森喜朗氏を非難してもムダ。



森喜朗東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長が「女性が沢山入っている理事会は時間がかかる」と発言し、女性を蔑視した発言と国内外から、立場にあるまじき「失言」と批判されているが、この非難は当たらない。「失言」ではなく「本心」だからで、謝罪して撤回しても形式的な茶番劇である。これは森氏だけでなく、この人の世代には共通して見られる姿勢である。同じ世代である私にも理解出来る部分がある。


我々の世代、或いはそれ以前の男性には多かれ少なかれ似たような考えがある。と言うのは、そのような教育や生活習慣の中で育って来たからである。例えば、父親が食卓につかねば食事を始めない、父親から先に風呂に入るなど男性中心の風習があり、明治・大正時代の文学作品を見ても、本の裏ページに「現代の常識から問題がある表現もあるが、原文尊重の観点からそのまま表記した」との断りがある。夏目漱石や志賀直哉の小説には、男性優位・女性蔑視・階級差別の表現が随所に出て来る。


学校教育の中でも「修身」があり、親権生活の教育を叩きこまれた。幼少時代にそんな社会の中で生まれ育って来た人間は忠実に身に付けて来たのである。「スズメ百まで」で一度身に付いた習慣・性格はトシを経ると共に頑固になり、余程生活習慣が急変した環境に置かれない限り中々治らない。幸いにして私は、学生の頃に英語を専攻したお陰で欧米の先進社会の文化や情報満載の波を浴びて来たので救われた面もあるが、それでも会社で管理職になって「セクハラ対策委員長でなくセクハラ推進委員長」と陰口を叩かれたこともあり、同年代世代と似たような面も否定出来ない。


今の自民党もいくら安倍前総理が「女性が輝く社会」と叫んでもお得意のウソ八百で、女性閣僚最少の世界記録を守っている。自民党は米国の共和党と似た側面があり、女性差別・女性蔑視の色調が強い。


私が良く読む愛知のブロッガー氏の表現では「4G」とあったので、次世代携帯電話の話かと思ったら、「四爺」のことで森・二階・麻生・菅の自民幹部のことを指すらしい。いずれも差別教育を受けて来た世代の犠牲者である。自民の差別姿勢の推進者である。






ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

面白い

この記事へのコメント