「モラル崩壊」ではない官僚の接待問題



昨日の毎日新聞社説に「相次ぐ官僚の接待問題、すさまじいモラル崩壊だ」として、総務省と農水省の幹部らが利害関係者から接待を受ける不祥事で国家公務員倫理規定違反で処分を受けたことに対し、「事務方トップ級と関係業者の癒着ぶりに唖然とした」と如何にも珍しい事件のような見出しを掲げているが、我が国では今更の話ではない。


接待をして利益を受けようとするのは、「越後屋、お主もワルよのう」とニヤリと笑って、悪代官が料亭の座敷で菓子箱の底に小判を敷き詰めた手土産を受けた昔から綿々と続いている日本の文化なのである。ウィキペディアで「接待」、「賄賂」をキーワードで検索すると、接待による賄賂の授受が刑法の適用を受けるようになった明治初期の昔から、民から官への贈収賄で罰せられた例がズラリと並んでいる。


議員や官僚は「会食」が欠かせない理由を「民間との意思疎通、世間が何を考えているかの情報入手」を挙げている。これはこれで賛成出来る。民意を知らずして霞が関の閉鎖的なビルの中で考えられた政策が国民の考えや要望を反映出来る訳はない。その中で出て来たプランは机上の作品に過ぎない。


私の現役時代の「官」との接触は仕事に関係の深い税関支署の役人だった。当初の付き合いは極めてオープンで、我が社の運動場で親睦野球ゲームを定期的にやったことがある。我々の部署だけではチーム編成が出来ないので、輸出貨物の輸送や通関申告を代行する乙仲と呼ばれる通関業者の日通や近鉄・阪急などの業者との混成チームだった。いずれも税関審査官と顔馴染み同士で親睦を深める場だった。


私が勤務していた企業と税関支署は至近距離にあり、相互の近くに赤提灯の飲み屋があり、定時後に良く出くわしたことがある。大概、税関の統括審査官と呼ばれる課長クラスや部下の審査官が既に出来上がった顔付きでカウンターに座っていて、我々が後から縄暖簾を潜って入って行くと、「オイッ、この横の席が空いているから座れ」と言われ一緒に飲んだことが良くある。


こちらが気を効かせて支払いを打診しても彼らは一切応じずお互いに自腹だったが、世間の目が厳しくなるに連れ横に座り合っているのも目立つとばかり、その後は我々が後から店に入って横の席が空いていても、「悪いが離れた席に行ってくれ」と指示されるようになった。


「官」も下部組織程、倫理規定など法令順守に厳しかったのである。中央官庁も同様と思うが、上位クラスになる程ルーズになるものらしい。


またも国家の最高機関で食い意地論議



「武士は食わねど高楊枝」と空威張りした時代があった。腹を空かせて何も食べていないのに、如何にも食後のように楊枝を咥えている姿を皮肉ったものである。ところが世間一般の「瘦せ我慢して見栄を張る」皮肉の表現に使われるが、「江戸時代の武士の多くは、今でいう政府や役所の役人だった。彼らの多くは私利私欲に走ることなく世の中のため、国家のために働いていた」との識者の解説もある。


今の政府や役所の役人は国家の最高機関である国会での質疑応答の場で「一人74,203円もする料理はどんな内容だったのか」を論議している。先のブログでも書いたが、食い物の恨みは強いのである。ここではそんな議員・官僚の意識のレベルを非難しているのではない。流石は我々の代表だけに、世間一般の知りたい内容をぶつけてくれている。


かかる食い物の恨みが高まった結果、総務省では11名もの有能な官僚を処分した。総務省の素早い動きに慌てた農水省もアキタ・フーズとの会食関係者を遅れじとばかり処分発表した。


ことほど左様に、総理や閣僚を筆頭に議員や官僚は接待や会食に意地汚いが、公にされる会食費は一般庶民が驚嘆する程高額なものが多い。会場と料理を提供した料亭やレストランが、この会食費は参加者の誰もの個人の財布から出るものとは思っていない。どの道、招待者が所属する組織の交際費から出るもので、誰の腹が痛むものではないと承知していて利益を大幅に上乗せしたボッタクリ価格となっている。一般の市場価格ではない。


私自身、スケールは各段に落ちるが現役時代に接待側を数多く経験し、その中から料亭のオカミやホテルの支配人から交際費目当ての対応に面白い話、特に京都という一種独特の風習の中から得た話を別の機会にこのブログページに取り上げたい。


いずれにせよ、今回の官僚の処分発表があったが、「処分」と言っても皆が職を失った訳ではない。減給や訓戒など今後の生活に深刻な影響を及ぼすことは殆どないが、自分の履歴の賞罰に記録され将来の昇進競争から脱落する理由にもなる。ご本人達には過去に培って来た業績が無になる結構堪えた処遇なのである。






