止むを得ない菅首相退陣



菅首相が就任後一年で退陣する。夏冬含めてオリンピックを開催した年の首相は必ずその年に辞任するジンクス通りになった。従来の自民党の総裁・首相には少ない無派閥、非世襲、叩き上げの経歴が久し振りに日本の政体に新風を巻き起こす期待があったが、一方では大多数がその逆の育ちの良い議員で構成される自民党の中で如何に指導力が発揮出来るかが見ものでもあった。


政権スタート時に、悪逆非道の限りを尽くし日本から民主主義を放逐したような政治を生んだ安倍路線の継承を唱えたのにはガッカリした。むしろ長い官房長官の経験から、間違った方向に向かった路線を元に戻すとした方が国民に新鮮な期待を持たせたと思われたが、保身と利権・金権追及にまみれた長年の因習に慣れた自民議員の中では、それこそ保身のための選択だったかも知れない。事実、その後の動きは菅の顔をした安倍そのもので、日本の政界に新鮮な風を吹き込むことが出来なかった。


菅首相自身も弱点の目立つ性格だった。人事を好み権力を行使することに魅力を感じた面も伺える。就任後2週間で学術会議のメンバー候補6人を拒否したのがその一例である。短期間で全候補者を「俯瞰」し採用可否を決定出来る情報が得られる訳はない。秘書官の提案をそのまま決裁して人事権を行使出来る魅力を感じたのに違いない。従って、拒否理由を聞かれても説明出来ることが出来なかった訳である。


野中広務の回想録の中に、官房長官とは「政府のスポークスマンであり代弁者である。自分の意見は封印しなければならない」というのがあった。毎日二回の記者会見に多くの付箋がついた秘書官が作成した資料を読むだけで、自分の言葉で言えない。8年間も官房長官を続けた菅総理もこれに慣れ切って、「棒読み、極まり文句」主義が身に付いている。「説明不足や論争出来ない」のが資質となっていた。


現実に、首相としての所信演説もあったのかどうか、印象に残っていない。大きなビジョンがなく、国民の意見も聞こうとしない自己中心の宰相であった。







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