竈という漢字



娘から「お父さん、“竈”という漢字の書き順を教えて」という依頼があった。冗談じゃない、文字というものを書き始めて80年。書かれた字を読むことは出来るが、生まれて一度も書いたことがない字である。


私が漢字を書き始めた頃は、丁度当用漢字が制定され字体も簡素化された丁度その年だったが、文字を書くことに早くから興味を抱き、従兄から借りた当時の教科書をもとに自分で覚え始めていた。まだ旧仮名遣い、旧字体の時代で、今の「体育」を「體育」、「学校」を「學校」と書いていた。小学校に入って漢字を教わり始めた時も教室の黒板に旧字体を書いて先生から苦笑いされながら修正されたものである。丁度、習字も教科に入っていたが、手習い書は旧字体を使っていて慣れていたので、新字体で書くと風格のある漢字が間の抜けたように思えた。


娘に「我が家には竈というものがない。電気炊飯器やガスコンロしかないのに、何故竈という字を書く必要があるのか」と聞くと、ある人の名が「竈たんじろう」と言って今有名になっているからと言う。実在の人ではなく、アニメの主人公で正しくは「竈門炭治郎」というらしい。


これは知らなかった。それにしても、何故寄りによって今や死語になっている字を引っ張りだしてくるのか。それでも聞かれたことには答える義務がある。書いたことがない字体の筆順など知っている筈はないので、ネットのサイトを紹介することで回答に替えた。


それにしても、日頃「憂鬱」や「薔薇」など余り人が書かない字を知ったかぶりして書いて喜んでいる私である。「竈」は書いたことがないが、文字を書き始めて初めて書いてみた。竈門炭治郎は人気アニメの主人公だけに、「書いてみろ」と言われて引っ込む訳には行かない。懸命になって覚えてみたが何だか空しい思いがした。


ただこの漢字を調べていて思わぬ発見をした。宮城県の塩釜市の市名は正しくは「塩竈市」だったらしい。埼玉の蕨市の小学生から「蕨」の字が書けない大人と笑われたことがあったが、塩釜市の小学生からも「竈」が書けない大人と嘲笑されるのである。竈門炭治郎は思わぬ新知識をもたらしてくれた。





我が家の裏庭にセアカゴケグモ来襲?



病院で診察が終わって受付け前で診療費請求書と薬の処方箋が出て来るのを待っていると手持ちの携帯電話のバイブの振動が伝わって来た。内容はカミサンからのメールで「裏庭にセアカゴケグモらしい大きな蜘蛛がいる。怖いので直ぐに返信してくれ」との内容である。直ぐに市役所のしかるべき部署に連絡するよう依頼した。


帰宅して市役所の返事を聞くと、「市役所のホームページにセアカゴケグモの写真を掲載しているので比較確認して欲しい。絶対に手で触らないように」とのことだった。市役所のホームページは複雑怪奇な仕組みになっていて簡単には目的のページに到達出来るものではない。改めて電話をかけ、担当部署名とそのページに至る手順を聞き出してやっと目指す写真を見付けた。


裏庭の蜘蛛 (5).JPG

我が裏庭で巣を張っている蜘蛛の写真を撮り市役所のホームページと比べると良く似ているようだが僅かに縞模様が違う気がする。市役所の担当部署は環境政策課でメールアドレスを聞き出して、自分の撮影した写真を5枚添付ファイルで送り判定を依頼した。上掲の画像はその内の一部である。


翌日市役所から電話があり、「セアカゴケグモではなさそうで、女郎蜘蛛と見られる。念の為、ウェブサイトの情報と比較して欲しい」との返事だった。早速女郎蜘蛛で調べて見ると、成程こちらの方が近い。ただ「女郎蜘蛛はコガネグモと良く間違えられる」とあり、双方と比較して見ると脚の形状が異なり、我が家の来訪者は女郎蜘蛛だったようである。


尚、市役所の担当者の話では、「例えセアカゴケグモだったとしても、大量に見つからない限り市役所からイチイチ出かけることはしない。絶対に手を触れず、熱湯を浴びせれば駆除出来る」とのことであった。


今朝裏先で確認して見ると珍客はいなくなっていて細い蜘蛛の巣の糸だけが朝風に揺らいでいた。








真子さまから真子さんへ



私が中学校を卒業して就職活動をした時は、企業側は今の労働基準法で禁止されている差別採用活動をしたい放題だった。履歴書には原籍の記載欄があり、採用面接の時には本人の資質には関係のない親の学歴や職歴・肩書や家族の収入など資産内容、住宅近辺住人への聞き込み調査などなど。


採用活動としては企業の当たり前の行為と信じていて、これが定年直前に親会社の指示で子会社を設立し自分で新規に社員を採用する立場になるまで続いていた。採用面接で平気で父親の仕事先や地位の質問もした。その際、不採用とした応募者が所轄の労働局に苦情を持ち込んだらしく、労働局から呼び出しを受けて訪問したところ、幹部六人がズラリと顔を揃え厳しい詰問を受けた。


自分の就職時代の経験を話して、親会社からの指導がなかったと釈明したところ、親会社が名の知れた一流企業だっただけに始末書の提出を求められた。最終的に無罪放免されるまで何度も書き直しを求められ、親会社の人事部と法務部の助言を得たことがある。


この度、秋篠宮の長女真子さまが結婚されたが、相手の母親の金銭トラブルが週刊誌にスク-プされ社会問題に発展、婚約発表から4年間世間のバッシングを受けて結婚出来なかった。


私の若い頃は、周囲の女性が婚約すると女性は「就職先が決まりました」と報告に来た。結婚を就職と表現していたのである。それから考えると、前記真子さんへの世間のバッシングはご本人の関係のない相手の母親の個人的な問題で、明らかに労基法違反である。


