コロナ・ワクチン接種後の副反応



コロナ・ワクチンを接種したと話す人が私の周囲にも増えて来た。その後の副反応は、日常生活に支障を来したとか接種後は2~3日安静にした、特に異常はなかったなど男女差に関わらず人によりまちまちである。中でも多いのは2回目接種後に注射した場所に痛みがあったというのが一番多く、中には暫く腕が上げられなかったとの極端な経験をした話も聞いた。他に熱が出たとか身体がだるいいわゆる倦怠感に襲われた人もいる。こんな経験談を聞きながら、私も6月8日に第一回目、昨日29日に第二回目を夫々かかりつけの内科医院で接種して貰った。


丁度第二回目の接種日の前日に、毎日新聞デジタル医療プレミアに「新型コロナワクチン、接種後の熱や痛みの備え」の記事が出た(こちら)。これは二回目接種に臨むに当たる心構えに非常に参考になった。記事によると接種した人に対する調査データがあり、「最も頻度の高い副反応は注射をされた場所の疼痛(とうつう、痛みのこと)の85.6%、そのほかの痛みとしては頭痛59.4%、筋肉痛38.8%、関節痛23.0%が報告され、発熱は16.8%」とある。


私の第一回目の経験では、3日後に注射された場所の軽い痛みを3日間覚えたが発熱はなかった。二回目を接種した時、注射した医師から「熱が出た場合に備えて念の為解熱鎮痛剤を処方しておこう」とカロナール錠300という薬を出してくれた。これは前述記事に「発熱は接種後1~2日以内に起こることが多く、およそ6人に1人に起こると考えると解熱鎮痛剤を服用するなどして、様子をみていただくことになります」とあるのに符号する。


私は今日が「接種後1~2日以内」に該当するが幸いにして発熱の兆しはない。本来なら明7月1日は所属するグラウンドゴルフ協会の月例大会、その翌日の2日は所属クラブの定例練習日で、この体調なら双方共出席する予定をしていたが、幸か不幸か天気予報は2日共雨の予定でいずれも延期になる。これ幸いと静養に努めて様子を見ることにする。






大袈裟でもなかった月亭八方の落語



今年のプロ野球オールスターゲームのファン投票の結果が発表された。新聞や多くのウェブニュースには「オールスター・ファン投票、阪神から佐藤選手ら最多の7人選出」の題字が躍っている(毎日新聞、NHK News Web など)。私は特にタイガース・ファンでもないが、これを見てもう何年か前の月亭八方の落語「オールスターゲーム」を思い出した。


月亭八方はガチガチの阪神ファンとして良く知られている。プロ野球でタイガースに入団したいとの大志を抱いて大阪の浪花商業に進学し野球部に入った。ところが当時の浪商の野球部は部員も多く、レベルが高くて到底敵わないと自覚して早々に退学し、どこかの大学に入った経歴がある。また阪神が優勝すれば飛行船に乗って大阪市内の上空を飛ぶと広言したが誰もスポンサーがつかず、自費で飛行したとの逸話もある。当時の野村監督がタイガース優勝記念に作った100万円もする金のブロンズ像をイの一番に購入したとも言われている。


その八方の創作落語に「オールスター」と言うのがあった。投手から始まり、各ポジション毎に他球団の選手名をまず挙げるがその都度、他にタイガースに優れた選手がいると置き換えて行き最後の右翼外野手まで続けて、最後に全ポジションを俯瞰してみるとセントラルの選手は9人ともタイガースばかりで、その年のオールスターゲームは全パとタイガースの試合になるとの予想噺であった。虎キチでない私はその時の選手名を全く覚えていないが、実際のオールスターゲームでは実現しなかったが、この落語は大ヒットして何度もテレビ番組に登場した。おまけにその年は阪神タイガースがセントラルで優勝してしまった。



タイガース優勝の年のオールスターには7人の選手が選ばれたと言う。今年は奇しくも同じ人数で昔の八方の広言に限りなく近い。ただ現実は巨人と8ゲーム差で春の珍事と言われたが今は2.5ゲーム差と尻尾を掴れている。虎ファンは落ち着かない毎日に違いない。




「赤木ファイル公開」NYタイムズが報道



国が頑強に抵抗していた「赤木ファイル」の存在を認め、その写しを遺族の「弁護士事務所に提供した。この経緯を米国の有力紙ニューヨーク・タイムズが「圧力に耐え切れず自死した官僚、その経緯を記述した書類を公開」の見出しで報じた(こちら英文)。


我々日本人が誰もが知る内容である。これをNYタイムズがどう見たかの同社の論調として報じたものではない。記事の末尾には「投稿者:マキコ・イノウエ、ヒサコ・ウエノ」の記載がある。同社東京支社派遣記者の投稿であり、日本人の立場での記述である。内容には我々が既に承知している以外の新しい事実は何もない。ただ米国本社として全世界に発信すべき記事と編集委員が判断して発表されたものである。


従って、記事の再掲は避けるが、中には「理論的には日本の法律では、政府は広範囲にわたる文書公開の義務がある。しかし、現実には公開が秘匿され、裁判所も消極的なケースも多い」とか、「麻生財務大臣や財務省は再調査をしないと言明しているが、遺族は、彼らは疑惑を持たれている当事者であり、再調査を阻止する立場にはない筈とコメントしている」とのムケムケの記述もある。


従来、国内で起った事実について喧々諤々の意見交換や批評が飛び交うことが多いが、いずれもコップの中の嵐で世界に発信されることは殆どなかった。従って、日本人には衆知の事実や意見でも世界の人々は何も知らない。知る術がなかったのである。たまに海外メディアの極東特派員や東京駐在員が寄稿する場合が見られただけである。その意味で、海外への発信力は韓国の方が余程優れている。慰安婦報道など国内の論評は激烈でも、海外では韓国から言われ放題であり慰安婦像設置が世界各都市に伝播しているのがその一例である。


我々の子供の頃は、「海外では日本は未だにチョンマゲ、着物姿と思っている」と世界の無理解を笑っていたが、その責任は日本の実情を海外に発信しない我々日本側にあったのである。


