何とも胡散臭いサプリ、半数足らずが効果なし



テレビや新聞広告で賑やかなのはサプリの広告である。特に高齢期に達した人の弱みを突き、如何にもそれらを回復、治癒する効果を大々的に宣伝している。曰く、男性強壮剤、膝痛、腰痛、頻尿解消、育毛、等々。一見、医薬品と思わせる表現だが実は薬ではない。


形状は錠剤、カプセル、飲料、粉末と一般の医薬品と全く変わらない。メーカーも大塚製薬、ロート製薬、小林製薬など医薬品メーカーが含まれているので、どんなサプリでも医薬品と直結して理解してしまう。


しかも、一般の医薬品と違い、高価なものが多いが、「初めての方に限り50% OFF、但しお一人様3箱限り。期間限定、今から30分、電話オペレータを増やして待機しています」とけしかける宣伝が多く、しかも、いずれも即効性のあるような効能文句が並び、如何にも胡散臭ささを感じさせる。


サプリとは英語のsupplement(サプリメント)「補足、補充」の意で、商品名として使用される場合は「栄養補助食品」を意味する。従って医薬品でなく医師の処方はいらない。バイアグラはED治療薬で医師の処方がなければ入手出来ず、スギ薬局では売っていない。一方、新聞全面広告にデカデカと「みなぎる男性の活力。元気な夜を守りたい」とあるのは医薬品ではなく薬局で買える。その代わり前者は健康保険で高齢者は10%負担で手に入るが、後者は保険がきかないので実費で5回分¥12,960(税込み)かかる。


そんなサプリだが、市場に出回っている多くの「サプリの40%以上は規定時間内に水に溶けない」、つまり服用しても溶けないので有効成分が体内に吸収されない、要するに効かない、と国民生活センターが調査結果を発表した。高価なサプリを飲んでも、そのまま体外に排出されるだけと言う訳である。詳細記事は(こちら)。


この発表に対し、サプリ業界の団体、“健康食品産業協議会”では、「医薬品と同等の評価でならないように見えてしまい、消費者を誤認させてしまう」と反発しているが、何のことはない。サプリは医薬品と同等の評価をされる効果はなく、誇大広告で消費者を誤認させていることを自認しているようなものである。


早い話が、サプリとは謳い文句程の効力はないという訳である。









豪州森林火災から救出されたコアラの死


コアラ救出.jpg


豪州ニューサウスウェールズ(NSW)州で発生している森林大火災の中からコアラが救出された動画が世界中に配信され多くの感動を呼んだが、10日間に及ぶ専門医の懸命の治療にも拘らず死亡した。


火災現場横を車で通り過ぎていた女性は、燃え盛る森の中で一本の木にしがみついて鳴いているコアラを発見。ブラウスを脱ぎ下着姿で森の中に飛び込んでコアラを抱き下ろし、ブラウスに包んで炎の中から脱出した。直ぐに大火傷を負っているコアラに持参していた飲料水をぶっかけて冷やし、コアラ病院に持ち込んだ。病院ではコアラを毛布に包み、酸素マスクを取り付けた。


病院で10日間の集中治療にも関わらず、症状は良くなるどころか悪化する一方で、精密検査の結果、これ以上の治療は困難でコアラに激痛を耐えさせることは出来ないとして安楽死させることを決定した。「このコアラは十分な苦痛緩和治療を受けた。我々の第一の目的は動物の保護福祉である。これが今回の決定の根拠であった」と病院は苦渋のコメントを発表した。


NSWでは特に壊滅的な森林火災に見舞われ、約350頭のコアラが犠牲になったと見られている。オーストラリアには野生のコアラ43千頭が生息しているが、一向に鎮火しない今回の森林大火災で絶滅危惧の心配を与えている。


出典:ABCBBCCNN、ガーディアン電子版


特にCNN記事には、火災現場から連れ出されるコアラの劇的な救出場面からコアラ病院での治療療養状況、好物のユーカリの葉を元気で食べる生前のコアラの姿を撮影した動画を掲載している(こちら)。冒頭の画像はガーディアン紙(こちら)より。









いよいよイカれたか、長年愛用のパソコン



7年間使っていたWindows7のパソコンでインターネットがつながらなくなり、手を尽くした上にメーカー修理しか方法がないと宣言され、Win7のサポート期限も近づいているので新しい機種を購入したが、Windows10はどうも使い勝手が悪い。


以前からのPCはインターネットが出来なくても、メールや書類作成は出来るので、使用目的により双方を使い分けていた。その内に、新しいWin10でネット上の情報を頼りにWin7機を遊びがてらにIEの修復を試みていたところ、どの手順に効果があったのか、インターネットがつながるようになった。


以降は使い慣れしている従来のモデルを主に使用し、新機種はWin10の操作法の訓練にのみ使用しているが、まだまだ使いこなせていない。例えば今まで簡単に表示されていたコントロールパネルを呼び出すキーがどこにあるか、いまだに分からない。いちいちウェブサイトで調べている。初めはシャットダウンのボタンの位置すら分からなかった。Win10機は操作ガイドすらないのである。


勢い従来機への依存度が高くなる。エクセル・ファイルへのデータ新規作成・更新も従来機に蓄積され、新機種には保存されていない。その内にデータを移行しようと思いながら果たせていない時に異変が起きた。従来機でWindowsが起動しなくなったのである。


インターネット・エクスプローラが立ち上がらなくなった時に、あちこちイジクッテ治った前例がある。また暇つぶしの良い材料が出来たと、ゆっくり腰を落ち着けて対処することにした。


パソコントラブルの憲法として、電源プラグを抜いて放電させてから再稼働すれば修復することが多い。最初にトライしたが、「ようこそ」画面から先へ進まず固まってしまう。強制終了させて改めてセーフモードで起動させようとしたが、こちらもフリーズして画面が変わらない。Windowsが起動しない限り先へ進む手段がない。前回はWindowsが立ち上がったからこそいろんな手段を講じることが出来たが、今回は入り口にも入れない状態だからどうしようもない。


ブログ投稿も従来機で行っていたから支障なく進んだが、新機種ではそうは行かない。当分はボチボチ続けることとなる。このPCの傍で「Windowsを起動しています」の表示が出たま1時間以上も動かない従来機が並んでいる。時間をかけてでも意地で修復しなければならない。今まで蓄積して来たデータが全てオシャカになる。