火星探査機着陸直前の動画公開



米国航空宇宙局(NASA)が公開した火星探査機が着地点に達する直前のビデオを英国BBCが昨日の電子版で報道した。紙の新聞とは異なり、電子版ニュースは動画を埋め込むことが出来るので、こんな報道は迫力がある。(こちら)の記事にある画像をクリックすると、最初は見苦しい広告で始まるが、続いて3分程の動画が現れて思わず見とれる。


地球から見ると一点の赤い星にしか見えない天体表面が、まるで近くの地上のような鮮明な明るさで近づいて来る光景に一種の興奮を覚えた。今から思うともう一昔前になるが、人類が初めて月の表面に降り立った歴史的な瞬間をテレビで見たのを思い出す。西山千という人が同時通訳を初めて紹介した番組でもあった。


月の表面が徐々に近づいて来る光景を見たのと同じ思いを改めて感じた。今回は人が乗っていない探査機が撮影して地球に送信して来たもので、その技術の高さに驚嘆するばかりである。


何の関係もないが、日本の国会で姑息なやりとりにムダな時間を消費したり、米国ではトランプ元大統領が税金の支払いを命じる最高裁の判決に異を唱えて騒ぎたてるのが如何にスケールが小さな社会か、宇宙の話題は人を希有壮大な気持ちにさせてくれる。











議員と官僚の動きの違い



「総務省11人処分へ」、今日の毎日新聞夕刊(関西版)の第一面左肩に出た記事である。「首相長男から接待、別の職員7人も」のサブタイトルがついている。誰が聞いても偽証答弁で、予算委員会で説明のつかない対応をして冷笑を浴びた総務省幹部への批判に対する総務省の動きの結果である。


国会での答弁の醜態を見て、総務省ではこれはいかんと素早く内部調査をした結果、外部から他にもあるよとの批判を受ける前に手を打ったのは明らかである。これだけ次々と釈明の出来ない証拠が出て来ると、他にも首相長男や東北新社から接待を受けた官僚がいるに違いないと週刊文春ならずとも各メディアなど外部の調査が入るのは見え透いている。総務省が事前に手を打ったのは当然の動きだっただろう。他にも脛に傷を持つ官僚の存在は誰もが予測していたので、新聞種になってもさしたる驚きや新鮮味はない。


このニュースに接して、では自民党議員のセンセイ方の動きはどうか。思い浮かべるのは、自粛下の深夜に銀座のクラブ巡りをしたのがバレて離党の止む無きに至った議員達である。党幹部は姿勢を正すと発表したが、では他に例がないかを調べる動きはない。これだけ連続して出て来ると、他にもいるに違いないと誰もが思うが、ご本人達は自主的に名乗り出る動きはない。党をまとめる幹事長自身、自粛発令当日にステーキ会席をして顰蹙を買っているので示しがつかないことこの上もない。


バレなけらば儲けもの、バレれば先例もあることで風当たりは弱いと思っているに違いない。議員と官僚の考え方や行動の違いがこんな所にある。或いは議員には官僚以上に「上級国民」意識が強いのかも知れない。首筋が冷たい思いをしている議員がいればまだ良いとすべきだろう。






慣れない異常気候に大騒ぎ



東京都心に積雪があると、道行く人の危なげな歩行がテレビニュースになる。雪国の人達には何を騒ぐかと嘲笑して見ているだろうが、日頃経験しない突然の異常気候は日常生活に大きな影響をもたらす。


日本の新聞・テレビでは余り取り上げられていないが、米国とりわけ温暖な南部にあるテキサス州での大寒波の被害が現地メディアで連日大きなニュースとして報道されている。


テキサス州と言えば我々世代の第一印象では、西部開拓時代にアパッチ族と戦う西部劇の舞台を連想する。遠景に樹木がない岩山が聳える大草原が思い浮かび、およそ冬景色など関係のない地との印象があるが、最近未曽有の大寒波の襲来を受け記録的な寒さや降雪に見舞われている。同州の370万世帯が天然ガスの供給不足や風力タービンが凍結した結果、大規模な電力供給が止まって停電が発生した。


停電だけではない。飲料水の供給も止まり日常生活に大きな支障を来している。また、広い範囲で道路凍結による天候関連の交通事故だけで13人が死亡した。外気温度は同州ダラスでマイナス15度、オクラホマシティでマイナス21度と過去50年で経験しなかった低温を記録、過去123年間で僅か3度目という降雪が観測された地域もある。


この中で、102部屋を有するホテル、ヒルトン・ガーデン・インで大規模な火災が発生し、防火用スプリンクラーが凍結して機能せず、燃え広がるままになっていると報ずるABCニュース(こちら)の中でも、テキサス州での大規模停電と飲料水供給停止の深刻な状況を伝えている。