そんな意味で、日本人特派員が海外に発信した今回のNYタイムズ記事は賞賛されて良い。








夫婦同姓制度は合憲判決に関する米国紙報道



夫婦は同姓でなければならないと定めた民法の規定は合憲との最高裁判決に米国CNNニュースの速報記事が出た。


記事の骨子は「19世紀に制定された同法では、夫と妻のどちらが姓を変えるべきかについては定めていない。(中略)しかし圧倒的多数が夫の姓を選んでいるのが現状だ。こうした規定については、女性や両性の平等の専門家、さらには国連の委員会も、差別に当たるとの見解を示していた。先進諸国の中で別姓で婚姻届けが出来ない国は日本のみ(中略)。本問題は昨年政権が菅氏へ交代して以降議論が再燃しており、より右寄り色の強い安倍政権の時から連立政権の中で自民党が選択的別姓制度に強い抵抗を示していた。伝統的な家族の絆を破壊するというのがその理由である」とある。(こちら英文)


「19世紀制定の法律」とは、いかにも古ぼけた民法に日本社会が縛られていて、それに固執する守旧派が政権の中で発言権を握っているとの皮肉が伝わって来る。


選択的別姓の叫びは時代の流れ、時代の変化の産物である。姓が変わることによるデメリットは経験した人の談によると想像を絶する手続きを伴うらしい。旅券や運転免許証、預金通帳、保険通帳、銀行口座や株式、手持ちの全てのカードの名義変更が必要で、その一件一件に住民票の提出が求められる。それだけではない。姓を変える前に発表した研究論文や著作の名前が異なることによる成果や知名度がゼロになるという。


現在、女性が結婚して姓が変わる時に経験している不利益だが、上述の不利益は殆ど結婚する前の行動に起因するものである。今は「♪15で姉ヤは嫁に行き~」は極端としても、私の世代でも今の女子大生の年頃が結婚適齢期だった。旅券や運転免許証を取得する前に結婚して姓を変えていたのである。従ってデメリットは少なかった。今は晩婚で一定の社会活動を経験しており、結婚前の旧姓時代に預金通帳やカードも取得している。


「家族の絆が崩れる」との老トルの懸念も、今は結婚した3組の内の1組が離婚する時代である。我々の時代に経験した大袈裟な結婚披露宴などが姿を消した。シングルマザーやシングルファーザーが急増して既に家庭は破壊している。こんな社会を肯定する訳ではないが、時代は動いている。このような社会の変動に気付かない老トルが政権の中で幅を利かせていること自体が誤りであることに気付くべきである。






「コメントは控えさせて頂きます」の法的根拠



最近のニュース報道で、理由を説明しなくても了承される社会になっている感じがする。例えば、東芝の「もの言う株主」に対する経産省の圧力疑惑が大々的に提起されているが経産省はダンマリを決め込んでいる。DHC化粧品会長の人種差別発言が世間からの批判を受けホームページから削除してもその理由は発表されていない。他の疑惑事件でも理由を述べることなしに「コメントは控えさせて頂きます」と一言添えてあるのはまだ良い方である。


日本社会にいつの間にか定着している、というか黙認されるようになったのは日本の中枢である国会の議論でも質問に対して真向から胸を張って答えない、「説明責任」という言葉が声高に叫ばれても説明責任を果たした議員が皆無である現状から来ていると思っている。では「コメントは控えさせて頂きます」と言えば免罪になる法的根拠があるのかネットで調べてみた。


ある弁護士事務所のブログでは、「答弁を控えられる場合は、次の2つがある。1)地方公務員法(第34条)の「秘密を守る義務」に抵触する場合。2)民事訴訟法(第196条)の「証言拒絶権」を理由とする場合。前者は「義務」で、いわゆる「(公務員の)守秘義務」と言われるもの。一方、後者は「証言拒絶権」というように「権利」であって、証言者やその親族が、「刑事訴追を受け又は有罪判決を受けるおそれがある」時や、「名誉を害すべき」と判断する時に証言が拒否できる」とある。この「証言拒絶権」については、国会で、森友学園の籠池泰典氏が、証人喚問された際に「刑事訴追のおそれがありますので」と何度か使っていたのが良く知られている。


一方、「係争中のため答弁を控える」については一般論としては論拠はなさそうとある。2013年9月に千葉の館山市議会の議事録には「答弁を差し控えるということに『特に法的な根拠はない(総務部長)』」との記録がある。


つまり、「コメントを差し控える」と言えば、何でもかでもそれで終わりと言う訳ではない。その場合は何故コメントしないかの理由説明が要求出来る。そんな習慣を付けるべきである。






ジャーナリスト立花隆氏死去



「知の巨人」との代名詞があるジャーナリストの立花隆氏が4月30日に亡くなっていたことが今日のウェブニュースの速報で知った。最近は有名人の訃報が遅れて発表されることが多い。従来のように本格的な葬儀の習慣が廃れ、相当の有名人でも家族葬で済ませるため遺族が積極的に発表しないためだろう。今迄私より2才年長と思っていたが実際は1940年生まれで逆に2才年下だったらしい。


同氏の出世作は「田中角栄研究、その金脈と人脈」が有名で、月刊誌文藝春秋に掲載された時は発売当日に売り切れたという。私はその頃は毎月文藝春秋を愛読していたが、たまたまその月は発売日に海外出張中で買いそびれ、帰国後評判を聞いて馴染みの神田の書店に走った時は当然売り場にはなく、当時の文藝春秋社では売り切れても再版しなかった。事後に単行本で読むことになったが、時流遅れの感があり残念に思ったことを今でも覚えている。私の30才台前半のことであった。


その後は同書店の勧めで文藝春秋の定期購読を登録した結果、発売日に遅れても入手することが出来た。その頃に立花隆氏の「私の東大論」が文藝春秋に掲載が始まり、回が進むにつれてのめり込んだ作品だった。初回の「東大生諸君、教養とはどんなものか教えてやる」で始まる記述は今でも覚えている。当時、氏の言によると「東大生は何故バカになったか」が作品発表の基礎になっている。


この作品は回を重ねる程に同氏の当初の意図が大きく転換し、教養講座から東大を中心とした日本の近代史に向かった。東大と言えば、安田講堂事件で良く知られるように、左翼の震源地のように書かれており、またそのように一般的に理解されているが、「私の東大論」は美濃部達吉のライバル上杉慎吉や国体学者平泉澄など右翼思想者に光を当て、東大を右翼運動というもうひとつの反体制の震源地として詳細に記述している。連載は長期に及び東大だけでなく明治以降の近代史を理解するのに大いに参考となった。連載終了後は書名を「天皇と東大――大日本帝国の生と死」に改め全2巻の大書として発売されている。


