日本は新型コロナ菌に対し、アンダーコントロール?



多くが懸念したように、東京オリンピック開幕と歩調を合わせるように、東京だけでなく新型コロナウイルスが全国的に感染拡大している。この状況を受け政府は緊急事態宣言の対象地域を6都府県、蔓延防止等重点措置の適用を5道府県にそれぞれ拡大した。感染に歯止めがかからないどころか、逆に急増が続き、政府には打つ手が示せない状態となっている。英国BBCニュースは昨日、「日本は新型ウィルスに対しアンダーコントロール(抑え込めているのか)?」と何とも皮肉な表現で最近の日本での感染拡大の状況を伝えている。


「ウィルスに対し“アンダーコントロール”?」(原文は;Does Japan have Covid under control?)の表現は言うまでもなく、オリンピックの東京招致運動の際、安倍首相による福島原発事故の事後処理はうまく行っている(アンダーコントロール)と誇大宣伝したが現実はそうではなかったことを皮肉を込めて流用したことは明らかである。


BBC記事は、五輪開幕までの感染拡大の経過を概括した後、他国とは異なる対策をとられた内容を説明している。その中で、他の多くの国と違って厳格なロックダウンや国境閉鎖は実施してこなかったとし、昨年4月に1回目の緊急事態宣言を発令したものの、巣籠を求めたのは呼びかけにとどまった。企業や店舗に営業停止を要請したが罰則はなかったと規制は緩やかだったとしている。


日本は高齢者が多く、都市部に人口が集中している。それでも流行の初期段階では感染の抑制に比較的成功し死亡率も低く抑えることが出来た。その理由は;

  • マスク着用は昔からの安全対策の慣習になっている。
  • ハグやキスなど身体接触の習慣がない
  • 心臓病や肥満、糖尿病などの基礎疾患を持つ人が少ない

それでも昨年は1年を通して全国的な感染流行が起こった。感染者数は昨年後半に急増し、今年1月にピークに達した。そうした中で、政府は経済対策として「Go To トラベル」を実施し、批判を浴びた。


今年4月には感染者の増加で東京都など10都道府県に緊急事態宣言、一旦解除されたものの、7月に入って東京都に4度目の緊急事態宣言を発表した。東京オリンピックは緊急事態宣言下の開会となり、ほとんどの会場で無観客開催となった。五輪開始後、記録的な新規陽性者が連日報告されるようになっているとし、ウィルス押え込みは出来ていないと伝えている。





熊は鮭を食べない?



滋賀県湖南地域の住宅や商店、工場などの入り口には必ずと言って良い程、信楽焼の狸の人形が立っている。似たような風潮として、北海道に旅行した人の多くは、熊が鮭をくわえた木彫りの土産物を買って来て、応接間や玄関に飾っている。我が家にも、大きくはないが信楽焼の狸は玄関の外側、熊の木彫りは玄関の内側の下駄箱の上に飾っている。


私が北海道を旅行したのは十代の終わりの頃なので、木彫りの熊は半世紀以上も我が家に居座っており、転居を重ねたにも関わらず常に同行した。従って、北海道の熊は産卵を終わって川を遡行する鮭を待ち構えて食べるものとの強い固定観念があった。しかし後年、「熊は鮭を食べない。食用にすることはない」との話を聞き吃驚したことがある。


この話が本当かどうかを調べるには、インターネットが発達して、知りたいものは何でもネット上で情報を探せるようになるまで待つ必要があった。まず第一に目に入ったのは「知床のヒグマはサケを意外に食べない」と題した記事である。北海道大学農学研究院の論文に京都大学やニュージーランド・マッセー大学も共同研究の結果とあるから科学的な裏付けがある。熊は鮭を食べるという通説があったのに衝撃的な発見との記述があるので、熊は鮭を食べるものとの通説があったことも述べられている。


次の記事は、鮭を食べるのはエゾヒグマでそれも鮭の皮と卵だけで肉は食べないとの記事があった。エゾヒグマだけでなく、アラスカに生息するヒグマも同様で、鮭の皮と卵に栄養分があるからとされている。そう言えば私も塩鮭の切り身の焼き物の皮が大好きだが、栄養分があるとは知らなかった。熊よりもグルメ知識に欠けるようである。


いろんな情報が飛び交っているが、熊は鮭の肉は食べないとの意外な事実に驚いた。実際、熊が川の中で待機して鮭を咥える写真は良く見るが、誰でも肉を食べると理解するがそうではないみたいである。


何故今頃これを話題にするかと言えば、今月のJAFの機関紙に川の中で鮭を咥える熊のお馴染みの写真が出ていたので、昔に調べたことを思い出したからである。






東京五輪招致時の誇張宣伝



今回のオリンピックの招致合戦で、時の日本の首相による「福島原発事故の事後処理は既に我々の管理下にある(アンダーコントロール)」と聞いた日本人でも驚いた誇張表現が東京に決定した大きな要素とされていること、それが壮大なウソだったことは世界に良く知られている。そのためか、流石にご当人は開会式に出ることに極まり悪さを感じてか欠席した。


東京招致の決定はそれだけではなかった。全国民は世界からの来訪を心から「お・も・て・な・し」すると表明したが、これは心ならずも想定外のコロナ菌の世界的大流行により、歓迎すべき来訪者の受入れ停止の措置で実現出来なかった。これは誰に責任を転嫁出来るものではない。文字通り天災だった。しかし、意図的に世界を欺いたのは他にもある。大会の実施時期である。


欧米での主要なスポーツ大会が春や秋に組まれていて、最大のスポンサーのテレビ界の影響力もあって五輪を7~8月に実施出来ることが条件付けられていたが、これを満足させるために「東京のこの時期は晴れる日が多く、温暖で、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」と触れ込んだ。これは誰が言ったのかは判らないが、8年前の招致時の立候補ファイルには、そう記されていた。ところが現実は大きく異なる。


開催が東京に決まった後、カタールのドーハで行われた陸上世界大会で暑さのため、女子マラソンを深夜にスタートさせても故障者が続出、棄権者が半数近く出るなどのトラブルがあり、マラソンや競歩の開催場所を札幌に変更せざるを得なかった経緯がある。「温暖で理想的な気候」はウソだったことを認めた変更だったのである。


東京五輪が始まってみるとこの懸念が現実となった。毎日新聞朝刊には「酷暑五輪、“鉄人”も相次ぎ倒れ、招致時には“理想的気候”」の見出しが躍る。「未経験の過酷な環境に選手からは不満の声が上がる。男子テニス世界ランキング1位のジョコビッチ選手は“なぜ日中に試合をするのか理解できない”と嘆き、別のトップ選手も気温が下がる夕方の試合開催を要望する」。と伝えている。


折角の日本選手の奮闘によるメダルラッシュも「地元の酷暑に慣れた片手落ちの環境のお陰」と非難されれば、日本選手達の努力の甲斐もない。







天皇陛下の開会宣言を座って聞く失態



私は興味がないため東京五輪の開会式をTVで見なかったので事後の新聞・ネット報道の受け売りだが、天皇陛下が起立して開会宣言を始められても菅総理と小池都知事は座ったままで聞いていた。途中で小池知事が気が付いて慌てて立上り、菅総理もそれに追随したという。その場面がバッチリと全国中継されてしまったので二人とも否定のしようがない。