「徴用工」問題、外交交渉では解決出来ない



韓国政府は方針を転換してGSOMIA継続を発表した。元々韓国政府内にも協定破棄に難色を示す意見も多かったが、一旦公表した以上、自分から変更を言い出すのはプライドが許さない。米国より圧力があったことは渡りに船だったに違いない。


韓国のGSOMIA破棄の決断は、日本の対韓貿易管理の強化、つまり最恵国待遇のホワイトリストの格付けをワンランク下げて、韓国経済に大きな打撃及ぼす半導体電子部品の輸出制限への報復措置だった。元はと言えば、韓国最高裁の裁定による元徴用工問題が原因となっている。


日本政府は、韓国政府に対しこの最高裁裁定の見直しを迫ったが、韓国の態度は極めて消極的で、殆ど無視を決め込んだ。無理もない。韓国は日本以上に三権分立の原則が徹底している。辞任した曺国元法相が強力に進めていた検察改革に見られるように、韓国の司法の力は強烈である。政府が如何に大きな権力をもって迫っても及ばない。


元徴用工問題の裁定は韓国の最高裁が下したもので、韓国政府の見解ではない。韓国政府としては対応のしようがないのである。ところが、司法に対しても何らかの影響を行使する日本政権は韓国も同じと考えてか、外交交渉を通じて対策を韓国政府に求めている。韓国政府としては板挟みの状態にある。


日本は、日韓基本条約で当時の韓国国家予算の2倍以上の補償金5億ドルを資金提供した。この中には韓国国民に対する補償金3億ドルを含んでいる。元徴用工問題で韓国最高裁が日韓基本条約は個人の請求権は別物と判断したのは国際法違反と日本政府が主張する所以である。つまり、韓国国民個人が日本政府に補償を求めるのは筋違いで、本来なら自国政府に請求すべき筋合いのものである。


日本はこの点を韓国国民に説明すべきであった。これを内政問題として韓国政府にゲタを預けたものだが、韓国国民への補償金を喰らいこんで自国の経済発展資金に使ってしまった韓国政府は説明がつかなくなった。責任はすべて韓国政府にある。


こんな訳で、日本政府が如何に口角泡を飛ばして韓国政府の尻を叩いても徴用工問題は外交交渉では解決しない。後は日本から韓国国民に如何にこの事情を直接説明するかである。方策がなければ最終手段として国際司法裁判所に提訴することしかない。




『10を聞いて1を悟る』



若い頃は、友人から文章の理解が速いと言われたことがある。自分でも密かに自負していた。本を乱読気味に読み漁っていたため、多くの文章表現に慣れていたのかも知れない。文章表現から「1を聞いて10を悟る」とまでははおこがましくて言えたものではないが、少々のクセのある表現でも理解出来たと思っている。


子供時代に珠算塾で培った高い暗算能力が最近はほぼゼロに近い程堕落したのに似て、自慢の文章理解力も地に落ちているのを自覚し焦りがある。


新聞の見出しを読んで、直ぐには理解出来なかった表現の例を挙げる。


『中国、香港高裁の覆面禁止法「違憲」を否定』。毎日新聞の見出しにあった表現である。大体、否定語が連なる二重否定が判断を狂わせる元となるがこれが三重、四重にも並ぶと頭が混乱してくる。今の私がそれである。乱読癖があったので読み飛ばして自分流に解釈する習慣が身に付いているので、ああ、これは「中国が香港の高裁判断にイチャモンをつけた意味だな」と勝手に解釈する。今回はこれが当たっていた。


別の例。『韓国、GSOMIA「終了通告の効力停止」を発表』。この表現からだけなら、韓国が失効を宣言していた刻限を前にして「宣言通りGSOMIAを停止する」と再確認したのか、「そうは言っていたが、思い直して停止しないで存続する」のどちらの意味かと迷わされる表現である。今回も「後者の意味だろう」と文章表現からではなく推測して解釈し、それが”当たり”だった。


何故こんな持って回ったような表現が必要なのか。米国ABCニュースの見出しは

『Seoul to keep Japan Military Intelligent Pact』

と極めて分かりやすい。「終了通告の効力停止」と即座には理解困難な表現は、自尊心高い韓国が一旦止めると高言した以上、取り消すのは沽券に係わると敢えて回りくどい韓国語で発表したのを日本語にしたためと思っていたが、韓国中央日報の英文紙Korea JoonAng Dailyでは

『Korea Suspends Termination of GSOMIA』

とこちらも非常に簡潔平明な表現である。


万人を対象とした新聞記事なら学術誌ではないので、文章理解力が低下した年齢層にも判り易い表現でお願いしたいものである。




新聞の夕刊はいらない



新聞に求めるのは、日々のニュース報道、解説、評論である。他に囲碁や川柳欄、連載小説などもあるが、ついでに読むもので別になくても構わない。これらは朝刊だけでも十分で、特に最近の夕刊は読む記事が少ない。少ないというより、殆ど読むところがない。紙面も少なく薄っぺらいものになって来た。


海外で生活したり出張した時の経験では、私が訪問した国々に限っては夕刊というものはなかった。ウェブのデジタル・ニュースでは米国のワシントンポストに「Evening Edition」という夕刊に相当するものがあるが、朝刊で報道済みの記事の重複が多い。同じ国の中で東海岸と西海岸では時差が4時間もある広大な地域なので、印刷締切時間と地域により記事を読む時刻が異なるための対応かも知れない。


我が家の定期購読紙は毎日新聞であるが、こと夕刊に関しては読むところが少なくなっているのに気付く。第一、余程の大きな出来事がない限り報道や解説記事はない。


例えば今日11月22日大阪版夕刊の1面記事は「科学イラストレータ」という個人の紹介が殆ど全ページを占め、紙面左端に枠組みで4件のニュース(1組23文字10行づつの小欄)があるだけ。2面は特集ワイド、3面はスポーツだが競技の速報ではなく、アーチェリー選手と馬術の獣医師の談話、4面は全面野球解説者という個人の紹介。5面は芸能欄で今日は全面映画の話。6面は昆虫館とキン肉マンの話題。7面には二人の特定個人の物語とローカルニュース2件、8面はテレビ番組でニュース記事は殆どない。


これで駅売り1部50円を出して買う人はないだろう。朝刊・夕刊セットの定期購読料金では月額4,037円、この内夕刊が約1,000円を占める。最近の夕刊記事では全くムダな投資で、夕刊を買わなければ年間1万2千円の節約となる。