ただ憲法上、皇族は日本国民とはみなされていない。勢い、基本的人権が無く、表現や職業選択、選挙権など国民に認められている自由はない。皇室という牢獄に押し込まれ、我々に認められている自由な行動や発言は出来ない。逆に、労働・納税の義務もない。


従って、労働基準法が禁止している「本人に関係のない事実に対する非難」の制約を受ける立場にないとして、これが過去の執拗なバッシングが許されていた背景かも知れない。


皇室を離れて晴れて日本国民になる。ここから憲法の保証する基本的人権の保護を受ける。とすれば今迄のような悪意のバッシングは許されない。




メディアの競技選手に対する主観報道



昨日の毎日新聞、「“イケメン”、“美し過ぎる” 日本の古いアスリート報道」と題する特集記事を読んだ。以前から感じていた違和感を共有する人がいるものと気を強くした。今回はアトランタ五輪競泳選手で入賞、引退後英国マンチェスター大学卒業、国際協力機構,国連児童基金のスタッフとして文武両道の井本直歩子氏の幅広い経験談を中心にした特集である。


内容はスポーツ報道記事の中で、本来の実力・技量と離れた選手の外見など記者或いはカメラマンの主観が入る記事が多い現実である。「かわいい」とか「カッコいい」などルックス面やひいては選手の私生活にまで入り込んだ報道が増えている。


井本氏は「私自身はスター選手でもなく取り上げられることが少なかったので、さほど意識しませんでした」と謙遜しているがその実、遜色ない容貌で決してやっかみの視点はない。新聞という公的な場での発言のため、特定の個人名に触れない内容になっているが、このブログページは個人の自由な立場のため、記事の主旨と同じ意見の私の個人的な見解を記述する。


新聞報道は極力主観を押さえ客観的に記述するのが原則であるが、この問題に関しては殊更に記者やカメラマンの個人の好みが目立つ。例えば甲子園の高校野球で観客席で応援する大勢のチアガールの中から良くも遠景から見付けられるものだと感心する程、特定の可愛い生徒にレンズの焦点を当てている。ここには明らかにカメラマンの好みが反映している。


他のスポーツのアスリートの報道でも、例えば長野オリンピックで活躍した岡崎朋美は銅メダルを獲得したこともあってか、他の選手達に比べて格段に露出度が多く、朋美スマイルで全国的な人気者となった。記者達はこぞって彼女を取り上げた。ごく最近では、女子ゴルフの渋野日向子。樋口久子以来の半世紀ぶりの海外メジャー制覇の偉業よりも笑顔の可愛さでその後の成績不振続きにも関わらず、各大会で報道陣に取り巻かれている。


他にも大坂なおみ、池江璃花子、高木美帆、安藤美姫等々、例を挙げればキリがない。大体、本人達の競技上の実力の報道より外観が優先されている。ここには報道の中立性の姿勢は全くない。スポーツ新聞の紙面が競技より芸能界の記事が増えていることから、記者の視点に変動を来しているのかも知れない。




マイクロソフトの策略か?



昨夜、グログ原稿を作成中に突然画面が青くなり「デバイスに問題が発生したため再起動する必要があります。エラー情報を収集しています。自動的に再起動します」とのエラーメッセージが現れ、暫くして「100%完了」の表示が出た。しかしパソコンは再起動しない。その内に自動的にシャットダウンして再起動するものと思って待機したが一向に画面表示は変わらない。


我がパソコンを信じて自動再起動するのを待つことにして、そのままの状態で風呂に入った。私の風呂は家族に長過ぎると言われて一番最後にゆっくり利用することになっている。寒さに向かうと益々長くなる。湯槽の中で十分ふくらはぎマッサージしてパソコンの電源が入ったままになっていることも忘れてご機嫌で自分の部屋に戻ると、我がパソコンはエラーメッセージが表示されたままになっている。画面を右クリックしてもメニューが現れず、他にアイコンも何も出ないのでやりたくはないがパソコンを強制終了させた。


今朝、パソコンの電源を入れて様子をみると、時間がかかったものの何とか立ち上がった。早速、ネットで調べると同じトラブルに遭った人の経験談や修復対策が並んでいる。修復対策の最初の作業は「まずパソコンを強制終了すること」とある。マイクロソフトのサポートデスクにも同じ記述がある。それならエラーメッセージに「自動的に再起動します」でなく「強制終了してパソコン電源プラグをコンセントから外し放電させてから再度立上げて下さい」と表示して貰った方が親切というものである。お陰で、昨日はこのブログ投稿が出来なくて休んでしまった。


「デバイスに問題が発生したため」ともあったが、パソコンのデバイスとはCPU初め各種電子部品、内臓ユニットや外部接続装置など沢山あり、問題の発生がどの部分を指すのかは全く判らない。丁度航空機が異常を起こして遅延が発生した時、「テクニカル・トラブルによる」と機内放送でハンを付いたように同じ説明をされるのに似ている。


調べたサイトの中に、「このトラブルは今年3~4月の自動更新に起因しているようだ」との解説があった。穿った見方をすれば、マイクロソフトはWindows11へ無理にバージョンアップさせる策略のようにも思われる。







どんなカラクリ魂胆があるか



パソコンのメール受信トレイに毎日、米国共和党員から迷惑メールが入る。その中にはトランプ前大統領名のものもあり、毎回数十ドル単位の少額献金依頼である。全米は勿論世界中に発信されているらしくトランプ氏だけで億単位の資金を集めていると言われる。見返りもないのに何故これだけの献金をする人があるのか、全く理解が出来ない。


