26年前の今日



近畿では未曽有の阪神淡路大震災が起こって今日で26年目。京都に住んでいた私は、その日は東京に出張中で少しの揺れも感じなかった。神田のビジネスホテルで目を覚まして、テレビをつけると「京都で大地震」の字幕が目に飛び込んで来て驚いた。着るものも着ないまま部屋の電話機で自宅に電話したが通じない。テレビカメラはまだ現場の状況を映しておらず、アナウンサーの顔と大きな字幕スーパーが流れるだけである。


出張時の朝食はホテルでは摂らず、いつも支社の近くの喫茶店「ルノワール」でモーニングを食べる。ホテルのレストランより安くて美味しいことを経験的に知っている。テレビでは意外と京都ではなく、大阪・神戸の惨状を報道していた。心配していたように、京都大地震ではなかったらしい。


支社に出社して早速京都の本社に電話したがやはり通じない。途上の公衆電話には長い列が出来ていたので、どうも即現金収入のある公衆電話は通じていたらしい。この分では新幹線も止まり今日は京都に帰れないと見て、昨夜泊まったホテルに今夕の予約を入れると幸いにして取れた。


支社を訪れたいくつかの取引先の話では、新幹線は動いているらしいとの情報があった。同僚・上司の奨めもあり、その日の出張日程を早目に終えて東京駅に向かうと、東京から京都まではダイアが乱れているものの運行していると言う。京都から先は在来線か私鉄が大阪まで動いているとの構内アナウンスがある。恐らく超満員で何本かの列車をやり過ごす覚悟だったが全席自由席の切符が直ぐ取れたのであっけにとられた。予約しておいたホテルは直ぐにキャンセルした。都内は電話通話が可能であった。


混雑を予想した車内は空席が目立ち好きな席が取れる。列車は殆ど通常通りの速度で走り、途中で停車することはなかったと記憶している。車内の電光ニュースは今回の大地震の報道一本鎗だった。


京都駅入構近くで、車窓から在来線が異常なく走っているのが見えて一安心した。京都タワーも無事に突っ立っており街並みにも異常はなさそうである。ただ、自宅に着くまでは不安一杯だったが、家も家族も元気に迎えてくれたほっとした。


来社していた台湾の代理店の社長から「あなたは、ネズミなど小動物と同じで大地震の予感があったに違いない」と冷やかされた。あれから早くも26年になったのである。