犬食文化が衰退気味(韓国)
私の中学校登校区域に、韓国人が集って住んでいる小さな社会があり、その中に同級生もいた。その友人の話では、その社会に食用の犬肉を定期的に売りにくる業者がいて、犬の肉を常食していると言っていた。その社会に住む人の多くが、常に目やにが溜っているのは犬食によるものとの噂があった。
日本人が土用の丑の日に、暑さに負けないよう鰻を食べる風習があるのと同様、韓国では夏の一番暑い時期に、”三伏(サンボク)”という三日間は英語で”dog days”と称する日があり、犬鍋など犬の料理を食べて暑さに立ち向かう風習があるという。
その犬を常食としている韓国で、「嫌われたご馳走-韓国で犬食を敬遠」と題した記事がAPニュースに出ている(こちら)。丁度、”サンボク”にあたる季節的な記事らしい。内容は、30年以上も犬料理を経営して来た女主人が、この8月29日に、最後の犬鍋を提供して店を閉めるに至る話である。
閉店の理由は、近くの動物愛護協会が、人間の最良の友人である犬を食べることへの抵抗とイヤガラセもあるが、それ以上に韓国名物の犬鍋に対する若い世代の敬遠が顕著で、かっては盧泰愚大統領や李明博大統領が好んで訪れたこの犬肉専門料理店に、若者が来なくなったのが大きな原因と言う。一日700鍋を提供したこの店も、今では半分以下に落ち込んでいる。最盛期には、ソールだけで1500店もあった犬料理専門店が、今では700-800店になっている。
それでも、現在では韓国で年間200万から250万匹の犬が食用として消費されているとある。
夫々の国には伝統的な食文化というものがある。私は犬を食べる文化を軽蔑したり卑下するものではない。むしろ、それを批判する勢力の無見識を軽蔑する。鯨を食べるからと言って、捕鯨調査船を海賊まがいの攻撃をしかける団体はその最たるものである。
我々はステーキやスキヤキを好んで食べるが、インドでは牛は神聖な動物とされている。だからと言って、インド人は牛肉を食べる人種を軽蔑はしない。宗教的な理由で豚を食べない国民もいる。自分達は食べないからと言って、豚肉を食べる人種を攻撃することはない。
日本にも動物愛護法というものがある。この中には、牛、豚、鶏、馬を含んでいる。法ではこれらの動物の虐待、虐殺を禁じている。にも関わらず、これらの肉は我々の常食の食材であり、中にはブランド肉と言って高価に取引されている。これらの動物の屠殺現場を公開されることはないが、その過程を経なければ、ブランド肉といえども、我々の食用には供されることは出来ないのである。
日本人が土用の丑の日に、暑さに負けないよう鰻を食べる風習があるのと同様、韓国では夏の一番暑い時期に、”三伏(サンボク)”という三日間は英語で”dog days”と称する日があり、犬鍋など犬の料理を食べて暑さに立ち向かう風習があるという。
その犬を常食としている韓国で、「嫌われたご馳走-韓国で犬食を敬遠」と題した記事がAPニュースに出ている(こちら)。丁度、”サンボク”にあたる季節的な記事らしい。内容は、30年以上も犬料理を経営して来た女主人が、この8月29日に、最後の犬鍋を提供して店を閉めるに至る話である。
閉店の理由は、近くの動物愛護協会が、人間の最良の友人である犬を食べることへの抵抗とイヤガラセもあるが、それ以上に韓国名物の犬鍋に対する若い世代の敬遠が顕著で、かっては盧泰愚大統領や李明博大統領が好んで訪れたこの犬肉専門料理店に、若者が来なくなったのが大きな原因と言う。一日700鍋を提供したこの店も、今では半分以下に落ち込んでいる。最盛期には、ソールだけで1500店もあった犬料理専門店が、今では700-800店になっている。
それでも、現在では韓国で年間200万から250万匹の犬が食用として消費されているとある。
夫々の国には伝統的な食文化というものがある。私は犬を食べる文化を軽蔑したり卑下するものではない。むしろ、それを批判する勢力の無見識を軽蔑する。鯨を食べるからと言って、捕鯨調査船を海賊まがいの攻撃をしかける団体はその最たるものである。
我々はステーキやスキヤキを好んで食べるが、インドでは牛は神聖な動物とされている。だからと言って、インド人は牛肉を食べる人種を軽蔑はしない。宗教的な理由で豚を食べない国民もいる。自分達は食べないからと言って、豚肉を食べる人種を攻撃することはない。
日本にも動物愛護法というものがある。この中には、牛、豚、鶏、馬を含んでいる。法ではこれらの動物の虐待、虐殺を禁じている。にも関わらず、これらの肉は我々の常食の食材であり、中にはブランド肉と言って高価に取引されている。これらの動物の屠殺現場を公開されることはないが、その過程を経なければ、ブランド肉といえども、我々の食用には供されることは出来ないのである。
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