手話通訳者の口の動き



マスク使用が強力に勧められている中で、テレビ画面に登場する手話通訳者だけがマスクを付けずに登壇し、マスク姿の演説者又は講演者と同席している姿に違和感を覚えた視聴者が多かったらしい。口の動きが聴覚障碍者への情報伝達に重要な役割を果たしていることを知らない健常者の不見識と指摘され、改めて知った人が多く、かく言う私もその一人であった。


手話通訳とは文字通り「手」を動かせて話の内容を伝えるものである。手話通訳者が手だけでなく、物も言わずに口を動かせている姿を見て、耳の不自由な人にあたかも声を出しているように見せるのは不味いのではないかと思っていた。しかし、実際は口の動きが重要な伝達手段だったとは知らなかった。


「読唇術」という言葉がある。人が喋っている口の動きを遠くから観察して何を話しているかを盗み取る技術で、スパイ映画やテレビの刑事ドラマなどに時々出てくる。ところが、手話通訳者の口の動きは健常者が話す時の口の動きとは全く別物と言う。手と口の動きが同期して意思を伝達するある種の符号らしい。


とすると、手話通訳とは大変な技術である。かって米国が初めて人類を月に送り込んだアポロ月面着陸の状況をテレビで実況放送した時、米国の放送を日本でも放映した時に同時通訳した人に西山千と言う人がいた。米国生まれの日本人で同時通訳の技術を初めて日本で紹介した人である。この人の著作に「通訳術」という本があって、当時英語を勉強していた私の興味を引いた。


この本で主張していたのは、いくら英語に堪能な人でも通訳が務まるものではない。『通訳術』という特別の技能があるということである。自己を完全に抹殺して通訳すべき当事者同士になりきるよう身を預けることであり、聞きながら一方では話すという精神分裂に似た動作が同時に要求されるとあった。自分の意見や考えが入り込む余地がない世界であり、特別な技量が要求されるのである。


手話通訳者も似たような高度な技術を要する専門職である。軽いボランティア精神で習得出来る分野ではない。その高度の専門職が、新型コロナウィルスが飛散する中で、マスクなしで職責を全うしている姿を見ると改めて敬意を表したい。そんな激務であることを万人が知っておくべき常識であろう。





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