国会での質疑答弁はメモの朗読会


国会は「言論の府」と言われ、侃々諤々の論議を展開する立法機関である。憲法第51条にもそうあるべきと規定されている。にも拘わらず、テレビで本会議や予算委員会の中継を見ていると、質問する方も答弁する方も、下を向いて事前に用意された紙を読むだけの朗読会である。お互いに目を合わせて、場合によっては指差しして議論する場所になっていない。


何故こんな状態になったか、どうすれば良いのかを官僚と議員の両方を経験した松井孝治元官房副長官の話をまとめた記事がある(こちら)。一方に偏らない、目から鱗の明快な解説と提案で、与野党議員も国民も一読すべき内容である。


我々身近の老人会、同好会、同窓会でも総会を開催する場合、「会員の2/3以上の出席をもって成立する」と規約の冒頭に規定されている。これと同様国会も「定足数」の厳格な考え方があるという。定足割れをすると審議がストップされるから、各党の国対委員から質疑に参加しなくても出席を強要される。


「質疑に参加しなくても」との言葉は言論の府ではオカシナ表現だが、実は与党による法案の「事前審査」の制度があり、与党はこの場で「ああでもない、こうでもない」と白熱の討議が展開される。こうして完成された法案が国会に提出されるので、与党議員は改めて国会で議論する必要はない。


一方、野党は法案が国会に提出されて初めて内容を知ることになるが、議会の過半数を既に議論を尽くた与党が占めている限り、どんなより良い改定案を出しても通らず、法案の中身は変わらない。勢い法案と関係ない質問を続けるため国会審議は時間潰しの場となる。


質問と答弁が前以って準備されているので、国会とはその脚本通りに進める儀式の場となっている。「言論の府」などどこかへ飛んでいる。従って、出席議員は何もすることがないので、議会で推理小説を読んだり、スマホで蛇と鰐の格闘の動画を見て時間を潰すことになる。


かって、上西小百合議員が議会をサボッテ秘書と不倫旅行をして問題になったが、根源はこんな議会運営にある。国会は単なるセレモニーの場に過ぎないことを良く知っているのは安倍首相である。首相が国会を開催したくないという気持ちは、こんな国会運営のバカバカしさを一番良く知っているからに違いない。これが民主国家日本の姿である。






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