天気予報はあくまで予想

民放のテレビで、ある気象予報士が、「雨と予報して実際に晴れても、視聴者からは何も言って来ないが、晴れと予想したのに雨が降ると、局にクレームの電話が殺到する」と話していた。天気予報は、実際は気象庁が発表する予報を気象予報士が代弁するだけで、どの予報士も同じ解説をしているのに、責任を問われるのはワリの合わない商売である。

「予定は未定にして決定にあらず」という言葉があるのと同様、天気予報も「予め報じる」或いは「予測を報告する」ことであり、「天気実況」ではない。人の力が及ばない自然の動きを予測するのだから、予報通りことが運ばないのは当然である。晴れるか降るかの二者択一だから、昔のように下駄を放り投げで表か裏かを見るのと同じ確率とは言うものの、現代は人工衛星やスーパー・コンピューター、最新技術を具備した測定機器を駆使した巨額の投資をしての予測だから、外れることがないことを願うのは当然である。

今日の木曜日は所属するグラウンド・ゴルフ・クラブが年二回、地元のホームグラウンドを離れた町に貸切りバスで出かけるコンペを行う日であった。クラブハウスには数ヶ月前から予約をしてあるが、本式のゴルフと違って雨天の場合は、前日の正午までに通知するとキャンセル出来る契約になっている。

前日の水曜日は、梅雨の中休みと言われる快晴であったが、翌日の木曜日は雨の予報が出ている。それも、九州南部は大雨洪水被害が出る程の荒天で、その雨雲が近畿地方に近づいている。前々日の予報では朝から降水確率60%の予報だったが、前日には降り始めは午後にずれ込んだものの、降水確率は70%と悪化している。我々のコンペは午後1時からである。

前日は青空が拡がる好天だったので、幹事がコンペ実行か中止を決定するには不適当な環境だったが、勇を奮って中止を決断し、クラブハウスにはキャンセルを申し入れた。先方も天気予報は承知しており、”この状況では止むを得ませんね”と快諾してくれた。良くあるパターンで慣れているらしい。

今日はコンペは延期したものの、地元のホームグラウンドに参集して曇り空の中で練習を行った。幸いラウンド中は雨に見舞われず、所定のコースを回って解散し、後は午後の降雨を待つばかりであった。

その雨が一向に降って来ない。午後3時になってやっと雲の厚味が増えて来たがそれでも降り出さない。これならコンペを中止しなくても、また折角集めた遠征費を返却しなくても十分実行出来たのである。何だか騙されたような、損をしたような気になった。

雨と予報して降らなかったら、テレビの視聴者は文句を言わないらしいが、こちらはテレビ局にクレームを付けたい気持ちであった。



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