世界的に数多いコロナ感染者が多い米国で、日頃温暖な南部地域での異常気候被害は、雪国の人も笑ってはいられない異常事態である。





今の時代の回覧板



郷ひろみを知らない中学生がニュースになる現代、「♪とんとんとんからりと隣組 格子を開ければ顔馴染み 廻して頂戴回覧板 知らせられたり知らせたり♪」の歌い出しで始まる「隣組」の唄を知っている人は現在の日本に何人いるだろうか。私は長い間この唄の題名を「回覧板の唄」と思っていたが、実は「隣組」だったそうだ。


いずれにせよ、隣組制度も回覧板制度も戦時中のことである。隣との交際が希薄になった現在にも回覧板制度が全国で80%実施されていると言う。戦時中の制度が未だに引き継がれている希有な例である。私の町内でも頻繁に回って来る回覧板だが、書類を挟むバネ金具が付いた板が中々戻って来ない。次の書類を受け取ったのに板がないと悩んだ班長さんが板の裏表紙に班員の家庭の名と受け取った日、次に廻した日を記入する紙を貼り付けた。その結果、板の回収率は改善されたが、早く転送する意識が先行して肝心の情報が良く読まれたかどうかは判らないと言う。


回覧板とは地域社会の連帯、コミュニケーションの深まりに大きく貢献していた。私が若い頃、「隣組」の歌詞にある「知らせられたり知らせたり」の文言に一時感服したことがある。回覧板とは「知らせられる」受け身の姿勢と「知らせる」という能動的な性格と双方向の機能を持っていると思っていた。しかし「知らせたり」は自分の考えを知らせるのでなく、あくまで隣から知らされたことをそのまま別の隣人に知らせるという機械的な機能のことと判ってガッカリしたことがある。


現代は紙に書かれたことを読む習慣が薄れて来ている。新聞の定期購読者が減少している社会現象もその一つである。この中で昭和15年に始まった回覧板もその意味が薄れている、単に機械的に動き回っているだけではないかとの気がする。


私はスマホと持っていなくても、同居している娘が持っている。どの家庭にも誰かスマホ保持者がいる筈である。スマホを持たなくても、私のようにパソコンでメール更新する人もいる。町内の自治会は各家庭のITインフラの整備状況を調査し、従来の回覧板制度から電子メールで伝達し、或いは意見を求める双方向の情報伝達手段を構築すべき時代ではないかと思う。


今度自治会長と話す機会があれば打診してみようと思っている。またウルサ型の老トルの意見と思われるかもしれないが・・・・。






警察が道交法違反を放置



車を運転中にスピード違反や一旦停止、信号無視などで我々にキップを切り罰金を払わせる警官が、自分達も緊急出動でないパトロール中に駐車違反や一方通行違反で市民から通告されるニュースに時々接する。この場合、当該の警官が罰金を払っているのか、免許証の色が替えられているのかの報道は見たことはない。


Amura Cross.jpg

上掲の写真は、一見何の変哲もない街中の交差点の光景であるが、何かヘンだなと勘ずく人は何人いるだろうか。私はこの近くに住みながら異常を認めるまで随分時間が経っていた。人は毎日通行している自宅前の道にマンホールの蓋が何個あるか、電柱は何本立っているかには意外と記憶にないものである。自分の視覚に入っていながら脳に入っていないのである。


この交差点は市境にあり、私の住む守山署か隣の栗東市を所轄する草津署のどちらが管轄しているのか知らない。交差点には守山市に所在する町名が表示されているので守山署の管轄かも知れないが、写真の左側にあるネットは栗東市立の小学校の運動場で交差点に密接していて草津署の管轄である。


この写真の光景で問題なのは信号機の色で、明らかに道交法違反である。詳しくは道路交通法施行令第三条に違反している。その規定では「信号機の灯火の配列は(中略)、右から赤色、黄色、青色の順とする」とある。ここで言う「右から」とは道路の中央のことで運転手が見て目に入り易い位置が赤色、左の道路の端、つまり歩道側が青色とされている。


写真の交差点の信号機はその逆に配列されていて、道交法違反を証明する全国でも珍しい写真である。私はスマホを持っていないのでSNSはやっていないが、ツイッターにでも載せれば多くのフォロワーで拡散する可能性がある。JAFの月刊誌に投稿すれば掲載してくれるかも知れない。


隣接する小学校の生徒の教育にも悪いので最寄りの交番に通報しようとして通りがかりに立寄ったが、デスクには誰もいなかったのでワザワザ電話で呼出すまでもないと思って帰って来た。まだ話をしていない。


