電話の着信ベルへの応答が遅くなっている



黒電話時代、事務所にいて執務中に着信ベルがなると、課員は競うようにして受話器を取り上げた。電話をかけて来た人を待たせるのはマナーに反するとの意識が徹底していたのかも知れない。年配女子課員が「若い子の瞬発力には勝てない」と悔し気に口走ったのを覚えている。直ぐに電話口に出るのが当たり前の礼儀が、携帯電話やスマホになってより身近になっている筈なのに、最近は応答が遅いか或いは全く出てくれないのを実感している。


一例を挙げると、私の所属しているグラウンドゴルフ・クラブに連絡網を設定している。プレー当日朝の天候が降るのか降らないのか微妙な時に、強行するか中止するかの連絡をし合うのが主な目的である。早く伝えないと実施すると早合点して家を出てしまう人がいるので緊急を要する。連絡は素早い応答に便利な携帯電話を主とし、伝わらない場合は固定電話にかけるルールになっている。とろが、その携帯にかけても直ぐに応答してくれない。


止むを得ず、その人を飛ばして次の人に電話するがそれも中々出ない。「ハンドバッグに入れてあった」とか「自動車の中に置き忘れた」、「充電中だった」などがその理由である。止む無く固定電話にかけるとこれも出ない。旧家で大きな家に住んでいるので、渡り廊下を走って来る必要があるのは、以前訪問したこともあるので良く知っている。


携帯に電話しても直ぐ応答しなくなったのは、着信記録が残るので後でかけ直せば失礼に当たらないとの身勝手な解釈に違いない。従って、携帯電話は最近不携帯電話扱いになっている人が多い。


着メロが鳴っても直ぐに出ないのは、明らかに在宅しているのが判るのにチャイムを押しても出て来ないのと共通している。居留守の傾向が増えているのは宅配業者や郵便配達人の証言でも明らかである。登校中の小学生の列に「おはよう」と声をかけても知らぬ顔をして通り過ぎる傾向もある。両親の躾けの問題なのか、「見知らぬ人と話をしてはいけない」との学校の教育によるものかは判らない。


携帯電話の着信ベルに即対応しないのは、こんな最近の殺伐として社会現象の象徴かも知れない。





首相退陣でモリカケ・「桜」はどうなるか



首相の退陣表明で、疑惑が解明されないまま残っている「森友学園」、「加計学園」、「桜を見る会」の問題は未解決のまま、首相と一緒に墓場まで持っていかれるのか、それとも官邸の人事束縛が無くなれば一挙に内部告発の形で真相が流出して来る可能性があるのか憶測が飛び交っている。


野党は首相が一線から退けば真相糾弾の機会がなくなり、事件が有耶無耶に葬り去られることを危惧している。この考え方はおかしい。今の野党は正直だから、首相を追い詰めれば事実が出て来るものと思っている。


しかし、首相在任中にも追及を繰り返して来たのに尻尾が掴めなかった。野党は追及の手が弱かったと真相解明の為には今後とも首相を追い詰めることに執心している。犯人は首相であることに疑いはない。その本人が今までの糾弾にも吐露しなかった経緯から、余程ののっぴきならない確証がない限り真相を引き出せない。


一方、識者は以前の自民党なら、モリカケ・「桜」のどの問題でも、首相に非があると内部批判が起こり、首相を引きずり下ろす自浄作用が働いたという。二階幹事長より権力があった政界のドン金丸副総理を佐川急便巨額献金事件で失脚させたのが一例である。従って、安倍首相の人事管理のタガが外れば、官僚の中からも「恐れながら」と訴えて来る可能性がある。今まで全てシュレッダーをかけた、パソコンやサーバーのデータを消去したと証明をしても、官僚一人一人が持っている親指程のサイズのUSBメモリーにまでは捜査の目が届かない。これがゾロゾロ出て来る可能性がある。


一方、首相の罪を知り尽くしている菅官房長官や麻生副総理が後継に座った場合は真相が出て来るかと言えば、答えはNOだろう。二人は真相を知っていても事件に関与していない。「これは前政権の問題」として片付けられるに違いない。日本政府は韓国政府と違って前政権の諸悪を徹底的に追及し、前大統領を自殺にまで追い詰める執拗性はない。


いずれにせよ、現在の安倍政権による議員・官僚の人事管理の影響が残れば「忖度」によりモリカケ・桜は塩漬け、そのタガが外れれば疑惑解明への新事実の登場となろう。佐川さんはいつまでも落ちついた日が送れない。




                                                                                                                             

謎のファーストレディ



どこかの総理夫人のように感性のまま自由に動き回った結果、批判の的になり強制的に行動を抑え込まれているのと対照的に、米国のメラニア・トランプ夫人は表立った行動や発言が殆どなく、サイレント・ファースト・レディとも称されている。「謎のファースト・レディ(Melania remains an enigma)」の表現すら飛び交っている。


米国のファースト・レディは大統領の補佐役であると共に、広く社会活動に従事し国民との接触を深めている。昭恵夫人はその行動が政局の意向に無理解な点が多いと、本来は公人であるべきところ、無理に私人として避けられているのに対し、米国のファースト・レディは厳然とした公人である。


直近のナンシー・レーガン、バーバラ・ブッシュ、ヒラリー・クリントン、ローラ・ブッシュ、ミシェル・オバマと名前を並べただけでも、口達者で目立った社会活動・福祉活動が多かった印象がある。ミシェル・オバマ夫人などは今でも人気の活動家である。これらの猛者を引き継いだ現在のメラニア・トランプ夫人の影の薄さは際立っている。


これに反し、トランプ大統領の娘イヴァンカ大統領補佐官の美貌とヤンキー娘らしい派手な行動で名前が一挙に広まった。安倍首相がトランプ大統領の前で「イヴァンカ大統領夫人」と口走ったが日本語だったため、通訳は「メラニア夫人」と大統領に伝えたことは良く知られる。


今回、大統領選の共和党大会でメラニア夫人が久し振りに演説台に立った。そこで初めて「メラニア夫人の謎」の一端を伺い知ることが出来た気がする。ひとつ彼女がスロベニア出身の訛りの強い英語力である。この演説を聞いた米国の75才になる高齢女優が、「この人は特有の訛りがあり、まだ英語が喋れないわ」とツイートして大炎上したらしい。(こちら)から演説の一部を聞けば推察出来る。


もう一つは、オバマ夫人やクリントン夫人が法律学を修めた経歴を持つのに対し、メラニア夫人はファッションモデル業出身である。政界での発言力の差は覆うべくもない。これが彼女をファースト・レディとしての役割から逃避せざるを得なかった背景が判る気がする。ただ、共和党大会での演説の内容は、他の演者のように民主党陣営の批判を避け、自らが移民であることを擁護し、人種差別に配慮するよう、他の共和党の強行路線をなだめる内容だったのが注目されている。



大坂なおみ、順調に勝ち進んでいるのに突如棄権



テニスの大坂なおみが、米国ニューヨークで行われているウエスターン・アンド・サザン・オープンで順調に勝ち進み、次は準々決勝という大事な試合の前に、突然棄権すると発表した。このオープンが始まる前には「全米オープンを控えての腕馴らしの出場ではない。このオープンで優勝を目指す」と意気込んでいたのに何故か。


理由は、先日米国ウィスコンシン州で非武装の黒人男性が白人警察官により背後から7発も銃撃され重傷を負った事件への抗議の表明である。米国では5月にミネソタ州で白人警官による丸腰の黒人が膝で首を抑えられ圧死した事件を契機に、「Black Lives Matter (黒人の命は大切だ)」運動が全世界に広がっている。その中での事件だけに、この新たな事件は米国のプロバスケットボールやフットボールの選手からも抗議の声明が出ている。


大坂なおみはツイッターの中で、「有色人種の女性として、テニスを見るよりも、注意すべき重要なことがらがある。黒人に起こった権利剥奪、人種差別、その他数々の怪物は私の胃を損ないます」と述べている。