立花隆氏は文藝春秋に多数の連載があり、テーマの範囲は医学から宇宙科学など広範囲に及び科学に弱い私には歯が立たない作品が多く到底読破出来なかった。文字通り「知の巨人」の生涯だった。多病に苦しまれたようだが安らかに眠られることを祈念する。


合掌。







写真はイメージです。



新聞折込みチラシや新聞・雑誌に掲載されている広告写真には、必ずと言って良い程「写真はイメージです」と小さな文字で注記がある。極端な場合は、百貨店やスーパー、量販店で販売されている商品を包む内包装紙にまで記載されている。日本特有の傾向と言われて外国にはその例がないが、この習慣はどこから来たのか、過去に何か実物と異なるとの違法騒ぎがあったのか。


まだコロナ騒ぎが起こる前、同期入社の同窓会で一泊バス旅行を計画した時、旅行社から提供のツアーガイドの資料を皆で検討した。興味の対象は候補地にどんな名所旧跡があるかより、旅館でどんな料理が出るかにある。殆どが画面一杯に写っている料理満載のPR写真である。「我々のこのトシになって、これだけの料理を平らげることは出来ない」の意見が出たが、幹事は「“写真はイメージです”とある上、“料理は6人分です”とも注記されている」との説明通り、写真の隅っこに老眼では読めない小さな字で書かれている。こんな例は周囲にいくらでもある。


かって、年末に広告を見てお節料理をネット販売で注文したら、届いたシロモノは広告写真とはウラハラに中味がガラガラだったとの苦情が殺到したことがある。景品表示法か何かの関連法律に違反するのかと言えば、「イメージです」の表示の有無には触れていないらしい。特に目を三角にして騒ぐ程の違法行為ではないらしい。


では「写真はイメージです」と表示すればどんな場合でも免罪かと言えばそうでもないらしい。ネットで調べると、大阪弁護士会の判り易い説明があった(こちら)。極端な例では、写真に豪華な伊勢海老が写っているのに、実際出された料理には出なかったという「欠品」などの場合は虚偽広告になるが、伊勢海老でなく他の海老が出た場合は違法ではないらしい。「写真はイメージです」と言えば「必ずしも写真通りの料理を提供できる訳ではない」との意味という。


こんなこともあるので、私はネット販売でモノを買うことはない。衣料品や靴など試着もしないで買うリスクを避けるためであり、食べるモノとあれば尚更の話である。



令和の禁酒令



コロナ感染者拡大予防の一環として、酒を提供する飲食店の営業時間制限や営業停止、アルコールを伴う会食の人数制限などの施策がとられている。飲食業界はチェーン店や個人営業など全国で数万の店舗があると言われ、コロナ伝染初期に集中的に敵視されたパチンコ店より店舗数が多い。その業界で生計を立てている人達への影響は深刻なものがある。


相次ぐ飲食業界への制限や禁止条令が出されているが、それでは飲食業界がどれ程コロナ感染に悪影響を及ぼしているのか、定量的な実績集計は意外と出ていない。ネットで検索して見ると僅かに今年4月1日から11日にかけて政府が調査した全国でのクラスター発生の件数と感染者数をNHKが報じたデータがヒットした。


その調査によると、「職場でのクラスターが59件と、全体の3割近くを占めて最も多く、感染者数は合わせて471人だった。次いで、飲食店が41件で270人、高齢者福祉施設が29件で287人、学校や教育施設などが25件で192人などとなった」とある。つまり飲食店に起因するクラスター発生件数は全国で一日当たり平均3.7件、感染者数は平均24.5人となる。調査期間が丁度歓送別会時期であることを考えれば、数万の店舗やその従業員に対し、厳格な制限を加えねば感染拡大を阻止出来ない程の数値かと疑問に感じる。単に「多人数が集まって口角泡を飛ばす状態を想定」しただけの一種の魔女狩りのように思われる措置である。


制限・禁止令は業界だけではない。飲む人も屋外での飲酒は禁じられ、家での一人酒を強要されている。緊急事態宣言が蔓延防止策に緩和されても夜間の飲食店は午後7時までと制限されている。日が長くなったこの頃では午後7時はまだ明るく、赤提灯の縄暖簾を潜る時間帯ではない。私が現役時代は午後7時と言えばまだ残業中だった。残業を終えて帰宅途中に同僚と「ちょっと一杯」したい時刻には暖簾を下ろされていることになる。業者にも消費者にもなんら利する措置ではない。


もう少し厳密に感染原因究明を行い、影響がないと見極めれば実態に即した措置をとるべきである。



東京五輪費用が4兆円近くまで膨張?



こんなとんでもないニュースは本当か?「米国の経済専門家が東京五輪の経費が4兆円近くまで膨張する、日本は身動きが取れない状況」との予測情報である。発言者は米国マサチューセッツ州スミス大学のエコノミストでスポーツビジネス分析の専門家、これをCBS放送が紹介したと東京スポーツ・ウェブが報じた。


「日本は大会のために300億ドル(約3兆3000億円)~350億ドル(約3兆8500億円)を費やすことになる」と膨張し続ける開催費用の最終的な見込みがとんでもない巨額に達すると最新の分析を示したとあり、6月20日(日)付けのニュースだが全国紙が取り上げた様子は聞いていない。


詳細は(こちら)だが、開催予定1ヶ月前の発表に政治的な意図があるのかは不明である。ただ、「今回の東京五輪を巡る莫大な費用の問題は、今後の五輪開催に大きな影を落とすことになる」と予測しているが、膨張し続ける天文学的数字の開催費用を負担する税金を払う我々日本人にはそれどころの話ではない。


過去の我が国の公共社会事業が当初計画の予算に比べ、実績経費が大きく乖離しているのは常識になっている。低目の予算で国民の合意を得て置いて、いざ工事が始まると途中で何度も修正予測が入るが、その時は工事が中止出来ない段階になっている。最終的には巨額の差が生じていることは良くあることである。しかし計画発案者は責任を取ることがなく、全てが税金で賄われている。


神戸空港建設時、指呼の距離に関空と伊丹空港があってその必要性に地元の大きな反対があったにも関わらず、神戸市は低目の予算で強行し、最終的には大きな負担を市民に押し付けた実績がある。案の定、神戸市はその後の空港運営経費に耐え切れず、今では関空関連企業が引き継いだことを覚えている。今、建設が中断しているリニア新幹線計画もその顕著な例である。