尤も、毎日新聞の場合は夕刊を発行しているのは全国で20都道府県だけらしい。他の地方に住む人達には夕刊なしでも痛痒を感じていないのである。産経新聞が夕刊を廃止したのは賢明な措置と言える。


新聞社は24時間交代制勤務で四六時中就業している。働き方改革が叫ばれている現代、購読者の少ない夕刊を廃止して配達員の労力を半減し、その分朝刊のページ数を増やして、海外新聞のように報道の量と質の充実を図る方が作る方も読む方にもメリットをもたらす。夕刊がなくても、夕方の報ニュースはテレビやウェブニュースで十分接することが出来るのである。






オーストラリアの大森林火災

シドニー湾.jpg


先日、1117日のこのブログページで「オーストラリアの空前の大干ばつ」と題した記事を取り上げた。今日はその続編である。


この大惨事は、今日のNHKニュースで火災で大火傷をしたコアラの救出状況を報じていたが、今回一連の森林火災で野生のコアラ350匹も大量犠牲になったとのニュースがある。


その惨状を画像で生々しく報じるCNN記事がある(こちら)。


文字で書いた報道記事でなく、写真だけで現場の状況を伝えるものだけに、文章では表現出来ない迫力がある。前記の(こちら)をクリックすると冒頭に、森林火災の大量の煙に霞んでしまったシドニー湾とオペラハウスが出てきて、以下画面を下の方にスクロールすると全部で40枚の画像が現れる。しかも、パソコンのスクリーン全面に表示する編集になっているので壮大なスケールの写真集となっている。


中には、遠く人工衛星からの撮影でも、豪州大陸東海岸から森林火災で立ち昇る数条の煙が確認される。煙で霞む森林の中で茫然と立ち尽くす野生小動物の可愛い姿もとらえられている。


このブログに訪問頂いた方々には是非一覧頂きたい。


ただ、私はWindows10Windows7を持っているので、両方のPCで開いてみたところ、意味不明ながらWindows10では鮮やかに全編見られるが、Windows7では冒頭のシドニー湾の光景のみで、以下の画像は何故か表示されなかった。


当該の写真集のurlを改めて下記する。


https://edition.cnn.com/2019/11/08/world/gallery/australia-bushfires/index.html



安倍首相は現代の「ジャン・クリストフ」



ロマン・ロランの小説に「ジャン・クルストフ」がある。ベートーベンをモデルにしたと言われ、主人公が自分の前に次から次へ立ちはだかる困難に敢然として立ち向かい乗り切って行く姿を描いた大長編作品で、ロマン・ロランはこの作品によりノーベル文学賞を受けた。


中学卒業と同時に社会に放り出された私は、昼は会社で働き、夜は学校で勉強する勤労学生だった。「♪15 16 17と私の人生暗かった」と歌い「♪夢は夜開く」で締めくくる園まりや藤圭子は、まさに私の人生を歌っていると感じたものである。ともすれば挫折感に襲われた若い頃に、「ジャン・クリストフ」は私を勇気づけ、奮起させてくれた。


文学少年だった私は世界文学全集や日本文学全集を沢山持っていたが、身辺整理のため殆どを処分した。しかしこの本は未だに本棚に残してある。河出書房発行の箱入り菊版の重い本だが、常に持ち歩いていたものである。「人間に差があると初めて知った時は、人生の中で最も悲惨である」とか「英雄というのは自分が出来ることをする人だ」の下りは今でも覚えている。「あらゆる悩み、闘い、それに打ち勝つ自由な魂」が作品全体を貫いている。


長じて、若い頃の感動をもう一度蘇がえらせようと再読した時、当初は気が付かなかった主人公が相次いで遭遇する困難とは、実は自身の行動の中で起こした自分が蒔いた種によるものだったのである。


自分が関与し、自分が蒔いた種で苦しんでいる人は現代にもいる。他ならぬ我が国の安倍首相である。森友問題しかり加計問題しかり、今は「桜を見る会」問題で渦中にある。今までは誤魔化しとはぐらかし、言い逃れ、強弁でその場を乗り切って来たが、禍根が消え去った訳ではない。


度重なる野党の申し入れにも関わらず委員会開催を拒否して追求から逃れ、、本会議や予算委員会は弁明の場だけで国会軽視を決め込んで来て疲れが見えて来た今、「桜を見る会」問題にどう対処するか。集中砲火から逃げるために、またまた今までのように不要不急の海外訪問のタネを探っている可能性もある。




世相から取り残されていく老年期


朝のウォーキングで、いつものペースで歩いているのに、横を追い抜いて行く人が増えて来た。女子高生や若いOLだと判ると当初は腹が立ったが、トシには勝てないと悟るようになった。歩行速度だけではない。最近は世相にも付いて行けないことが起こる。


午後7時のNHKニュースのトップに沢尻エリカが麻薬常用容疑で逮捕の報道が出てきた。沢尻エリカとは何者か全く知らない人間には、天下のNHKニュースの冒頭に報じなければならない人物なのか、沢尻エリカとは何サマなのか、社会全体が関心を持つらしい事態が判らない自分が不安になって来た。


元々「浪速のエリカ様」と呼ばれた衆院議員が居たことは覚えている。国会を欠席して男性秘書と温泉旅行に行って日本維新の会を除名され、議員辞職勧告を受けながらも莫大な議員報酬に執着して辞職しなかった不埒な議員である。世間を騒がせた時に本物のエリカ様は誰かについてまで詮索する程の興味もなく、芸能界白痴を自称する私には、誰か厚かましい性格の芸能人がいたのだろう位の考えしかなかった。


その本家の「エリカ様」が今回表舞台に現れた。家族の話では今までから表舞台にいた人気俳優だという。テレビのCMにも良く出るので知らない筈はないと言われるが、元々顔も知らない女優だからCMに繰り返し登場しても判らない。今回の逮捕事件で、ご本家エリカ様の顔が繰り返しTV画面に出て来たが、今までCMで見た記憶もないし、美人だが記憶に残りそうにない特徴のない容貌である。


「浪速のエリカ様」と名前を引用されるのは何故かと家族に聞いたら、両方とも「鼻もちならない高慢な女」という意味だろうと言っていた。


その本物のエリカ様だが、10年来の麻薬常用者なら治療困難な依存症に陥っている可能性がある。どれ程の人気者だったかは知らないが、芸能生命を自ら絶ったと見て良いだろう。