大坂自身も日本ではその肌の違いにより差別の標的にされている。昨年、日清食品がPRアニメで実際より肌の色を白くして批判を受け謝罪したり、漫才コンビが「大坂選手は漂白剤を使った方が良い」と差別発言し、事務所が謝罪したこともある。


出典:BBCニュース(こちら英文)


大坂なおみ選手は日本人選手として持て囃されているが、他の日本のアスリートで優勝カップを手中にする目前で権利を放棄し、社会問題で抗議の声を揚げる行動を起こせる選手が何人いるか?芸能人やアスリートだけではない、一般社会人でかかる社会問題や政治問題で声を上げて行動することのない徹底したノンポリの不思議な人種と世界各国から見られているのは肝に銘じるべきである。




今年の夏は生活ペースが変わった



今年の梅雨は異常に長く7月中は殆ど毎日雨で、コロナと降雨のためダブル巣籠だった。8月1日にやっと梅雨明けすると、今度は朝から連日の高温続きでまた足止めを喰らう毎日である。


良く考えると、これは加齢が原因しているようである。念の為、昨年の能率手帳の毎日の記録を見ていると、朝食後の恒例のウォーキングは余程の大雨でない限り傘を差して出かけ、近所の人から「雨でも出かける」と半ば揶揄されていた。また、晴天の日は暑さをものともせず出かけるのが日課であった。お陰で「真っ黒に日焼けした顔」とも評されていた。


ところが今年は一寸した雨でも引篭もるし、雲のない晴天では照り付けられるのを予想して出足を挫かれる。残念ながら能率手帳にはその日の気温まで記録していないので比較は出来ないが、体感的には今年は昨年より暑いのではないかと思ったりする。梅雨が余りにも長かったため気温の低い毎日が続き、梅雨明けとともに一挙に気温が上がったので身体の慣れが伴わなかった可能性もある。と言う訳で、習慣のウォーキングを2週間止めてしまった。但し、週2回のグラウンドゴルフには出ている。


ただ毎日続けていたウォーキングを休むと体の調子が良くない。今朝も晴天だが雲量が多く太陽が雲に隠れることが多いと見定めて久し振りにいつものコースに出た。首には水に浸すと冷える冷媒のついたリボンを巻き付けている。15分も歩き続けると従来のペースが戻って来る。雲に隠れていた太陽が顔を出して照り付け始めたが苦にも感じない。これなら、明日から少々照り付けられても問題はないとの自信も感じる。


お陰で今日は身体の調子も気分も良い。無理をしても出かけるぞと一瞬の決断をするだけで済む話である。ヤル気が萎えるのはやはりトシの精かも知れない。




「邪魔者は殺せ」が黙認される社会


ロシアの反体制派の指導者が、ロシアの飛行機の中で突然意識を失った。毒殺未遂疑惑が広がったが、緊急搬送されたシベリアの病院では「毒物は検出されていないが、移送するには危険な状態」と発表した。しかし、家族は「ロシアの病院は信用出来ない。移送困難を理由に病院に留め置いては解毒される可能性もある」として、本人を英国或いはドイツの病院に移送するよう訴えた。


最終的にドイツのNGO団体が医療輸送機を手配し、ロシアの病院の同意を得たのでベルリンの大型病院に移送、搬入した。同病院の医師団は、「毒物が使用された可能性がありそうな兆候がある(fairly likely)」と慎重な表現をしながら、「容態は深刻だが、生命の危険はない」と発表した。


反プーチンを公然と非難し、不可解な死を遂げたジャーナリスト、政治家、実業家は30人以上と言われている(ワシントンポスト)。その記事から主要な事件を抽出して見る。アンナ・ポリトコフスカヤ女史、舌鋒鋭いプーチン批判家が2016年、自宅マンションのエレベータ内で射殺体で発見。反プーチン派・人権派のジャーナリストの暗殺はその後も続いた。人権問題に取り組んでいた弁護士のマルケロフ氏とフリージャーナリストのパブローワ女史の二人が揃って射殺体で発見。


ロシア警察当局や政府機関の巨大な汚職を告発したマグニッキー氏が捕らえられ、過酷な拷問が理由で獄死。世界を震撼させたのは2006年の元KGB諜報部員のリトビネンコ氏がプーチンのKGB時代、複数の要人の暗殺を命令されていたと暴露したが、ポリトコフスカヤ女史の暗殺事件の調査員と会食後、突然の体調不良で病院に収容されて死亡。体内から大量の放射性物質ポロニウム210が検出された。英国政府調査委員会は「プーチン大統領が殺害を指揮した」と公式報告書を提出している。


その後も暗殺と見られる事件が続き、現在に至るもプーチンの暗殺指令が続いていると見られ、今回の事件もその流れと見られている。


プーチン大統領は都度ノーコメントの態度を貫いているが、犠牲者が全てプーチン批判者であり、他に批判される人間がいないことから、黒幕は明らかである。誰もが、直接関与を信じていながら知らぬ顔をしているのは、プーチンだけでなくサウジ皇子、身近にはモリカケ、桜問題に直接関与したどこかの総理もいる。







「鮎釣り人、川に流されて死亡」の記事に思う


遠く離れた地方の出来事であり、つい読み過ごしやすい短い記事だが、何となく身近に感じるものがあった。
22日午前9時20分頃、神奈川県厚木市酒井の相模川で、アユ釣りをしていた同氏恩名、高橋喜美男さん(82)が流された、近くにいた70、80歳代の釣り人の男性2人が約120メートル下流で救助したが、高橋さんは搬送先の病院で死亡が確認された。

厚木市の発表によると、現場の川幅は約150メートル。高橋さんは、右岸から50メートルほどの川の中で釣りをしていたという。
(読売新聞オンライン)

「身近に感じた」というのは、死亡した人は私と全く同年という点である。私の同い年の友人にも、長年にわたり鮎釣りを趣味として、解禁になるのを待ち兼ねて釣り道具を持って川に飛び出す者がいる。

かって友人達と一緒にハイキングに出かけ渓谷の川辺を歩いていると、清流の中を覗き込んで、「この辺りは鮎がいるな」とつぶやくので一同覗き込むが鮎の姿は見えない。「どこにもいないぜ」と言うと、「今はその季節ではない。しかし、川底の石を見ると鮎が齧った跡が沢山見える」と言う。石には水苔が付着していて鮎がそれを食べるために集まって来る。鮎の歯は結構強いと言う。我々には鮎の齧り跡は確認出来なかったが、釣り師にはツボを探すための必須の技術らしい。

シーズンになると、釣り人が長靴兼用のズボンを履いて長い釣り竿を持って川の中程まで入って釣りをしている人を良く見る。今回死亡した人の現場は川幅150メートルというから余程の大河である。岸から50メートルまで奥へ入り込んだらしい。鮎がいる川はアマゾンや揚子江のように一見どちらに流れているか判らないようなゆったりした流れではない。相当な流れの筈である。

82歳と言えば足腰が格段に弱っている。若い頃は、踏み出す足が左か右を間違えるだけで、その先の歩行に影響するような鋭利な穂高の岩峰を飛び回った私も、今は平地をウォーキングして対向車に出くわすと足が震えて立ち止まってやり過ごさねばならない程足が弱っている。幅150メートルの急流の中程に立って釣りをするのは酷な条件だったに違いない。足をとられると支えられない年齢である。

そんな遠くまで乗り出さねば、長い一生を犠牲にする程の釣りツボがなかったのかと思う。

久し振りに聞いた名前



昔よく聞かされて暫く振りに聞く名前だが、どうもこれが最後となるらしい。その名前は「レナウン」、むさい親爺とは凡そ関係ないが、世界的なアパレル・メーカーで主に女性向けだったらしい。この名前を聞かされたのは、毎夜テレビから流れるCMからである。

