多数決が何でも決める訳ではない



ある組織・団体で2つ以上の意見が分かれて、どれか1つに決めなければならないケースが良くある。最も民主的とされている方法が「多数決」であるが、多数を得たからといってその意見が採用されず、少数に負ける場合がある。


判り易い例を挙げると、4年前の米国大統領選挙ではクリントン候補が対立候補のトランプ氏より最終得票数が多かったが、結果的にはトランプ氏が大統領に選出された。理由は、各州毎に定められた選挙人の評決によるとの米国の選挙制度による。


もう一つはこれも米国の例だが、そのトランプ氏が暴徒による連邦議会議事堂を扇動した理由で弾劾裁判に処せられ、有罪支持が57票と無罪支持の43票を上回ったにも関わらず、最終的には無罪と決まった。理由は有罪評決には出席議員の2/3が必要との規定に届かなかったからである。


「多数決」は、どちらが正しいかを証明するものではない。どちらが正しいと思うか、どちらを支持するかの意思を問うものである。そのために、「多数決」でものごとを決める場合いはその旨事前に決めておく必要がある。「多数決」にもいろいろあって1票でも多い「過半数」や、「投票者の2/3以上」などの規定を事前に定めておく必要がある。


国民投票とか住民投票などは「過半数」制を採用しているケースが多い。大阪の都構想の住民投票では、反対とする者が半数を僅かに超えたので実現しなかった。極端なのは英国のEU離脱可否の国民投票で「離脱」とするものと「否」とするものが、半数を挟んで1%以下の僅差で「離脱」が決定した。「離脱」を主導した党首が国民投票の終わった当日に「私の主張は間違いだった」と詐欺まがいの行動を発表をしたが、投票が終わった以上結論は覆ることはない。全国民の半数が反対したBREXITにその後苦しめられることになっている。


「多数派」が決して正しいのではない。「多数派の意見に拘束される」と決めた規則に従っているだけである。国会で自民党議員の主張に拘束されるのはその一例で、多数派にさせた国民の責任である。