この交差点は白バイが良くパトロールしているが、近所の住民や学校の先生も気付いていないようである。信号機の色の配列など毎日接していながら意外と注目されないものである。





多数決が何でも決める訳ではない



ある組織・団体で2つ以上の意見が分かれて、どれか1つに決めなければならないケースが良くある。最も民主的とされている方法が「多数決」であるが、多数を得たからといってその意見が採用されず、少数に負ける場合がある。


判り易い例を挙げると、4年前の米国大統領選挙ではクリントン候補が対立候補のトランプ氏より最終得票数が多かったが、結果的にはトランプ氏が大統領に選出された。理由は、各州毎に定められた選挙人の評決によるとの米国の選挙制度による。


もう一つはこれも米国の例だが、そのトランプ氏が暴徒による連邦議会議事堂を扇動した理由で弾劾裁判に処せられ、有罪支持が57票と無罪支持の43票を上回ったにも関わらず、最終的には無罪と決まった。理由は有罪評決には出席議員の2/3が必要との規定に届かなかったからである。


「多数決」は、どちらが正しいかを証明するものではない。どちらが正しいと思うか、どちらを支持するかの意思を問うものである。そのために、「多数決」でものごとを決める場合いはその旨事前に決めておく必要がある。「多数決」にもいろいろあって1票でも多い「過半数」や、「投票者の2/3以上」などの規定を事前に定めておく必要がある。


国民投票とか住民投票などは「過半数」制を採用しているケースが多い。大阪の都構想の住民投票では、反対とする者が半数を僅かに超えたので実現しなかった。極端なのは英国のEU離脱可否の国民投票で「離脱」とするものと「否」とするものが、半数を挟んで1%以下の僅差で「離脱」が決定した。「離脱」を主導した党首が国民投票の終わった当日に「私の主張は間違いだった」と詐欺まがいの行動を発表をしたが、投票が終わった以上結論は覆ることはない。全国民の半数が反対したBREXITにその後苦しめられることになっている。


「多数派」が決して正しいのではない。「多数派の意見に拘束される」と決めた規則に従っているだけである。国会で自民党議員の主張に拘束されるのはその一例で、多数派にさせた国民の責任である。







ミカンの白いスジに意外な栄養素



胃の切除手術の後、病院の栄養士より三度の食事の間に必ず間食を摂るよう勧められた。胃を失って消化機能が衰えた結果、食べ物が口から腸に直接運ばれることによるダンピング症候群に陥ることを防止するためである。市販の栄養機能食品やカステラ、ビスケットなどの他に強く勧められたのは果物で、栄養価の高いバナナやミカンの名が挙がった。


退院後は時あたかも冬季に入り、季節の果物として丁度ミカンが旬を迎える時だった。今は冷凍技術が発達して、野菜や果物、魚介類の季節感が薄れて来ているが、古い世代には季節と連動した旬の食べ物は直ぐ頭に浮かぶ。私はミカンは実を包む中袋の措置が煩わしく、柑橘類は余り口にしなかった。中袋だけではない。その表面に網の目のように付着している白いスジを取り去るのが手間だったためである。ミカンは白いスジを除いて食べるものとの固定観念があった。


ところが、栄養士の話ではこの白いスジ(正式にはアルベトという覚えにくい名があるらしい)には豊富な栄養素を含んでおり、血流の改善、血圧低下などの他にダイエット効果があると言う。白いスジだけではなく、果実を包む薄皮も腸内でゲル状になり排便を促進し、コレステロールを排出をさせる働きがある。外皮にも油汚れを流したり、風呂に入れて血行を促進するリラックス効果もあり、漢方薬として消化促進、食欲増進、風邪や咳による喉の痛みにも利くので、外皮を剥かずにそのまま食べる人もあるという。外皮の断片が浮くオレンジ・マーマレードは理想的らしい。言うまでもなく果実はビタミンCの宝庫で、ミカンは栄養補給の間食に理想的な食べ物と言える。


但し、白いスジは消化が悪く、胃腸の弱い人には勿体ない話だが取り除いた方が良い、中袋も腸内でゲル状になると言うものの、前段階で胃による消化の前処理があっての効果だから、私のような胃の大部分を失った人間は従来通り、白いスジをむしって両手の親指と人差し指でミカンの中袋の下部をつまみ、前歯で果肉を絞り出して食べる方法で良いとのことであった。


長い講釈を聞かされてミカンの栄養豊富さを知ったが、私には今までの食べ方で良く、粗略気味だったミカンを再び手にすることになった。毎日、午前と午後で1個ずつ食べることにしている。