私にとって耳にタコが出来る程聞かされたCMの走りは、桃谷順天館の「美人は夜作られる」でバダジェフスカ作曲の「乙女の祈り」のピアノ曲が流れるCMだったが、この時はラジオ放送の時代だった。我が家にもやっと人並みにモノクロのテレビが入って来た時に、頻繁に耳にしたのが「レナウン」のCMだった。

テレビドラマの「七人の刑事」が大のお気に入り番組だったので毎回欠かさず見ていた。その後、娘が産まれて教育のため毎回見せていた「まんが日本昔話」、この二つの番組が「レナウン」の名とつながっていた。他の多くのテレビ番組にもスポンサーとして名を連ねていたと思うが、この二つの番組は「レナウン」のCMを不思議に想起させる。

数多くあるCMソングの中で、私が最も好きだったのは軽快な「レナウン娘」だった。「♪・・・テニスコートに秋が来りゃ、イェイイェイイェイイェイ・・・」は今でも口をついて出る。題名は「ワンサカ娘」とも言われた。当時世界で超人気のアイドル歌手、シルヴィ・ヴァルタンが流暢な日本語で歌っていたのが印象的だった。



このCMは好きだったが、かと言ってそれでレナウン製品を買うことはなかった。精々、足が匂わない靴下を買って貰った程度で、我が家にとってはCM効果は無かったと言える。

一時は世界を席巻したメーカーだったらしいが、その後業績が悪化を辿り、頼りの百貨店などの販売不振の末、遂に新型コロナに止めを刺されたと言われる。今後、「レナウン」の名を聞くこともないだろう。今は老齢に達している「レナウン娘」も寂しいに違いない。




セクハラ無感覚世代



昔、「二つの世界の男」という映画があった。冷戦時代の東西ベルリンを舞台にしたサスペンスドラマである。この物語のように命に係わる訳ではないが、日常生活で普通の社会習慣として身に付けて育った行為が、今や罪悪行為として糾弾され、場合によっては刑事罰にも問われるという、全く異なる二つの世界を渡り歩いた世代の笑えぬ話である。


一つは「タバコ」だが、これはいずれ稿を改めて取り上げるとして、今回は「セクハラ」について考える。何故急にこの話を持ち出したかと言えば、昨日のワシントンポスト記事から「元パリ副市長セクハラで告訴され辞任」の記事に触発されたものである。


別にパリ副市長に限ったことではない。日本でも国会議員や地方議会の首長などセクハラ疑惑で現職を棒に振った話はゴマンと聞く。共通しているのは殆どが中年、というより高齢の男性で、セクハラという言葉すらない時代、日常悪気なしに口にしていた女性に対する形容である。代表的なのは、石原慎太郎氏の小池都知事への「厚化粧の大年増」で、こんな表現をしても問題にならない時代に育った世代である。従って、この世代はこんな言動を素直に受け入れる。特に自民党の長老格に顕著で、一例として(こちら)参照。


正直に吐露するが、実は私もこの世代に属する。会社で気軽に若い女子部員の肩を悪気なくポンと叩いて話したこともある。特に苦情を受けた訳でもなく、他の部課のご同役も同じで罪悪感は全くなかった。そんな時代だったのである。


やがて労働組合の婦人対策部というウルサ方が声を上げ初め、人事部も押されて管理職に対するセクハラ講習会を外部の講師を呼んで行うなどの動きが出た。今迄自由に真っ直ぐ歩いていたのを、無理に矯正させる一種の洗脳教育であった。


この教育を受けた管理職は夫々の部署で、セクハラ対策委員長として任命され人事管理の項目が増えた。ただ、以前に身に付けた自由な言動は簡単には治らない。無意識に不用意な発言が出るらしく、セクハラ対策委員長ではなく、「セクハラ推進委員長」と陰口を叩かれたこともある。


全く違った二つの世界を渡り歩いて来た末、順応性に乏しくなった齢に達したオヤジ世代の言い分である。丁度ネット上で誹謗中傷の書き込みをし、「自分の中の正義が暴走した勢いだった」と嘯く(うそぶく)ヤカラと同じで世間の同意が得られる話ではない。



発表された首相健康状態の違和感



雲隠れをしてからの首相動静の報道にはスッキリしないものがある。仮病か本物かに関わらず、病人と言われる人物に鞭を打つような批判は控えるべきであろうが、ここで対象にしているのは安倍首相本人ではなく、その人の最近の行動或いはそれを報道する内容についての疑問である。


諸葛孔明や武田信玄の例を引くまでもなく、リーダーに何か不幸があった場合は、その事実を隠蔽するのは古今東西、ゴマンと例がある。安倍首相の場合は、余りにも多くの説明責任を求められる課題が山積し過ぎて、国会での質疑に耐えきれないと見てか、野党からの会期延長要求を憲法違反承知で無視し、強引に閉幕してしまった。その後、定例記者会見も行わず、逃げられない広島・長崎での平和祈念式典にも過去の挨拶文を読んで逃げ去る醜態をさらしている。


現在世界で喫緊のコロナ対策で、各国の首脳が率先して国民をガイドする姿が報じられても、安倍首相だけは顔を見せない。この時点で、いくら「逃げの総理」にしても不審を感じた人が多いと思う。コロナだけではない。モーリシャスの油流出事故に各国の首脳が救済策を発表しても、当時国の安倍首相は知らぬ顔を決め込んでいる。国内だけでなく、国際的にもその無気力に疑念が出ている。


ここに来て、甘利税制調査会長の「総理は疲れ切っている。少し休んだ方が良い」との発言が出て、健康問題が一挙に浮上した。しかし何故疲れ切っているのかの説明がない。「連日のコロナ対応の政府連絡会議など多くの公務のため」と言われているが、国民の目にはどんな公務をこなしているかの姿が全く見えない。


その後、慶応病院で7時間半もの「検査」を受けたとか、「4日ぶりに公務に復帰」など、普通の健康状態ではない報道が出て来ている。夏休みで恒例の山梨での別荘暮らし、お盆の地元山口入り、趣味のゴルフも全て見送ったとの報道がある。


これらの事実から、首相は本当に引き続き政権担当の意思があるのか、噂される健康状態はどうか、国民の前にご本人の口から説明すべきである。




地球が焦げる程の連日の暑さ



8月17日、浜松市で最高温度41.1度に達し、一昨年熊谷市で記録した我が国の過去最高温度に並んだ。危険な状態の暑さレベルと警戒されている。ところが、世界にはまだまだ高い気温を記録した国々がある。


緯度にして札幌より北に位置する欧州の夏は、平常では20度台で快適とされ、住居は風通しの乏しい小さな窓を持つ頑丈な造りの建物が多いが、殆どの家はクーラーがないと言われる。エアコンの必要性がない気候だったのである。その欧州のフランス・モンペで今年6月28日、最高気温が45.9度に達する猛烈な熱波に襲われ、温暖な気候のヨーロッパが中東の砂漠の気温を越えたと騒がれた。ナント、熊谷・浜松で記録した最高気温よりなお4.8度も高かったのである。その熱波は一時的なものでなく、尚ヨーロッパ大陸を覆っていると言われる。


こんな話を聞くだけでウンザリするが、昨日のBBCニュースで「地球上での最高気温54.4度に襲われた」とのニュースがあった(こちら英文)。場所は米国カリフォルニアのデスバレイ国立公園で、余りの強烈な暑さのため発電所の機能がマヒし、加州の一部は連続2日に亘り停電した。酷暑の中で冷蔵庫も使えず、シャワーも使えない過酷な生活が思いやられる。「大量のヘアドライアーから熱風を吹き付けられ、熱が立ち込めるオーブンの中を歩いているようだ」との住民のコメントがある。


現在の熱波は、アリゾナから西海岸のワシントン州に拡がり、少なくても後10日は続くと見込まれている。余りの熱波で加州の一部で「ファイネード」と呼ばれる炎の竜巻が立ち昇り、その様子は日本のテレビでも放映された。まさに「地球が焼け焦げる」状態である。