荒野に寂しく点く灯り

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今や日本の都会や田舎を問わず、至る所に設置されている自動販売機である。電柱やマンホールと同様、横を通り過ぎても意識に留まっていない。この日本の自販機について米紙CNNが外国人の目線から見た一文を掲載している。


自販機は現代日本文化の中心として存在し、その数は全国で510万台。国民23人につき1台ある。屋内にもあるが、大部分は通行人の便のため屋外に設置されている。日用品なら何でも売られているが、主力は飲み物で温かいのと冷たいのが同時に収納されている。


夜になって、各家庭の灯りが次々と消える時刻になっても自販機の灯りだけは明るく点灯を続けている。建物の軒下だけでなく、人けのない郊外の道端にも設置されており、夜にもなると陸上の灯台の役目を果たしてくれる。


ここでCNN記事は、日本の写真家大橋英児氏の写真集「ロードサイド・ライツ(道端の灯り)」から数点の写真と同氏とのインタビューから得た話の一部を紹介している。同氏は北海道在住者或いはその経験のある人らしく、「夜勤からの帰り道、吹雪の夜にマイカーで自宅付近まで来るとヘッドライトの先に煌々とした自販機の灯りが見え、道筋をガイドする役目を果たしてくれた。これが全国を巡って自販機の珍しい光景を収めた写真集を発行する動機となった」とある。


CNN記事はまた面白い見方をする。日本の地方に行くと、道端に収穫した農作物を机の上に並べ、通行人に無人販売する光景に出くわす。自販機はその延長上にある営業法と言うのである。人と人との交流に弱い人にも受け入れられる独特の文化と言う。その背景には、世界に類を見ない日本の治安の良さにある。人通りの少ない野原の一角に自販機が設置されていても、自販機の中にある現金や商品を盗もうとはしない社会環境の表れで、これが顧客満足を助長している。


出典:CNNニュース電子版(こちら


私が良く利用するグラウンドゴルフ場は、それに隣接するサッカーや野球のグラウンド、陸上競技施設が並ぶ河川敷にある。自販機があれば需要が多い筈だが1台も置いていない。当然である。河川敷やその後ろの堤防には電柱が並んで居らず、電気が来ていないからである。





オーストラリアは空前の大干ばつ


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昨日のこのブログページでのベニス大冠水の話に続いて地球温暖化による異常気象のニュース。両方とも水攻めの話だが、こちらオーストラリアは水不足による供給水制限で、言わば「水ナシ攻撃」を受ける逆の現象である。


場所は広大な豪州大陸の中の東南部、シドニーを抱えるニューサウスウェスト州(NSW)とメルボルンを州都とするクイーンスランド州で、大旱魃による森林火災が手の付けられない拡がりを見せている。森林火災はオーストラリアでは山火事ではなく低地帯の森や野原に燃え広がる「野火」に近い。従って農地にも延焼し、農作物に被害が及んでいるだけでなく、数百軒の家屋が消失、10月初めから11月14日の間で死者4名を出した。


森林火災の原因の殆どが旱魃による自然火災であるが、火の不始末による人為的なものもあり、11月14日にはクイーンスランドで16才の少年が逮捕されている。


延焼の食い止めを阻害しているのが、先月来から降雨のない旱魃による水不足である。NSW州では河川や湖沼が少なく、供給水の85%以上を降雨に依存している。連日の乾燥気候で貯水ダムは満水時の46.6%までに減少し、盛夏期の来年2月か3月には40.0%に達すると見られ、給水制限を1段階上げてレベル2とするよう計画されている。この段階では、例えば庭の散水を週に2~3日に制限することになっており、延焼を続ける野火や森林火災の阻止を益々難しくすることになる。


まだ盛夏に向かいつつあるオーストラリアで、今からかかる異常気象に見舞われるのは地球温暖化に原因があるとして、政府はパリ協定に批准して温室ガス抑制に取り組んでいるが、国民はまだまだ取組みが弱いと現政権を批判している。


出典:CNNニュース電子版(こちら




水の都ベニスで非常事態宣言



水の都ベニスで、このところ異常に高い潮位に襲われ市内が水浸しになる日が続いている。イタリー北東部の海岸に位置するベニスは毎年この時期、地中海からアドリア海を通って吹き付ける季節風の影響を受け潮位が上昇するが今年は異常である。


今年11月12日には、潮位が187cmまで上昇し、記録に残されている最高潮位を示した1966年の194cmに続く史上第2位で市内の90%が浸水した。水が退いた3日後の昨日は再び154cmの高い潮位に見舞われ市内59%が浸水した。


市内全体が世界遺産に登録され、人口50万人のベニス市には年間2千万人の観光客が押し寄せる。世界的に有名なサン・マルコ広場は閉鎖され、人気の水上バスのヴァポレッティも運休、歴史的建造物のバシリカ寺院など多くが浸水し、既にこの3日間で莫大な額の被害が発生している。学校も3日連続の学級閉鎖となっている。


政府は2003年以来、防潮設備の建設を始めているが工事は収賄汚職疑惑が続き、2021年暮れまで完成は見込まれていない。


高潮位記録トップ10の半分5件は過去20年に発生しているが、残り5件は昨年から今年にかけての2年足らずの内に集中しており、原因は地球温暖化と世界的に顕著な海岸都市の地盤沈下の影響があると見られている。


出典:BBCニュース電子版11月14日付(こちら)及び11月15日付(こちら


両日の記事には市内の状況を示す豊富な高画質の画像が満載で、英文記事を読まなくても被害の状況が良く伝わって来る。中には、日本人と見られる若い女性が重そうなスーツケースを持ち上げながら、長靴姿で水没した歩道を行く画像もある。ただ、すべての画像はBBCの著作権の対象と注意書きがあるので、このブログページには転載出来ない。





今日読み終わった本―「警察の表と裏99の謎」


今日読み終わった本:


『警察の表と裏99の謎』 北芝 健 二見書房 2007年4月刊


このブログページに、「今日読み終わった本」のタイトルの記事が短い期間の間に出て来る場合がある。そんな短い期間で一冊の本が完読出来るのかと不審に思う人があるかも知れないが、実は図書館で一回あたり3~4冊を借りて並行して読むことが多いためである。病院や診療所に診察に行く時、長い待ち時間の間に読む本と家で読む本は区別している。じっくり腰を落ちつけて読むのは時事問題や専門書などのカタイ分野の本、外に出かける時に携行するのは小説や随筆などの軽い読み物が多い。