「折角の機会なので」で思わぬ発見



「知らなければ済んだのに」と思ったことで一仕事出来た。歯の痛みが上顎と下顎の骨折によるものと判らず歯科医や耳鼻咽喉科を歴訪して診て貰った末、歯科口腔外科の領域と判り紹介状を発行して貰ったのだが、耳鼻咽喉科での診察は初めてであり今後も世話になることはないと思い、「喉の痛みも覚えているのでついでに診て欲しい」と漏らしたのが一言多かった。内視鏡による検査で喉奥に不審な腫瘍が見付かったのである。


耳鼻咽喉異形成マーク付.jpg

「生体分析が必要かも知れない」との医師の話で改めてカメラ付超小型顕微鏡を呑んで精密検査をして貰った結果、上掲の画像のような斑点が喉に付着しているのが判った。左側の像が実際の写真、右の像は患部が浮き出して見えるように画像処理された写真である。赤丸で囲った部分が不審な斑点である。


医師はこの白い斑点の一部を内視鏡で2ヶ所から採取して見せてくれたが、ほんのゴマ粒程の微量で白い斑点の中央部分が欠けて見えるのは採取した箇所である。患部は咽喉頭と呼ばれる食道と声帯が分岐する場所で、「異形成」と言う「前癌状態」らしい。


ネットで調べると、熱が出るとか、食事が喉を通らない、喉に痛みを感じる、声が枯れるなどのいろんな症状を伴うらしいが、私には全くそんな自覚症状はない。知らなければ済んだものである。


細胞分析の結果が出て、心配していた癌細胞は見付からなかったと聞いてホットした。何しろ、胃を切除した腫瘍から癌細胞が転移した形跡はないとの一時的な診断を貰っていたが、どこかに転移している心配があったのである。


ではこの斑点は、従来から付着していたのか、最近現れたのか、大きくなったのか狭くなったのかは一切判らない。今後何度も検査してその大きさを観察したり、癌細胞の発症がないかを見守ると言う。今後は世話になることはないと思った耳鼻咽喉科通いが始まった。


人事問題と透明性



森さんは今回の五輪組織委員会会長辞任問題で日本社会の閉鎖性をあぶり出した。女性蔑視・性差別問題だけでない。今度は新たに後任者選出という「人事問題で透明性」を求める論議に火をつけたのである。国の指導者を国民が直接選べない議員内閣制をとる日本の政治制度は、従来から首班候補の指名は「密室」で行われているのが通例である。そこには「透明性」というものはない。


今回、森氏の後任候補として一時名前が挙がった川淵氏は、自己を推挙したのは委員会や理事会幹部の合意でなく、過去に「密室人事」にどっぷり浸かり行使して来た森氏の推薦と判り、それが露見した世間の批判を受けて一旦同意した後任人事を辞退した。この事態に早速「密室人事」の常習者である自民党のお尻がムズムズして「透明性」を求める世論に慌て出したとの報道もある。


人事問題は本来機密性が軸になっているのは世間一般の常識として定着している。従来から国会で、「人事に関わる問題につき答弁を控える」と言えばそのまま容認されて来た。


人事問題が不透明であるのは別に政界だけではない。民間企業でも人事問題は機密事項である。私は50年間の会社員生活の中で、この習慣は否応なしに身に付いている。何故あんな人物が課長や部長に昇進出来るのか不審を持っても、その経緯は判らない。会社の社長にしても、最終的には株主総会の承認によるとの形式はあるが、誰が社長候補としてどんな会合で任命されるのかは殆どの人は知らない。そこには社内だけでなく、社外の大株主の意向も強く働いているが、社外の人間が一企業内部の人材を知っている訳ではない。社長選出も「密室合意」の表れである。


バイデン大統領が副大統領としてカマラ・ハリス氏を起用したが、米国では公聴会でその人物評価の審査という試練を受けて承認される民主的手段がある。日本では政財界ともに人事問題は機密であり不透明である。今回森氏が火をつけた「人事の透明性」を求める声は今後の日本社会にどんな影響をもたらすのか、性差別以上の大きな社会問題になりそうである。





ネット上にはびこるCM



ウェブ・サーフィンをやっていると、どのサイトにもうるさい程のCMが画面に出て来る。それもその頻度が鰻上りに増えている。テレビのCMのように否応なく見さされる程ではなく、大抵のCM画面に「閉じる(X)」ボタンがあって自由に消去出来るが、中にはこの選択ボタンがなくてCM動画が終わるまで消えないものもある。ただ、5~10秒程で自動的に消えるのが多い。


最近では、NYタイムズやワシントンポストなど海外メディアの電子版の記事にも登場している。英文記事の隅っこに日本語のCMが出る違和感があるが、今では画面の片隅でなく記事の真ん中に割り込んで来るのが増えている。外国のサイトにも頻繁に登場しているのは、英文記事にアクセスする日本人読者が増えている証左だろう。ただ、スポンサーが誰にCM料を払っているのか判らない。