あまりの高熱のため、送電線が疲弊損傷し停電を誘発するだけでなく、他の天災による死者数を超える犠牲者が発生している。熱波が人体に及ぼす直接的な影響は、熱痙攣、脱水症状、致命的な熱中症などがある。


インフラ面では前述の停電につながる送電線の損傷の他、航空機の地上待機、舗装道路の溶融、路上駐車の自動車内の危険的な温度上昇などがあり、農作物にも野菜の枯死や植物病害の拡がりが既に認められている。


日本では今が一年で最も暑い時、停電のないことを願いながら、クーラーの効いた部屋でジット耐えるしかない。





新聞休刊日のウェブニュース



新聞の休刊日は毎月ある。その都度、一面に社告の形で予告されるので、「あれっ、この間休刊日があったのにまた?」と思わせることもある。昭和年代では少ない時で年2回、多い時でも6回程度だったと記憶しているので、今は異常に増えているような感触がある。


休刊日の目的は、毎日配達してくれる販売店に休息日を設けることと、連日フル稼働している新聞社の輪転機の定期点検とメンテにあるとされているが、これは口実だろう。販売店員の休息日が月一回だけでは、たとえ一日の勤務時間が短いとしても連続勤務は労働基準法に抵触するし、輪転機もまさかの場合に備えてバックアップ機が準備されている筈で、メンテの場合は別の機械を使えば良い。


休刊日の社告には「休刊日でも最新ニュースはインターネットで通常通りお伝えします」とあるので、月に一回位なら新聞が無かっても構わないという気になる。ところが、そのウェブニュースも最近は決して「最新ニュース」ではないようである。


確かに、ウェブニュースのページはいつも開いている。紙の新聞のように手許に来ない日というのはない。新聞休刊日であった昨8月17日の毎日新聞デジタル夕刊版を開くと、「17日の朝刊は休みます」との社告が出ている。この社告は16日の紙の朝刊で既に通知済である。他にも「4閣僚の靖国参拝、第二次安倍内閣で最多」とか、「阪神2-2広島、コイ最下位転落」、「中日4-1巨人、中日・大野雄 また完投」などの記事が並ぶ。いずれも既に前日に紙の新聞で読んだ記事である。ウェブニュースには「最新ニュース」はどこにも出ていない。


新聞休刊日でも、ウェブニュースのページは開いている。但し、中味は前日のニュースのままである。つまり、「箱は作ったが中味が伴わない」のが現実である。そりゃそうだろう、一部の取材記者は働いて記事を作っても編集委員やデスクが休みなら記事は出来ない。


海外紙のウェブニュースを毎日見ているが、ウォールストリート・ジャーナルなど一部の経済紙を除いては二日続けて同じ記事がアップされることはなく、毎日が新鮮である。ということは休刊日がないという証明かも知れない。






60年前には香港に野生の虎がいた


香港の虎.jpg

香港と言えば、世界のどの都市よりも高層建築で埋め尽くされた近代的な都市との印象があるが、1900年の初頭にはやっと人口28万人の田園風景豊かな農村だった。20世紀に入って急速に都市化され、中国本土から大量の住民が流入した。当時、1905年には中国南部に2万頭の野生の虎が棲息していたと言われる。


虎は中国の漢方薬の中でも伝統的に強力で貴重な存在である。虎のペニスのスープは男性の精力増強として古くから珍重され、虎の骨入りの酒はリュウマチや疲労倦怠、身体の麻痺を癒す効果があると信じられて来た。虎の頬髭は歯痛に、眼球は癲癇の治療に使用された。従って乱獲が続き、1950(昭和25)年には4千頭まで激減した。


毛沢東の共産社会の拡大と共に、中国の食糧事情、農業生産の逼迫により中国南部の野生の虎が国境を越えて香港でその姿を目撃される機会が増大した。目撃情報は英国の植民地警察に寄せられたが、「大袈裟な話が好きな中国人の性癖」として無視した。だが、調査に出向いた二人組の内、一人が虎に襲われて死亡、一人が重傷で入院後に死亡したので、当局は目撃を信じるようになったと言う。


その後、目撃情報が次第に減少し、1965年に香港で一番高い山の頂上で女子学生が目撃したのが最後だった。中国本土南部でも乱獲の結果棲息数が激減し、毛沢東死後の中央政府が慌てて密猟禁止の政策を発表したが、時既に遅く、今では絶滅したと見られている。


出典:CNNニュース英文(こちら)より抜粋。


香港で最後に目撃されたのが1965年と言うから、今から55年前の昭和40年である。その時の私は既に30才前、会社で海外営業の仕事をしており、香港の代理店とは頻繁に通信していた。電子メールなどない時代だから、赤と青の縁取りのある航空便の封筒による文書の交換をしていた。そんな時代に、香港にまだ野生の虎が出没していたとは驚きである。


CNNがこの時期に何故こんな記事を出すのか。勘ぐれば、野生の虎がいた時代以降、香港を現代の姿に発展させたのは香港人及び英国人である。その出来上がった舞台に中国政府が乗り込んで来て支配しようとし、民主化運動・平和運動を弾圧することの理不尽さを世界に訴えたいのかも知れない。




「寝るほど楽はなかりけり」は本当か?



「寝るほど楽はなかりけり」という言葉があるが、これを恨めしく思ったことが少なく共2度ある。一度目は椎間板ヘルニアを患った時、もう一つは就寝中の朝がたに襲われる足の猛烈な「こむら返り」である。


椎間板ヘルニアの時は、横になればどんな体形になっても、鋭利な針で突かれたような飛び上がる程の痛みを感じ、止む無くソファーに腰かけて痛みが出ない姿勢を探して寝るより仕方がなかった。入院して椎間板ヘルニア除去手術をして治ったが、5年経った今でも午前中の3時間はコルセットを着用している。


足のふくらはぎの「こむら返り」は今でも頻繁に起こる。このところの酷暑で午後は昼寝を決め込むが、その時にも起こって来る。それも生半可な痛みではない。立ち上がることすら出来ない。布団の上で「のた打ち」回っても治まらない。ウェブで調べると、「こむら返り」で死ぬことはないと無責任な説明があるが、その痛さはそのまま死に至る程の激痛である。


この時の最良の対症療法は、足の親指を立てて自分の体の方に引っ張ったまま暫く待つこととあるが、加齢で身体が固くなっているので手が足首まで届かない。そこで手拭を脇に置いておいて、痛みが起こった時に手拭を捩って足裏に引っ掛け、両手で強く自分の方へ引っ張る。そのまま脹脛の筋肉を伸ばしたまま痛みが治まるのを待つ必要があるが、両足同時に起こった時は片足は痛いままなので、その時の苦痛は何に例えようもない。まさに、「寝るのが怖い」状態である。


2年前、肺炎で長期入院していた時、看護師から「弾性ストッキング」を貰ったことがある。長い間入院していると運動不足でエコノミクラス症候群のようになるのを防ぐためらしい。「私達のように常時立ったままの仕事にも有用なので毎晩着用している」という。説明書を見ると、下肢動脈硬化症の予防に効果があり、「こむら返り」にも効果大とある。ただこの靴下は非常に窮屈で身体の固い人間には履くのが至難であり、やっと履けても猛烈に締め付けてくるので眠れない。退院後も持ち帰っているが、押し入れの引出しに突っ込んだままで使う気もない。


十分な水分の補給と入浴中の「ふくらはぎマッサージ」を続けているが、「寝るのが怖い」のに変わりはない。



突然ペンを折ったブロッガー



私が殆ど毎日閲覧していた、愛知にお住まいのブロッガーが、昨8月14日に投稿6000回に達したのを機に12年に亘るブログを終了するとの最終更新があった。「一生懸命歩いて来たが、もう限界で毎日歩くのが辛くなった」のがその理由とある。


