巡り合わせの人生



「巡り合わせ」という言葉がある。「めぐりあわせ」と読むが「まわりあわせ」と読む人もいる。従って「回り合わせ」とも書く。どちらも同じ意味と思うが、三省堂の大辞林では、『巡り(めぐり)合わせ』は、<偶然にそうなること。運命、まわりあわせ>とあり、『回り合わせ』は、<自然にそうなること。運命、めぐりあわせ>とある。結局同じことのようだが、こう並べられると微妙な違いも感じられる。


いずれにせよ、自分に降りかかってくる自分の力ではどうしようもない、科学的に説明のつかない不思議な力である。


私は中学を卒業した直後から社会に放り出された。時代は戦後8年、メーデー騒擾事件翌年の混乱期で、「氷河期」との言葉はまだなかったが未曽有の就職難だった。選択肢の全くない就職で、人生最初に降りかかった「巡り合わせ」であった。9年後に大学を卒業し二部ながら大卒の肩書を得て、より良い待遇を目指して再就職に臨んだが、丁度巡りまわって来た就職難時代で、小津安二郎の古いサイレント映画の題名、「大学は出たけれど」の言葉が蒸し返されていた。これも、自力ではどうしようもない「巡り合わせ」であった。


地球を覆う新型コロナ騒動の結果、東京オリンピックが延期になった。五輪を目指して研鑽に励んで来た選手達にとっては誠に不運な「巡り合わせ」である。しかし、オリンピックはまだ良い。種目によっては延長後に開催されても間に合う選手がいる。一方、甲子園を目指していた高校球児の場合は来年への選択権もなく無念の涙を飲むことになった。天が自分の人生履歴に否応なしに残した悲痛な記録である。


京都産業大学の学生4人が、学長の要請を無視して欧州旅行に出かけ新型コロナに感染して帰国した。自分だけで済まず、ゼミの同僚との宴会で集団感染を起こす原因を作った。何故大学の要請を無視して新型コロナ感染患者が蔓延する欧州に出かけたのか?理由を聞かれて答えたのは、「騒動以前からの計画だった。大学の卒業旅行は一生に一度しかない」。その一生に一度の年に「巡り合わせた」のが不運と言いたいのだろう。


しかし、「巡り合わせ」は自力が働かなくても、騒動の中で旅行を決行するかどうか、それがもたらす懸念はどうかは、大学を卒業する程の良識ある人間なら自分で判断出来た筈である。結果として、周囲41人に感染させてしまった。


「巡り合わせ」はその人の人生を左右する。先の長いこの学生達に、この一瞬の判断、決断ミスがどう人生を左右するか。








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