世が世なれば二人のリーダー共に不敬罪で監獄行きである。3日経って大会組織委員会は、「大会進行の脚本の一寸した行き違いによるトラブル」が原因と釈明した。つまり、陛下の開会宣言に先立つバッハIOC会長が予定を大幅に超える長いスピーチの終わりに陛下に開会宣言をお願いしたため、お言葉の前に全員に起立を促がすアナウンスを流すタイミングがなくなってしまったと言う。


バッハ会長に責任を転嫁したような如何にも子供騙しのような説明である。今回のオリンピックは原則として無観客である。広い開会式会場に選手団の他、役員など五輪関係者しかいない。天皇陛下が立ち上がってこれからお話されようとする時、わざわざ起立を促がすアナウンスが必要な社会慣習に疎い人はいない筈である。ましてや国を代表する総理であり、首都を代表する都知事である。閣議の時、総理が入室すると全閣僚が立ち上がって迎えるのは自然発生的な慣習ではないか。菅総理自身、長い官房長官時代に身に付いている筈である。総理になると態度が尊大になるのか。


バッハ会長が天皇に開会宣言をお願いするという筋書きになかったスピーチの精にしているが、欧州でも王室や元首が言葉を述べる前に出席者全員が立ち上がって聞くのは当たり前の礼儀であることをバッハ会長は承知している。いちいち起立を促がすアナウンスがなくても、全員立ち上がるものと思っていたに違いない。


今回の総理と都知事の不敬な態度は、日頃の皇室軽視の姿勢を内外に示したことになる。今日の各社の朝刊にはベタ記事で小さく触れただけだが、何らかの圧力が働いた結果と見られても仕方がない。本来ならそれだけでは済まされないリーダーの許されない失態なのである。





自分の妻の呼び方



自分の妻が話題になった時の細君の呼び方がいろいろある。男として意外に面映ゆい気持ちが働くためか、当該の妻がその場にいない時は結構高飛車な表現をする人が多い。


一般には「うちの嫁は」と呼ぶのが普通かも知れないが、話している相手が女性の場合は何となく亭主関白めいた表現と見られると具合が悪いのか別の言葉を探す。私の周囲では住んでいる地域の関西弁の影響からか「うちのヤツ」と言う人が結構多い。こちらの方が亭主関白的な印象がもっと強いが、話をしている相手に対して自分を誇示する気持ちが働くのかも知れない。恐らく実際に家に帰ると奥さんの前では態度や振る舞いが真逆になる可能性が高い。恐妻であることを糊塗する表現とも見られる。


その他に、「うちのカミサン」、「ワイフ」、「うちの山の神」、「うちの女房」、「うちの細君」、「うちの家内」などの呼び方が多い。単に「嫁が」と古めかしい呼び方をする人を一人知っているが、驚くことに結構若い男性の表現である。


このように表現方法が多彩なのは、何となく恥ずかしい気持ちが働いて表現方法に苦労している証左である。従って、自分の細君のことを話題にするのを嫌う人もいる。


ではそんな男が家で、自分の細君に向ってどう呼びかけるか。これが上述の細君のことを話題にする場合よりもっと厄介である。単に「美智子」とか「花子」と直接名前で呼ぶのは少なくなっていると言う。「お前」と呼ぶと叱られそうだし、「あんた」と呼ぶのもよそよそしい。結局「オイッ」で済ませると「オイッとは何よ」を逆ねじを喰らう。そうかと言って今更「ダーリン」と言い合うトシでは更々ない。


一般生活の中で一番身近な間柄でも厄介な難しい問題である。そんな中で我々は平和に生活しているのである。女性の地位向上という社会の動きがこんな所にも現れている。






東京五輪は日本社会の人種観を変えるか?



子供の頃、白人社会の印象が強い米国やフランスが、オリンピックやスポーツの世界大会では決まって代表選手に黒人を送り込んで来るのに違和感を持ったことがある。それから半世紀以上も経って似たような印象を今回の東京五輪の日本選手の中から感じた人が多いに違いない。


米紙NYタイムズは「今回の日本の多様な五輪選手スター達は同国の“その”変化の反映である」との見出しでその点を鋭く切り込んだ記事を発表した。“その”変化とは日本社会の人種観、皮膚の色に対する見方のことであり、見出しには「遅々ではあるが(slowly)」とカッコ付きで表現している。


記事のリードには「大坂なおみや八村塁のような複数民族の血を引く選手達は、日本人とは何かの意味を問い直している。しかし、彼らは多くの場合、外部の人間と見られている」とあり、記事が何を言いたいか予め推察出来る。以下は記事の中から目ぼしい記述を順位不同で抽出したものである。


17世紀から19世紀にかけて、日本は完全な鎖国政策で外国人の入国を認めない世界史の中でも類のない孤立状態だった。従って、完全な単一民族国家だったのである。


今回五輪大会が開催されている東京都の人口の中で外国で生まれた人は4%に過ぎない。それでも全国平均の2倍である。対照的にニューヨークとロンドンでは35%である。日本人は一般に肌が蒼白く、髪は黒色とされて来た。大坂なおみが日清食品とスポンサー契約をした時、同社は広告で彼女の肌は白く、髪は金髪で表示した。「私の肌は褐色よ」と抗議され同社は謝罪して訂正して経緯がある。


今回の東京五輪で日本の代表選手583人の内、外国の血が混じっている選手は35人。その中から入場行進の旗手は八村、聖火点灯走者は大坂を指名し、日本が従来の人種観念を如何に変える努力をしているかを世界に発信した。五輪招致運動では日仏混血のTVスター、クリステル滝川を器用した。しかし、現状では社会は彼らを「ハーフ」と呼び、基本的には外国人恐怖症なのである。彼らの多くは日本で生まれ育ち、日本語しか喋れないにも関わらず別扱いされがちな経験を誰もが持っている。


しかし彼らの一人は、「日本社会は徐々に変化している。基本的には我々はお互いに世界市民というセンスが生まれつつある」と言っている。


原文: “Japan’s diverse Olympic stars reflect a country that changing (slowly)”



観客聴衆も舞台の主役



本来は歓呼の声に背中を押されて意気揚々と行動している筈の晴れの舞台が、森閑とした場所に包まれた。最も晴れやかな筈の東京オリンピックの開会式である。入場行進する選手達も、大きく手を振って呼応する応援席に誰も相手がいないという文字通り振り上げた手を下ろす場所がない拍子抜けの場面である。レイチェル・カーソンではないが「沈黙の五輪」の印象である。


最近貰った会社の先輩からのメールに、「年初恒例のウィーンフィルのニューイヤーコンサート(ムーティ指揮)も聴衆はいませんでしたね。聴衆がいないのは、やはり何となくむなしく、特に最後のラコッチーマーチは聴衆が所々で拍手することになっているのに、それがないので何だか拍子抜けのような気がしました。コンサートは、聴衆が一体となって成立するものであることが痛い程分かりました」とあったのは全くその通りで、ニューイヤーコンサートを盛り上げて締め括るのはアンコールでのラコッチー行進曲で満場を揺るがす聴衆の手拍子である。似たような場面に、モーツアルトのオペラ、「フィガロの結婚」第一幕終了間際、フィガロの「もう飛ぶまいぞこの蝶々」が歌い終わると、軽やかな管弦楽の行進曲が続き、聴衆の手拍子に歩調を合わせて幕が閉まって行く場面がある。いずれも聴衆がそのシーンを構成する重要な要素なのである。


