懲戒処分という言葉のイメージ



言葉の意味の解釈は個人により印象が異なる場合がある。最近、総務省の東北新社やNTTなど民間との度重なる会食接待を受けた関係者23人に対する懲戒処分とした旨の報道があった。また暫く前には、農林水産省が吉川貴盛・元農相と大手鶏卵会社「アキタフーズ」の前代表が在宅起訴された贈収賄事件を巡り、2人が同席する会食に参加していた次官ら6人の処分を発表した。


私の個人的な直感では「懲戒処分」と聞くと直ぐに「ここまで頑張って登り詰めた地位をつまらんことで失ったな」と理解するが、実はクビを切られた訳ではない。


私が何故「懲戒処分」イコール「失職」と思う理由は、15才にして社会に放り出され就職した会社から入社時に「これを良く熟読し理解して置け」と手渡された「就業規則」から来ている。中学を卒業したての少年にその内容は真新しい条項ばかりだった。中でも終わりの方にあった「懲戒免職」の条文が強烈に頭に刻み付けられた。「こんなことをすれば折角就職難時代に入社出来た会社から解雇されるんだな」と思うと怖かった。


「懲戒」という言葉にはそのままでは「クビ」という意味はないが、常にその後に「免職」の表現がくっついて身体が覚えていた。一方、「処分」という言葉は「捨てて失くしてしまう」ことである。私がもう着なくなった背広やワイシャツ、ネクタイなど身辺整理をすることを「処分する」という。つまり「クビ」にしてしまうのである。ここから「懲戒処分」と言えば「クビにされた」と理解するクセがついた。


ところが永田町や霞が関の「懲戒処分」はクビにならないのである。精々減給とか戒告、訓告で痛くも痒くもない罰で済む。但し、自分の経歴にキズが付いて出世競争に影響があるかも知れないが、この種の処分を受けた議員や官僚はゴマンといるので、ご本人達の職や家族の生活は確保される。


「懲戒処分」=「失職」と勝手に理解していたのは私の間違いだった。