竈という漢字



娘から「お父さん、“竈”という漢字の書き順を教えて」という依頼があった。冗談じゃない、文字というものを書き始めて80年。書かれた字を読むことは出来るが、生まれて一度も書いたことがない字である。


私が漢字を書き始めた頃は、丁度当用漢字が制定され字体も簡素化された丁度その年だったが、文字を書くことに早くから興味を抱き、従兄から借りた当時の教科書をもとに自分で覚え始めていた。まだ旧仮名遣い、旧字体の時代で、今の「体育」を「體育」、「学校」を「學校」と書いていた。小学校に入って漢字を教わり始めた時も教室の黒板に旧字体を書いて先生から苦笑いされながら修正されたものである。丁度、習字も教科に入っていたが、手習い書は旧字体を使っていて慣れていたので、新字体で書くと風格のある漢字が間の抜けたように思えた。


娘に「我が家には竈というものがない。電気炊飯器やガスコンロしかないのに、何故竈という字を書く必要があるのか」と聞くと、ある人の名が「竈たんじろう」と言って今有名になっているからと言う。実在の人ではなく、アニメの主人公で正しくは「竈門炭治郎」というらしい。


これは知らなかった。それにしても、何故寄りによって今や死語になっている字を引っ張りだしてくるのか。それでも聞かれたことには答える義務がある。書いたことがない字体の筆順など知っている筈はないので、ネットのサイトを紹介することで回答に替えた。


それにしても、日頃「憂鬱」や「薔薇」など余り人が書かない字を知ったかぶりして書いて喜んでいる私である。「竈」は書いたことがないが、文字を書き始めて初めて書いてみた。竈門炭治郎は人気アニメの主人公だけに、「書いてみろ」と言われて引っ込む訳には行かない。懸命になって覚えてみたが何だか空しい思いがした。


ただこの漢字を調べていて思わぬ発見をした。宮城県の塩釜市の市名は正しくは「塩竈市」だったらしい。埼玉の蕨市の小学生から「蕨」の字が書けない大人と笑われたことがあったが、塩釜市の小学生からも「竈」が書けない大人と嘲笑されるのである。竈門炭治郎は思わぬ新知識をもたらしてくれた。