毎日のブログを読んでいると、その人の考え方や性格がある程度判る。相当几帳面な性格らしく、ペンを置いた理由に「毎日歩くのが辛くなった」とあるように、毎日欠かさず投稿されていた。それも、一日に3件も4件も更新する日もあった。私のように、一日一件に固執し、時々サボリ、別のテーマがあってもタイミング遅れを気にせず翌日に回すというチャランポランな所がない。また、止むを得ず中断する場合は、その旨予告する律儀さである。


取り上げられるテーマがまた広範囲で、政治・経済など時事問題から野球や相撲、芸能、ゴルフなど極めて多彩である。元地方議員を務めておられた経験から、中央政府や地方議会に関するテーマが私の大きな関心だった。アンチ安倍の姿勢が強く、その批判意見は傾聴に値したが、そうかと言って極端な左傾思想でもなく穏健派である。特に専門の地方議会の運営や議員の行動など、教えられる情報が多かった。


長年、民間企業にも勤務され海外営業にも携わった経験談もあり、私と同じ畑の出身だった共通点がある。年齢は私より5~6年若いようだがほぼ同世代で、テーマにより昭和の香りが漂って来る楽しさもあった。


今回、終了決意をされたのは、毎日続けなければならないと自分で決めた義務感に縛られた感がある。例えば、特段のテーマがない時は広く知って貰いたいウェブ記事をコピペするだけの日もあった。ブログは好きな時に好きな話題を投稿すれば良いので、欠かさず続けたからと言って運営会社から皆勤賞が出る訳でもないが、自分で自分に課した日課がその律儀さゆえに継続に重荷を感じられたようである。


ブログは元々、電子日記として導入され、自己の記録と同時に日頃感じたことや鬱憤を吐き出して欲求不満を晴らす場でもあった。日本を滅茶滅茶にした首相に対する不満を思いきりぶつけて世論を動かす一石となる場合もある。精神衛生にも良い。


「取り敢えず終了」と再度登場の可能性を示唆する挨拶の辞があったので、次回から「毎日」に縛られることなく、自由な新しいシリーズを期待したい。



平熱の高い人の受難


グラウンドゴルフ場に入ると、まずクラブの幹事に当日朝に測った体温を報告し、机の上に置かれた消毒薬で手指を消毒するのが出席前の行事となっている。昨日のコンペで「36.9度」と報告すると、「エライ高いな。もう少しで参加自粛だ」と言われた。本部の規定で、体温が37.0度を越えると参加出来ないことになっている。しかし、私の平熱は比較的高いのである。


何故、37.0度が境界線として規定されたかの理由は単純である。協会の全会員の平均年齢は76.1才で大多数が後期高齢者、つまり水銀体温計で育った人間で、体温計がデジタルになった今でも癖で、体温を測定する前に体温計を振る人もいる。水銀体温計には37度の目盛りが赤色で表示されているため、これを超えると微熱があるとの解釈である。


コロナに感染しているかの自覚症状の一つとして、当初は「37.5度が4日以上続く」のが目安だったが、今は発熱の数値を削除したので境界線が不明になっている。


周囲の知人の中には、私より平熱がまだ高い人がいて常時37度を越えていると言う。診療所へ行っても、飲食店に入ろうとしても拒否されることがある。口頭での報告だけなら低い数値で誤魔化すことが出来るが、今は赤外線非接触型体温計の普及で、オデコに筒先を突き付けただけで即時に体温が表示される便利な道具がある。


ただ、この最新式体温計がクセモノで、体温計というものの皮膚の表面温度を表示するので、本当の体温ではないとの意見がある。事実最近のように気温が高くなると皮膚表面の温度が高くなり、実際の体温より高く表示されるのが普通らしい。


グラウンドゴルフ場の参加受付デスクでも、体温の測定を忘れてきたというと、用意の赤外線式体温計を振り向けられる。屋外の炎天下での測定は、この新型非接触型体温計は「ほぼ意味がない」(早稲田大学永島教授)との意見もある。


グラウンドゴルフ場では受付前に、持参した保冷剤で額を十分冷やしてから測温を受ける人もいて、通り一片の規定は全く茶番劇である。


我々平熱の高い人間は診療所で「平熱が高めの証明書」を出して貰う制度を導入して欲しい。でないと、学校にも入れて貰えない人が出て来る。しかし、その証明書を出す場合は、涼しい医院の中で長時間待たされて身体が冷え切った患者の体温を測定するだろうから、平熱より下目の結果が出るきらいもある。困ったものである。



女性には人の関心を引く利点があるのかも



カマラ・ハリス.jpg

米国人でない限り、米大統領選での副大統領候補は殆ど関心が低いのが過去の例だった。本命はあくまで誰が大統領として最終候補に指名されるか、勝敗の見込みはどうかにあった。ところが、今回は民主党のバイデン大統領候補が、副大統領候補としてカマラ・ハリス上院議員の指名を発表すると、地元米国だけでなく世界各国のメデイァに華々しく取り上げられた。ハリス氏が女性であることがその原因の一つかも知れない。


米大統領選で直接の投票の対象ではないが、副大統領候補を表現するには “running mate” という特別な言葉がある。今回、ハリス議員が指名されると、この言葉が欧米主要メディアの各記事に頻繁に表れた。ただ、一寸気になる表現も出ている。ハリス氏のことを “First Black Woman” と紹介している記事が多いことである。


米国は人種差別排除の運動推進にも関わらず、心情的には白人と黒人を区別している。NYタイムズには “First Black …” のコラムがあり、政界だけでなくスポーツ、芸能、文芸、学術などの分野で初めて黒人系が登場した時に独立して紹介している。


日本の新聞でも、例えば今朝の毎日新聞朝刊に「黒人女性初起用」の見出しで「女性が主要政党の副大統領候補に選ばれるのは黒人では初めて」と表現している。”Black Woman” も「黒人女性」の表現も正当か?


ハリス氏はジャマイカ系とインド系の両親を持つ。カリブ海の島ジャマイカ人もアジアのインド人も黒人ではない。ブッシュ大統領時代の国務長官だったコンドリーザ・ライス氏はアフリカ系の血筋なので、「最初の黒人女性の国務長官」と言われたのは間違いではなく、容貌もどこから見ても黒人系だった。しかし、ハリス氏には黒人の血は流れていない。「黒人女性」の表現は正当ではない。


米紙には “First Woman of Color” とか “Non-white Woman” の表現もあり、こちらの方が正しい表現だろう。つまり、「有色人種系女性」とか「非白人女性」のことで、これなら物理的には正しい。しかし、改めて白人と非白人を分けて表現する必要があるのか。ここに、米国の人種差別の消しようのない思想と分断社会が透けて見える。


写真で見る限り、ハリス氏はどう見ても黒人系ではない。少々浅黒いがこの手の女性なら我々の周囲にどこでも見られる。ただ、彼女が指名されて24時間でバイデン陣営に28億円の寄付が殺到したのは、やはり美人女性の特典だろう。






無気力が際立つ日本のリーダー



フランスのマクロン大統領は、同国のコロナ対策発表中にレバノン大爆発の報に接し、翌日ベイルートの現場に飛んだ。旧宗主国としての行動だろう。帰国と同時にモーリシャスでの貨物船座礁で油流出による海洋環境汚染に対する支援を国際的に表明した。まさに、八面六臂の動きである。


一方、拡大傾向にあるコロナ禍に対処するため、各国首脳による施策や行動が連日報道され露出度が高いが、その中には安倍首相の名が出て来ない。出てくるのは小池都知事や吉村大阪府知事、西村おしゃべりコロナ対策大臣である。


先の国会本会議を強引に閉じて以降、予算委員会にも出席せず、与党による「安倍隠し」と野党から批判されている。記者会見も批判に応じてやっと一回開催したが、質問は4件だけの差し障りないテーマだけを受け付けて、「まだ質問があります」との声を無視して退場した。広島長崎でも平和式典にも、殆どが昨年の挨拶文を読み上げただけで、地元の要請にも関わらず長崎の原爆記念館にも立ち寄らずにサッサと帰った。要するに、国民から逃げる姿勢が鮮明である。


本来なら「Go To トラベル」前倒し実施と同時に急増した感染者対策、事業の反省と評価など率先して取り組み、国民を指導すべきところであるが、姿を見せることもない。国際的にも、マクロン大統領が一早く表明したモーリシャスの海洋汚染も、本来は日本船が起こした事故である。当事国の首脳として対応を国際的に表明すべきところを何も言わない。各国が抗議の声を上げた香港の周庭氏逮捕にも無関心で、菅官房長官が「抗議」ではなく単に「重大な懸念」と表明してお茶を濁すなど、日本の姿勢は国際的にも非難されている。


事程左様に、我が国のリーダーは全くヤル気が見えない。「首相動静」を見ても、連日取り巻きとの面談ばかりである。トランプ大統領がG7開催を再度延期したので益々気力が萎えていると見られる。史上、こんなヤル気のない無気力な首相がいたか?


