説明能力も文章力もない議員



一国の総理が、問われたことに対する説明能力が欠如して批判されたまま辞めた人があったが、総理にしてこの状態であれば閣僚や一般議員にしては推して知るべしである。今日の朝日新聞デジタルにでた、「議員の挨拶文依頼、厚労省に一年で400件」の記事に呆気に取られた。


「国会議員の一部が支援団体などの会合に出席する際、挨拶文や講演資料の作成を厚生労働省の職員に依頼していることが、同省の内部調査で判った。依頼件数は、2019年12月から20年11月までで少なくとも400件にのぼる。与党からの依頼が中心だが、野党分も数十件あったという」という内容である(こちら)。


質問されたことに答えられず、議員の最大の武器や能力である筈の弁論能力の欠如が著しいと議員の資質の劣化が批判されて久しいが、文章を書く能力もなく、そうでなくても過労気味の官僚に原稿作成を依頼するとはどんな心臓の持ち主か呆れかえる。そのためにこそ、公設秘書や私設秘書を抱えて税金で人件費を貰っているではないか。秘書は一体どんな仕事をさせられているのか、議員秘書の事務分掌規定の中身を知りたくなる。


一昨日のこのブログページで、議員の「文書通信交通滞在費」と「議員パス」の税金ボッタクリを取り上げたが、議員としての職務遂行能力とは無関係に特権だけ享受する昨今の沈滞した社会の中で、全く天国のような職業である。これでは、低所得者層の一日一日の生活困窮の状態に目が届かない、届けようとしない政治が行われている日本社会の背景が良く判る。