本書は後者に属するもので、著者は元警視庁刑事による警察組織内や各部署の警官、刑事、公安勤務者などの役割、活動、苦労話、内輪話を99項目に散りばめた読み物である。


全国に27万人の警察官がいるが、その内キャリアは僅か500人。テレビドラマや推理小説に出て来る殺人事件など扱う花形の捜査一課長はキャリアが就任することはない。叩き上げのノンキャリでないと務まらないという他の省庁とは異なる組織の実態などが説明されていて面白く参考になる。ドラマなどで警察官が「本官は・・・」と自分のことを目上の人に述べるのは実際には使わないとか、取調べ官が容疑者に自腹でカツ丼を振る舞って白状させる話と同様、作り話であるなど現職経験者の話だけに説得力がある。ヤクザを捕らまえたら元刑事だったとの裏話もある。


本書は全体で7章に分けられていて警察官や組織を多方面から切り込んだ実態の説明だが、最後の6章目は「はたして日本の警察は弱体化しているかと第7章が「これが北芝健の「警察改造計画だ!」の項で持論を述べている。これが本書を起草した目的だったようである。


警官と学校の教師が若造に見えるようになると、先の成長がなくなるトシになった証左だと言う人がある。日本の警察が弱体化していると聞くと、護送中の容疑者に逃げられたり、ピストルを置き忘れるなど、昨今の警官の不祥事を想起するが、若造警官のやることだからと思ってしまう自分もトシを喰ったのである。







「~なので問題ない」の回答は問題



流石の「はぐらかし・言い逃れ答弁」が国会や予算委員会での主な仕事である安倍首相も「桜を見る会」問題では進退に窮したらしく、早々と来年は中止宣言をして早期幕引き策に出た。国会に問題を引き出した共産党の田村議員の巧妙な質問戦術の成果である。


田村議員は手の内の豊富な証拠のカードを懐に、首相や他の回答者の言質を引き出すような質問をチビリ出しにして、生半可な回答が出ると有無を言わさぬ確たる証拠を突きつけて反問した。久し振りに切っ先鋭い野党質問だった。


ただこの過程で、実際の経費が「飲食物の提供」が予算の3.5倍の2,191万円、「会場等の設営」が2倍以上の1,814万円だった点を指摘した時、内閣府担当者から「予算案の策定時には最低限必要な経費として毎年度同じ額を計上している。会計法を逸脱しているわけでなく問題ない」との回答を得た時点で追及の手を収めたのは残念だった。


「~なので問題ない」という説明は、菅官房長官の常套語である。これでオシマイ、これ以上の質問は受け付けないという意味の木で鼻を括った、突き放すような表現である。この表現は、自分が説明した内容を自分で「問題ない」と自己評価して相手に押し付けるものではない。早く収束してしまいたい意味の身勝手な表現である。問題があるかどうかは、回答・説明を受けた側が評価するもので、説明した側が押し付けるものではない。


今回は内閣府担当者の「問題ない」との説明を受けて矛を収めたのは残念だった。「会計法のどの条項の規定を逸脱したものでないのか」とか「予算を大幅に超えた出費でも問題はないのか。それなら予算は全て低く設定して承認を受け、出費はどれだけ超過しても許されるのか」と追及する余地はいくらでもあった。


「桜を見る会」問題では、招待者名簿を早々と破棄してどの部署も保管していないというモリカケや南スーダン日誌隠蔽の再現の回答もある。いずれどこからか記録が出てくる可能性はある。今回は安倍首相が関与していることが明らかだけに、野党の追及も手と緩めることがないよう注視している。







自分で選んだ今年の流行語大賞候補



今年の流行語大賞候補としてノミネートされた30語が発表された。発表前に自分で選んで置いた5語と比較して見た。


自分が用意していた5語とは、①「任命責任」・②「説明責任」・③「上級国民」・④「にわかファン」・⑤「身の丈」である。この内、③と④はノミネート30語にも含まれているが、他の3語は外れた。


落選した3語の敗因を良く考えてみれば、「任命責任」と「説明責任」は何も今年に限ったものではない。特に安倍政権になってからは毎年流行していたので特別に新鮮味はなく、広く議員の常用語として定着してしまっていたと思い直し反省している。「身の丈」は取り上げて貰う価値があると今でも思っているが、流行し始めてから時間的に短かったのが影響しているかも知れない。


そこで、今年ノミネートされた30語について「あなたはいくつ判る?」と付記してあったのでジックリ眺めてみた。判らない語が多い程、世相に対する疎さを試験されるようなので真剣にチェックした。


ノミネート30語の内、「タピる」・「ドラクエウォーク」・「パブリカ」・「あな番」・「○○ペイ」・「サブスク」・「ジャッカル」・「翔んで埼玉」・「肉肉しい」と9語もあった。「サブスク」が新聞や雑誌の定期購読を意味するサブスクリプション(subscription)のことだと知って意外だったが、意味も全く異なる“使い放題サービス”のことらしい。「パブリカ」も小型大衆車としてヒットした“トヨタ・パブリカ”を連想したが全く的外れで、こんな連想をするのは世相に敏感というより、時代遅れも甚だしい証左である。


今年の30候補の中で、明るい意味があるのは渋野日向子の「スマイリング・シンデレラ」くらいだが、もう一つインパクトがない。今年もマイナスイメージの語が選ばれそうである。





クラクションを鳴らされて暴行


熊本八代市で、交差点で信号待ちしていた車が青信号で発進しないため、後続車の男性がクラクションを鳴らしたところ、走り出して暫くして突然車を止めて行く手をふさぎ、男二人が出て来て運転手を引きずり降ろして暴行を加えた事件が発生した。


信号待ちをしていた車が、青信号に変わっても直ぐに発信しないケースは日常良くある。後から見ていると、多くは俯いてスマホを操作しているか、助手席の人と話に夢中になっているケースが多い。こんな場合、後続車はクラクションを鳴らして気付かせるのが普通で日常茶飯事である。後続車が鳴らさなくても、その後ろに続く車が鳴らすこともある。後続車列の2台以上が同時に鳴らすこともある。鳴らされた車は、急発進してスピードを上げ交差点を通り過ぎるのが通例である。