しかし今回試算された五輪経費予測は、過去に騙された見込み違いとは比べ物にならない規模のものである。この上に多くの国民や医療機関が危惧しているコロナ感染が広がれば、政府や東京都、五輪委員会は従来のように無責任な姿勢で引き下がることは許されない。IOCは日本が引き起こした見込み違いに費用の一部を負担することは常識的にはあり得ない。








全く狂気の沙汰、トランプ前大統領の悪あがき



米国のトランプ前大統領が未だに選挙戦での敗北を認めず、開票作業に不正があったと言い続けているが、同氏と側近が最高裁に司法省に手を変え品を替えて抱き込みを図った経緯を示すEメールや文書の一切合切を米政府改革委員会から発表された。


公表された内容はワシントンポスト電子版で、司法省が雨霰のようなトランプ氏の工作に丁寧に対応した様子を「首脳は我慢の限界にあった」で始まる長文の記事に詳しく記述されており、首脳の一人が「明らかに狂気の沙汰(Pure insanity)」だったとトランプ氏の主張を切り捨てる発言を引き出している。


司法省への働き掛けは最初にトランプ氏、続いて大統領首席補佐官、トランプ氏の意を受けた弁護士などから波状的に行われた。にも関わらず選挙結果を逆転させることはできず、トランプ氏が負けたさまざまな州で起こした訴訟もトランプ氏側の敗訴に終わっている。 行政監視・政府改革委員会のマロニー委員長(民主党)は「これらの記録文書は、トランプ氏が敗北した選挙をひっくり返そうとする恥知らずの企てで、米国の法執行機関トップを悪の道に引きずり込もうとしたことを示している」と強く非難した。 昨年12月23日でトランプ氏に近かった司法長官のウィリアム・バー氏と残りわずかの任期を引き継いだジェフリー・ローゼン氏の双方も、トランプ氏の根拠のない主張に反発し同調しないと決断した形だ。


出典:ワシントンポスト電子版。


私はトランプ氏が司法省に繰り返し圧力をかけた実績や記録については全く興味がない。にもかかわらず、今回の長い記事を我慢して読み通したのはその中に「何故トランプ氏が執拗に証拠のない開票不正を訴え続けるのか、選挙での明らかな開票結果に関わらず敗北を認めない根拠はどこにあるか」の分析があるかを期待したためである。残念ながらその点の記述は何もなく、米政府改革委員会から公表された文書の一切を記述するだけが記事の主旨と見られた。


私が今関心を持っているのはQアノンに代表される「陰謀論」の拡がりである。事実無根の情報をネット上に拡散させ社会を混乱させる動きでトランプ氏が大統領に就任して以降、動きが活発になったと言われる。現に本年1月6日の米国連邦議会襲撃事件はトランプ氏に扇動された陰謀論者によるものとされている。「陰謀論」については、いずれこのブログページで取り上げたいと思っている。



驚くべきカラスの賢さ


カラスの頭の良さは誰もが知っている。カラスは人間の住む環境にも入り込んでいるので、その生態を直接見聞きした人も多いに違いない。


私もかって馴染みの河川敷のグラウンドゴルフ場で、ある仕草を見て驚嘆したことがある。市協会主催の月例大会のゲームが終わり、参加者の成績集計をされている待ち時間に目撃したもので、同じ光景を見た仲間も多かった。大会の参加者は大抵着替えや弁当、オヤツなどを入れた布袋かカバンを持参し、空き地に並べたり掲示板の下にぶら下げて置いている。


たまたま人の群れから離れていたのでそこに一羽のカラスが飛来し、一つの革製のカバンを引き吊り出したのを我々は遠目から眺めていた。そのカバンはジッパーで閉じられていたが、カラスはそのジッパーを跨いで両足で挟むように乗り、ジッパーの引手金具を長い嘴で咥えて器用にカバンを開いた。カバンの中に首を突っ込んで中に入っていたものを全部引出し、食べ物の入ったビニール袋だけを咥えて飛び去った。散らかされた中味の中には財布もあったが、カラスには興味がなかったらしく置き去ったので、眺めていた我々は「賢いようでアホだ」と大笑いをした。


主催者の協会では、このグラウンドゴルフ場はカラスによる被害が多いので、以降は持ち物置き場には青い大きな網で覆うようになっている。


カラスの賢さについては、最近のコロナ禍で生活様式の変わった人間社会の中で、カラスがどのように対応しているかの興味あるレポートが毎日新聞に出ている(こちら)。その中で、私がグラウンドゴルフ場で見聞したのと共通する記述があったので以下に抽出する。


『カラスの頭の良さは、人間が使うものをうまく利用している暮らしぶりにも表れている。例えば、巣にハンガーなどの針金を使う。また、固いクルミの殻を割るため、信号待ちで停止する車のタイヤの前にクルミを置き、発進したらタイヤで殻を割ってもらい、中の実を食べる賢いカラスも目撃されている。


 さらに、電車の切符を買うような動きをしたカラスまでいる。カラスが東京・JR錦糸町駅で人間から奪ったICカードを券売機のカード差し込み口に挿入しようとしている映像がネット上に流れ話題を集めた。カラスは警戒心が強い一方で、好奇心も旺盛で、人間のしていることに興味を持つ。人間がカードを機械に入れているのを見て、自分もやってみたくなったようだ。カラスの動きは驚くべき内容ばかりだ』。


僅少差の分断社会



最近のニュースで社会がほぼ同数で分断されているケースが目に付く。やや過去に遡るが、2016年の米国大統領選挙では投票数でクリントン候補が48%、トランプ候補が46%を獲得、トランプ氏が投票数では260万票下回るものの同国の選挙制度により州単位の選挙人を多く獲得して大統領に選出されている。


米国大統領選挙では歴代似たような実績があり、1984年のレーガン候補や2008年のブッシュ候補は相手候補より18%少ないにも関わらず大統領になった。18%と言えば大きいようだが、有権者数全体が2億人を超えるので双方の支持者はほぼ同じ人数と言える。


最近の例では、イスラエル議会がベネット党首率いる連立政権に対する信任投票で賛成60票、反対59票、棄権1票の1票差の賛成多数で承認し、12年続いたネタニヤフ政権が交代した。文字通り賛否同数に近い2派の議員が共存することになる。