どうにも我慢出来ないのは、クラシック音楽のYouTubeに割り込んで来るCMである。交響曲や協奏曲などの楽章の間に挟まれているのは、まだリスナーに対する配慮が働いているのが理解出来るが、中には静かなメロディの途中に突然登場するCMには全くそのような配慮がない。出てくれば即座に消されるCMがどのスポンサーかどんな内容か伝わらないのに、どのような効果を期待しているのか、そのために多額の広告料を支払う意図は理解出来ない。聴いている者に不快感を与えるだけである。


サイト上の広告.jpg

上掲の画像は私が良く利用している電子英和辞典サイトの一例である。従来の印刷された辞書に比べて直ぐに検索出来る手軽さと文字の大きさ、新語でも直ぐに追加される便利さに加え、無料で利用出来るので長年利用して来ているが、この検索画面にも複数のCMが重複してモニター画面を占領し、肝心の情報が得られない程に邪魔をしているのが良く分かる。こうなると、ユーザの利便さを妨害しCMが逆効果になっているのに全く配慮していないとしか言えない。


尤も、どのサイトもこちらがカネを払って利用しているものはなく、タダで利用しているサイトばかりなので文句を言える筋合いはないのかも知れないが、全く効果のないCMに邪魔されるのは腹がたつばかりである。








燎原の火かカリフォルニアの山火事



まさに「燎原の火」或いは「カリフォルニアかオーストラリアの山火事」である。燃え広がるばかりで消える兆候がない。森五輪組織委員会会長の発言とその動きのことである。その背景については数日前のこの梓川河童のページで取り上げ、時代にそぐわない人事として原因はご本人にあるのではなく日本の社会情勢にあるとした。


学齢に達した時、学校で新聞紙のような教科書を配布され、各自が「肥後守」か母親の裁ち鋏で本のサイズに切り揃え、糊の代用の大麦の米粒で貼り付けて製本した教材から教え込まれた家父長制度、社会の風習、差別意識などが身に染みた世代と、戦争を知らない上辺は万事平等の現代世代との断層が生んだ社会問題なのである。


旧世代は、良く言えばブレない志操堅固な性格、悪く言えば時代の流れに同化出来ない人種である。この世代が現代社会に投じた一石である。NYタイムズが「時代遅れの発言」と一言で片付けたことで見事に表現している。


ご本人が「女性蔑視」の意図がないと思っていた発言から、関係閣僚や組織委員会、アスリートからも「不適切だった」との発言が相次ぎ、ひいては聖火ランナーやボランティアの辞退、抗議行動デモなどの実力行使が広がっている。しかし、ではどうせよと要求しているのか、「組織委員会の会長を辞めろ」と言っているのか、中には「会長を辞める必要はない」と慰留も出ており、騒動の焦点が判らなくなって来ている。


組織委員会の会長がオリンピック開催にどんな役割があり、どんな影響力があるかも判り難い。過去に何度も開催された各国の五輪大会で組織委員会会長が表舞台に出て来たことは殆どない。会長の資質、発言が五輪開催に影響があるとは不見識ながら知らなかった。


先のブログでも触れたように、化石人間が時代感覚の異なる社会の中で地位を占めるというのが間違いである。五輪開催とは何の関係もない、森氏と同世代の二階自民党幹事長がいらぬ発言をして二度に亘って五輪相から「不適切発言」と言われたように、旧世代は身を退くにしくはない。






国会で棒読み答弁の舞台裏



新型コロナ感染拡大に関わる緊急宣言下で、政府が民間に自粛を求めながら議員官僚は特別扱いをしているのは何も夜の会食だけではない。テレワークを推進して出勤者を70%減らすことを求めながら、官僚が「過労死ライン」を超える深夜残業問題が常態化している。主な理由は、国会運営の茶番劇の原因となっている「事前質問制」にある。


菅総理の「答弁棒読み」の悪評に代表されるように、国会では殆どの閣僚が答弁の時に下を向いてメモを読むだけである。これは自分が物覚えのために作成したのではなく、官僚が事前に作成したのを読む朗読会なのである。このメモの作成に官僚の膨大な労力が投下されており、そのための残業時間が増えているのである。


官僚がこのメモを作成するために、国会で質問する議員に、事前に何を質問するのかを聞かねばならない。議員が質問する内容を官僚に伝えるのが午後8時過ぎになり、それから官僚が答弁の原稿を書く、それを答弁する閣僚や担当省庁のOKAYを貰うまで待機する、勢い深夜まで残業が続くのである。


