首相の被災地訪問は邪魔になるだけ


安倍首相が群発地震発生の熊本を視察する。「私自身が被災地を訪問し、現場を自らの目で確かめて被災された方々の生活、生の声に接し、今後の対策に十分生かしていきたい」のが理由らしい。

現地は人命救助や被災者の避難場所や食料、飲料水の確保、ライフラインの復旧、決壊した鉄道・道路の修復で目の廻る忙しさである。そんな中で、一国の総理が来訪するとなると、そのための受入れ、警護、案内、説明に多数の人手を割く必要がある。知事や市長という自治体のトップが応接しなければならない。総理が来れば直ぐに電気がつき、水道が開通する訳ではあるまい。現地の必死の修復作業の邪魔をするだけである。

「被災された人の生の声」は首相が直接聞かなくても誰もが判る。災害前の平和な生活に早く戻れることである。被災者の声を聞かなければ、その人達の苦しみが判らない、今後の対策も講じられないというのでは頭の回転が弱すぎる。

現地は、こんな惨状なのに首相は直接見にも来ないのかと苦情を言う人はない。見に来ても直ぐに我が家に帰れないし、安全な天井の下でゆっくり眠れる訳ではないことは誰もが承知である。逆に首相が来訪することにより、地域社会の首長の手がとられ、現場指揮に影響を与えることになるだけである。

「現場を自分の目で確かめたい」というのは、火事の現場に馳せつける野次馬と同じである。従来、視察中の首相や大臣の姿をテレビ画面や新聞の写真で見ると、復旧作業現場で指揮をする責任者に取り囲まれて説明を聞いている光景を紹介している。復旧作業の邪魔をしているだけなのである。





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