オリンピックだけではない。最近のサッカーJリーグやこれから始まる全国高校野球も無観客、或いは制限された入場者だけが参加するイベントも同様である。コロナ菌感染を阻止するための止むを得ない措置かも知れないが、そうかと言ってコロナ禍は人類が経験したことのない災難である。感染・発生・防止・治療策に科学的な検証が終わっていない中での「万一に備えた」予防策である。無観客なら感染拡大しないと科学的に立証された訳ではない。居酒屋営業自粛措置も同様である。


今、医療業界も感染研究所も現行の感染者治療に手が一杯で、原因と対策に取り組む余力はない。コロナ菌蔓延という予測もつかなかった災禍に見舞われたのが今の時代に生きる人類の不幸である。ここは諦めて災難が通り過ぎるのを我慢して待つより仕方がない。






住みにくい日本だが海外から見れば天国



東京オリンピックの事前合宿で16日、滞在していた大阪・泉佐野市のホテルからいなくなったウガンダの選手が20日、三重県内で見つかった。「生活の苦しい国には戻らず、日本で仕事をしたい」のが失踪の理由。選手はホテルの最寄り駅から新大阪駅を経由して新幹線で名古屋に向かい、その後、三重県四日市市内で見つかった。選手は合宿中にオリンピックに出場できないことが決まり、帰国する予定だった。

私も現役中に似たような経験がある。会社が製造販売した製品を購入してくれた顧客をまとめて日本に招き、工場で操作実習や保守教育を行うことが多かった。私は海外来訪者の受入れ部署の責任者をしていた時があった。海外から来訪する顧客は世界中にまたがっていたが、その中で中国からの顧客は、例えば対象機器が医療機器の場合、現地の複数の病院がまとまってどこかの院長か或いは北京や上海、広州などの医薬保健品公司の責任者が団長となって、多い場合は10~15人をまとめ、長い場合は2~3週間のプログラムで滞在していた。


そのグループの中の1名が突然実習に来社しなくなったことがある。団長に聞くとホテル滞在中の夜間にいなくなったらしい。当時の中国はまだ日本の当局の監視が厳しく、過去にも3回ほど同じ経験をしたことがあるので、会社所在地域の所轄警察に急遽連絡した。警察の担当部署は、当時のソ連や北朝鮮など共産圏から会社に来訪があれば、先方から行動聴取にやって来るので、その時の連絡先として私の名が記録されている。従って担当官とも懇意の間柄で実習生失踪を通告すると、「またですか」とやって来た。本来ならこちらから出向いて説明するのが筋だが、何故か警察から出向いて来る慣習になっていた。


中国人失踪の場合、瞬時に全国に通知される。当該者が医師や技師なので失踪中に犯罪の心配は少ないが、一方で団長も蒼くなっている。帰国後、相当の監督責任を負うことになるからである。警察の探索網のお陰で大概の場合は発見されるが、場所は何故か今回のウガンダのケースと同様、名古屋で見付かるのが多かった。失踪の理由は亡命目的だったらしい。


ウガンダ選手失踪事件から、こんな昔話を思い出した。





トヨタの不正車検



交通網の発達した大都市の住民は別として、地方に住む人達には自家用車が必須である。長年京都に住む友人が息子の滋賀県への転居に伴う新築住宅を見に行った時、周囲の各住宅には最低2台以上のマイカーが置いてあると驚いて話してくれたことがある。市バスの路線はあっても一日に5回しか回って来ないなら生活の助けにならない。自家用車保有は止むを得ない自衛手段である。


そのマイカーのオーナーの頭痛の種は毎年5月に支払う高額の自動車税と定期的に受検が義務付けられている自動車検査登録制度、いわゆる車検である。私は毎回、愛車を購入したディーラーに委託しているが検査に半日以上かかる。ディーラーが受け取りに来て、検査が終われば届けてくれるサービスもあるが、片道8千円も請求されるのでいつもは自分で乗り付けている。しかし、検査が終わるまで待つ訳にはいかないし、その間買い物にも不自由するので毎回代車を頼んでいる。


普段街中を走っていると、「短時間、低額車検サービス」の民間の車検会社の看板を良く見かける。ディーラーでの法定検査内容と所要時間に慣れた人間には、咄嗟に「手抜き車検に違いない」との疑いが生まれる。しかし、最終的には地方運輸局による正式な車検証が交付されるようなので、何か合法的な検査方法があるのかも知れないとも思う。


しかし最近、「レクサス高輪で不正車検、数値改竄など565台」のニュースを見て「ヤッパリ?!」の感を受けた。芋蔓式に「ネッツトヨタの店舗でも不正車検5千台、指定取り消し」もあったとの報道も出て来た。日本の自動車産業の牽引企業であるトヨタでもこの不正である。その背景には、時間のかかる法定車検制度下で「スピード車検」を全国の販売店に促して来た経緯があると言う。


見方によっては短時間車検を望む顧客側に立った対応かも知れないが、ウラには日本の車検制度に対する痛烈な批判かも知れない。車検制度は昭和5年にタクシーやバスの安全性確保を目的に制度化され、昭和48年に軽自動車まで適用された古い制度である。以降現在まで自動車の性能技術は飛躍的に進歩している。トヨタの現代車は、時代遅れの車に対する検査を行わなくても全く問題なく走れることを証明したかったのかも知れない。




社会常識の変遷とその評価



東京五輪の開会式で作曲担当に委嘱されていた小山田圭吾氏が、小学生から高校生時代の長年に亙る障碍者生徒に対する虐め・暴行を繰り返していた事実を26年前の音楽雑誌に掲載されていたことが指摘され、東京五輪の制作メンバーとして不適当と批判されて開会式直前に辞任した。


公表された暴行行為の内容は、本人も「今考えると本当に酷いことをしていた」と自認する程の残虐さで決して許されるものではない。氏は今年52才だから、いじめを繰り返していたのは30年から40年前、その事実を音楽雑誌に発表したのが27年前である。ウィキペディアによると、以降は氏の活動は極めて広く国際的にも高く評価されていたらしい。にも関わらず、その間当該の雑誌記事の内容が批判されることはなく、今回突然世間の目に晒され、日本の国家事業である東京五輪開催に暗雲を覆う事態に発展した。過去に犯した行為は決して正当化されるものではないが、「しかし、今更急に何故?」の感もある。


学校での「いじめ」は今では世間の厳しい批判を受けるが、30~40年前と言えば今の社会常識程大きな問題にはならず、子供の悪戯と鷹揚に見られる面もあった。尤も「いじめ」の内容も今ほど陰湿ではなくジャイアン的なものだった面もある。


社会常識が変わっている似たような話に、生活の中の差別表現がある。明治・大正の文豪の作品には今では許されない差別表現がワンサとある。従って、今書店に並んでいる当時の作品の但し書きに「本書のなかには、今日の人権感覚に照らして差別的ととられかねない箇所がありますが、執筆当時の時代背景を考え、該当箇所の削除や書き換えは行わず、原文のままとしました」と注記されている。文芸作品だけではない。手塚治虫や白土三平など漫画にも残っている。


これら偉大な先人が生存していて、もし東京五輪の実行委員として選任されれば、今回のように過去の許せない表現の作者として非難されるのだろうか、その年限はいつまで遡るのだろうか、そんな思いがチラッと頭をかすめた。