なぜ、こうした作業が必要なのか。委員会で答弁する首相や大臣は全知全能ではない。どんな質問でも前知識なしで答えることは出来ない。その閣僚を「丸腰」で送り出すと議員の質問に答えられずに立ち往生する。各省庁が通そうとしている法案が廃案になるリスクさえある。政策遂行のたどんなめに不可欠な作業だからである。


似たような場面が民間の株主総会でも見られる。この時は答弁は社長に限られている。従って、事前に各事業部とか担当部署に想定質問集と答弁案を作成させる。社長は総会前に事前に分厚い答弁案を読んで勉強するが、全てが頭に入らない。総会当日は、法務部の部長か担当者が社長の席の後ろにテーマを記載した付箋がハリネズミのように一杯付いた分厚い資料を抱えて待機し、質問が出ると該当するページを引っ張り出し、後ろからそっと社長に渡す。この質問想定集は私も書かされたことがあるが、各部署で担当するので全社では大変な工数となる。シャンシャン総会で質問も出ずに終わるケースが多いので壮大な無駄作業である。


国会は首相だけでなく大臣が答弁出来るので、関係閣僚がテーマに応じて事前に勉強して答える制度にすれば良い。明治・大正時代の議会はそうであったらしい。とすれば、閣僚は官僚の書いた原稿を読むだけで済まされない。自分の口で答弁することになる。今の国会でこれが出来ないのは、それだけの資質のある人物が大臣に任命されることがなく、年季をふれば誰でもなれるので、その皺寄せが今の茶番劇国会になり官僚に過度の仕事をさせているのである。その超過勤務手当が年間102億円に達しているとのデータもある。

尻切れブログ



毎回、私の拙文ブログを読んでくれている知人が、「昨日の君のブログは一体何が言いたいんだ」と連絡して来た。昨日のブログとは、森五輪組織委員会会長の女性蔑視と指摘されている発言を題材にしたものである。「結局、我々戦前・戦中の教育を受け、男性優位の社会の中で人間形成して来た世代の人間は基本的には差別意識が染みついているので、森発言を正当化したいという意味か」と畳みかけて来た。


アレレッ!?そんな意味に取られる内容かなと思って、日頃書き殴りで更新前に読み直しをしない自分のブログを読み返してみた。成程、結論が欠けている。久し振りに早い時間帯に原稿を作成し終わったと思った頃、「ご飯ですよ」との家族の声に慌てて更新ボタンを押したようである。


言いたかったのは、今の自民党の「4G」幹部は我々世代と似たような人生経験を経た結果、否応なしに潜在的な差別意識が潜んでいる。我々世代の大部分が現役第一線から退いているのと同様、「4G」幹部も退陣すべきであるという意味のことを言いたかったのである。この結論が欠落していた。


では、その為にはどうするか。思い出されるのは、厭がる中曽根元首相を小泉首相が議員の定年制導入のため引退を要請し、居辛い思いをさせて強引に辞めさせたことである。これくらいの老害議員の首に鈴をつける強引な手段がいる。そのためには4Gの一人の菅首相兼自民党総裁が、「自分も退くから一緒に辞めましょうや」と誘うのが一番だが、これら3Gに担ぎ出されて頭が上がらない菅氏が言える訳はない。ここは一番、自民党若手が内ゲバを起こして貰うか、それ程の強腰議員がいなければ国民運動による世論の力で政局を動かして欲しいものである。





森喜朗氏を非難してもムダ。



森喜朗東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長が「女性が沢山入っている理事会は時間がかかる」と発言し、女性を蔑視した発言と国内外から、立場にあるまじき「失言」と批判されているが、この非難は当たらない。「失言」ではなく「本心」だからで、謝罪して撤回しても形式的な茶番劇である。これは森氏だけでなく、この人の世代には共通して見られる姿勢である。同じ世代である私にも理解出来る部分がある。


我々の世代、或いはそれ以前の男性には多かれ少なかれ似たような考えがある。と言うのは、そのような教育や生活習慣の中で育って来たからである。例えば、父親が食卓につかねば食事を始めない、父親から先に風呂に入るなど男性中心の風習があり、明治・大正時代の文学作品を見ても、本の裏ページに「現代の常識から問題がある表現もあるが、原文尊重の観点からそのまま表記した」との断りがある。夏目漱石や志賀直哉の小説には、男性優位・女性蔑視・階級差別の表現が随所に出て来る。


学校教育の中でも「修身」があり、親権生活の教育を叩きこまれた。幼少時代にそんな社会の中で生まれ育って来た人間は忠実に身に付けて来たのである。「スズメ百まで」で一度身に付いた習慣・性格はトシを経ると共に頑固になり、余程生活習慣が急変した環境に置かれない限り中々治らない。幸いにして私は、学生の頃に英語を専攻したお陰で欧米の先進社会の文化や情報満載の波を浴びて来たので救われた面もあるが、それでも会社で管理職になって「セクハラ対策委員長でなくセクハラ推進委員長」と陰口を叩かれたこともあり、同年代世代と似たような面も否定出来ない。


