反感からの転換

古い友人から聞いた話。「オレは生涯パソコンはやらんと頑固に宣言していたAが、秘かにパソコンを買って練習しているらしいぜ」と言う。似たような話に、ゴルフをやらない重役が、「ゴルフなんかにウツツを抜かすヤツは国賊だ」と怒鳴り廻っていたが、ある時期から言わなくなり、それどころか打ちっ放しのクラブで、指導員に教わっているのが目撃された。いずれも良くある話である。

同級生だったAは文章を書くのが得意で、早くからワープロを使っていてキーボード操作には慣れていたが、パソコンは、「文書作成以外の機能が多過ぎて、老年に入ってから覚えられない。おまけに、使わない機能のために高いパソコンはカネのムダ」と、周囲からの薦めにも耳を貸さず、そのため同級生仲間の間のメル友サークルから、はみ出ていた。物分りの良い男だが、ことパソコンとなると頑固だった。この分なら、見込みはないと諦めていただけに、彼の翻意は意外だった。我々のメル友の輪の中に、早く入って来ることを願っている。催促をすると、今まで頑固に拒否していた手前もあり、話に乗って来ないとも限らない。みんな静観の構えである。

私はゴルフをやったことはないが、会社の先輩・同僚・後輩では盛んだった。ゴルフ・バルブの時代である。一回プレーに行くと三万円はかかると言われた時代だった。会員権もヒト財産ものの投機の意味合いすらあった。そんな時に、当時のゴルフをしない重役が、ゴルフをするのはヤクザに映ったに違いない。仕事面でも発言力と指導力の強い手腕家だったから、彼の前でゴルフの話をするのはご法度であった。その重役が昇進を重ねて社長に上り詰めてから、ゴルフを始めた。社長になると財界活動が必要となる。その付き合い上、ゴルフが出来なければ話にならない。と言う訳でゴルフを初めたのは良いが、この道に入ると抜け出せなくなった、というより益々泥沼に入り込んでしまい、遂には国賊呼ばわりした部下に、「一緒に廻らんか」と誘い廻るようになった。私の親しい先輩は、「あれだけ国賊呼ばわりしていたのが今になって・・・・。バカバカしくて、絶対に誘いに乗らん」と息巻いていた。

次もパソコンの話。それもパソコン・ハードのことでなく、電子メールのことである。別の同窓生の集まりで、勤めていた企業でパソコンを使いだした初期の頃の年代だったから、仕事でメールをしていた友人が何人かいた。定年になっても、家でメールをするには特段の抵抗はなかったので、そんな友人間でメールの交換をしていた。郵便料や時間の節約にもなるので、連絡はメールでやり合おうと話がまとまって、同窓会名簿にメールアドレスを入れるよう幹事に申し入れたが、その幹事はパソコン忌避症で全く話に乗ってこない。「やるなら勝手にどうぞ」と取り付く島もない。止む無くメル友の間だけで情報交換をしていたが、くだんの幹事がどんな風の吹き回しか、パソコンとメールを初め、今ではメールを自由に発信するようになっている。ところが、この我々の仲間には年長者が多く、加齢による健康の問題もあって、一時のメール熱は冷めてしまって、最近では殆どメール交換はなくなった。

自分は興味がないからと言って、他人が興味を持っているものをケナス権利は何もない。それが反社会的なものであれば、助言は出来るが、自分の意見を押付けることは出来ない。競馬が好きな友人が、時々「競馬は面白いよ」と言ってくるが、それを強要して来ることはない。こちらも、「人に賭けるなら兎も角、動物に賭けて面白いものかねぇ」と言う位で、その友に競馬をヤメロとは言わない。自分の好みや意見は押付けるものではない。いずれ自分もその道に興味を抱く機会があるかも知れない。掌を返すような態度の転換は見苦しいものである。


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