交通量の多い交差点だから、後続車の運転手は降りて前の車に行って催促する訳には行かない。特に先を急ぐ後続車にとってはクラクションが唯一の注意喚起の手段である。それがケシカランと運転席から引きずれ下ろされて殴り蹴るの末、怪我をさせられては堪ったものではない。しかし、これに刑事罰を適用する法律はないらしい。


確かに、自分では悪いことをしていないのにクラクションを喰らうのは気分が良いものではない。私も、横丁から飛び出して来そうな車を見た時、自転車が急に車の進行レーンに飛び出して来た時は反射的にクラクションボタンを押したことがある。前の車が信号が変わってもスタートしない時は何回かクラクションを鳴らした。そうするのが人情である。ただ今回の熊本の事件だけではなく、他府県でも同じ事態が過去に起こっていることはネットの記録にも残っている。


前の車からイカツイ顔の男が降りてきて近づいてくると思わず「なんでしょうか?」と運転席の窓を開けたり、ドアを開けるのは自分の正当性を示すための反射的行動と相手への恭順を示す礼儀の心理らしい。そんな場合は、ドアをロックし窓を閉めることが第一との助言があった。勇気のある行動だが自分でも出来るか、その場にならねば分らない。






中国よりはるかに悪いインドの大気汚染


大気汚染度では世界最悪と言われPM2.5指数を有名にした北京は、実は世界で第8位。北京を遥かに上回る都市が数多くあり、ワースト30都市の内、22都市がインドで占められていた。その他の都市はパキスタン、バングラディッシュと中国である。


世界で最も大気が汚染されている都市のトップはデリー(インド)、次いでダッカ(バングラディッシュ)、カブール(アフガニスタン)、マナマ(バーレーン)、ウランバートル(モンゴル)の順である。いずれもアジア・中東の首都である。


国単位のデータもある。汚染度が国全体に及ぼしている視点から見ると、バングラディッシュが最も悪く、パキスタン、インド、アフガニスタン、バーレーンの順となっている。国の中でも地域により濃淡があるので、国全体を評価基準とするのは国土の面積に左右される。にも拘らず広大なインドが第3位にあることは、如何に多くの都市が汚染されているかが判る。


北京の大気汚染の主な原因は、自動車の排ガスと火力発電のための石炭の燃焼及び重工業からの排煙とされて来たが、トップ5都市や5ヵ国を見れば必ずしも当てはまりそうではない。実は、これら以上の重要要素として農産物収穫屑の焼却、つまり次年度のための畑の整備と土壌の栄養を目的とした野焼きによるものだったのである。特に収穫期の秋が激しい。中国はこの点に着目して、全ての野焼きを禁止する措置をとったため、汚染度順位が改善された。インドは問題が起きてから行動を起こし、中国は先手を打つ国民性の差である。


今や有害粒子レベルにある大気汚染により、インドでは人によって差があるものの、多くの人が目や喉の痛み、喘息症状の悪化を訴え、喘息でない人も咳が止まらない症状を抱えている。冬に向かって大気の汚染度は益々深刻になり、専門家は屋内に居て、屋外での運動を手控え、止むを得ない場合はマスクの着用を薦めている。デリーではマスクを3百万枚無償配布したニュースもある。


出典:BBCニュース電子版(こちら


BBC記事に掲載写真は昼でも薄暗く、信号も良く見えない深いスモグに覆われている現状を紹介している。この記事を読んで、最近の日本の澄み切った秋晴れが非常に美しく、空気美味しく感じた。







出張先でのツイ一杯


国内の出張ではホテルに着いて夜になると、夕食はレストランではなく外出して居酒屋に入ることが多い。単独出張の場合は特にその傾向があった。何となく落ち着くのである。


学校の修学旅行で我々生徒が部屋で枕投げに興じている間、同行の先生方が一室に集まって飲酒している光景を良く見かけたことがある。出張先ではつい気が緩んでその気にさせる。


昨日、朝の福岡発羽田行きに乗務予定だった全日空の機長からアルコールが検出されたとして交代させられ、4便が最大1時間15分の遅れが出た。機長は前日から福岡に到着した便で勤務を終了。ホテルにチェックインした後、一人で福岡市内の居酒屋に入り、午後8時から10時にかけてビール中瓶を4本飲んだという。ビール4本が多いかどうかは別として、一般サラリーマンの単独出張には良くあるパターンである。


酒をたしなむ人の常識として覚えて置くことは、ビール中瓶1本で基準値の0.15mℓに達し、4時間は持続する。2本飲めば7時間は体内に残ることである。簡単に言えば、明朝車の運転をする予定があるなら、7時間前までに中瓶2本までで飲み終えておくのが原則と言われる。


全日空の機長はこの原則から言えば、中瓶を4本飲んだのでアウトである。ただこの記事を読んで、機長という職業も当たり前のことながら厳しいものだ、激務の後の出張先でゆっくり飲酒して気を休め、英気を養うことも出来ないのかと思うと気の毒になる。


尤も、これも人の命を預かる安全面から制定された法律に縛られている。30年前にモスクワに出張した時、ホテルのバーで日航のスチュワーデス数人が男性抜きでワインを酌み交わしている場に遭遇したことがある。その後の法制定でこんな光景も見られなくなったに違いない。


いずれにせよ、出張先ではつい気が緩み、ゆっくりと一杯やりたい気になるものである。


出典:msnニュース(こちら

話す英語力と大学教育は別物(その1)



芥川龍之介の英語の教師は夏目漱石だった。「漱石先生にかかると深淵なシェイクスピア文学も殺風景な英文法のテキストだ」と反発しフランス語に転向した。フランス語の発音から連想して発表した作品が「河童」だったとの逸話がある。


この英文法中心の英語教育が明治の時代から今まで脈々として受け継がれている。海に囲まれた島国で欧州列強の侵略も受けず人的交流も希薄な中では、英語を聞く機会も話したり書いたりする機会もなく、書かれたものを読む以外に英語に接する手段がなかったのである。


国際化が進む中で、海外での会合、学会や立食パーティ、記者会見等に参加するチャンスが増えても、会話による意思疎通能力欠如のため、「末席に固まる黒いスーツ姿のモノ言わぬ集団」と揶揄されていた。これが日本の国際社会に対する発信力に乏しい原因となっている。


日本の今までの英語教育のやり方では、真の英語能力を身につけられないとして、今の高校学習指導要領では、英語の授業は基本的に英語で行うようになっているが現実には英語で授業を行っている高校が少ないという報告がある。無理はない。英語で講義出来る程の能力を持った教師が少ないからである。そんな教師をケナス訳では決してない。今までの的外れな英語教育の犠牲者なのである。


