碁盤の目の京都市街に唯一の斜めに走る通り



京都の市街地は、1200年の昔に日本の首都となった平安京の条坊制に基づく南北と東西に直交する大路小路の基盤が、その後の都市計画による拡張事業に厳格に維持されて、碁盤の目と呼ばれる現在の形になっている。その中に唯一、市内の中央部西側に斜めに走る道がる。


先日、朝日放送テレビの夕方の番組「なんでやねん」で、何故この道だけが斜めになっているかの理由を探る番組があった。千本通と三条通の交差点を起点に、急に斜めに東南に向かい四条通と大宮通の交差点までの距離にして僅か767mの道路である。私は起点の千本三条から程遠からぬところに住んでいたので、この辺りは良く知っていたが60年以上も昔のこと、テレビに映る光景を懐かしく見たが、その後の様変わりにも驚いた。


日本で初めて市電という路面電車を走らせたのは京都だった。市街の条理の主な道路に市電の線路を網の目のように張り巡らし、市民の重要な足になった。この路面建設時、千本通りを南下して三条通りに至った先は、昔から多くの材木商店が狭い道を挟んで立ち並び、市電が通れる程の幅に拡張することが出来なかった。止む無く千本三条から左斜めに大宮通りにつなぐ道路を建設し、中程に市電の広い車庫を設置した。何が幸いになるか判らないもので、全国でも最長の営業路線に成長した市電の重要な拠点となった。壬生車庫と称し、斜めの道は「後院通り」という正式名称がありながら、我々近隣の住民しか知らず、「車庫前通り」が一般名称であった。



テレビの「なんでやねん」はここまで解説して市内唯一の斜め通りの由来を説明したが、では京都市民が挙げて支援した市内のインフラ整備に敢て反抗し、道路を無理に斜めに曲げさせた千本通りの材木商の由来、市街地の中に何故かかる材木業界が集中しているのかまで追及しなかった。これには、その界隈に住んでいる人しか見聞きしなかった、斜め道路の背景以上にテレビの題材になる面白い話がある。私もそれを知る古老の一人となった。歴史の足跡を残すため、次回のブログでこの話を取り上げる。





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