私のパソコンにはその都度迷惑メールブロックの登録をしているが、発信する方は毎回メールアドレスを変えているらしく一向に効果がない。その中で先日「meiwaku」の表示のない奇想天外のメールが入った。内容は「トランプ前大統領との集団ディナーに参加する抽選会への招待である」。発信人は米国共和党本部となっている。


トランプディナー.jpg

上掲の画像は当該メールの冒頭の一部であるが内容は次の通り。


「貴方はトランプ大統領との集団ディナーに出席出来る選考会へ参加招待されました。詳細を下記します。

主題:トランプ大統領との集団会食

選考会への参加申込: 登録締切は10月31日(日)午後11時59分

対象者: 被招待者 貴方、 主賓: ドナルド・J・トランプ大統領

特典: 1)カップルで貴方の自宅から宴会会場への往復交通費及びフロリダ州タンパのホテル宿泊費

    2)宴会費及びホテルからの移動費(2人分)

    いずれも無料招待

選考会への登録: イエス、ノー、多分申込 (いずれかにマル)

招待者: 共和党本部


今回のメールにはいつものような献金・寄付依頼はない。


共和党本部は招待された私が海外居住者と知った上でのメール発信ではなく、やみくもに入手したメールアドレスに配信したことは明らかである。居住地から会場への無償旅費提供はあり得ない。試みに登録申請しても、海外居住者と判れば審査対象外とされるのは当然である。


それにしても、米国内のトランプ支持者を本気で招待する積りだろうか。募集要項に出席対象人数が記載されていないところから見てもマユツバものの通知である。招待された人は何を要求されるか判らない。しかし、トランプ支持者は常識では理解出来ない思考と行動を展開する。恐らく公表されないだろうが、どんな結果がまっているのか見ものである。












日本人の賃金はいつの間にか世界最下位レベル



今日の朝日新聞デジタルの記事、「韓国に抜かれた日本の平均賃金」を読んで強いショックを受けた。我々の現役時代は、日本の賃金は世界第5位で働き過ぎ、貰い過ぎとの批判すら受けていた。当時のモノ造り大国であった日本は円高の影響もあって、価格的に国際競争力が低下し、生産能力があって労賃の安い韓国に製造拠点を移すのがブームとなった。


韓国はそのお陰で生産力が向上し、賃金も上がって労賃差の恩恵がなくなり、より低賃金の中国やベトナム・インドネシアなどに生産拠点を移すのがメーカーの間に広まり、大企業だけでなくその下請け工場まで引き連れて行ったのである。


「日本の賃金は高い」というのが日本人自身まで定着し、それが固定観念化して、その時代の現役層にはいつまでも通説として続いていた筈である。それがいつの間にかズルズルと落ち込み世界の最下位レベルとなっていたのには気が付かなかった。まるでプロ野球で万年首位と思っていた巨人ジャイアンツが、今年はBクラス入りを争っているようなものである。


朝日新聞は「アベノミクスでも低成長」と表現している。しかし、東洋経済紙では「アベノミクスだから、賃金が上がらず、しかも円安になったために、日本の労働者は国際的に見て貧しくなった。日本の企業が目覚ましい技術革新もなしに利益を上げられ、株価が上がったのは、日本の労働者を貧しくしたからだ。これこそが、アベノミクスの本質だ」とより踏み込んだ表現をしている。


良く言われているように、アベノミクスは大企業を富ませ、中間層や低所得層には目を向けなかった。「日本企業が技術革新もなしに利益を上げられ、株価が上がったのは日本の労働者を貧しくした」のは大企業が内部保留の名目で利益を貯めこみ、労働者に賃上げとして分配しなかったためである。これは、企業としてアベノミクスの恩恵を受けながら、その実アベノミクスに信頼を置いていないことを意味する。


それでも、岸田首相や高市自民党政調会長はアベノミクスの継承を叫んでいる。今の官邸や自民党幹部に我が国の多数を占める低所得層に全く目を向けていないことの証明である。






非営利職によるカネ遣い



メーカーに勤めていた時、モノ造りや販売に携わらない総務や人事部などの管理部門を企業の利益に直接貢献しない非生産・非営利部門と呼んで、人に食わせて貰いながらエラソウにする人種と腹の底で蔑んでいた。税金で食わせて貰っている役人や政治家もそれに該当する。この層はカネを遣うのは得意だが稼ぐのは得意ではない。国家予算はこれらの人種で策定され運用されている。


明日、衆議院選挙が公示され、立候補予定者もほぼ確定して来た。選挙公報はまだ出ないので個々の政策目標はまだ判らないが、各党首の公約を見ていると良くも恥外聞なく集票目当てのバラ撒きによる選挙民を釣る目標を掲げたものかと白けた気分にさせる。いずれも国民の税金を財源にした出費で、それに似合う歳入の手段を明示したものは何もない。それらの出費は国債という借金で返済は自分達が行うものでない。


「カネが無くなれば日銀でいくらでもお札を印刷して貰います」と貨幣経済の何たるかを知らない、まるで子供の銀行ごっこの遊びのような発想の時の総理大臣の言葉が残っている。挙句の果ては、自国通貨による国債で財政が破綻することはないとヘンな理屈で自分を安心させ国民を説得している。国債を買わされた民間企業や投資家、日銀がいつまでも返済されない債権を抱え込み続けるとの妄想を持っているらしい。


どんな家庭でも、収入に見合う範囲で出費している。消費者金融で返済出来ない借金を抱え込んで自己破産する若年層もいるが正常な経済活動ではない。収入が少なければ贅沢品の購入を我慢する、これが正常な家計運営である。