英語を話す能力を学校教育に求めようとするのが間違いである。どの国の人も、自国の言葉は乳児の頃から親や周囲の人の口真似の集積である。日本人でも外国語が話せるようになった人は、自分の意志で学校の課外活動の英会話グループに入ったり、民間の英会話教室、海外へ語学留学など外国語を話す環境に身を置いた人達である。これらの活動をしないで学校の授業だけで英語が話せるようになった人を私は寡聞にして聞かない。


これを無理に学校教育に求めようとするのが今までの英語教育だった。そのために、今までの間違った英語教育の犠牲になった英語を話せない先生が教えることになる。高校だけでは話せるようにならないので、年少の頃の話し言葉習得能力が乏しくなった年頃の大学教育に求めようとする。大学に入るためには試験を受ける必要があるので、受験のための英語教育になってしまう。これで外国語が自由に話せるグローバルな人材養成が実現する筈がない。


【以下、次号に続く】


海外渡航時のエクセス料金回避努力



海外渡航時のエクセス・チャージとは超過手荷物料金のことで、飛行機に乗る前にチェックインカウンターで機内の貨物室へ運び入れて貰う手荷物が規定の重量・個数・サイズを越えた場合に徴収される。相当の金額を請求される。


金額は渡航先の遠近により違いがある。私が現役時代に頻繁に海外出張していた時は、今のように格安航空会社(LCC)が出来る以前のことで、エコノミークラスの場合、無料で引き受けてくれる手荷物は、個数3個まで、合計重量20kgs以下、一つの手荷物のサイズは3辺の長さ合計が2m以内だった。規定重量を越えると1kgあたりファーストクラスの旅客運賃の1%を徴収され、ファーストクラス運賃がエコノミークラスの2倍だった当時はバカにならない額に昇った。


尤も、航空会社やチェックインカウンターの担当者により多少の超過には目を瞑ってくれる時があり、私の経験ではルフトハンザやパン・アメリカン、バリグ・ブラジル航空は太っ腹だったが、日本航空や特に首にスカーフを巻いた女性スタッフは融通が利かなかった。


LCCが登場した現代、エクセス料金はどう変貌したか知らないが、旅客運賃が安くなったのに比べ手荷物料金は高いと見えて、重量を誤魔化す手段が横行しているらしい。

                                                                                                         

男性旅客にスーツを3枚重ね着した人がいる。同じサイズのスーツを3枚着るには物理的に無理だと思うが、着たとしても身動き出来そうにもない。夏の時期には熱性披露で卒倒した人も報告されている。


エクセス逃れ.jpg 


男性に比べて女性はこんな場合、騙しやすい特典がある。妊娠を装えば良いので、ある女性旅客はパソコンの充電器を腹に括り付け、上から服を着れば妊婦に見える。ノートパソコン本体は背中に括り付けて手荷物重量逃れをした。チェックインカウンターでは無事に係官の目を逃れたが、機内で客室乗務員に見つかってしまった。背中の上からパソコン本体の一部が覗いているのが目に留まったと言う。お陰でエクスセス料金約7千円を払わされたと言う。


この女性客はしらばくれて、「FT(frequent traveler=頻繁に旅行する人)というものは、エクセス逃れに精通しているものだ」と言ったらしい。そんなことはない。FTとは如何に携行する貨物を厳選して規定以内に納めるかに慣れている人である。私はそうしていて超過料金を払うことはなかった。


出典:CNNニュース電子版(こちら




今日読み終わった本―「報道被害」



今日読み終わった本:


『報道被害』 梓澤和幸   岩波新書 2007年1月刊


京都アニメーション放火殺人事件の犠牲者実名公表の可否問題に触発されて、図書館の閲覧棚から選んだ本である。普通は、時事問題に関わる書籍は発行日が古いと流行遅れで現実味がなくなるものだが、本書のテーマは、長年社会問題と提起されながら現代に引き継がれているだけに新鮮味がある。


但し本書は発行後12年を経ているだけに、引用されている例は松本サリン事件や桶川ストーカー殺人事件など古いものが多い。しかし、例としては古いものの現代の報道被害に共通する点は、被害者や容疑者、遺族に対する報道陣の「集中豪雨型取材」による肉体的・精神的・心理的影響である。最近は報道陣に加え、ネットやSNSの姿を見せない人達からの執拗な脅迫や中傷が加わっている。


その主な原因は、かっては「実名報道」は5W1Hの報道原則、国民の知る権利で正当化されていたが、逆に容疑者や犠牲者家族への人権侵害が指摘されるようになり、今では容疑者の加害事実の確定までは実名公表は禁止、家族の同意なしの被害者及び被害者家族の名前の公表は禁止されている。


いずれも報道被害を最小限に食い止める手段であるが、実名公表にはいつも報道関係者より強い要望が出る。


本書で弁護士である著者は「報道被害」を『テレビ、新聞、雑誌などの報道によって伝えられた人々がその名誉を毀損されたりプライバシーを侵害される人権侵害』のことと定義して解説を進めている。


これら人権侵害とメディアの報道・表現の自由の相反する主張の中で著者は、①被害救済制度の構築、②警察情報構造の変革、③商業主義に過度に傾斜するメディアの経営陣、編集幹部へのメス、④メディア内部に人権思想を浸透、の4点を提言しているが、メディアからは反論がありそうである。





愛犬をパンダに変身させる


パンダ犬.jpg


「貴方の愛犬をほんの2万円ちょっとでパンダに仕立てます」。こんなペットカフェが先月中国の成都で開店した。成都は世界自然遺産のパンダの保護区のある場所でパンダの聖地である。


ペットの犬の肢や耳、目の周りやボディの毛を白と黒に染め上げてパンダに似せるものである。「特に創造性に富んだものではない。一寸した新規なものを表現しようとしただけである」と21才のペットカフェのオーナーは話している。先月、ネットでこの商売を紹介すると、今では一日6070件の問い合わせがあると言う。


今のところは、直ぐに注文に結びつくのではなく、写真を撮りに押し掛ける人が多い。


染め上げる染料は輸入品を使いボディの表面に吹き付けるだけで、皮膚まで浸透させるものではない。一時的な好みを満足させれば良く、目的を達すればクリーニングして元に戻すサービスも行うとしている。