先週6月10日に行われたペルー大統領選挙では急進左派ペドロ・カスティージョ候補とケイコ・フジモリ候補が開票率99.3%の時点で、50.2%:49.8%の0.4%という僅少差で競り合っている。こちらも両派ほぼ同数の支持を受けている。


かっては、英国でEU離脱の国民投票を行った結果、離脱賛成派が僅かに上回り、事前の世論調査で離脱反対が多いとの予測が広まった結果、面白半分に賛成を投じた反対者が後悔している記事が出たことがある。


どのケースの場合も、国民や議会が真っ二つに分断されていて同じ数だけの支持者が共存する社会になっている。


かかる相反する二つの層が社会を分断している国際的な動きに対して、我が日本の現状はどうか。国会の議席では相変わらず自民党が多数を占め、不祥事続出で多くの離党者を出しても痛くも痒くもないと国民の代表との自覚がないしたい放題の言動である。コロナ対策がまだ不十分でワクチン接種率も国際情勢に遅れを取っている中で、野党の国会期限延長要求を無視して早々に閉会の構えである。国会議員でありながら議会を軽視し職場放棄の姿勢が露わである。かっての世界に冠たる経済発展、高度な技術力、教育レベルの高さは今では急激に後退して他国に追い抜かれている現状を自覚すべきである。





「ワンサカ娘」生みの親が逝く



「♪ドライブウェイに春が来りゃ~」、余りテレビを見ない私が知っている数少ないCMソングの内で最も好きな曲だった。歌っていた歌手がシルヴィー・ヴァルタンという国際的に人気な少女で、今でこそ日本ではどこにでもいる女性だが、当時はまだ見かけないオキャンな風貌と振る舞いが新しい女性像として新鮮な印象を与えた。その作曲者が小林亞星だったことは、今回88才の訃報が発表されて初めて知った。


他にも「♪この樹なんの木、気になる樹~」の日立のCMも彼の作品であり、全く畑違いの演歌「北の宿から」も彼の作曲だったらしい。特に後者はメロディーも素晴らしいが、「♪着ては貰えぬセーターを、涙堪えて編んでます」と、今や歴史の彼方に吹き飛んで化石となった古き良き日本女性像を謳い上げた点で多くの男性の郷愁を呼んだ。今なら「そんな時間をかけて編むより、ユニクロで買って来た方が手っ取り早い」と言われるのがオチである。


小林亜星はCMソングや歌謡曲の作曲だけでなく、「寺内貫太郎一家」などテレビドラマにも主演したと言われ、文字通りのタレント(幅広い才能や芸を持つ人)だったと言われる。いずれにせよ、テレビを余り見ない私にはこれ程の多方面で活躍した人とは知らなかった。


私が最も好きだったCMだが、スポンサーのレナウンにとっては全く宣伝効果がなかった私という人間の記憶に残っている曲を以下に再現する。(YouTubeの貼り付けに失敗したので、下記青線部分のリンクをクリック下さい)。


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歩きスマホ事故予防の新製品



韓国の産業デザイナーが、歩きスマホが止められない人の事故防止対策として「第三の目」を開発した。 歩きスマホをしてつまずいたり、人にぶつかったり、果ては混雑する駅のプラットフォームで歩きスマホ中毒者同士が衝突して転落し、入線して来た列車に轢かれて命を落とす悲惨な事故も度々伝えられている。


「第三の目」はロボット式の目玉で、歌舞伎勧進帳で弁慶が関守の富樫から「頭(かしら)に戴(いただく)兜巾(ときん)な如何(いか)に」と問われて答える「五知(ごち)の宝冠(ほうかん)」のようにオデコに装着する。


この新製品に搭載されているセンサーが、ユーザーが首を曲げるとそれを検知して『まぶた』を開く。 ゲゲゲの鬼太郎の目玉親爺のように見えるこの黒い部品は超音波センサーで、前方の障害物を検知して音で警告する仕組みとなっている。 商品の開発者はこの奇抜な新製品でスマホ中毒の深刻さに関心が高まることを期待しているという。


「これが未来の人類の姿だ。 私たちがスマホから目を離すことができないので、もう1つの『目』が必要になってくると思う。 これを未来の人間の姿として提示することで、現代の人、特にスマホ依存症の人たちに警告したい」と開発者は述べている。


出典:ロイター電子版(こちら英文)


歩きスマホを禁止するのでなく、むしろこれを推奨するような対策でスマホをまだ持たない私から見れば頂けない発想だが、スマホはとはことほど左様に画面から目を放させない魔力を持っていると見える。この新製品は歩きスマホ愛好者だけでなく、運転中のながらスマホにも応用が拡大する可能性があるようである。




東芝と経産省の異常な蜜月



民間企業の東芝と中央官庁の経産省が結託・共謀して「物言う海外株主」の押え込みに動いたという検証報告書が公表された。経産省は産業を所管する省庁として権限に基づき民間企業と一定の情報交換をすることは当然あるが、民間企業の株主総会にまで関与するのはどうみても行き過ぎである。口うるさい『物言う株主』に圧力をかけるまで踏み込むのは誰が考えても越権行為で悪質である。報道された経産省の動きから、私が現役時代に直接見聞きした経産省の前身である通産省の当時の姿勢を思い出した。


私の当時の仕事は、所属していた企業の製品を輸出することであった。ココム(対共産圏輸出統制委員会)から派生した戦略物資の輸出の厳しい規制を受けた時代で、監督官庁は通商産業省で部署は機械情報産業局(通称機情局)だった。当時の輸出貿易は輸出貿易管理令別表第一(通称“別一”)に該当するかどうかで輸出が厳しく規制されていた。


我々の扱う製品は先端技術を駆使した分析機器・医療機器だっただけに、常に別一該当スレスレの線上にあり、製品を送り出す都度、所轄税関に説明する必要があった。税関は通産省の判断を根拠に動くので、私も東京へ出張して大元の機情局に何度か足を運び製品が別一該当でないこと説明し、製品毎に非該当である旨の包括許可を受けたものである。


