赤木ファイル開示について



国がのらりくらりと曖昧な表現で逃げ回っていた「赤木ファイル」について一転してその存在を認めた。ここで言う「国」とは財務省のことである。裁判所の指示によるものと報道されている。但し、その存在は認めたものの、どんな形で開示するかについては6月22日の口頭弁論の際に提出するとしているが、「黒塗りなどのマスキングをするが、その範囲は裁判所の訴訟指揮に真摯に対応するという観点から、できる限り狭いものとする」と留保条件がついている。


赤木ファイルが大きな注目を引いたのは、自殺した赤木氏宅に弔問に訪れた当時の上司が文書について「パラッとだけ見たんです。メッチャきれいに整理してあるなと。(改竄の経緯が)全部書いてあるやんと。どこがどうで何がどういう本省の指示かって全部書いてある。どういう過程でやったのかが全部分かる」と証言して以来である。誰にでもファイルの内容が推察出来る。


ではこのファイルはどう言う性格のものか。「国側は意見書で、ファイルは赤木さんが個人的に作成したもので、職務上の行政文書ではない」と説明している。上述の元上司の話でも、職制の指示で作成されたものではないことが良く判る。とすれば、ファイルの所有主は赤木氏個人であり財務省ではない筈である。財務省が存在を曖昧にしたり否定していたのは越権でありオカシイ。


まだある。従来、国は公文書の開示可否の答弁の中で個人のメモは開示対象にならないと全面的に拒否していたが、今回は「個人的に作成した」ものと認めながら開示に踏み切ったのは辻褄が合わない。


私も現役時代に職場で自分の備忘のための記録や資料を作成したファイルを保管していたことがあったが、あくまで個人ファイルであり、国税庁の査察の時や上司の指示があっても提出しなかった。それと同様、赤木ファイルも本来は開示を求めた妻の雅子さんにそのままの形で遺品として手渡すべき筋合いのものである。


この点について指摘する報道や論評がないのが不審である。兎に角、6月にどんな形で開示されるか。黒塗りで提出するのは情報の開示にならない。従来黒塗りで開示されたのは「資料」の開示であり、「内容の情報」ではない。黒塗りであれば断固拒否すべき情報である。








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