知らない者同士の心の交流



京都アニメーション(京アニ)の惨事から昨日で二年目、今は更地になった宇治市の現場で追悼式が行われた。私は京都に長年住んでいたが、アニメは全く見ないので事件があるまでは会社の名前も事業内容も全く知らなかった。ましてやどんな作品を提供していたか全然知識がなかった。事件後、同社が日本だけでなく広く世界に進出し幅広いファンを持っていることを数多くの追悼報道で知った。


その中で、同社が発表した数々の作品の舞台となった場所が「聖地」と呼ばれ、多くのファンがお互いの連絡もなく訪問するのが一種のブームになっているらしい。「聖地」には交流ノートが置かれ、多くのファンが思い思いに感想を書いたり、京アニにエールを送る文章を書き綴っている。場所によっては50冊を超える所もあると言う。かかる交流ノートは京アニの「聖地」だけでなく観光地のどこにもある。私も多くの山小屋に置かれたノートに書き込んだことがある。他の同好の士の書いた文を読むのも楽しみの一つだった。


知らないもの同士の交流は何もノートに限ったことではない。私の勤務していた企業への新入社員の中で、短大を卒業したばかりの女性が初めての給料で念願のローバーミニを買ったと報告して来たことがある。勿論初任給で小型車と言えども著名な英国車が買える訳はない。入社した会社の名前でローンが認められたと言う。そのローバーミニのファンクラブが鈴鹿サーキットに集まって夫々の愛車を一斉に走らせるイベントに参加した。サーキット内で競争するのではない。同じモデルの車が集まって最高時速60キロで一緒になって走る、それだけの催しである。お互いに知らない者同士が口を利き合うこともなく一緒に行動する、それだけで意気高揚して興奮して帰って来た。


こんな心温まる話だけではない。今年の1月6日、ワシントンの連邦議事堂にトランプ支持者が一斉に押し寄せ襲撃した。内部施設を損傷し議長席を占拠するなど暴虐の限りを尽くした。最終的にトランプ氏の「愛を持って家に帰ろう」との呼びかけに暴徒が引き上げた事件もあった。トランプ崇拝という共通点だけで知らない者同士が結束する、こんな頂けない交流もある。





説明能力が低下した社会



学術会議任命拒否の理由を聞かれても答えない、説明しないで力で抑え込んで済ますなど、強権国家社会の様相が当たり前のように展開されているが、一方で説明する能力や説得力の不足が背景にある場合もある。最高裁まで持ち込まれた大阪の「表現の不自由展かんさい」が施設利用が認められて開催もその一例である。


元々は「あいちトリエンナーレ」の企画展で昭和天皇の写真を燃やす光景や韓国慰安婦の少女像展示だけが大きくクローズアップされて右翼団体の暴力的な反対運動を招き一時中止となったいわく付きの展示会だが、その意図や趣旨の説明が説得力不十分な点にある。政治的な意図はなかったとしても、そのウラには世論の動向を窺い炎上させる狙いがあったと思われても仕方がない説明もあった。


「あいちトリエンナーレ」の騒動が持ち上がった時のニュースに、「主催者は“表現の不自由展”で何を目指したのか。開幕前に語っていた“企画意図”」の記事(こちら)に詳しい主旨説明があるが、一般には何とも判り辛い抽象的な内容である。


その趣旨説明の中に勘ぐって解釈すれば「公立美術館で撤去されたものを、『表現の不自由展』という展覧会を持ってくる体にして全部展示してやろうという企画」という下りがある。具体的に昭和天皇写真や慰安婦像がいつどこの美術館で、撤去されたのかの説明がない。この際、企画展の主旨に名を借りて世間を炎上させてやろうと邪推する狙いも感じられる。


しかし、今回の「大阪展」を見学した人の感想の多くは「話題になっていたので、見に来ました。実際に見てみると、そこまで反対するほどの内容ではないと感じました」など概ね問題外との見方である。昭和天皇や慰安婦はむしろ話題の向こうに押しやられている。主催者側ももう少し一般大衆に説得力のある主旨説明があったのなら名古屋での一時中止騒ぎはなかった筈である。


わざと具体的な主旨説明を避け、世論を炎上させて「不自由展」に関心を寄せさせる高等戦術があったのなら話は別である。







グラウンドゴルフ場付近での落雷事故



良く利用しているグラウンドゴルフ場の直ぐ傍で落雷があり通行人が直撃を受けて死亡した。下記は事故の翌日に地元紙に報道された記事の一部である。


『滋賀県守山市で40代の男性が橋の上で倒れているのが見つかり、その後、死亡しました。警察はランニング中に“雷に打たれた”可能性があるとみて捜査しています。

 7月11日午後3時半すぎ、滋賀県守山市の川田大橋の歩道で「人が倒れている」と通行人の男性から消防に通報がありました。消防が駆けつけたところ、滋賀県野洲市に住む会社員の男性(47)が意識不明の状態で倒れているのが見つかり、7月12日に搬送先の病院で死亡が確認されました』。

現場は野洲川河川敷に拡がる常設グラウンドゴルフ場で、私達協会所属メンバーが管理し頻繁に利用する立入(たていり)GG場と川田GG場の2ヶ所の内の一つで後者にあたる。立入GG場より2km程野洲川の下流、琵琶湖寄りに位置している。「立入」が大木や竹藪がコース内に散在しているのに比べ、「川田」には陽射しを避ける影がない。冬場は遠く比良山脈からの所謂「比良颪し」の直撃を喰う。事故の現場となった川田大橋がコースの中央、やや琵琶湖寄りの上を跨いでおり、橋下が唯一の影を提供し橋桁が風を避けるため寄り集まる場所である。


従って、今回の事故のようにゲーム途中で急な雷雨に遭った時は避ける場所がない。僅かにコース脇に置かれた簡易トイレぐらいだが、250名が集まる大会の時には全く役に立たない。一般のゴルフ場が積雪でもない限り、かなりの雨でも大きな傘を持ってプレーを続行しているが、雨も降らないのに雷鳴が近くに聞こえると中断されるのと同様、グラウンドゴルフも早目に中断し、橋下や駐車場の自分の車に退避するよう強く指示されている。特に一般のゴルフと違って70~90才台の年寄り連中の集まりなので動作が遅い。プレー中は走ることもままならない人が多いが、雷から避難する時だけは敏速なのは、人間には秘めた力がある証拠だろう。





梅雨時の天気予報



テレビ番組で気象予報士による天気予報は一定の評価を得ている。誰もが旅行やスポーツなどの催しで外出する機会を持っており、天気予報は大きな存在になっている。特に戸外での催しでなくても、毎日の洗濯やスーパーやコンビニでの買い物、通勤・通学などの日常生活に毎日の空模様、週間天気の動向には大きな関心がある。


気象衛星やスーパーコンピュータの技術の進歩で天気予報の精度が高まり、信頼度が大きくなっているのが輪をかけている。ところが、この高い予報精度が昨今の梅雨の季節には各段に落ちて気象予報士泣かせとなっているのは誰もが気付くところである。


