCはインターネット以外は満足に稼働しているので、新しいPCの設定は急がない。年金生活者のヒマ人には格好の取組み作業である。一つ一つ問題を潰して行くことにしている。


数日前のこのブログページでアップしたプロダクトキーが拒絶された問題は、購入した家電量販店に持ち込む前に再度確認した。結果は同じで受け付けてくれない。但し、プロダクトキーの数字を良く見ると、24ケタの数字はその下のバーコードの列に接触して並んでいる。数字の列の中に3200とあり、どう見ても間違いはないが、この00がアルファベットのO(オー)かも知れないと入力してみた。やはりダメである。


その時直感が働いた。Qかも知れないのである。しかし下部のヒゲはその下のバーコードの中に埋もれて肉眼でもルーペを通しても見えない。ダメモトで32QQと入力したらあれれっ!見事に受け付けてくれた。面倒な手数を喰ったがこれで成功し、ワード・エクセルは無事に使えるようになり、量販店に走る手間は省けた。


後はメール設定、プリンタードライバーのダウンロード、前のPCからのデータの移行などの作業が残っている。一つ一つ潰して行くのが楽しい作業である。







今日読み終わった本―「ニューヨークタイムズ物語」



今日読み終わった本:


『ニューヨークタイムズ物語』 三輪 範 中公新書 1999年11月


「世界で最も影響力ある新聞」との評価がある米国のニューヨークタイムズ紙の成り立ちからの変遷、その間に培われた報道力を“報道のバランスと多様性”及び“国際報道の充実”の面から分析し、同紙の経営者がユダヤ人であるところから、反ユダヤ旋風の吹き荒れた米国でどのようにユダヤ性を薄めて同社の報道精神である中立性を堅持して来たかを記述する“ユダヤ性との格闘”の三本柱から構成されている。


NYタイムズ紙には“Op-Ed”欄というのがある。“Opposite the Edition”の略で、社説の反対側にある意見の意味で、自社の主張と反対の立場を紹介するコラムである。同紙の中立性と多様な意見を差別なく報道する代表的な編集姿勢を示すもので、今ではワシントンポストなど他の有力紙にも採用されている。何かと色分けされている日本の新聞との違いが鮮明である。


私もこのブログページで何回か記述したが、日本の主要紙は報道量が少ない。国際・経済・国内など夫々のジャンルで1ページだけに凝縮されているだけだが、NYタイムズは国際報道だけで毎日10ページ前後の紙面が割り当てられている。結果として、日本紙では起こった事態の現状と将来予測だけの記述となり、何故その事態が起こったかの過去の分析はない。報道の対象となる事件も厳選されざるを得ない。


本書では各所にNYタイムズと日本の主要紙との違いが、豊富の例と共に指摘され、我々読者だけでなくメディア各社向けの記述が数多く含まれている。


私もNYタイムズを読み始めて相当年数になる。今では毎日送られてくる電子版に目を通している。本書の中に、同紙の経営者の言葉として「NYタイムズの目的とは、全てのニュースを分かりやすい言葉で簡潔かつ魅力的に、出来る限り迅速に伝えることである」との言葉を紹介しているが、同紙の文章は極めて難しい。私の学生時代に「NYタイムズの英語」という本があった程、何故難しい言葉ばかりを選び出して来るのかと呆れたものである。


それでも辛抱して読んでいる。本書の著者は「今は日本でも無料で電子版が読める。それまでは月額35ドル必要だった」とあり、私が同紙の電子版を登録した時は無料だった。その後、同社の経営危機で今では毎週のように「購読料1週1ドル!」の勧誘メールが入ってタダでは読めなくなっている。しかし、年間54ドルは安いとしても銀行の海外送金手数料が高いのでバカバカしく、毎日膨大な量の見出しとリードだけタダで読んでいる。






インターネットなしの生活


長年愛用していたパソコンは、インターネット・エクスプローラーが立ち上がらず、新品を購入したがセットアップ出来ず、2台のパソコンを目の前にしてインターネットが使えない状態が1週間続いた。毎日、それ程インターネットに依存した生活だったのか、その不自由さを改めて自覚した。


幸いにして、今まで愛用のパソコンはメールの受発信は可能なため、国内外の新聞社で無料購読登録している先からは毎日配信されてくる。いずれも、見出しと数行のリードが表示されているので概要は理解出来る。しかし、詳しくは表示されているリンク先をクリックしてネットから呼び出さねばならない。そのネットにつながらないのが癪の種で、欲求不満が嵩じる。


今までは、夕食が終わって就寝までの3時間、まず海外メディア10社の電子版を順にサーフィンする。これはと思う見出しがあると本文を呼び出して読む。それも別のサイトで選んだYouTubeの音楽を聴きながら読むのである。どちらもネット接続なので、ネットに繋がらなければ何も出て来ない。全く外界から遮蔽された、まるで入院中の病室か刑務所に入れられた感がする。


では就寝するまでの3時間は何をするか。テレビはつまらない番組ばかりで見る気がしない。インターネットがなければニュースも読めないし音楽も聞けない。他の人のブログや評論も読めないという一挙に社会から放逐された思いである。