公約で収入のあてもなくバラ撒き案を出すのであれば、それに似合う歳出を減らす案を出すべきである。今回引退する川崎二郎元厚労相が「出産育児一時金を30万円から35万円に5万円増額する際に、埋葬料(費)を10万円から5万円に減額することで財源を手当てした」との回想録がある。これが本来の政治の姿である。


このような具体策を提示すれば国民の納得が得られ、清き一票という支持が得られるというものであろう。






供給者の都合で使用者が迷惑を被る不合理



折角機嫌よく使っているのに、売った側の勝手な都合により変更され消費者が迷惑を被ることがよくよくある。特にハイテク製品に多い。先日のドコモの大規模な通信障害で200万人もの消費者が携帯電話を一時使えなくなったのは、ドコモのサーバー切り替え作業のトラブルによると発表された。より性能向上のために設備を更新する顧客サービスのためだろうが決済や通信など消費者の日常生活に大きな影響を与えた。使用者が関知しない理由で犠牲になったのである。


性能向上のためにグレードアップされるのは何も新たに供給される製品だけではない。使用者がなに不自由なく使っているものまで勝手に侵入して来て使い勝手に影響を与えるものにマイクロソフトによるパソコンの自動更新がある。その夜のパソコン操作を終わってシャットダウンしようとすると「更新してシャットダウン」の表示が出ると憂鬱になる。なかなか更新が終わらず長々と待たされて就寝時間が遅れるだけではない。翌日パソコンを立ち上げようとしても中々立ち上がらない。やっと立ち上がったかと思うとどこかの機能が変更されている。「自動更新されたらタスクバーの入力モードが消えてしまった。どうすれば良いか」などの質問がQAサイトに出たりするのはその影響である。


私が利用しているインターネットのプロバイダーであるKDDIから「重要なお知らせ」と表記した封筒が郵送されて来た。「ダイアルアップや3Gなどの低速回線向けの一部サービスについては、昨今の光回線の普及や4G LTE スマーフォンの浸透による利用者の減少に伴い、サービスの提供を2022年3月31日をもって終了させて頂くことになりました」と一方的な通告である。


冗談じゃない。私がこのサービスを契約したのはまだ光回線が普及する前で既に18年前である。その後、今の居住地域に光回線が来た時に直ぐに切り替えたが契約そのものはダイアルアップ時のメールアドレスをそのまま引き継いだものである。従ってサービス終了以降はこのアドレスが使えなくなるらしい。このアドレスは広く海外の知人・友人やNYタイムズなどの無料購読契約に登録してあるため簡単には変更出来ない。


以降も月額利用料を払えば引き続き今のメールアドレスを利用出来るらしいが、供給者の勝手な理由で出費を強要されることになる。




名前の漢字



デビュー直後の美空ひばりが「私は街の子」や「東京キッド」を歌っていた時は小学5~6年生の可愛い少女だった。春先に畠から囀りながら舞い上がって雲間に消えて行く可愛い「ヒバリ」を連想させる可憐な芸名を貰ったが、齢を喰って成人やバアサンになって「ひばり」では気持ち悪いではないか。どんな名に替えるのだろうか、それともプロデューサはそんな長い間現役が続けられると思っていなかったに違いない。結果はバアサンになって死ぬまで「ひばり」で通したが、その時は可愛い小鳥のイメージは完全に吹き飛んでいた。


「名は体を表す」という言葉がある。名前は多くの場合は我が子の将来像への願望を込めて親が選んだものである。ただ、その名は得てして流行に沿ったものが多い。「國男」とか「勝男」という名前は戦時中に生まれた男性に多い。「美智子」は今の上皇妃が当時の皇太子妃としてご成婚され、平民から初めて皇室入りした時に生まれた女の子にこぞって名付けられた。西暦2000年に入る直前からキラキラネームがブームとなり、今年のオリパラ大会でメダル獲得ラッシュの主役になる程にまで成人した。


このキラキラネーム、人より目立つよう名付けた親の願望にも関わらず成長した子には、漢字の持つ本来の意味や読み方をしないため、むしろ社会でハンディを背負うことが多い。そのため、本人の意思で改名するケースが増えているという。徒然草にも「人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、益なき事なり。何事も、珍しき事を求め、異説を好むは、浅才の人の必ずある事なりとぞ」と兼好法師が指摘するように、親の学力の低さ、知能レベルの低さから来ているとの教育界の調査結果もある。


かてて加えて、最近日本人は字を書かなくなった。漢字はパソコンやスマホが勝手に漢字変換してくれる。「読めるが書けない都道府県名ランキング」に、順位は覚えていないが、愛媛・新潟・岐阜・栃木の他、我が滋賀が入っていたのにはガッカリした。使用頻度の少ない漢字が入っている精もあるが、平易な漢字の「大分」も入っていて驚いた。大体、これで「オオイタ」と読ませる方が間違っている。「茨城」を関西の人は「茨木」と書く人が多いとの結果もあった。


日本人が外国語に弱いのは、漢字を覚えるために精力を消耗してしまうためとの指摘もある。








地元の意見を良く聞いた昔の議員



その中の何人かが、単に座っているだけで高給が保証される折角の職を失うにも関わらず、何故かバンザイを叫んで一斉退職し衆議院を解散して愈々選挙戦に突入した。議員は自分の選挙区に帰って辞を低くして地元民に接し一票を依頼に回る。私の住む選挙区では、日頃は地元選出の顔を見たことがないが、この時ばかりは顔を見せる。ところが、私の小中学生の頃は地元選出議員は選挙の有無に関わらず頻繁に顔をみせていた。