ところが当時の通産省は“Notorious MITI(悪名高い通産省)”と酷評される程輸出規制に厳しく、海外からも折角の日本製品を買うことが出来ない、注文しても輸出してくれないと評判が悪く、日本企業からも「輸出増進のドライブをかけながら、実際に輸出しようとすれば規制するのは理屈に合わない。商売が出来ない」との苦情が多かった。それ程「あれはダメ、これもダメ」と締め付けが厳しかった。


我々のようなヒラ社員が霞が関に乗り込んでも中央官庁は課長クラスが応対してくれない。先方もエリートとは言えヒラ社員である。何度も面談している内に顔馴染みになり相手も本音を洩らすことがある。その中に「民間企業に厳しいのは法令違反をしないよう指導するのが我々の基本である。貿管令に違反すれば企業の存続に関わるではないか」と述べた。同業他社の担当者も「通産省も表向きは厳しいが、基本的には企業寄りの姿勢が見える」と話してくれたことがある。この姿勢が今回の東芝との蜜月関係に受け継がれているらしい。





異なる世代が混在するハラスメント感覚



トヨタ社員の自殺は、上司のパワハラが原因と豊田章男社長が認めたことが大きく報じられた。豊田社長は当初、社内調査を踏まえてパワハラと自殺の因果関係を否定していた。しかし豊田労働基準監督署が労災を認定していたことが契機とされている。パワハラの具体的な状況は詳しくは説明されていないが、遺族側によると直属の上司から「ばか」「アホ」「死んだ方がいい」などと叱責され、3ヶ月の休職中に適応障害と診断されていたと言われる。


2017年に自殺した男性は当時28才、上司の年齢は公表されていないが、当該の男性の年齢から推察すると若くても40才台後半、或いは50才台かも知れない。後期高齢者の我々世代からすれば、「へぇ~、この程度の叱責でパワハラ?」との思いがあるが、当時のトヨタの上司も同じ思いだったに違いない。


スポーツ界での体罰で良く引き合いに出されるのは、体罰を喰らわした指導者は選手時代に受けたのと同じ或いは似たような方法で選手を指導しがちだと言われる。丁度戦時中に軍隊で上官から受けた体罰を部下に喰らわしたのと同じ習慣である。我々の世代がペイペイの時に企業内でも流行していた。従って、今でいうパワハラを指導の一環として理解していたのである。そこには罪意識は全く存在しなかった。


私自身、剛腕と言われた上司の下で働いていた。その上司は「婦人部長」と言われ女子社員には滅法甘く女性に人気があったが、男子社員には見境なく大声で怒鳴りつけ部下の人格を無視した叱責をすることで社内でも有名だった。部下が夜帰宅した頃を見計らって、自宅から電話をかけ「これだけ言っても謝らないのか」と叱責し、部下の家族の存在も考慮しないことでも有名だった。私も一度電話をかけられた経験がある。今ならパワハラを絵にかいたような存在だった。


その上司は後には社長・会長まで上り詰めた程だったが、社内で人格を無視された程の叱責を受けた男子社員は多く当時はいずれも指導と受け止め、「あの人のお陰で育てられた」と感謝する人すら多かった。


パワハラ意識がないそのような世代が今の指導層にまだ残っている。些細なことでハラスメントと騒ぐ若い世代と共存している現代である。豊田章男社長も実は古い世代感覚の人だったに違いない。東京五輪の森さんのような人は他にもまだ沢山いるのである。




オンライン診療



厚生労働省は2015年にオンライン診療の普及を発足させた。サービス開始5周年となった2020年12月末現在、全国で2300の病院・診療所で利用されているとのデータがあるが、「オンライン診療を利用する臨床現場の医師への意識調査」でオンライン診療によってコンビニ受診が増減したかについて聞いたところ95%の医師は「減った」「どちらかといえば減った」「変わらない」と回答し、オンライン診療がコンビニ受診等を助長する可能性は低いと推察されている。コンビニ受診だけでなく、オンライン診療に対する医師の関心は高まっていないようである。


オンライン診療が導入された直後、厚労省ホームページに登録されている地域別医療機関名簿の中に私が良く利用している大病院及びかかりつけ医の名前があったので、利用方法について聞いて見た。自宅からオンラインで診療が受けられるのなら、満車の駐車場の空きスペースを求めて探し回ったり、「2時間待って3分診療」というムダが解消されると期待して大きな関心があったのである。いつも診察を受けている馴染みの3人の医師の意見では「オンライン診療の名簿に登録はしたが、日々の診察や治療、手術で忙しくてとても対応する時間がない」と極めて消極的であった。


ところが今日の朝日新聞デジタルによると、菅義偉首相が昨年9月の自民党総裁選の際から訴えてきた規制改革の目玉政策であるデジタル化の一環として、「政府は新型コロナウイルスの流行期に限って初診でも認めていた「オンライン診療」について、恒久的に行えるようにする方針を決めた。かかりつけ医に診てもらう場合だけでなく、健康診断の結果を示したり、医師と患者の合意があったりした場合も可能とする。かかりつけ医をもたない人にも受診の道が広がった」との報道があった。


「政府はオンライン診療を離島やへき地での遠隔診療として2015年に「事実上解禁」としたが、厚労省の指針では、初診は医師と患者が対面することを原則としてきた。今回、かかりつけ医以外の医師に対して健康診断の結果を示したり、かかりつけ医ではない医師と患者でも事前に合意したりした場合はオンライン初診が可能とした」とある。


しかし、私の周囲の医療関係者の意見と、そうでなくても新型コロナ禍で逼迫している医療設備と陣容の中で期待出来る程の成果が上げられるのか、「箱を作って中味がない」単なる秋の選挙目的に過ぎないのか、慎重に成り行きを見守る必要がある。



飲酒可否は医師の嗜好次第



病院や診療所での診療或いは検査日前後に飲酒が禁止されるケースが結構多い。前日の飲酒が禁止される場合は事前に厳しい通知が出される。病院・診療所側の自衛のために書面で通知される。問題は手術など大袈裟な治療でなく、軽い治療や検査で飲酒可否が不明か微妙な場合、吞兵衛は必ず医者に確認するが、同じ治療や検査でも医者が下戸か上戸かによって指示が異なる。


私がかって東京勤務時代の若い頃、会社推薦の近くの歯科医で親不知が痛んで抜歯したことがある。運悪くその日の夜は先輩の送別会の予定が入っていた。医者に「今夜少々飲んでも良いか。歯を抜いた跡が消毒出来てキレイになるのでないか」と聞くと言下に「イカンイカン、絶対にイカン(怒)!飲むと血が止まらなくなる」と激怒された。


