路上飲酒族



緊急事態宣言や蔓延防止等重点措置で営業時短要請を受けた地域で、飲み会が開けなくなった人達が街中の路上や公園の空き地で一杯やる光景が増えているらしい。サクラの季節は過ぎたが、花見ですら締め出された人が探し出した場所で飲んでいる姿を想像すると、ヘビースモーカー時代だった私の「隠れ喫煙」場所を求めて吸っていた姿と重なって来る。


自治体の要請に応えて真面目に飲み屋や料理店から締め出されて路上に居場所を求める人達は、要請を無視して深夜まで集団で飲み会を続けた2000人を超える大阪の公務員に比べて気の毒な気持ちにすらなる。


長期化する自粛に飽き、お互いに集まって一杯やりたい気持ちは痛い程理解出来る。誰に煩わされることなく飲み会が開けて友人達と楽しい時間が持てた経験者として、路上飲みに走りたい気持ちは非難出来ない。しかし、「路上のみ(ハ)イリスク」(4月30日毎日新聞夕刊)で「“外なら大丈夫”という見方が多いが、屋外でもマスクを外して話せば感染リスクがある」として、スーパーコンピュータ「富岳」を使って分析した理研などの研究チームの調査結果を報じている。


飲酒族には3つのグループがあると良く言われる。一つはミニスカートの若い美人に囲まれてバーやクラブで飲む「ムード派」、集まってガヤガヤと話ながら飲むのを「赤提灯派」、一人でチビチビやるのを好むのが「若山牧水派」というらしい。


私はどちらかと言えば「赤提灯派」なので、今問題になっている路上族に属する。それだけに彼らの気持ちは良く判る。しかし、コロナ禍で我が滋賀県から仲間が多い京都へ不要不急の訪問自粛を要請され、京都でも集会や飲み会が事実上の禁止下にあり巣籠が続いている。勢い「赤提灯派」がいつの間にか家で独酌の「若山牧水派」に変貌を遂げている。


牧水は「白玉の歯に沁みとおる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり」と詠んだ。秋の夜でなくても一人静かに飲むのは格別である。路上族も一度思い切って会社の終業後は夫々に一早く帰宅し、家で静かに飲む味を味わって見れば良い。酒は静かに飲むものだと悟ることが出来る筈である。