科学的天気予報に進歩により今では府県別予測から対象地域がピンポイントで身近な情報が得られるようになっている。例えば我が滋賀県は中央気象台が人口の多い県庁所在地の大津ではなく、何故か世帯数が比較的少なく、しかも地政学的には天候の大きく異なる湖北地方の彦根にある。冬場には豪雪地帯で、人口密度が高く温暖な湖南地方と全く異なる地域である。従って、各都市毎の予報がネットで配信されている。私の住む守山市という限定された地域の空模様が、1時間毎の移り変わりを伝えてくれる。一週間先の毎日の予報の画面すらある。


これが私のウォーキングやグラウンドゴルフを行う計画に大きな参考となっている。双方とも毎朝8時頃から始めるので朝晴れていても午前10時頃から傘マークが付いているとハンを突いたようにその通りに天気が変わるのが見事だった。それが梅雨時期の今、天の邪鬼のような逆の予測を出すのである。予報では午前6時から午後4時まで傘マークがズラリと並ぶので「今日の行事は中止」の通知を出すと、現実にはその時間帯は一滴の降雨もなく、陽の光さえ差す天気になる。今日がそうだった。折角の月一回のコンペが中止になってしまった。


誰にも苦情を持って行き場がない。自宅付近は降雨に襲われていても、車で5分も走ると道路が濡れていないという局地的な天候の違いがある季節である。その時その時の雲行き次第任せである。それでも来週は梅雨明け宣言も予測されている。また精度の高い予報が出ることを期待したい。




辻久子さん死去



稀代の天才少女バイオリニストと評されたらしい辻久子さんが95才で亡くなった。「らしい」という言葉をわざわざ付けたのは、辻さんは私より丁度一回り年上で、少女時代の彼女は知らなかったからである。


しかし、私が20才前後の若い頃、京都勤労者音楽協議会(京都労音)の企画副部長をしており、辻さんとは当時の演奏会場であった弥栄会館や京都会館の楽屋で何度もお話を聞かせて貰ったことがある。京都労音は毎月100円の会費でナマのクラシック音楽が聴ける団体で、辻さんは演奏回数が一番多かった。


当時の京都労音には辻さんの他、朝比奈隆、岩淵竜太郎、外山雄三、海野義雄、中村紘子、中山悌一、友竹正則など日本を代表する錚々たるアーティストが、勤労者という畑違いの団体に積極的に何度も出演してくれたのは、当時は一部の好事家のものだったクラッシック音楽を広く日本人、勤労者に広めようとする姿勢があったと見ている。京都労音は土地柄、京都音大の桜井武夫教授の大きな支援を得ており、同教授の楽界との仲介もあった。


辻さんは当時世界を駆け巡って国際的にも大きな評価を得ており、本来なら我々とは別世界のお高く留まるべき人物だが、我々と話している時も上から目線の態度は少しもなく、むしろ関西弁のオシャベリな大阪のオバサンの印象があった。


ベートーベン・ブラームス・チャイコフスキー・メンデルスゾーンの四大バイオリン協奏曲の連続演奏という大衆迎合とも見られるプログラムを平気で実行する人で、彼女からクラシック音楽の世界に引きずり込まれた人も多いに違いない。


NHK Web の戦争体験者の証言シリーズに登場した彼女の映像が残っている(こちら)。残念ながら演奏会の場面はないが、この人の人となりが良く出ている。


私の人生経験の過程で掠めて行った有名人だった。心をこめて哀悼の意を表したい。




民主的で判り易い候補者選び





この秋の衆院選に自民党は世代交代を目してベテラン議員が勇退、新規に後継者を立てるが、多くの場合は息子や親族に地盤を譲って世襲議員を増やすことになる。国会議員はことある毎に、国民の信を得て選出された国民の代表と胸を張るが、そこで言う国民とは選挙区の有権者のことである。


但し、世襲議員の多くは必ずしも選挙区民の信を得た訳ではなく、選挙区民は先代、先々代からのしがらみに止む無く応援せざるを得ない場合が多い。かって祖父からの世襲で三世議員だった赤城徳彦元農水大臣という人がいた。事務所経費の不正会計で槍玉に上がり、顔に絆創膏を貼って国会で釈明し「絆創膏王子」と揶揄されて有名になったが、地元の茨城選挙区では「祖父の家系に他に人物はいないのか、こんな男でも担がねばならんのか」と評されたと伝えられている。


かかる選出方法がまかり通っている中、自民党でも民主的な選出を行っている県連があることを知った。長崎県連で、現職(73)の不出馬表明を受けて後任候補を公募し、11人が応募。書類審査で6人に絞られ、選考委員会での面接後、委員27人による投票で過半数を得て選出したというのである。従来の自民党では見られなかった方式で、透明度の高い選考過程と方式で感嘆した。選出された候補者は安倍晋三前首相の政策秘書で親子三代に亙る世襲なので、本来は何かと批判を受けそうだが、選考過程の透明度の高さが疑念を解消している。


米国や欧州、韓国では公聴会制度というのがある。候補者を決定する場合、本人の政策発表、出席者からの質問に対する答弁の内容により出席者が賛否を決める方式で、今の日本の閣僚や議員は公聴会制度の難関を切り抜けられる人物は皆無だろう。自分の所見を発表するにも下を向いて書類を朗読し、予めどんな質問を出すかを要求し、その質問に対する答弁でも論点を外して真向から答えられない人間が支持される訳がない。


公聴会制度の導入を要求しても受け入れられないのは明確である。しかし、少なく共自民党長崎県連の方式は制度化されて良いと思う。



安倍前首相「自民に厳しい風」

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新聞休刊日で手持ち無沙汰の今日、毎日デジタルに『安倍前首相「自民に厳しい風が吹いている」衆院選に危機感』との見出しで次のような短い記事が配信された。


自民党の安倍晋三前首相は11日、北海道苫小牧市で講演し、秋までにある次期衆院選への危機感を強調した。不調だった東京都議選に触れ「自民党に対し、厳しい風が吹いている。都議選の結果もそうだった。私たちは謙虚に受け止めなければいけない」と述べた。

 新型コロナウイルス対応を巡り、事業者などへの支援が重要だとの認識を重ねて表明。「政府と日銀の連合軍で、思い切った対策を打てる状況にある」と語った。


この日は他にも、「低投票率でも勝てなくなった自民の誤算」のタイトルで東京都議選の時の自社の予測が外れた検証も行っている。「予測外れ」とは、告示日に行ったアンケート調査では「自公、過半数の勢い。都民ファーストの会、大幅減か」との情勢報道を出したのに対し、投票日に同じ方式で調査した結果、「自民の失速、都民フの巻き返し」と修正記事を出したことである。両方の記事共に、今秋の衆院選が自民に厳しいことを示唆している。


では、その理由は何か、どう打開するかについては触れていない。上述の安倍氏の苫小牧演説がご自身の不祥事に一つの原因があることは誰の目にも明らかなのに知らぬ顔をして話すのは益々党への不信感を煽る原因になる。またかっては安倍氏の応援を求めるのは逆効果として避けられていたのに、今回は何故わざわざ北海道まで足を運んだのかも不明である。記事にするなら苫小牧で演説会があった事実だけを伝えるのでなく、その背景や会場での反応も触れて欲しいところであった。


上述二つの記事では後段の「予測と相反する結果」が出た検証記事の方が読み応えがあった。事実に反した予測を出した原因を検証するのは大事な作業である。





肝心な人の名がない



今秋の衆議院選挙を控えて、申し合わせたように自民党のベテラン議員の不出馬表明が続いている。高齢を理由とした引退が目立つのは、党内部にある73才定年制がちらついているのかも知れない。