しかし世話になった先輩の送別とあっては欠席する訳にはいかず、酒席に同席した以上は飲まずに我慢することは出来ない(当時はノンアルコールなんて結構な飲料はなかった)。結局医師の指示に反することになった。酒席でこの話をすると「あの老医者は酒が全く飲めないので飲み助に対する理解がない」と誰もが知っていた。翌日、抜歯後の状況を診る診察を受けると「歯茎がキレイになっている」と満足気のコメントだったので「ビールで消毒した」と白状するとまた怒鳴られカルテに記録されたことがある。


似たような話は知人の誰もから良く聞いた。飲み仲間の間ではその医師が下戸か上戸かは誰もが知っている。従って、軽い診療の場合は下戸医に対して敢てムダな質問はしないが、吞兵衛医には積極的に照会して了承を取り自分を安心させるらしい。


私は今朝新型コロナに対する第一回目のワクチンを接種した。かかりつけの医者だったが下戸か上戸かは知らなかったので、念のため今夜の晩酌の可否を聞いたら「飲み過ぎなければ問題ない」と大岡裁定のような回答だった。従ってこのかかりつけ医が飲み助かどうかは判らない。念の為、ネットで調べると同じようなコメントが並んでいた。精々ビール中瓶一本か350mlの缶酎ハイ(度数7%)一缶程度なら可とあった。




懲戒処分という言葉のイメージ



言葉の意味の解釈は個人により印象が異なる場合がある。最近、総務省の東北新社やNTTなど民間との度重なる会食接待を受けた関係者23人に対する懲戒処分とした旨の報道があった。また暫く前には、農林水産省が吉川貴盛・元農相と大手鶏卵会社「アキタフーズ」の前代表が在宅起訴された贈収賄事件を巡り、2人が同席する会食に参加していた次官ら6人の処分を発表した。


私の個人的な直感では「懲戒処分」と聞くと直ぐに「ここまで頑張って登り詰めた地位をつまらんことで失ったな」と理解するが、実はクビを切られた訳ではない。


私が何故「懲戒処分」イコール「失職」と思う理由は、15才にして社会に放り出され就職した会社から入社時に「これを良く熟読し理解して置け」と手渡された「就業規則」から来ている。中学を卒業したての少年にその内容は真新しい条項ばかりだった。中でも終わりの方にあった「懲戒免職」の条文が強烈に頭に刻み付けられた。「こんなことをすれば折角就職難時代に入社出来た会社から解雇されるんだな」と思うと怖かった。


「懲戒」という言葉にはそのままでは「クビ」という意味はないが、常にその後に「免職」の表現がくっついて身体が覚えていた。一方、「処分」という言葉は「捨てて失くしてしまう」ことである。私がもう着なくなった背広やワイシャツ、ネクタイなど身辺整理をすることを「処分する」という。つまり「クビ」にしてしまうのである。ここから「懲戒処分」と言えば「クビにされた」と理解するクセがついた。


ところが永田町や霞が関の「懲戒処分」はクビにならないのである。精々減給とか戒告、訓告で痛くも痒くもない罰で済む。但し、自分の経歴にキズが付いて出世競争に影響があるかも知れないが、この種の処分を受けた議員や官僚はゴマンといるので、ご本人達の職や家族の生活は確保される。


「懲戒処分」=「失職」と勝手に理解していたのは私の間違いだった。






職場の中のお局(つぼね)さん



女性の社会進出、企業内での女性の管理職や役員への登用の動きが進む中で、女性社員の間にこんな役割を演じる人が出て来ている。人呼んで「お局(つぼね)さん」。女性がまだお茶汲みや机の拭き掃除に甘んじていた頃から女性陣の中でこんな人がいたらしい。男女雇用機会均等法の施行、女性の地位向上に連動して職場のウラで力が大きくなり企業内人事にも無視できない例も出ている。


その一例がPresident Onlineに「大卒の新人をたった1週間で退職に追い込んだあるお局職員」として紹介されている。話を進める前に(こちら)を一読頂きたい。職場の実態の具体例として良く説明されている。


この中でも「施設長や上司に訴えたが、彼らは見て見ぬふりでやりすごし、まったく改善されない職場も多かったという」と管理職の態度も紹介している。理由は人手不足がその原因の根底にあるようで、お局さんに辞められると職場が廻っていかない程の力があるらしい。


実は私も男性より女性社員の方が多い職場を任されたことがある。先輩管理職から引き継ぎ事項の中で耳打ちされたのだが、その時は注意を喚起するのでなくむしろ積極的に活用を勧められた。理由は女性が4人集まると派閥が2組出来る程一つにまとめるのは難しい。中には身体の健康問題のように男性が介入出来ない問題もある。女子陣のまとめ役として特定の課員を暗に指定してホットラインとして活用するのが良いと逆にお局さん活用論だった。


まるでスパイを養成するようでイヤだったので当初は無視していたが、結果的にはいつの間にか前任者を踏襲するようになった。但し、お茶汲みや男性課員の机拭き、灰皿清掃やコピー依頼など当時女性の仕事の一部とされていた雑用は一切廃止し、事務所内やトイレ清掃などは外部業者に委託して、女性間で要らぬ紛争を極力防止し、お局さんの力が強くならないなどの配慮を行った。


娘の話によれば彼女の勤めていた事務所でも強力なお局さんがいて、そのためにストレスを感じて辞めた女性もいたらしい。どんな職場でもお局さんはいるものである。





コロナワクチン接種予約騒動



周囲にワクチン接種の予約で苦労した話をいろいろ聞かされた。話として聞けば面白い経験だが、ご本人達には真剣だったそうだ。


まず最初は、市から初めて対象の高齢者がいる家庭に接種案内が配布された当日。予約受付は市の中央部の市民運動場にある市民センターで行うとある。我が家からは車で10分かかる場所だが、当日は近くまで無料シャトルバスが巡回して来るらしい。私は暫く静観の構えだったが、気ぜわしいお向かいさんは早速予約電話をかけた。何度かけても話中で「後程おかけ下さい」との自動応答があり、都合10回以上はトライしたが結局つながらず、孫にインターネットで申し込んで貰ってやっと予約が取れたと言う。