ホテル業界を含めて関心を呼んでいる商売だが、全てが前向きの姿勢ではない。動物愛護団体は避けた方が良いと反対の立場である。理由は、化学染料で犬を染めることは犬にとってはストレスの原因となり、犬の皮膚や鼻、目にアレルギーを起こさせるとしている。「動物を金儲けのために利用するとは許せない話である」と厳しい。


ネット上では「ペットに対する虐待行為」との書き込みもあり、「動物には優しく接してあげて欲しい」と訴えている。


出展:ロイター電子版(こちら英文)



「身の丈」発言は現実には正しい



英語の民間試験制度について、荻生田文部科学大臣は「自分の身の丈に合わせて勝負して貰えば」と発言し、教育基本法に謳う教育の機会均等に反すると猛反発を受け、発言撤回と謝罪に追い込まれたが、現実社会では正しい発言だったと私は思っている。


個人的には荻生田大臣は日頃の官僚的で上から目線の傲慢な考えや発言で好きではない政治家であるが、「身の丈に合った挑戦」というのは現在社会に存在する格差を認識した正論と捕えている。


立憲の安住国対委員長の「戦後焼け野が原から教育だけは平等でやっていこうというのが日本社会の最も優れた部分。教育の不平等こそ最も憎むべきものだ」に代表される批判は、野党や一部与党、多くのメディアや評論家の意見であるが、これは理想論であり現実的ではない。


確かに教育基本法は、「すべて国民は等しくその能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種・信条・性別・社会的身分・経済的地位又は門地によって教育上差別されない」と高々と謳っている。しかしこの条項の裏には、『但し、その教育を受けるに足る十分な財政的な裏付けがあれば』という重要な前提条件が隠れている。現実には「本人に向学心があり、能力があっても、教育を受けるためのオカネがあるかどうか」により差別されているのである。これが現実であり、荻生田大臣の発言もその延長線上にある。


我々世代の大学進学率は10%内外だった。焼け野が原の中で育ち、大黒柱の父親を戦争で亡くした母子家庭の若者が大多数で、「教育を受ける機会」は提供されていても、経済的な裏付けに欠けていたからである。


時代は変わった現在でも経済的な格差は引き継がれている。大都市と地方の教育環境の格差も厳然として存在する。その中では「身の丈に合った勝負」に挑まざるを得ない受験生がいるのは事実で、荻生田発言は決して批難されるべきものはなかったのである。


理想論や建前論をいくら展開しても問題解決にならない。格差が存在する現状を踏まえた上での受験制度の構築が急務である。


元はと言えば日本の英語教育の在り方が間違っているためで、この問題については別途本ブログで取り上げたい。








「身の丈」発言は現実には正しい


英語の民間試験制度について、荻生田文部科学大臣は「自分の身の丈に合わせて勝負して貰えば」と発言し、教育基本法に謳う教育の機会均等に反すると猛反発を受け、発言撤回と謝罪に追い込まれたが、現実社会では正しい発言だったと私は思っている。


個人的には荻生田大臣は日頃の官僚的で上から目線の傲慢な考えや発言で好きではない政治家であるが、「身の丈に合った挑戦」というのは現在社会に存在する格差を認識した正論と捕えている。


立憲の安住国対委員長の「戦後焼け野が原から教育だけは平等でやっていこうというのが日本社会の最も優れた部分。教育の不平等こそ最も憎むべきものだ」に代表される批判は、野党や一部与党、多くのメディアや評論家の意見であるが、これは理想論であり現実的ではない。


確かに教育基本法は、「すべて国民は等しくその能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種・信条・性別・社会的身分・経済的地位又は門地によって教育上差別されない」と高々と謳っている。しかしこの条項の裏には、『但し、その教育を受けるに足る十分な財政的な裏付けがあれば』という重要な条件が隠れている。現実には「本人に向学心があり、能力があっても、教育を受けるためのオカネがあるかどうか」により差別されているのである。これが現実であり、荻生田大臣の発言もその延長線上にある。


我々世代の大学進学率は10%内外だった。焼け野が原の中で育ち、大黒柱の父親を戦争で亡くした母子家庭の若者が大多数で、「教育を受ける機会」は提供されていても、経済的な裏付けに欠けていたからである。


時代は変わった現在でも経済的な格差は引き継がれている。大都市と地方の教育環境の格差も厳然として存在する。その中では「身の丈に合った勝負」に挑まざるを得ない受験生がいるのは事実で、荻生田発言は決して批難されるべきものはなかったのである。


理想論や建前論をいくら展開しても問題解決にならない。格差が存在する現状を踏まえた上での受験制度の構築が急務である。


元はと言えば日本の英語教育の在り方が間違っているためで、この問題については別途本ブログで取り上げたい。








間違った意味で使われる言葉



良く話題に乗る話で、日常使っている言葉で本来の意味と異なる、極端な場合は逆の意味で使用される言葉がある。「日本語の誤用ランキング」にいつも顔を出す言葉をいくつか拾い上げてみる。


役不足: (誤)本来の能力より重い(手に余る)仕事や役割

        を与えられる。

     (正)本来の能力より軽い仕事や役割を与えられ

        る。


確信犯: (誤)悪いことを承知して行う犯罪。

     (正)信念に基づいて正しいと思って行う犯罪。


姑息:  (誤)卑怯な状態

     (正)一時しのぎである状態


ハッカー: (誤)コンピュータに潜入して不正を行う人

     (正)コンピュータやインターネットに詳しい人


破天荒: (誤)豪快で大胆不敵な様子

     (正)誰も成しえなかったことをやること


他に、「失笑」とか「他力本願」など、挙げられてみれば気付かずに日常使っている誤用表現が周囲には沢山あることに気が付く。


これらに、最近は次の二つの言葉が仲間入りした。本来の意味から転じて次の意味になるようである。


説明責任』:説明責任を果たすと言いながら説明せずに雲隠れすること。時間の経過と共に人々が忘れてしまう頃にいつの間にかいずこからともなく現れて大きな顔をすること。実例、舛添元東京都知事、甘利元経済再生担当大臣・自民党選挙対策委員長など多数。


任命責任』:不祥事で大臣が辞任したり更迭されるごとに「任命責任は私にある」と言いながら何も責任を取らないこと。大臣辞任の都度コメントを求められた時の常用語。実例、特に名前を挙げるまでもなく誰もが直ぐに頭に浮かぶ人。