そんな目で見れば、不出馬を表明した現議員は7月10日現在、伊吹文明(83)、川崎次郎(73)、塩崎恭久(70)、宮腰光寛(70)、小批木八郎(56)、山口泰明(72)、三ツ矢憲生(70)、富岡勉(73)の8人。小批木元国家公安委員長以外は定年制該当者である。小批木氏は横浜市長選に出馬の意向を示しているので、唯一勇退目的が異なるが、コロナ禍で迎える五輪大会直前に安全警護の最高責任者の責務を放棄する自覚の無さが別の意味で批判されている。


ただ、「自民党ベテラン議員続々引退」の見出し記事に、当然名を連ねているべき人物の名が出ていない。二階俊博幹事長(82)である。自民党には今、「定年制の乱」と呼ばれる73才定年制がベテラン議員と若手議員の間の火種となっている。二階氏は党幹事長として双方を調整する最高責任者の位置にあるが、ご自身が定年制廃止を求めるベテラン議員の先頭に立って策謀しているので始末に悪い。


二階氏は世間を騒がせたコロナ禍で夜間会食自粛中に総理初め8人のステーキ会食を主導し、「会食するためにステーキハウスに集まったのではない」と筋が通らない釈明を初め、河井元法相の議員辞職を「他山の石としたい」と評して米紙ニューズウィークでも揶揄され、「それくらいの表現は許されてしかるべきだ」と全く的外れな発言をするなど、認知症とも疑われる言動が目に付く。同氏の無表情な顔付きが余計に正当性を帯びて来る。


自民党の定年制導入は小泉内閣の時に、党内の世代交代を促す目的で導入され、中曽根元総理や、宮沢元総理にも引退させた、ある意味多くの血を流した制度である。定年制撤廃論者はその後の高齢化による雇用促進などの社会の変遷を理由に挙げているが、民間では再雇用の道を開いても責任ある地位からの格下げ配置転換や給与引き下げの策を講じている。


若返りや女性雇用、性差別問題が進まない現在の自民党の停滞は全て老害が原因である。二階幹事長を含め、党内規の導入意義を尊重して老トルはすべからく遵守すべきである。





コロナ流行下のオーケストラ



昨年6月、英国の二大指揮者であるサイモン・ラトル(ロンドン交響楽団)とマーク・エルダー(ハレ管弦楽団)が連名でガーディアン紙に「コロナ・パンデミック下では英国交響楽団は生き残れない」と題した公開状を寄稿した。交響楽団だけでなく、クラシック音楽界に従事するアーティスト達は演奏会の取消しによる収入源を失い、500年以上に亘って継承されて来た民族の文化遺産であるクラシック音楽の存続が絶望的になる。世界の指導者はこの現状救済のために格別な方策を講じて欲しいとの切々たる訴えであった。


ガーディアン紙はこの投稿を一年以上に亘って削除せず今でも閲覧に供している(こちら英文)。


モーツアルトやベートーベンなどを過去の遺物として消失させるのでなく、人類の優れた文化遺産として、或いは日常の生活・教養・修養のために将来に亘って子孫に継承すべきものである。ピアノ独奏会やバイオリンとピアノのための演奏会などは、演奏家が少人数のためステージの上での感染防止対策は容易だが、従来のような多数の聴衆を一堂に集めることは出来ない。100人近い演奏家が狭いステージに集まって演奏するオーケストラは尚更のことである。


それでも世界ではテレビなどの映像メディアなどを駆使して、聴衆なしでも演奏会を継続させる努力が払われている。昨夜はメンデルスゾーンの交響曲第三番が聞きたくなり、パソコンに保存しておいたYouTubeを選択すると、いつも聞いているオーケストラのサイトの右横に羅列されているサムネイルの中に、パーヴォ・ヤルヴィ指揮のチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏があるのが目に付いた。好きな演奏家でもあるので初めてクリックすると今年4月20日にアップされた新しいものである。それでも既に12000人を超える視聴がある。


普段の通り指揮者が現れてオーケストラ全員を起立させ聴衆に向かって深々と頭を下げるが普段の割れるような拍手が聞こえて来ない。音声の不調かなと画面を見ると聴衆席は無人である。弦楽器パートは全員黒いマスクをしているが、管楽器はマスクをする訳にはいかない。ステージの最上段にマスク姿のティンパニー奏者の横に二人のトランペッターが座っている。唾が飛びやすい楽器だからだろう。指揮者のパーヴォ・ヤルヴィもマスクなしだった。この指揮者は元々口許の動きで表現するからだろう。


コロナ禍で初の録画だった。この楽団のいつもの名演奏を満喫した。




日本で二大政党制は望み薄



自民党による長期政権に貢献しているのは弱小野党のだらしなさによるところが大きいとは一般的に認められている評価である。お山の大将的なコップの中でのせめぎ合いに終始している印象がある。今の時代に二大政党制が良いかは意見の分かれるところであるが、英国や米国で長年続いている政治形態から見れば、原点に戻って考え直すのも必要である。


今の野党の基本的な国会運営は、官邸や政権与党に対する批判や追及が使命と錯覚しているらしい点にある。自ら政策を立案し提案しようとする姿勢は見られない。かって「ソウリ、ソウリ!」と連呼して国会で人気を博した辻元議員が不祥事で失職する際、「議会でもっともっと質問したいんです」と残念がったことがあるが、質問することだけに意義を感じているらしいのが今の野党にも引き継がれている。


その意味で、国民民主党の玉木代表が「対決型でなく提案型」の野党を提唱した時は、このスローガンの下で群小野党が結集出来れば自民党に相対する組織になりそうとの期待があったが、その後の動きを見ているとやはり同氏も「お山の大将」だった。


先日の都議選でもその一端が明らかである。国民民主党は「都議選で連合の推薦候補を立憲民主党と互いに応援する約束だったが、我が党の公認候補ではなく、共産候補を応援する立憲の総支部長がいた。約束に反している」と不快感を示し、「今後は連合と2者でまとめたい」とし次期衆院選に向けた連合との政策協定について、立憲民主党を交えた3者協議には応じず、連合と2者で結ぶ方針を決めたという。背景には、都議選で国民民主党が議席をとれなかった点にあるらしい。まるで駄々っ子の行動に似ている。


共産党との関係については、連合の反発もある理由もあるが、今の連合は昔の総評や産別の組織のような力はない。殆どの労組は御用組合になり、雇用者側との対決姿勢もなく労組同士の結束力もない。私が勤めていた企業の組合は新産別に属し、私も若い頃は組合活動をしていたのでその後の動きは良く承知している。


そんな無力な組織を未だに頼りにする党も旧態依然と言わざるを得ない。無能無力な自民党も安心して眺めて居れば良いようである。




ここまで毒された日本の選挙制度



一昨年の参院選での大規模買収事件で、東京地検特捜部は元法務大臣の河井克行被告から現金を受け取った地方議員ら100人全員を不起訴処分とした。買収目的と知りながら多額の金を受け取っても罪にならない、検察はそんな規準を作った。


選挙買収事件では、現金を受け取った側も被買収罪で起訴されるのが通例で法の下での平等の筈である。100万円単位の現金を受け取った広島県議らもいる中、一律に全員を不起訴としたのは極めて異例。


