東京五輪は日本社会の人種観を変えるか?



子供の頃、白人社会の印象が強い米国やフランスが、オリンピックやスポーツの世界大会では決まって代表選手に黒人を送り込んで来るのに違和感を持ったことがある。それから半世紀以上も経って似たような印象を今回の東京五輪の日本選手の中から感じた人が多いに違いない。


米紙NYタイムズは「今回の日本の多様な五輪選手スター達は同国の“その”変化の反映である」との見出しでその点を鋭く切り込んだ記事を発表した。“その”変化とは日本社会の人種観、皮膚の色に対する見方のことであり、見出しには「遅々ではあるが(slowly)」とカッコ付きで表現している。


記事のリードには「大坂なおみや八村塁のような複数民族の血を引く選手達は、日本人とは何かの意味を問い直している。しかし、彼らは多くの場合、外部の人間と見られている」とあり、記事が何を言いたいか予め推察出来る。以下は記事の中から目ぼしい記述を順位不同で抽出したものである。


17世紀から19世紀にかけて、日本は完全な鎖国政策で外国人の入国を認めない世界史の中でも類のない孤立状態だった。従って、完全な単一民族国家だったのである。


今回五輪大会が開催されている東京都の人口の中で外国で生まれた人は4%に過ぎない。それでも全国平均の2倍である。対照的にニューヨークとロンドンでは35%である。日本人は一般に肌が蒼白く、髪は黒色とされて来た。大坂なおみが日清食品とスポンサー契約をした時、同社は広告で彼女の肌は白く、髪は金髪で表示した。「私の肌は褐色よ」と抗議され同社は謝罪して訂正して経緯がある。


今回の東京五輪で日本の代表選手583人の内、外国の血が混じっている選手は35人。その中から入場行進の旗手は八村、聖火点灯走者は大坂を指名し、日本が従来の人種観念を如何に変える努力をしているかを世界に発信した。五輪招致運動では日仏混血のTVスター、クリステル滝川を器用した。しかし、現状では社会は彼らを「ハーフ」と呼び、基本的には外国人恐怖症なのである。彼らの多くは日本で生まれ育ち、日本語しか喋れないにも関わらず別扱いされがちな経験を誰もが持っている。


しかし彼らの一人は、「日本社会は徐々に変化している。基本的には我々はお互いに世界市民というセンスが生まれつつある」と言っている。


原文: “Japan’s diverse Olympic stars reflect a country that changing (slowly)”



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