仕事で英語を使いたい人は英会話学校は無駄?



「仕事英語と日常会話は違う」として、仕事で英語を使いたい人ほど英会話学校に行ってはいけない理由を説いた意見がプレジデント・オンラインに寄稿されている(こちら)。目から鱗と持ち上げられているが果たしてそうか。


私は定年直前に、長年従事していた輸出業務を専門に扱う子会社設立の特命を受けた。会社の利益に直接貢献しない業務部門を別会社に移管してオーバーヘッド(間接)費用削減を進める親会社の合理化計画である。人件費の高い26人の部員を引き連れて子会社に出向させ、新会社で採用する人件費の安い社員に業務を引き継いで、出向社員は順次親会社に復社させる三年計画のプロジェクトだった。


新会社では30人近くの若手を新規に採用したが最大の目的は貿易業務で多用する英語に堪能な即戦力だった。新規採用した社員は帰国子女、海外留学終了者、同業他社から転職した経験者だった。採用して判り吃驚したことだが、新規採用社員の内8人がTOEIC 9百点台だった。引き連れて来た26人の出向社員の中には一人もおらず、親会社の人事部長も驚嘆していた。当時の労働市場にはかかる猛者が多く存在したが、新卒採用を基本とする大手企業の視野の範囲外だったのである。英語も巻き舌の流暢な発音で面接責任者の私の立場がなく親会社勤務の米国人に応援を頼んだことがある。


しかし、かかる英語の高能力者を得て即戦力を期待したが、次第に仕事では使い物にならないことが判って来た。TELEXやメールによるコレポン(英文商業通信)は負担が少なそうだが輸出入実務は英語だけでは通用しない。先方との意思疎通がチグハグなのである時発信前の通信文をチェックしてみた。「ここで言う“custom”は何と理解したか」と担当者に聞くと「“習慣”のことです」との答えが返って来た。実は貿易実務の世界で言う“税関”の意味だったのである。


英語力は優れていても、実務力ではTOEICレベルには程遠い親会社からの出向社員には及ばなかったのである。


大学時代、国際政治学の教授が自分では英語の論文を書く力がないので、知人のJapan Timesの編集者に英訳を依頼したら、出来上がった英文はまるで英字新聞で学会では使い物にならなかったと講義で話していた。


確かに仕事英語は日常会話とは違うが、かと言って仕事英語は基礎外国語力の上で威力を発揮するものである。英会話学校を否定するのは間違いである。プレジデント紙への寄稿者は海外留学も否定することになる。