国会議員は民意の代弁者ではない



「皆様の声を国政に反映させます。是非私を国会に送り込んで下さい」と、選挙運動の時に土下座をせんばかりに頭を下げて議員に当選した途端、ケロリと忘れて頭が高くなり国民の声に聴く耳を持たなくなるのは誰もが知る国会議員の姿であるが、これを見事に今回の自民党総裁選挙で目に見える形で示された。


第1回投票及び決選投票の開票結果は下記の通り:


1回目投票の結果

 

国会議員票

党員・党友票

岸田文雄

146

110

256

河野太郎

86

169

255

高市早苗

114

74

188

野田聖子

34

29

63

決選投票の結果

 

国会議員票

党員・党友票

岸田文雄

249

8

257

河野太郎

131

39

170


特に河野氏の1回目得票で国会議員(86票)、党員・党友(169票)の結果を見ると良く判る。党員・党友は国民である。その国民が選挙で選んだのが国会議員である。本来は国民の民意を代表し反映する筈の国会議員の約半数がそれに反していることが良く判る。同じことが高市氏の得票数でも言われる。


総裁選の投票権は国会議員と党員・党友と同数と定められているので、本来は精々岸田氏、野田氏の議員と党員・党友の差ぐらいで治まるのが普通である。


高市氏の場合は、アベノフォーンと言われる安倍元総理の猛烈で恐喝に近い電話攻勢により切り崩された自主性のない議員による支持とマスコミで言われているが、河野氏の場合も同様に民意を考慮しない自身の保身と利得のための結果に違いない。


議員も国民の使い走りではない。自分の意見と信条を持って行動するのは当然である。それを選挙の時に如何に正直に訴えるか、或いは得票のためにキレイごとを並べるか。これを見極めるのが投票の際に見極めるのが国民の責務である。地域のしがらみや二代目、三代目議員のように先代の七光りが優先する安易な選択ではなく、議員としてふさわしい本人の資質を見極めるのが次の選挙の際の国民の義務である。