「保護なめんな」の表現法

小田原市役所の生活保護支援担当職員が、“保護なめんな”とローマ字で表記し、「我々は正義。不正を追求する。不正により利益を得ようとするなら、彼らはくずだ」と英文でプリントしたジャンパーを着て職務に当たり、生活保護家庭訪問の時にも着用していたと問題になっている。

市の制服ではなく、複数の担当職員が自費で購入したものらしいが、日常の業務に着用していたのを黙認していた当局の姿勢が問われている。表現を英語にすれば注意を引かないとの思惑があったと思われるが、それ以外に当事者達が意識していなかったと思われるのが言葉の表現力である。

文字数に制限のあるツイッターなど短文で表意する影響もあろうかと思われるが、2チャンネルに代表されるガラの悪い、品性のない表現が拡まっている。「保育園落ちた日本死ね」も、「保護なめんな」も同じ流れだろう。美しい日本語が訴える心に沁みる言葉の力より、直截的に人を動かす力がこの品位に欠ける表現にある。逆に言えば、美しく正しい日本語が日常生活では使われず、我々は知らず知らずの間に自分達の意思の表現の質が落ちているのである。

「保護なめんな」という表現は、何ら悪気や差別意識がないにも関わらず、正しい言語力・表現力が失われた現代人の直接的な気持ちの発露である。その場その場の感情で表現するトランプ氏も同類と思えば良い。ご本人の本心は、品性に欠ける言葉から来る印象とは異なる意味合いがあるのかも知れない。

「保護なめんな」の表現は目くじらを立てて論議する問題ではない。言葉による表現力の欠如と理解すれば良いのである。






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