早速これを慣例化したように、一昨年の参院選で落選した溝手顕正氏が選挙活動の依頼のため、県議3人に50万円を渡したなど公職選挙法違反の疑いで告発されていたが、広島地検は6日、3人を不起訴処分とした。また、別途小島敏文衆院議員と岡崎哲夫県議も告発されていたが、いずれも不起訴処分となり実績造りが進んでいる。


ある大学の刑法名誉教授は、「買収事件で片方だけ起訴されないのは明らかに不自然。検察の意に沿う証言をすれば不起訴にするという事実上の司法取引が行われたのではないか。検察権の乱用で問題だ」との批判もある。


買収された人も法定刑は3年以下の懲役か禁錮または50万円以下の罰金。現職の政治家が起訴されて罰金刑以上が確定すると、公民権停止となって失職するとのキツイ罰則がある。今後の正常な選挙活動の実現のためにも、法を公平に適用すべきである。


100人には、地方議員や首長などの政治家40人が含まれ、そのうち30人は現金授受の発覚後も辞職していない。現に起訴されていないことを理由に辞職の必要がないと開き直る議員も多いらしく、議員の品格、資質向上は望めない。


ただ特捜部は、100人全員の不起訴の理由に「自民党内で影響力のある克行被告に一方的に渡された事情などを考慮した」と意味深長な説明を挙げており、ここでも『忖度』が働いているらしい印象がある。


受領した金額に5万円から300百万円の開きがあり、起訴のためにはどこに線を引くかが困難との理由があるらしい。事務的な手数が煩わしいため一律不起訴で済ますのは法の下での平等に対する暴挙である。結論が急がれる訳ではないので法の平等な執行のために徹底的な審査が望まれる。



検証をしない党



自民党及び自民政権は結果に対しそれを検証しないで済ましている。検証する能力や気持ちに欠けるのが理由らしい。今回も都議選を終えてメデイアから次のように喝破されている。


『政権幹部や自民執行部は、党内の動揺を抑えるため、都議選と衆院選を切り離そうと躍起だ。最終段階で小池都知事が「都民ファーストの会」の応援に駆けつけたことから、「小池氏は天才的なプレーヤーだ」(ベテラン)などと指摘し、小池氏人気に負けたとの総括に終始。党を挙げて選挙戦術の課題を洗い出し、敗因分析を進めようとする姿勢は見られない』。


全くその通りである。ここまで言うのであれば、では何故小池氏に人気があるのか、応援に駆け付けた理由は何かを究明する姿勢はない。また、『首相は告示日に党関係者向けの出陣式に顔を出しただけ。「トップとしてなぜ必死な姿を見せなかったのか」との恨み節も出ている』と言うが、首相が出ると選挙戦に不利だからと消極的だったのは自分達である。『それでも党内で選挙の顔を変えようと「菅降ろし」を始める動きはない』ともある。検証能力欠如はこんな所にも出ている。


「政治とカネ」の不祥事が止まるところがない現状に対し、その原因を調べることなく、いつも「国民の政治不信を招いたとの批判は党として重く受け止める」と同じ紋切型表現で逐一その経緯を検証することなく離党させて済ますだけではいつまでも党内粛清は出来ない。自民党の自浄能力とは本人を離党させて党を守ろうとするだけである。


それでも、長期政権が維持されているのは弱小野党のお陰と言われるが、自民党内部も主義主張の異なる派閥の寄り合いで表面上は結束しているようでも決して一枚岩ではない。単に閣僚の椅子が得られる政権与党であるとの魅力で集まっているだけである。今回の都議選でも、党内対立で同じ選挙区で同時擁立し共倒れになった結果も検証する雰囲気はない。現在の野党各党もこの内情を見て、少々の主義主張の違いには目を瞑って連合し、二大政党政治を実現すべきである。





良く利用した会社の保養所が流された?



まるで津波が押し寄せたような熱海の土石流の光景をテレビニュースで見ていて、現場が熱海市の伊豆山地域とのアナウンサーの声に仰天した。勤務していた会社の厚生施設の保養所「熱海荘」があった場所なのである。


慌ててグーグルのストリート・ビューとテレビニュースで映し出される現場近辺の光景を交互に見比べた。テレビニュースに表れるいろんな惨状を伝える光景が映し出されるが、その中に見慣れた建物や道路に見覚えのある映像がある。まさしく「熱海荘」の近くである。


「熱海荘」はJR熱海駅から1.5kmの距離にあった。タクシーで行く場合もあったが、大抵は同僚と喋りながら徒歩だった。熱海駅前通りを左に曲がり国道135号に出る。そのまま国道を道なりに沿って行くと右手海岸に水葉亭という大きなホテルがあり、やがて逢初橋に出る。バス停があり、ここから左へ少し坂を上ったところが「熱海荘」だった。熱海駅から徒歩15~20分である。今回の土石流はまさにこの逢初橋を通って伊豆山港へ達したようである。


東京勤務の頃は、支社の囲碁部合宿の定宿だった。定時退社が出来た部員はJR在来線の快速で先行したが営業職が多いため後続者は新幹線で追いかけた。私はいつも後続で「熱海荘」に着くと先行者は先に温泉に入り麻雀をして待ち受けていた。後続車も麻雀の魅力に負けて囲碁の合宿が麻雀の合宿に化けることもあった。麻雀をやらない者同士が横で囲碁をやるのが通例だった。


「熱海荘」は東京支社だけでなく、京都本社や地方の支店も良く利用し、当時の社員で利用したことがない社員はいない程の人気保養施設だった。何しろ熱海という観光の一等地で宿泊料金だけでなく、新鮮で豊富な魚介類、おまけに良質な温泉がウソのような安い料金で利用出来た。欠点は浴室が一室しかなく男女の利用時間が指定されていること(家族利用者のみ混浴可)と国道に近いため夜を徹して走る車の音に悩まされることであったが、誰もがしこたま飲んだ後なので熟睡出来た想い出がある。


多くの同僚から「熱海荘」の安否を心配するメールが行き交っている。誰もが夫々の想い出を抱く人気保養施設だった。




太平洋北西部



日本列島ではこのところ梅雨空が続き、大雨で洪水や土石流の被害も出ているが、北米大陸西海岸では雨が降らず歴史的な熱波に見舞われている。緯度では北海道より北で例年夏の平均気温が20℃前後のカナダ・バンクーバーで観測史上最高の49.5℃を記録。合衆国のオレゴン・ワシントン・ブリテイッシュコロンビアでも40℃を超える高温が続き、この3州だけで6月末の1週間に486人が高温で突然死したと報じられている。


この状況をワシントンポストでは、「北西太平洋での歴史的熱波のため、先週合衆国とカナダで数百名が死亡」との見出し記事で報じた。英文では“Historic heat wave in Pacific Northwest has killed hundreds in U.S. and Canada over the past week.”とある。何でもないタイトルだが一瞬「アレッ!」と感じた。


「Pacific Northwest (太平洋北西部)と言えば、我々日本を含む太平洋西側地域ではないか。米国・カナダの太平洋岸なら“Pacific Northeast”の筈」との軽い疑問である。


早速辞書で調べて見た。“Pacific Northwest”には「太平洋岸北西部(PNR)」とあるが、“Pacific Northeast”という単語はない。更に「太平洋岸北西部」をウィキペディアで見ると「太平洋から見た北西部でなく、北米大陸の陸地で見た北西部」とある。何のことはない、韓国がいつも苦情を寄せるように、韓国や中国の同意を得ないで国際的に「日本海」と呼ばれるようになったのと似ている。