野党による臨時国会開催要求も、特段の説得力ある説明なしに数の力で抑え込まれている。この政府の無気力はどこから来たか?今まで隠匿、改竄、虚偽説明などを提言して来た影の総理と言われる首相補佐官が、流石に初体験のコロナについて知識・経験なく、首相への助言が止まり、安倍首相も羅針盤を失ったからに違いない。




カルガモ親子の引っ越し



朝、ウォーキングでいつもの農道を歩いていると、いつもと違って横を流れる農業用水からグワグワと賑やかな音が聞こえて来たので覗くと、親鳥に先導されたカルガモのヒナが5~6羽泳いでいるのが見えた。そう言えば、昨年も梅雨明けのある日、この近辺で農道を一列になって横断し、次々と農業用水に飛び込んでいる光景に遭遇したことがある。


場所は変わって、自宅の近くの分別ゴミ集積所にごみ袋を持って行くと、近所の若い奥さんが集まって、農業用水をまたがって設置されている集積所ボックスの下を覗き込んで何か話している。聞くと、先程用水路にカモの一群れが泳いで集積ボックス下に潜り込んで行くのを目撃したと騒いでいる。「これからお勤めに出なければならないのに、早く姿を見せて欲しい」と話し合っている。カルガモの鳴き声にも負けない若い女性の嬌声が響くのが聞こえたら、鴨も出て来る訳はない、と言いかけて止めた。


この近所の広い田圃を所有する婦人の話では、田植えが済んでまだ水が張り詰めている田にカモの親子が良く泳ぎ回るので、折角植えた稲が倒れたり食べられる被害が出て困る、稲の生育状況を見回ると同時に、カモを見付けたら追っ払うのも仕事だと、こちらは可愛いカルガモ一家も害鳥扱いである。毎年、近くの休耕田で産卵して、ヒナが産まれると田植え後の田を横断して近くの農業用水に引っ越しするのが年中行事だと言っている。


そう言えば、カルガモは田園地帯だけでなく、都会のど真ん中で小さな池か水溜まりで産卵し、ヒナが歩けるようになると車道を横断してお目当ての大きな池か湖に引っ越しする光景が良くニュースになる。今日も東京都心の六本木ヒルズ付近の広い車道を一家で横断し、パトカーや警官が出動して行き交う自動車を停車させ、誘導する光景がTVニュースで紹介された。


下記の動画はその光景であるが、更新頻度の激しいTVニュースからの画像なので、いつまで見られるかは不明である。









原爆を落とさねば日本は降伏しなかった



毎年、広島・長崎に原爆投下の日が来ると犠牲者慰霊や核禁止の誓いの行事の報道が新聞紙上を賑わす。悲惨な経験を風化させないためには欠かすことは出来ない。これは被害者である日本だけではなく、加害国の米国のメディアでも毎年特集を組んでいる。予想以上の惨状をもたらした贖罪の意味があるのかも知れない。


今年も米国有力紙に多くの記事や当時の惨状を示す現場写真が掲載され、米国民及び世界の人々の記憶を新たにしているが、その中で「日本との戦争を終結させたのは原爆だったと米国は主張する。人的犠牲を無視して・・・」との見出しのワシントンポストの記事は示唆に富んでいた。


この記事は米国での原爆投下に対する相反する見方を平行して紹介している。「外国侵略で残忍な行為を繰り返す日本に戦闘行為を終結させるに必要な手段だった。原爆のお陰で米国軍人百万人の命が救われた」との意見がある。「広島原爆投下で日本が直ぐに降伏しておれば、長崎原爆はなかった」とか「長崎原爆が戦争を終結させたのではない。直前にソ連が参戦した報に日本の指導者はパニック状態になって降伏を決意していた」といずれも日本が直ぐに決断すれば長崎原爆はなく、「長崎の惨状は日本に責任がある」との論調がある。


一方で、「長崎だけで7万4千人が死亡したが兵士は150人だった。他に7万5千人が被爆負傷している。米国が勝利を得るためにこれら多数の非戦闘員を犠牲にした結果をどう判断するか」との冷めた意見があり、「13才の少年が顔や皮膚を焼かれ、10代の少女が焼け跡からズタズタになった制服に付いていた名札から、黒焦げとなった焼け死んだ9才の弟を見つけた姿を我々は平気で見られるか。原爆落下直後には特に負傷しなかった12才の女の子が1ヶ月後に高熱を発して寝込み、体から膿(うみ)が溢れ、髪の毛が全て抜け落ち、全身に紫の斑点が拡がり、激烈な痛みのため一週間もの間身体をよじる程の苦しみの末に死亡したのを我々は容認出来るか」との記述がある。この項は残酷な被害者の模様を次々と記述し読むに堪えない。


この記事は、原爆使用が是か非かの結論を出さず読者の判断に任せる形になっているが、「原爆使用止む無し」の意見に対抗する色調がある。ただ、戦争の当事者を「日本」とだけ表記し、「指導者及び軍」と「非戦闘である国民」を一括りにしている所に違和感がある。




今日読み終わった本―「こころ」



今日読み終わった本:


『こころ』 夏目漱石 青空文庫 1998年7月公開


昔読んだ本を青空文庫で読み直してみる試みの続きである。わざわざパソコン画面に引っ張り出して読むまでもなく、この作品は我が本棚に二冊あるが両方とも化粧箱入りの、持てば重量感のある出版社の異なる「漱石全集」の中に収録され、取り出して読むのは大袈裟であり、文字も小さいので敬遠したのがその理由である。


初めてこの作品を読んだのは確か中学生の終わりか高校生の初め、全集の「吾輩は猫である」から始まって「坊ちゃん」、「草枕」など作品順に乱読気味に読んで行ってその順番が行き当たったもので、自発的に「こころ」を読みたいと思ったものではなかった。


ここでは、多くの人が読んで作品の内容を知っている人が多いので、改めてストーリーの紹介やその読後感を書く積りはない。ただ、漱石の作品は読み返すごとに何か新しい発見があることである。「吾輩は猫である」などは、自分の年齢が20才とか30才など大台に乗る年に10年毎に読んでいるが、その都度今までに気付かなかった新しい発見を感じる魅力がある。この「こころ」もまさしくそうで、前回読んだ時から相当年月も経っていることもあり、非常に新鮮な気持ちで読み通すことが出来た。


漱石の作品の多くは外国語に翻訳されており、「こころ」が一番多く翻訳されて外国人にも良く読まれていると何かの本で読んだことがある。この作品の底流にある隠された恋愛感情とその結末などは万国共通で共感を呼ぶのは理解出来るが、主人公が自殺を決意する一つの原因となった乃木元帥の殉死という明治の日本人の精神が、どの程度外国人の理解が得られるのかは良く分からない。


「それから」という作品もそうだったが、漱石作品には読み終わった後に何となく「後味の悪さ」を感じさせるのが多い。本書もその一つである。それがまた漱石文学の堪らない魅力なのである。