京都第一区、当時は全国に名を馳せた二人の議員がいた。一人は自民党の田中伊三次氏で法務大臣や衆院副議長などを歴任、特にロッキード問題調査特別委員会の委員長として剛腕を発揮、もう一人は日本共産党幹部の谷口善太郎氏で通称「タニゼン」と親しまれ、今に至るも共産党の強い京都を定着させた。


本来ならこの二人は全国区の要人として日本を飛び回る程の議員だが、選挙期間でなくても新幹線がない時代にも関わらず頻繁に地元に帰り、選挙区の中の町内を万遍なく回って国政報告会の名の下に人々と接していた。私の町内にも度々訪れ、天理教の教会を借りて座談会形式の気楽な雰囲気で話し込んだ。


今なら、「タニゼン来る」と大々的に支援者が幟を林立させて集まる程の大物だが、そんな大袈裟な集会ではない。特に田中伊三次氏の場合は親族が私と同じ学区に住んでいたからか、下駄履き開襟シャツ姿で飄然と現れ、畳の部屋に集まった人々の間に胡坐を組んで車座になって話をした。ひとしきり話が終わると人々の国政に対する希望や意見を聞く会となり、むしろそれが目的の集会のように熱心に耳を傾け、時にはメモに書き込んでいた。参加者も気軽に話が出来る雰囲気だけに、毎回活発な意見が交わされていた。日頃は近寄ることも憚れる大物が相手だけに勇気を鼓舞された思いだったようである。


残念ながら今の選挙区の議員には、このように地元の人達と親しく話をする雰囲気はない。「地元の意見を中央に反映する」と言いながら、自分の所信を述べて支持を求める一方通行である。精々選挙期間中に握手をして回るのが精一杯である。


我々国民の意見や希望が国政に反映される手段や機会がない、これが現在の参政権保有者の我々が置かれた実態である。





さもしい公明党の選挙公約



時事通信の報道によれば、今度の衆院選挙に向けて公明党から「18歳以下に10万円支給」との選挙公約が出たらしい。政界の「スネ夫」とも「小判鮫」とも言われ、平気でへりくだる姿勢の同党らしいアドバルーンである。


一律10万円支給は、かって税金を自分の利益のために使うのが常道の安倍元首相がコロナ対策のために実施したバラマキ施策だった。この時は賛否両論だったが、いざ実施してみると国民の消費意欲をかきたてて国家経済の活性化をうながす効果は起らず、困窮家庭を救済したのはほんの一部で、国民の多くは貯蓄に回したと伝えられている。


今回公明党がぶち上げた公約が「18歳以下」に限定する理由が良く判らない。《コロナ禍の長期化に伴い、特に子育て世帯が大きな影響を受けていることから、0歳から高校3年生まで全ての子どもたちに「未来応援給付」として一人あたり一律10万円相当の支援を行う》とある。大きく出たものだが、将来が長く教育費も負担になる世代に、何故今回の衆院選挙に絡んだ時期だけ一時的に実施するのか、それこそ焼石に水の政策である。


本当に実施するのであれば、前回の一律10万円支給の効果を徹底的に検証してから、その結果をもとに行うべきものである。また、今回の衆院選挙の時に突然に発表する理由は何かも説明すべきであろう。


公明党のこの発表に対し、「衆院選のマニフェストとして発表するのは、いくら何でも浅ましい。公明党は国庫を使って青少年に金をばらまき、それで衆院選の得票を伸ばそうとしていると受け止められた。『あまりにあざとい』と呆れる声が増えている」との指摘がある。まさにその通りであるが、これが公明党の本来の姿と知っていれば不思議でも何でもない。世間がどう言おうとも議席を確保出来ればよいのである。









乾電池の再使用



我が家ではいろんな電化製品に乾電池を利用している。大きなものは単一電池でサイズにより単2、単3、単4の4種類が電池保管箱に整然と並べてある。他にボタン電池も何種類かあるが電池は封がしてある新品でも長期に保管している間に自然放電をしているらしいので、良く使うからと言って買い溜め出来るものではない。


しかし、電池切れを起こした場合は直ぐに補充が出来ないと困るので、各サイズも使用期間の経験を元に少量ずつ保管してある。我が家で一番消費量の多い電池は単3がズバ抜けて多い。この電池を必要とする電気製品が多いからだろう。交換頻度も一番高い。


中でも小型モーターのような動力系部品が内蔵されている製品は消耗量が速く、私が常時使っている中ではMDディスク用ウォークマンと小型血圧計である。前者はかって充電電池を使用していたがこの電池が供給停止になったため乾電池に切り替えた。血圧計は単3電池を6個必要とするので、電池切れになった場合は6個ともズボ替えする必要がある。


使い切った乾電池やボタン電池は町内のゴミ集積場に廃棄箱が置いてあり、一杯になった頃に市の回収車が回収に回って来る。破砕ゴミに捨てるのは厳禁されている。


血圧計に電池切れの表示が出て測定不能になった古い電池は私の場合は直ぐには捨てない。百均で買った置時計やテレビのリモコンなどで暫く再生利用出来る。今回はパソコンのマウスの動きが悪くなったので入れ替えた。このマウスの電池は前にも古い電池に入れ替えたものの、相当の時間が経っている。小型モーターなどの動力に使っていないので相当長く使えた。


セコイ使い方のようだが、電池自身としても最後まで十分機能が発揮出来たので本望だと思う。モノは使い方によるものである。






似た者同士



「似た者同士」という言葉がある。今日ここで取り上げる「似た者」とは米国前大統領トランプ氏と我が首相であった安倍晋三氏である。お互いに現職の時は、トランプ氏が「シンゾウ」と呼び安倍氏が「ドナルド」と呼ぶ程の親しさだったと伝えられる。