私は世界の多くの国を飛び回った経験があるのに、中南米を活動拠点としていたため、日本との中継地点としてロサンゼルスやサンフランシスコ、マイミには良く立ち寄っていた。しかしそれも空港のみか空港近くのホテルで翌日便搭乗の待機のためだけで、米国内での仕事のための渡航は一回きりしかない。従って、米国社会の習慣や常識は殆ど知らない。本や報道から得た知識のみである。「太平洋北西部」という言葉が米国で常用されている意味は今回初めて知った。


不祥事のデパート



三菱電機が鉄道車両用空調機器の出荷前検査を省略して架空のデータを記入するなどの不正検査を35年以上も前から繰り返されていたことが判明した。挙句の果ては不正検査データの自動化という確信犯罪めいたシステムも開発していたとの驚いた事実が判明した。同社は直前の株主総会でも報告せず、株主より「三菱電機は不祥事のデパート」と酷評され、杉山社長が引責辞任を表明した。


株主が指摘する「不祥事のデパート」と言えば、『同じスリーダイヤでは、長年にわたりリコール隠しや燃費不正が相次いだ三菱自動車が“元祖”。当時、家電量販店に行くと、店員が「電機は関係ないのに三菱のマークが付いているだけで客は目を背ける」と嘆いていたことを思い出す』とある程、三菱グループ全体が「不祥事の超大型百貨店」で三菱重工や三菱造船、三菱自動車など各社にワンサと例がある。共通しているのは、その不祥事を自ら発表することのない隠蔽気質である。


「三菱は大名商売」と良く言われる。三菱のブランド名だけで営業が成り立つ。私が中南米事務所に赴任した時は丁度各国の対外支払い債務返済停止(いわゆるデフォルト)が発表され手持ち外貨不足のため外国製品購入は完全に停止した時だった。新任挨拶で日本商社を回ると、伊藤忠や丸紅などは「良い時期に着任したな。こんな経済状態でどうすれば商売が出来るかジックリ考える力が養えるよ」と激励されたのに対し、懇意になった三菱商事駐在員は「焦って動いたらアカンよ。動けばケガをして会社に損失を与える。ジット我慢して嵐の通り過ぎるのを待つことだ」と言われた。会社の企業風土が伺えた。


私が勤めていた企業は三菱直系ではないが、銀行系列が三菱銀行で東京海上や明治生命が大株主だった。従って、三菱系列企業と言われている。支店の営業車は全て三菱自動車、新任社長が意気込んでベンツを社長車に選ぶと大株主から、「三菱自動車にはデボネアという高級車がありますよ」と言われて買い替えた話を聞いている。


私のお向かいさんは三菱電機に勤めている。自家用車は三菱自動車で、三菱人とすれば常識と言う。特別な割引優遇制度があるかと聞けば「何もない」と言う。


三菱は国のバックアップもある。ブランドの力だけで成り立っている企業である。





加齢と共に進まない断捨離



ある日の毎日新聞朝刊の読者投稿川柳欄に、その日の優秀作品10句と上位3句に対する選者のコメントにこんな記述があった。


最優秀句:「目に付かぬ場所に移して断捨離と」

選者評: 「気持ちは“断”しているので結構ですが、物理的に“捨離”出来ていません。一年間使っていなかったものは思い切って捨てましょう。そして必要になったら買い戻す、それで経済は廻るのです」


選者のコメントは「断捨離」を進めるための正論かも知れないが、投稿者と選者の間にジェネレーション・ギャップが感じられる。人が長い間所有している程、処分出来なくなるものがある。その所有物には簡単に買い足せない、新品では充足出来ないものに包まれている。それは所有主がその持ち物と一緒に歩んできた人生行路の記録である。その所有物を見れば香って来る所有者のみが感じられる想い出である。



上掲の写真は、私が進める断捨離作業の都度、押し入れから出て来ては最終的に目に付かぬ場所に戻しているゴミである。具体的には、現役時代に海外に飛び回った時に空港で職員が手荷物に括り付けてくれた荷卸し空港を表示したタグの山である。座席には持ち込めないので貨物室に格納され、到着目的地に着けばコンベヤに乗せられて廻って来るものをピックアップして手荷物検査に持って行く。本来ならそこで任務を終えてタグを引き千切って捨てるべきものだが通常は次の便に乗るまで手荷物に付いたままになっている。それを海外出張の想い出として特に意識せずに残しておいた束である。勿論、再度使用するものではない。


上掲の写真はその中で南米駐在時代に飛び回った中南米方面でのタグの束だが、別に頻繁に出張した欧州版の束もある。文字通り、今後何の使い道がないゴミの山なので断捨離の一番候補だが、これが捨てられない。定年退職して行動範囲が極端に狭くなった今、尚更世界を飛び回ったことがあることを思い出させる貴重な品物である。現地を撮影した写真はゴマンとあるが、写真にはない現物として私には貴重品である。川柳の選者が言うように「買い足せる」ものではない。






継続は力



数十年前の現役時代に、韓国の代理店に聞いた話では、当時の韓国では企業規模の大小に関わらず、毎日始業前の15分間、全従業員に日本語・英語・中国語のいずれかを選択させて外国語会話の訓練を行うことが通例との話を聞いたことがある。複数の韓国取引先からの裏付け話もあった。日本企業による「朝礼」のような企業文化として定着していたものらしい。タレント事務所も例外ではなく、K-Pop などの人気タレントで日本語に堪能な人が多いのはその精らしい。


日本の多くの「朝礼」も始業時刻前に行われているのは遅刻防止の意味もあると言われ、一部従業員から就業時間内に行うべきであるとの声があるが、管理職も業務上の指示伝達、要請という内容ではなく、他社や社会の動きなど一般的な話題を選んで精神教育をする努力をしている。韓国企業でも、自社としては外国語を必要とする部署で仕事をして貰うためでないが、外国語を習得させて一般的な社会人としての素質を備えた人材を養成する経営者理念が根底にあると聞いた。


外国語習得.jpg

その外国語訓練も、日常業務に影響が出ないように毎朝15分間に限られているらしい。それでも毎日続ければ効果が出ているのが継続の背中を押している。上掲の画像はワシントンポストのデジタル版に出ている外国語習得塾の広告で、ここでも「新しい外国語を身に付けるために毎日15分自習ルールを」のキャッチフレーズを掲げている。


15分と言えば、私が大学で英文タイプライターをブラインドタッチで操作が出来るようキーボードの配列を覚える訓練をしていたが、そのテキストでもレッスンは「毎日15分で打つ単語集」で構成されていた。当時、英文タイプライターは各家庭になく、大学のタイプライター収納ボックスに収められていたのを競い合って借りていたのである。


「15分」と言えば毎日継続するのに最も効果的な時間らしい。短いと不十分だし、長ければそれに没頭されてしまう。但し、外国語習得の場合はその中身が問題である。私が小中学生の頃、NHKラジオの”カムカム・イングリッシュ”も15分番組で会話主体だった。続けられていたら多くの日本人は英語が話せたかも知れないが、その後大学入試のための「英語教室」に変更され、文法中心で毎日続けても10年経ってもモノにならない。その点、韓国での訓練とか中国の語言学院のような会話中心の手法を見習うべきである。