二代続けて国会嫌い




菅首相は就任に当たって、安倍前政権の継承を表明した。これを聞いた時、「困ったな」と感じたものである。前政権が立派な業績を残して去った場合は許される姿勢かも知れないが、誰もが知る泥まみれで「後を濁して飛び立った鳥」である。本来なら、これを否定して新たなビジョンを示し、日本を変えるとの意気込みを示して欲しかった。丁度、バイデン次期大統領のような姿勢である。


政権が発足して明らかになったのは、「隠蔽姿勢」、「説明拒否」、「貧弱な語彙、(又は総合的、俯瞰的の表現で代表される意味不明の言葉の繰り返し)」、「秘書や官僚の書いた答弁書の朗読」などで、良いところは何もない。これなら、政権交代の新鮮味は何もなく、安倍政権そのものである。「前政権の継承」という意思表示を見事に果たしている。


中でも問題なのは、安倍政権と同様、どうも菅政権も「国会嫌い」の様子が見られることである。与野党でのコロナ対策の議論が急を要する昨今、今臨時国会の会期延長をすることなく閉会しようとしている。現下の国の窮状の中で、議員先生達は職場放棄をして休みに入る構えである。そこには、国民のために奉仕をするという姿勢は何もない。


安倍氏の場合は、「外交の安倍」という美名の下に、国会をサボッテ不要不急の外遊に逃げた。その目的や成果の報告は何もない。ただ、政府専用機をバックアップを含め二機飛ばして税金の無駄遣いをやるだけであった。お得意の憲法無視で、国会議員の要求にも関わらず国会を開かないという前代未聞の憲法違反を犯して平気であった。


要するに、安倍氏も菅氏も国会議員にも関わらず議論苦手、議論がキライな点で共通している。若い頃から本を読まなかった精か、表現力・語彙・言葉遣いが決定的に不足している。


議論が出来ない議員を首相に選んだのは国民ではない。国民には首相を選ぶ権利はない。誰が選んだか判らない人物に国の舵取りを委ねている国民である。