巨大な圧力団体に解散要求



戦後、GHQによる日本の財閥解体指示にも匹敵するような動きが米国で出て来た。米国最大で最強の圧力団体、全米ライフル協会(NRA)に対するニューヨク州司法長官による解散提訴である。司法省の要求だから、ことはその方向に進むような感触を受けるが、NRAはそんなヤワな団体ではない。大統領の支持も得ている強力な圧力団体である。


NRAは全米の銃製造・販売業者、銃愛好家5百万人の会員を擁する米国有数のロビー団体である。米国のどこかで毎週発生する銃乱射事件も、余程の大規模な犠牲者を出さない限り、記事にもならない日常茶飯事となっているが、凶悪で大規模な銃乱射事件が起こる度に、銃規制を求める運動に対抗し乗り越えて来た団体である。憲法で銃保持の権利が認められているのを錦の御旗として、「銃が人を殺すのではない。人が人を殺すのだ」をスローガンに、その大きな発言力で銃規制運動を抑え込んで来た。一方、サンフランシスコ市からは「国内テロ組織」として認定されてもいる。


「我が行くところ敵なし」の強力団体も、時が経ち組織が肥大化すると共に、内部に腐敗の芽が蔓延って来る。NRAと聞けば我が国でも似たような圧力団体であった「解放同盟」を想起するが、幹部の間で似たような腐敗が顕在化したようである。今回、司法長官による「NRAの数年間の不正行為に対して、組織全体の解散命令を求める」もので、「幹部4人が違法で圧政的で詐欺的なNRAの私的金融取引や不適切な管理、怠慢な監督という文化を生んだ」というものである。幹部4人で3年間に6400万ドル(約67億6千万円)以上が失われて、汚職が広範囲に及んでいるとされている。


上記NY州司法長官の訴訟とは別に首都ワシントンの司法長官も同じ主旨で提訴した。NRAは提訴に対して、「根拠のない計画的な攻撃だ」と反発している。


出典:BBCニュース(こちら英文)


州の司法長官の提訴といえども、相手はトランプ大統領の絶大な支持を受けている強力な団体である。オバマ大統領が涙を流しての銃規制制定の訴えを何度も袖にして来た。しかも今回は、市民に大きな被害と犠牲をもたらした銃乱射事件とは関係のない、一非営利団体の経理の問題である。世論の支持がどれだけ得られるか、巨大組織解体の展望は明るくはない。






日本で報道が少ないベイルート大爆発の動画集



日本から見れば中東のレバノンは、昨年末の日産のカルロス・ゴーン元会長が逃げ込んだ国という印象以外には特段の知識がない。産油国でもないので原油を輸入している訳でもなく、何らの食料品を依存していない。そんな関心の薄さからか、去る4日に首都ベイルートで起きた未曽有の大爆発について余り報じられてはいないが、海外メディアは連日トップニュース扱いになっている。


その多くの報道記事の中から、CNNが現地の生々しい状況を動画にまとめた報道集をここに引用する。(こちら)をクリックすると、中央に「▷」のマークが付いた全面画像が現れるので、このマークをクリックする。


冒頭、ベイルート港の倉庫から火炎と黒い煙の固まりが立ち昇る光景が映し出された後、直後にその数倍の規模の第二次爆発の瞬間が捕らえられ、多くの建物が全壊或いは全てのガラス窓が飛び散った街中を、血を流した負傷者や救急車が走り回る光景が出る。「ヒロシマ・ナガサキと同じ壊滅状態である」とのアナウンスも聞こえる。


最初の動画は1分50秒で終わるが、暫くそのままにしておくと次の画像が出る。フランスのマクロン首相の「我が国は全面的に支援する」との演説風景、爆発の原因となったロシア貨物船が運んで来た大量の硝酸アンモニウム2750トンが倉庫に保管されていた経緯などの説明やドローンによる空中からの撮影が続く。


再生中の大きな画面の下に、次に続く画像のサムネイルが並んでいるので、好みの画像を選ぶことが出来る。場違いな純白のウェディング・ドレスを着た花嫁が映し出されるが、突然大爆発音と共に、天井が崩れ落ち、披露宴会場のガラス破片が降りかかる中を逃げる花嫁、教会で説経中の牧師が爆発音と共に逃げ出す光景など、いずれも平和な日常生活の中の突然の変異の瞬間の光景である。


爆発の影響は現場の倉庫から10km離れた住宅にも被害を及ぼし、5km圏内の高級住宅街のゴーン宅も一部崩壊の影響を受けたらしい。


尚、CNNによる速報報道なので、時間と共に内容が更新され、上述の概要にも変更が出る可能性がある。






極秘の歴史に閉ざされた被爆者



今日は広島原爆投下から75周年。犠牲者の慰霊や核兵器廃絶へ向けた平和記念式典が広島で行われている。広島と長崎での被爆惨状は世界で広く知られ、絶えることなく毎年この時期に人々の記憶を新たにしている。しかし世界には、放射能に被爆した事実を強引に封印され、歴史の向こうに追いやられた人々が意外な国にいる。その国とはアフリカのコンゴ民主共和国である。


シンクロブウェ鉱山。殆どの人はこの名も、どこにあるのかも知らない。コンゴのカタンガ州南部にある小さな鉱山だが、人類史上最大の凶暴で壊滅的な惨状を広島・長崎にもたらした重要な働きをしたのである。「広島・長崎の原爆が話題になる度に、意識的にシンクロブウェの名が引用されるのを避けた」と現地関係者の言葉がある。この鉱山から、原爆の核となるウランが産出されて使用されたのである。ただ現地関係者は続けて、「悲劇は広島・長崎に原爆が投下されてから始まった」とも言う。


1915年に当時ベルギーの植民地時代に豊富なウラン鉱脈が発見され、1960年まで世界でも有数のウラン鉱山だった。米国やカナダでは鉱石から抽出されるウランは0.03%も採れれば大出来と言われていたが、シンクロブウェでは65%も採れた。従って、米国は全需要量の90%をここから調達していたが、1960年にコンゴが独立する直前にベルギーが鉱山を閉鎖し、坑口をコンクリートで塞いだ。その間、各国で続けられた核兵器開発レースには、このコンゴの鉱山が重要な役割を果たしていたのである。


閉山後はどの鉱山会社も採掘事業はしていないとされていたが、2004年に二つの大きな落盤事故があって初めて非合法な採掘が行われ密輸されていたのが露見した。20世紀の終わりまでに、子供を含めて約1万5千人が坑内で放射能を含む鉱石を手掘りで採取していたのである。しかし、落盤で何人が犠牲になったか、何人が放射能に被爆したか、ベルギーとコンゴとも口を閉ざしている。


「広島や長崎で行われているような慰霊祭はコンゴで行われることはない」とある。日本以外にもいたヒバクシャは完全に歴史の裏に封印されてしまったのである。


出典:BBCニュース(こちら英文)




東芝、ノートパソコン事業を完全手放し



三年前に東芝が同社のパソコン代表作、「ダイナブック」をシャープに売却してパソコンファンを仰天させたが、まだ20%の株式を保有していた。その保有する残りの株式をこの程シャープに譲渡し、「ダイナブック」を完全に手放してしまった。「ダイナブック」とは東芝が世界で初めて発売したノートパソコンである。


1983年に初めて欧米市場に発表し、その後日本でも販売開始。携行可能なパソコンとして爆発的な人気を獲得し、2000年までの17年間連続ノートパソコンのシェア第1位を占めていた(その間、1994年の1年だけコンパックに首位を奪われている)。


