人は「確率」を殆ど重要視していない



昨日の毎日新聞の「余禄」に、二つの確率を提示してどちらを選ぶかを聞いた場合、本当は同じ答えなのに、問題の出し方によって選び方が正反対に異なる例を示して「人が確率を解釈するのは驚く程難しい」との一文が出ていた。


この記事の意味するところは、新聞などによく出てくる例えば、「南海トラフ地震により今後30年以内に静岡、和歌山、高知などの29市町村が5メートル以上の津波に襲われる確率は26%以上、同21市区町を10メートル以上の津波が襲う確率は6~26%」などの類の話である。実際に発生して被害に直面すれば戦慄すべき事態だが、何も起こらない今の平穏な時期に読めば、「あぁそうかいナ」で殆ど気に留めない。


「確率」とは占い師のように、根拠もなく未来を予測するのでなく、実際に発生した件数やその間の時間的経過など、具体的な数字を根拠として計算されたもので、その初期的な計算式は中学の算数の教室で習う。高度なものになると数学学会の確率論のテーマにさえなる。


「確率」とは将来に起こる予測で、一番身近なものは「明日の降水量の予測」など生活に密着したテーマもある。当たるか当たらないかは結果を見て判断するので、根拠のない占いも高精度のコンピュータで予測した結果も同じ扱いになる。


私が何度となくこのページに取り上げた中国の毛生え薬101でも直接体験している。現役時代の若い頃より私の頭髪量が不足気味だったのを見て、来社した中国北京医薬保健品公司の専門家から「この毛生え薬は75%の人に効果がありますよ」と言って小瓶を2本土産にくれたことがある。この時の“75%”とは「確率」ではなく、実際に使用した人と効果があった人を比較した「実数」である。ところが、来客が奨めてくれた時は単なる「予測」だったが、如何にも効用がある印象を受けて喜んだものである。再来日した顧客が私の頭を見て、「先生は効果がなかった25%の仲間だったのですね」と真剣な顔付きで話した。その時の私は「騙された」とは思わなかった程数字というのは不思議な力を持っている。


前述「余禄」はこう結んでいる。「人間は確率を注意深く計算するようには進化していない」。



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