トランプ氏の後期の政策は米国が培って来た数々の民主的政策を片っ端から覆し、遂には同氏の病的な陰謀論が嵩じて国際社会のリーダー達の批判を浴びて背を向け始めた時にも安倍氏は引き続き親密なトランプ派だった。ある米紙の論評によるとトランプ氏の安倍氏に対する親密度は両氏の思想・信条が似ているというより、各国の指導者の中でいつも喜んでゴルフの相手をしてくれるのは安倍氏だけと次元の低い見方もあった。


これは米国の一流紙の論評としては如何にも皮肉たっぷりの見下げた見方である。それよりも、実際に政策面や行動実績で良く似た共通点がある。その一つは、「社会の分断化」を招いたところにある。トランプ氏は「米国第一主義」を唱え、数々の国際機関からの脱退や協定の破棄など国際社会の分断化とともに国内でもメキシコ国境強化による移民阻止やBLM運動に代表される白人至上主義と黒人差別問題など国内社会の分断化が助長された。対する日本はどうか。アベノミクス政策による富裕層や大企業優遇措置による低所得層との差別の助長や街頭演説中に批判の声を浴び、「こんな人達に負ける訳にはいかない」と総理大臣の立場で発言すべきでない心情を吐露して反対派との分断化をもたらしたこともある。


昨日のワシントンポストには「バイデン政権、トランプ氏は米議会襲撃の資料提出を拒否出来ない」との長文の記事が出た。今年1月6日の米連邦議会襲撃事件の扇動者はトランプ氏によると理解されている。この事件は安倍氏の「モリカケ・桜」問題と酷似している。双方が自分の関与を公には否定しながらも自意識があるので、この問題を深く調査されることを嫌がっているのである。


他にも両者の類似点を列挙したいがスペースが無くなって来た。あれ程親密だった安倍氏がトランプ氏退陣後はウンともスンとも言わなくなったのも両者の負の共通点を示す何よりの証拠であろう。






麻生氏が自民党副総裁に就任



麻生太郎氏が閣僚の中でも最要職の一つである財務大臣を長年務めた後、岸田新内閣人事で交代しその後の去就が注目されていたが、この程自民党副総裁に就任した。さてこの人事は長年の激務に対する名誉職か今後共影響力を行使するためか。


この人事に関する報道は次の通り。


自民党は8日の総務会で、副総裁に麻生太郎・前副総理兼財務相を充てる人事を了承した。麻生氏は2008年9月から09年9月まで首相を務めた。同党で首相経験者が副総裁に就任するのは初めて。

 麻生氏は、12年12月の第2次安倍内閣の発足時に副総理兼財務相に就任し、財務相としての在任期間は戦後最長の8年9か月に及んだ。副総裁ポストは常設ではなく、高村正彦元外相が18年9月に退任した後は空席だった。(時事通信)


組織の代表者を補佐する者は、例えば副会長・会長代理・会長補佐などと同様の呼称があるが、夫々の職務規定で詳しく規定されていない場合は「会長を補佐し、会長に事故がある時又は会長が欠けた場合は会長の職務を行う」という一文が必ず付いている。


しかし、麻生氏が副総理時代に安倍元総理が病気で突然退任した時でも総理の職務は行わなかった。


では「会長に事故がない場合」はどんな仕事をするのかは、所属する組織により一様ではないが、自民党の党則でも緊急時の総裁代行を除くと、総裁を『補佐する』ことと役員会と選挙対策本部への出席のみが副総裁の権限として規定されており、平常時においては明文上の具体的職掌を持たない。さらに幹事長が選挙対策、国会運営、党務全般を掌握していることから、その職務範囲は必ずしも明確にはされていない」とある。つまり、企業で言う社長・会長を退いた後の相談役のようなもので、要するに「閑職」の感がある。


ただある評論家は、「今回、政府の役職は離れて、自民党に戻る形です。副総裁の権限は特に決まっているものではなく、名誉職だったり、総裁の後見人として政策決定をサポートするなどさまざまですが、自民党内からは、『麻生氏なら副総裁の権限が強くなりそうだ』という声が聞こえてきます」と見ているように、今後共3Aの影響力を保持しそうで毎日毎日マンガを読んで過ごす楽隠居になりそうにない。マンガなら今迄の激務の中でいつでも読むテクニックをお持ちである。








オンラインはアウトかセーフか



ものごとには何でも境界線というものがある。スポーツの世界、特にバレーボールやテニスなどの球技でライン線上に落ちたボールは普通はセーフとされている。年寄りの身近なスポーツであるグラウンドゴルフでもOBライン上に止まったボールはセーフである。卓球でネットの上に当たってポロリとこちら側に球が落ちた場合も、こちらが如何に頑張っても物理的に打ち返せなくても相手側にはセーフと判定される。不合理だがこれがルールである。


ルール(規則)というものは絶対的な拘束力があり、何びとも従わねばならない。唯一の例外は日本の政治の世界で、権力で規則を捻じ曲げる例は特に安倍政権で顕著であった。公文書を改竄したり廃棄するなど神も恐れぬ行為に出たり、極端な場合は罰則規定がないことをいいことに国会を開催しないという憲法違反も平気で行っていたが、これらは例外である。


昨日7日の夜、首都圏に震度5強の激震があった。午後22時40分頃と報じられている。当然本日8日の朝刊の一面に大々的に取り上げられると思っていたが、我々滋賀に配達される早版(翌日午前2時30分に配達される)には間に合わなかったらしい。しかし、地方版だけでなく、横浜に住む義妹の話では主人公の首都圏の朝刊にも出ていなかったと言う。察するところ、朝刊用記事の締切り時間直前の地震発生で取材すら出来なかった、つまりスポーツ界でいうライン線上にあったためではなかったかと思われる。