今の自民党もいくら安倍前総理が「女性が輝く社会」と叫んでもお得意のウソ八百で、女性閣僚最少の世界記録を守っている。自民党は米国の共和党と似た側面があり、女性差別・女性蔑視の色調が強い。


私が良く読む愛知のブロッガー氏の表現では「4G」とあったので、次世代携帯電話の話かと思ったら、「四爺」のことで森・二階・麻生・菅の自民幹部のことを指すらしい。いずれも差別教育を受けて来た世代の犠牲者である。自民の差別姿勢の推進者である。






自分と他人は別扱い



コロナ感染拡大に伴う緊急事態宣言下に夜遅くまで銀座のクラブ巡りをしていた自公の議員が責任を取り、公明議員は議員辞職、自民議員三名は離党した。公明議員が辞職したのに、自民議員は辞職せず地位に固執する姿勢を批判する声は起っていない。自民党はそんな党だとの意識が国民にもマスコミにも定着しているようである。


今回辞職、離党した四人は、いずれも自主的に認めたのではない。週刊誌のスクープ網に引っ掛かって、言い訳の出来ない現場写真など証拠を突き付けられた結果である。同様の行動で身に覚えのある議員は週刊誌に見付かっていないだけである。おまけに、この中の一人は「自分の単独行動だった」と同党の後輩をかばう虚偽の発言すらしていた。元々自民党は安倍元総裁など根拠のないウソが平気で通用する組織である。


この四人は、最終的には党幹部に説き伏せられて身を処したが、その幹部の中に夜の会食自粛要請の中をステーキ会食で悪評を浴びた二階自民党幹事長がいる。自分の行動を棚上げして同じような行動をした自党議員を平気で叱責している二階氏の顔を見たいものである。


今回、緊急事態の延長が発表された。その文言の中で「飲食店などへの営業時間短縮要請や一般向けの外出自粛要請などの対策を継続する」とある。簡単に読み流してしまいそうな表現であるが、この中の「一般向けの自粛要請」の言葉が気になる。「一般向け」の中には、議員は入っていないと勘繰りたくなる。何しろ議員とは特権階級で何でもありの人種らしい。


勘ぐりと言えば、今回の深夜の銀座クラブ巡り事件報道で議員達が密かに訪れたクラブの名前が一向に報道されていないことである。深夜の営業自粛を要請されながら、営業を続けて議員を受け入れる店の名が報道されないのは何故か。ここにメディアに対する何らかの報道規制が行われている気がする。公表すれば他の議員の名がゾロゾロ出て来る可能性を予防しているのかも知れない。


いずれにせよ、今回の議員処分のウラにはまだまだ知られていない議員達の行動がありそうである。




高齢者は狙い目



『「アレッ?家の鍵かけたっけ?」、「アレッ?何しに来たっけ?」、「アレッ?財布どこに置いたっけ?」、「買った物を置き忘れて来た」』。イチイチ身に覚えのある出来事であるが、これは認知症予防のサプリの新聞広告である。他にも、「膝・関節の違和感を覚える方へ」、「ノコギリヤシ、夜中に何度も・・・」、「背筋がシャンと伸びて若々しく歩ける」、「死亡保険、85才まで申し込めます」などの広告は誰もが目にするフレーズである。


自分が後期高齢者になったためか、年寄りのひがみか、最近高齢者をターゲットにした広告が蔓延している。他にも、「白内障」、「諦めてはいけない薄毛・脱毛」、「階段の昇り降りが辛い」などいずれも高齢者に誘いかけ、今の境遇に不安を想起させて購買欲をそそる広告である。


これだけ年寄りに的を絞ったマーケティング戦略はどこに原因があるか。一昔前なら年寄りは商売の対象外だった。ところが最近の年寄りはカネを持っていると調べがついている。時々、80才代の一人暮らしの老婦人宅に押し入って、2千万円もの現金を強奪した報道に接する。家に2千万円もの現金が保有されていることをどうして知ったか、この老婦人が何故2千万円もの現金を常に自宅に保有しているのか、私のように家庭の経済は全てカミサン任せで必要な時に小遣いを貰う人種には全く理解に苦しむ。


オレオレ詐欺の被害者も決まって高齢者である。それも数億円単位の被害があると聞くと、高齢者は如何に金持ちかが良く分かるが、散髪代も160円の診察料も代払いして帰宅後カミサンに請求している私には一言の声もかからないのを加害者はどうして知ったか。今の日本社会には、人知れない市場調査が行き届いていて気味が悪い心地がする。