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zoom RSS 消え去るだけで良い年代

<<   作成日時 : 2018/05/26 16:29   >>

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企業の定年が56才だった頃、会社人間として日夜過ごした職場が懐かしいのか、定年になってからもブラリと立寄る人がいた。かって自分が勤務した事務所の雰囲気を懐かしみ、当時の部下達の顔も見たかったらしい。彼らは「お久し振り!」と一様に歓迎してくれたが、腹の底では「また来たのか!」と鬱陶しかったのである。

かって鎖国という閉鎖社会解放のために活躍した坂本龍馬は、20才代に数々の献策や改革を推進し、暗殺されたのは31才の若さだった。同時代に活躍した高杉晋作は27才、吉田松陰28才、西郷隆盛や大久保利通、勝海舟などは30才代。明治維新は、殆どが20〜30才代の若者の産物だった。大老と称され、老獪な印象を受ける井伊直弼ですら安政の大獄を強行したのは40才だった。当時の若者、中堅が日本社会を改革したのである。

当時の長老には松平春嶽、島津斉彬など幕末四賢侯といわれる上司がいたが、幕府の政治に一時参画したものの、自藩の人事、特に有能志士の取立て、献策の決裁など藩政に関与した。殆どは隠居の身で、計画の実行などの行動は若い藩士の活躍だった。

中曽根康弘元首相が明日で100才になる。自ら「新憲法制定議員同盟」の会長を務め、政界になお“存在感”があると伝えられている。小泉元総理に、議員定年制を突きつけられ、強制引退させられてから15年にもなるのに、まだ“存在感”を示されては困るのである。

日大アメフト事件で62才の前監督と30才の前コーチの釈明会見に、76才の日大広報部員が司会に出て記者団の執拗な質問攻めにブチ切れて会見を壊してしまった。年寄りはキレやすいのは誰もが知っている。学生スポーツの問題に、こんな年寄りを司会者に持って来たのが間違いだった。

中曽根元首相の100才到達に、旧中曽根派の流れをくむ「志帥会」の統領、二階幹事長は「一日でも長く日本の政治をみつめて頂きたい」と語った。流石に名物幹事長でウマイことを言う。“見つめるだけで口出しは無用”との含みがある。

その通りで、「年寄りは死ねなければ、ただ消え去るのみ」がスマートな引き際なのである。




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