仕方なしに「灯火親しむ候」と洒落込んで昼間の読書の続きに時間を当てる。お蔭で読書のページは進むが、ネットから得る刺激が失せる思いは大きいものがある。


知らない間に、これ程自分の生活がインターネットに依存していたのかとつくづく感じさせられた。



パソコン2台かけてのブログ投稿



このブログページの更新も、いままでのようにサクサクと作成投稿という訳には行かない。パソコンがネットに繋がらないので新品購入したPCが、1週間の悪戦苦闘の末に何とかネットに繋がったものの、Windows10のため従来のOSのように、セットアップ完了しても全て稼働可能状態にはならない。


まずワード・エクセルのようなオフィスソフトが立ち上がらない。マイクロソフトのアカウントでサインインしてからプロダクトキーを入力してライセンス認証を得る必要がある。マニュアルに従って入力すると「残念ながら入力された番号はマイクロソフトが発行した番号ではありません」とのエラーメッセージが出て先に進まない。


PCの銘板には、“Made in Singapore”とある。海賊版でも買わされたか、明日にも家電量販店に持ち込むこととして、取敢えずOfficeアプリケーションなしで、ネット閲覧専用として使っている。


私のブログ投稿は、記事入力ページに直接書き込むのではなく。ワードで原稿を作成しておいて点検した後でブログ画面の入力ページにコピペする方式を採っている。記事作成中に中座するケースが多いためである。ワードが使えない新PCではこの方式が採れない。旧PCでワード作成し、USBメモリーに移してから新PCに移すか、途中で作業中断を覚悟でブログ記事入力ページに直接書き込むことになる。


従って、当分の間は不完全、整合性のないブログ記事を投稿することになる。


加えて、Windows10は従来の長年使い慣れたPC操作を全て否定する設計になっている。必要な操作ボタンやフォルダーがどこにあるか判らない。取説にも記載ないので、その都度ネット上からガイドを得る必要がある。

Windows10は、電子計算機や文書作成に主眼を置いた従来の方式を拒否し、動画や画像作成、ゲームなどに軸足を移した結果だろう。Officeソフトが直ぐに立ち上がらない思想もその一例である。幸いWindows7の旧PCが計算機能、文書作成のためには健在なのでそちらで作業し、暫くは新PCでWindows10の操作法の習熟に注力することになる。



パソコン・トラブル騒動



7年使用して来た我がパソコンのインターネット・エクスプローラーが急に応答しなくなった。電子メールは問題なく受発信出来るのでワイアレス・ネットワークには異常はないようである。


インターネットがつながらないので、今迄のようにネットサイトから参考情報を求めることは出来ない。幸い「Windows7のIE11が起動しない場合の対処方法」というサイト情報をワードにコピペして保管してあったので試してみた。


①アドオンを無効にする、②IEの設定を初期状態に戻す、③ウィルス対策ソフトを停止する、④常駐ソフトを無効にする、⑤システムの復元を行う、とのガイトに従って順に実施したが実効はない。ただこの中で、④には「自動的に起動されるソフトを停止する方法」にリンク先の表示があるがネットがつながらないので対処法が判らず実施していない。


この中で一番頼りになりそうなのは⑤のシステムの復元だが、復元作業中に「復元は正しく完了しませんでした。バックアップ処理を再試行するとエラーは発生しない可能性があります(0x800423F3)」とエラーメッセージが出たが、ネットがつながらないためリンク先を参照出来ない。ネットがつながらないとどうしようもない苛立ちだけが残った。


翌日、NECのサポートデスクに電話した。なかなか出てくれないのでハラをくくって持久戦を決め込んだ結果、20分程してやっと電話口に出てくれた。対応は懇切丁寧で、他の人も待っていると思うと気が急いたが、徹底的に付き合ってくれた結果これ以上の対策はなく、最終的に工場修理に出すしかないと言う。


今使っているPCはWindows7で来年1月にサポートが切れる。10月1日の消費増税前にオシャカになるのも何かの縁と思い切って新品を購入した。


PCのセットアップは家人・知人のPCを7件手助けしたことがあり自信がある。ところが、ワイアレス・ネットワークがどうしても接続出来ない。またまたNECサポートデスクに電話した。つながるまで時間がかかるのは慣れている。今回も20分程モーツアルトの待機音楽を聴いていたら担当者が出た。今回も長時間、丁寧に付き合ってくれた結果、NECでは対応出来ず、ルーターのメーカーに照会するよう依頼された。


ルーターは同じNECのAterm製でPCと同時に7年前に購入したものである。これがWindows10に対応出来るのかが問題だった。Atermに電話したがNECのように20分待っても出て来ない。幸いにしてサポートデスクのメールアドレスの記録を残していたのでメールを入れた。受信確認と48時間以内に返事するとの機械返信があったが土日曜を除くとあり、生憎明日から丁度土日となる。


こうなると慌てても仕方がないのでジックリ腰を据えることにした。