日本語の変遷



言葉というものは時代と共に変わるのは洋の東西を問わず同じである。「源氏物語」や「枕草子」の中の表現が現代人では理解出来ないのと同様、シェイクスピアの英語は現代英語とは発音や表現が格段に変わっている。言葉とは時代の変遷と共に変わるものである。ただ、前者は全くどうしようもないほど変わり果てているが、後者は日本の時代劇や歌舞伎のセリフ程度の違いで、慣れれば問題ないと西欧人から聞いたことがある。


現代日本語も、新聞界など言論世界で正当な日本語表現を頑なに守っている分野もあるが、テレビやSNSでこれを否定し、新たな表現を追うことに興味を覚える輩が多い。我々日本語を話す人種で日本語文法に拘泥する層は殆どいなくなったが、それでも中学・高校などで必須科目として習得している。その若者たちが、教室を離れれば日本語文法を否定する新しい表現を駆使している。


我々の年代で最初に違和感を覚えたのは「ら抜き言葉」だった。恐らくテレビの影響が大きかったと思うが、今では一流新聞の記事にも表れている。流石にニュース記事には各社の規準があって使われないが、評論家や世論の言葉をそのまま引用する場合、「見られない」とすべきところを「見れない」とする表現が定着している。テレビの富士写真のCMの「写ルンです」から来たのか、TVキャスターが「~するのです」というべきところを「~すルンです」と言っても違和感を覚えない程浸透している。


「赤い」とか「小さい」など「い」が付く言葉はすべからく形容詞であると習った。ところが今の若者言葉で顕著なのはこの「い」がない。「速い」というべきところを「速っ!」と言う。高い山を見上げて「高っ!」、スローモーな動きを見て「遅っ!」、美味いと感じると「旨っ!」と言う。


今や「い」と付けば形容詞という日本語文法では説明がつかなくなっている。では「黄色い」とか「可愛い」などはどう表現すれば良いのだろうか。





ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

面白い

この記事へのコメント