私が東京勤務していた時はまだパソコンは一般的でなく、英文タイプライターと同じ配列のキーボードを持ちながら日本語に漢字変換出来るという驚異のワードプロセッサが発表された。シャープの「書院」、富士通の「オアシス」、日本電気の「文豪」などが代表的なモデルだったが、1982年に東芝から発売の「RUPO」が持ち運び可能なモデルとして登場した。事務効率に貢献するところ大として会社から推奨されたが、一機60万円もするので手が出ない。会社からは、管理職に限り毎月一定額を給料天引き、一部代金補助で現物を先行配布した。天日に晒されると印字が消える感熱式用紙が、コトコトとゆっくり印刷される器械が今から思うと効率化とは程遠いが、事務所内では斬新なツールだった。


数年間、RUPOを使い続けたが、本社での海外代理店講習会に参加のため来社した営業マン数人が、ラップトップと呼んでいたPCを持参し、その性能を披露してくれたのを見て驚嘆した。パスワードという言葉を教えてくれたのはその時である。まだ日本には導入前の「ダイナブック」だった。


その後日本にも徐々にパソコンが普及したが、ノートパソコンはブラウン管モニター付きデスクトップより高価で手が出なかった。従って、私の会社でも家でもパソコンはIBMのデスクトップでノートPCに替えたのはその後随分経ってからである。但し、そのモデルはサポートの良いNEC製に統一している。そんな訳で「ダイナブック」を使った経験はない。





「甲子園の土」、今年は持ち帰り禁止



春夏の高校野球で、出場した選手が持ち帰る「甲子園の土」が、今年の交流大会では新型コロナの感染拡大防止を理由に、「持ち帰り禁止」となった。土にコロナ菌が付着している訳ではないが、前の試合の選手が全て退場した後に直ぐベンチの消毒作業を行い、その後次の試合の選手を入場させる措置をとるため、時間的な問題が理由とされている。


元々、「甲子園の土」は持ち帰り禁止だが、高校野球で敗れたチームにだけ「見て見ぬ振り」をする味な措置らしい。黙認とは言うものの、その様子はテレビで広く紹介されていて、甲子園の風物詩として誰もが知っている。


私の高校時代、当時はまだ米国統治の外国扱いだった沖縄の朱里高校が、特例として甲子園に招待されたが初戦で敗退した。選手達が「甲子園の土」を記念に持ち帰ったところ、外国の土として検疫法に抵触すると没収され、選手達の目前で海に投げ捨てられたという衝撃的なニュースを今でも覚えている。この話で怒ったJALのスチュワーデスが、石なら検疫法の対象ではないと、水捌けの為「甲子園の土」に混合して地中にあった小石のみ数十個を朱里高校に持参し寄贈した。この小石は今でも同校の甲子園出場記念碑に埋め込まれているとの感動的な話も覚えている。


球児達は何故「甲子園の土」を持ち帰りたいのか。前のチームが負けて持ち帰った土の跡を埋めるため、新たに追加されたばかりの土を、次の学校が負ければまた持ち帰る。こんな土に意味があるのかとの冷めた意見もある。彼らは試合中、ベンチ前の土を踏みしめグラウンドに向かい、またその土を踏んでベンチに帰って来る。自分達と一緒に戦った汗の染みた記念の土である。負けた悔しさを忘れないために持ち帰り次の年の励みにする、そんな意味があるという。


今回の大会では持ち帰りを禁止するが、連盟は出場全校に後日、「甲子園の土」を渡す予定という。自分達のベンチ前に敷かれ、自分達が踏みしめた訳ではないシロモノを貰って意味があるのかとの気持ちも沸くが、憧れの聖地の土となると格別の意味を持つのかも知れない。




慎太郎タブーのその後



報道界やテレビ番組に「慎太郎タブー」という言葉があった。今でも息づいているかも知れない。石原慎太郎元東京都知事の天文学的数字の並外れた公金の私的使用など公私混同の実態をマスコミが徹底追及するどころか報道すら避けた、触れることが出来なかった「石原タブー」のことである。


「太陽の季節」で芥川賞を受賞して作家となり、創作活動を続けながら政界入りした。環境庁長官として小笠原諸島視察時、弟の裕次郎が倒れたと聞き、海上自衛隊飛行艇を呼び寄せて帰京したのが公私混同として問題になった。その後の数限りない公金の私的利用・公私混同の始まりであった。


東京都知事になって税金を使っての豪遊や豪華過ぎる海外視察が続き、例えば公務に関係のないガラパゴス・クルーズなどは一回の外遊だけで1590万円を都の海外出張費として使ったという。都知事時代の19回の海外視察の内、資料が残る15回だけで2億4千万円を超えていた。後にマスコミに袋叩きにあった舛添都知事の公私混同も遥かに及ばないスケールだった。舛添氏は辞職の憂き目に会ったが、石原氏は「タブー」で逃れている。


石原氏がマスコミ界で恐れられている理由は、同氏が芥川賞選考委員まで務める大作家であり、国会議員引退後も保守論客でマスコミ各社との関係が深い。殆どの報道機関が「石原べったり」で批判はご法度だったためである。極右思想者のため、「そのスジ」のコワイ後ろ盾も影響しているに違いない。


その石原氏は、持病の悪化と高齢のため露出度が減っている。しかし口だけは達者で、お得意の差別発言は健在である。最近もALSで安楽死を選んだ女性に対し、「自殺するための身動きも出来ない業病の女性」とツイッターし炎上を受けている。


今まで「石原タブー」のため批判すら受けなかったが、この業病発言は連日非難報道が続いている。過去の問題発言、女性を直ぐに「ババア」と呼んだり、小池知事を「厚化粧の大年増」と言った蒸し返しも自由に出ている。同氏の差別発言癖こそは治療不能の業病の仕業と言えるかも知れないが、「石原タブー」も色褪せて来たとみるべきだろう。




近畿地方、やっと梅雨明け



昨7月31日午前、気象庁は「近畿地方は梅雨明けしたと見られる」と発表した。その直後に一部ゲリラ豪雨に見舞われたのはご愛敬だろう。昔から「雷が鳴ると梅雨明け」という言い伝えがある。今年は6月10日に梅雨入りして51日間の長丁場だった。「梅雨の晴れ間」と呼ばれる日が殆どなく雨が連日続いた。


この梅雨の長雨のため、九州や東北地方の各地で一級河川が増水し、堤防の決壊などによる大規模な浸水があって甚大な被害を及ぼした。


幸いにして、私が住む守山市は天災フリーの自治体と言われている。市名に「山」の字が付きながら滋賀県で唯一の山のない地域である。従って、山崩れや崖崩れが起こる心配はない。唯一の懸念は、琵琶湖に注ぐ460本の河川の最大の野洲川が市の北辺に沿って流れ、一昔前は「近江太郎」と呼ばれる暴れ川で毎年甚大な浸水に見舞われたらしいが、1979年に8年間にわたる大治水工事で野洲川放水路の通水が始まって以降、水害は過去のものとなった。


我々家族がこの守山の地に移転したのは丁度20年前。新築の我が家の棟上げ式に、横浜から一級建築士の義弟が来てくれた。建築中の家の骨組みを入念に調べた後、ぐるりと周囲を見渡した。当時は北側にひと固まり農家の集落が見えるが、四方は見渡す限りの田圃で何もない。遠く隣の市の栗東市に競走馬のトレーニングセンターがある小山が見えて唯一の山岳丘陵地だが、直線距離で6~7kmある。地滑り被害からは程遠い。「義兄さん、この近くに大きな川があるか」と聞くので、直線距離で約3km先に野洲川があり、例の治水工事の話をしたら安心していた。専門家はこんな所にも注意が向いている。


唯一の懸念は、一級河川だけで119本、大小合わせて460本が流入しながら出口が瀬田川1本と京都に向かう疎水だけしかなくても溢水することのないミステリーの水ガメ琵琶湖があるが、車でも30分以上かかる遠方である。不意の竜巻や台風の直撃がない限り、天災には全く無縁の地である。


その守山が今年は7月31日に梅雨明け、観測史上3番目に遅く、平年より10日遅かった。山がないことは森林地帯もなく、日陰のない直射日光の直撃を浴びる日々の到来である。