大都市では今でも発行されていると聞く夕刊には報じられたと思うが、今月から夕刊が廃止された我々地方の人間には明日の朝刊で初めて活字として目にすることになる。実に地震発生より一日半遅れである。


しかし、今はテレビニュースで速報として知ることが出来る、パソコンでもスマホでも最新版を接することが出来るので全く困らない。記事の締切時間をズラせて翌朝の配達も遅らせるルール違反をしなくても良くなっている。報道界はシッカリとルールを守ったのである。




出来ない相談



岸田新内閣の閣僚が最終的に決定し、新聞紙上に発表された皇居での認証式後の記念写真及び閣僚名簿を眺めて、報道各社特に週刊誌の記者は一斉に各閣僚の身体検査に忙しく動き廻っているに違いないと思いめぐらせた。


わざわざ調査に乗り出さなくても、与野党の国会議員とりわけ自民党議員の過去に報道された不祥事については各社ともデータベースに豊富な記録を持っている。認証式が終わった直後、早速に日刊ゲンダイ・デジタルに「岸田内閣には“政治とカネ”疑惑大臣が9人も!今後も不祥事続出の予感」の大見出しでその内容を報じている。


まず閣僚をマナイタに乗せる前に「“政治とカネ”の問題で大臣を辞任した過去がある甘利幹事長と小渕組織運動本部長が党幹部に起用された」と前置きして、「表沙汰になっているだけでも実に新閣僚の半数近くが過去に名前を報じられている」として下掲の画像のような表が貼り付けられている。


新閣僚不祥事.jpg

 記事には「甘利氏や小渕氏を幹部に就けた党人事と同じく、岸田首相は『政治とカネ』の問題を軽く考えているのでしょう。かつての自民党は閣僚についてはそれなりに厳しい“身体検査”をしていましたが、緩くなっている印象です。この先、まだまだ閣僚の不祥事が表面化することもあり得ます。特に西銘、後藤両大臣の任命は理解に苦しみます。岸田首相は任命理由、両大臣は事案について説明責任があります」との専門家の論評を添えているが、岸田首相には酷な意見だろう。


今の自民党にいくら身体検査をしても身綺麗な議員は出て来ない。ということは大臣になる資格者がいないのである。むしろ上記見解にあるように、まだまだ閣僚の不祥事が表面化すると予想される。


各社記事はこの見込みを励みに取材活動に精を出すこととなる。





真夜中のオアシス「ラーメン屋台」が絶滅危機



我々の若い頃「支那ソバ」と気軽に呼んでいた屋台があった。繁華街の街角に夜になると現れて、屋台の軒先に赤提灯をぶら下げて小さな暖簾を垂らし、屋台との狭いスペースに床几を置き4~5人が横に並んで腰かけて食べさせる方式である。床几がなく立ち食いさせる方が多かった。


同じスタイルの路上屋台で「おでん」を提供する店もあった。今でいうキッチンカーの走りである。こちらは酒の提供が主目的のため、必ず腰かける床几があったが、「支那ソバ」は飲み屋で十分飲んだ後の酔いざましが目的で「締めにはラーメン」という言葉が今に引き継がれている。一定の場所に屋台を構えて客を待つ形式と、自転車やバイク、軽トラで屋台を引っ張って住宅街の中をチャルメラを吹いて動き廻る「夜鳴きソバ」と呼ぶ移動式とがあった。


メルマガMAG2ニュースによると、このラーメン屋台数が昭和40年代には関西だけで200軒を越えていたのに、今はやっと10軒を越すのみで絶滅の危機にあるとのショッキングなレポートがある(こちら)。


私も若い頃に良く利用した経験がある。新京極の京都花月劇場前や京都駅前中央郵便局付近の路上に夜になると集まる屋台群の食べ歩きは、一杯やった後に必ず訪れる常連だった。京都駅前の屋台は10~20軒が一堂に会していた印象があり、「関西で200軒以上」とあるのはどう見ても少ない。京都駅前だけでなく、四条大宮阪急駅前とか三条京阪駅前、千本通りなど殆どの繁華街には必ず何軒か出ていた。京都駅前は余りの多さに景観を損ねると社会問題になり、東側の線路を跨ぐ高架橋横に集団移転させられたが、国鉄利用客の足が多少不便になったにも関わらず屋台の利用客は更に増えたと言われる。


博多の屋台が押しなべて「豚骨ラーメン」なのに対し、京都は鶏ガラスープの「醤油ラーメン」でラーメンという言葉がなかった時代の「支那ソバ」の語感は現代と異なるオイシサを連想させる。


当時の屋台はバケツに張った水で器を洗うという衛生面では問題のある営業だったが、それを感じさせない「支那ソバ」は懐かしい昭和の味だった。







あれっ!判断するのはどっち?