この話を聞いた隣人は市へ予約するのを諦め、かかりつけ医に予約することにした。ところがこのかかりつけ医は毎日の来診の対応に忙しい。その時間を割いてワクチン予約日を設定したら応募者が大挙して押しかけ診療所内で待機する場所がない。止む無く、いつ降り出すか判らない不安定な天候の中を院外にテントを張って待合席を確保した。隣人は朝一番の午前8時30分から待ったが、予約が取れたのは正午前だったという。延々3時間以上待たされたそうだ。受付事務処理の不手際による非能率さから来たものらしい。


市の予約センターへの電話がつながらないと聞いた知人は、面白半分に電話をしてみたらナント一発でつながったと言う。元々同じ町内のかかりつけ医に予約する積りだったが、つながらなくても良い電話がつながったので止む無く予約した。目と鼻先にかりつけ診療所があるのに、車で市民センターに行くハメになったと言う。


私自身は定期検診でかかりつけの診療所に行った時、医師から気の向いた時に電話してくれたら良いと言われたので先日自宅から電話したら一発で予約が取れた。接種日は来週火曜日の6月8日である。かかりつけ医で3時間待たされたという隣人は「かかりつけ医により異なるこの違いは何か」とこぼしていた。


周囲にはそろそろ第一回目の接種が終わったと話す人が増えて来た。いずれもこれと言う副反応はないと言っている。




男の仕事、女の仕事



『乳飲み児を残して逃げたカミサンには恨みはないけれども、腹を空かして母乳が欲しいと泣き喚く我が子が不憫でならない。育児・家事の男女共同参画が叫ばれても、男の俺には乳をやることはどう頑張っても出来っこない。子守唄を歌って寝かすことくらいは俺でも出来る。決して上手くはないが、ここは一つ子守唄でも歌ってやろう』という現代の世相を予告したような昭和の歌謡曲があった。


アダムとイヴの男女を創造した神は、「お爺さんは山に芝刈りに、お婆さんは川に洗濯に」行くよう家事まで任務を分担させたのである。原始時代に男が狩猟に出かけている間に、女達が泉のほとりに集まって洗濯をする光景が外国の洞窟に線画として残されている。女性は洗濯をしながらお喋りする習慣が原始の時代から始まっており、お喋りが女性の習性として受け継がれて来ているに違いない。森前東京五輪組織委員会会長が言い出した訳ではない。


ところが神が女性に分担させた仕事は、男性に比べて非常に過酷で差別が大きいとして差別解消の動きが高まったのは先進欧米諸外国でもほんのここ数十年の間である。男女平等に関しては1919年にILO(国際労働機関)が母性保護条約を採択したのを嚆矢としており、米国で女性に参政権が与えられたのはその翌年の1920年。昨年の2020年は丁度その100周年記念だった。今は男女格差を示す度合いをジェンダーギャップ指数として国別に毎年比較公表されている。日本は153ヶ国中121位と低位を占めているが、それでも男性の育児休暇取得など徐々に改善努力が払われている。


夫婦の家事分担.jpg

その関連で、育児休暇を所得した男性の報告が貴重なデータと共にプレジデント・オンラインに紹介された。「俺だって出来る」と意気込んだ家事の分担だが、やってみて女性の仕事が如何に負担が大きかったかが判ったという。上掲の画像は二人の役割分担を図示した判り易いデータだが、文字が小さ過ぎて読み辛い場合は、パソコンの「Ctrl」を押しながらマウスの中程のロールを回して図を拡大するか、(こちら)のレポートの最終ページを見ると良く判る。


このデータを見れば、家事・育児が如何に過酷で重労働なものかが良く判り、日頃尊大ぶっている男性のメンツ丸潰れの効果がある。これらは今迄全て女性が担って来た仕事だったが、問題はこれを如何に解消するかにある。




最も憂鬱な検査の日



昨日はかねて予告されていた大腸ファイバー検査を受けた。病院での検査の中で最もイヤな検査で今回が3回目。胃の切除手術で大量の輸血を受けて以降、術後の経過検診で一向に改善しない貧血症状の原因を探るためである。専門的に言えば、血液検査で血色素濃度が基準値の半分以下の状態が続いていて、担当の消化器内科部長も体内のどこかに異常な出血がないか原因を究明したいのが目的と言う。2週間前に胃摘出手術後初の胃カメラ検査を受けたが異常はなかった。


他の検査、例えばCTの造影剤撮影検査や胃カメラ検査で事前に絶食を要求されるものがあるが、殆どが当日の朝食や昼食に限られている。しかし大腸内視鏡検査の場合は検査前日から絶食、その日は指定の検査食で朝昼はお粥、夕食はコーンスープのみの流動食、間食として栄養補助食品と粉末ジュースが事前に支給される。その他の牛乳や味噌汁など日常生活食品は不可で僅かに水やお茶、スポーツドリンクは許される。大腸内に残渣が残り難い食べ物が指定されている。事前に看護師から説明を受けた時、ビールなどアルコールは腸内を消毒するために良いかと聞いたら、現下にNGと言われた。理由は言ってくれないので不満だった。


空腹を抱えて検査日を迎えるが、当日は勿論朝から完全絶食で、ここでこの検査で最もイヤな準備が待っている。ムーベンと言う大腸の壁を洗い流す整腸液2リットルを2時間かけてゆっくりと飲む、下剤効果を兼ねているので飲み始めてから1時間経つと頻繁に排便がある。今日の検査を受ける7人が窓際に座って同じ難行に取り組んでいるので各人の後ろに7ヶ所のトイレがあり、入れ替わり立ち代わりトイレに駆け込む。排便の都度ナースコールで看護師を呼んで濁りがなくなるまで確認して貰う。被験者も看護師も大変な作業である。


この苦行が3時間ほどで終わり、やっと順番に内視鏡室に呼ばれて検査を受ける。検査は30分程で終わり、私の場合は小さなポリーブが3個見付かった。本来ならついでに切除して貰うのだが、私の場合は血液をサラサラにする薬を日常服用しているので見送られた。


検査後、担当の消化器内科部長の説明を受けたところ、ポリーブは良性で切除する場合は入院が必要となる。今回の大腸ファイバー検査はポリーブ除去が目的でなく、大腸内の出血の有無を確認するためで、その点では問題なく、次回は2ヶ月先にCTの造影剤撮影で検査を続けることになった。なんだか執行猶予付きで釈放された検査日であった。