甘利明氏の自民党幹事長指名が速報されたのが先月の9月30日、早速当日のこのブログページで「現代版悪代官が自民党幹事長」と題して同氏の過去の金銭不祥事を回想した。その中で、『特命相辞任会見の際、疑惑について「調査を進め、然るべきタイミングで公表する機会を持たせて頂く」と述べた』としながら、一寸も説明責任を果たさない人と決め付けている。


ところが、翌日の10月1日、幹事長就任記者会見でシレッと「説明責任は果たした」と述べたと聞き呆気に取られた。下記は毎日新聞の該当記事である。


自民党の甘利明幹事長は1日の就任記者会見で、自身と元秘書2人の金銭授受問題について、説明を尽くしたとの認識を示した。野党が求める国会招致に応じるかどうかについては「国会が決めることだ」と述べるにとどめた。

 会見で甘利氏は「お騒がせしたことをおわび申し上げる」と改めて陳謝。同時に、刑事告発を受けた東京地検特捜部が不起訴処分とした経緯を説明。「弁護士が調査し、記者会見で質問が出尽くすまで答えた。書面での質問にも答えた」と強調した。(共同)


この記事の中で、「弁護士が調査し、記者会見で質問が出尽くすまで答えた。書面での質問にも答えた」とあるのは何時の記者会見かについては触れていない。メディアもいつだったか俄かには確認出来なかったのかも知れない。


ただ、検察の不起訴処分決定が2016年5月だから、その後の弁護士による調査結果と記者会見が行われたのは遅くても2016年内と推定される。しかし、Wikipediaの「甘利明」の項でも「2021年現在も国民への説明は行われていない」とあるから、国民の誰もが説明責任を受けた覚えがないのである。


国民に対する説明責任が果たされたかどうかを判断するのはご本人でなく国民の筈である。その国民の誰もが納得していない以上、説明責任が果たされたとは言えない。ご本人が判断する筋合いは何もない。


自分で説明責任を果たすと言っていながら、自分で一方的に判断してしまうのは安倍政権時代からの官邸のやり方である。国会で虚偽答弁を118回も繰り返して「国会で十分質問に答えた」と勝手に強引に問題に蓋をしてしまった例など沢山の実例がある。


野党はそれで納得してしまうのは困る。国民の支持が得られない一因がこんなところにもある。






マフィン大抽選会に特等2億円当選



手持ちの携帯電話の受信メールボックスの迷惑メールホルダーに多数の着信があり、未開封のまま残っているのに気が付いた。何気なく開けて見ると応募したことがないマフィン大抽選会にナント特等2億円に当選したとの案内である。同じ内容のメールが発信者を替えて3件あったので、確認の返事待ちかも知れないと、「もしや、もしや?」と思って指図されたurlをクリックして着信内容を確かめて見た。


当選者は5人グループ単位で私もその中に入っている。グループには他に「OL清美」、「道明寺飛鳥」、「X1子持ち」、「宮下さなえ」など知らない名前の人達から「私達も当選グループに入っている。既に先方指定の銀行口座名など通知した。5人全員が揃わなければ失格となるので一緒に登録しましょう」との勧誘のメールである。私の名前は「ナイショ様」となっている。


過去何回も詐欺メールを受信し一読して見破った経験から、どうも胡散臭い感じがしてウェブサイトで「マフィン大抽選会」をキーワードにして調べて見ると案の定被害情報や注意情報がワンサと並んでいる。現実に何回にも分けて毎回金額が上がる手数料を払い込み、やっと気が付いたとの被害報告もあった。


中でも手が込んでいるのは弁護士事務所よりの助言で、被害に遭われた人は直ちに消費者センターに相談しましょうとあり、「消費者センターから断られ、被害総額が20万円を超えた場合は当事務所の無料相談窓口に相談下さい」として弁護士法人ガイア総合事務所とデュエルバート法律事務所が紹介されている。ところが別のサイトではこの弁護士事務所情報そのものも詐欺情報であると指摘されている。


これら注意喚起メールの中には、「今後共、softbank、docomo、au、Yi mobile、google の携帯電話活用に格別のお引き立てをお願い申し上げます」と連名の案内もあったため、「マフィン大抽選会」の迷惑詐欺メールは携帯電話だけが対象らしい。そう言えば、私の携帯受信メールボックスにはワンサと入電があり、今日も12件の入電を削除したが、パソコンのOutlook受信メールトレーには1件も入っていなかった。







国会議員は民意の代弁者ではない



「皆様の声を国政に反映させます。是非私を国会に送り込んで下さい」と、選挙運動の時に土下座をせんばかりに頭を下げて議員に当選した途端、ケロリと忘れて頭が高くなり国民の声に聴く耳を持たなくなるのは誰もが知る国会議員の姿であるが、これを見事に今回の自民党総裁選挙で目に見える形で示された。


第1回投票及び決選投票の開票結果は下記の通り:


1回目投票の結果

 

国会議員票

党員・党友票

岸田文雄

146

110

256

河野太郎

86

169

255

高市早苗

114

74

188

野田聖子

34

29

63

決選投票の結果

 

国会議員票

党員・党友票

岸田文雄

249

8

257

河野太郎

131

39

170


特に河野氏の1回目得票で国会議員(86票)、党員・党友(169票)の結果を見ると良く判る。党員・党友は国民である。その国民が選挙で選んだのが国会議員である。本来は国民の民意を代表し反映する筈の国会議員の約半数がそれに反していることが良く判る。同じことが高市氏の得票数でも言われる。


総裁選の投票権は国会議員と党員・党友と同数と定められているので、本来は精々岸田氏、野田氏の議員と党員・党友の差ぐらいで治まるのが普通である。


高市氏の場合は、アベノフォーンと言われる安倍元総理の猛烈で恐喝に近い電話攻勢により切り崩された自主性のない議員による支持とマスコミで言われているが、河野氏の場合も同様に民意を考慮しない自身の保身と利得のための結果に違いない。


議員も国民の使い走りではない。自分の意見と信条を持って行動するのは当然である。それを選挙の時に如何に正直に訴えるか、或いは得票のためにキレイごとを並べるか。これを見極めるのが投票の際に見極めるのが国民の責務である。地域のしがらみや二代目、三代目議員のように先代の七光りが優先する安易な選択ではなく、議員としてふさわしい本人の資質を見極めるのが次の選挙の際の国民の義務である。