一瞬、今浦島の世界に立ち入り


今日の朝刊に、『宇都宮線で自転車衝突事故 赤羽―浦和間の跨線橋で自転車投げ込みか』の見出しが目に留まり、一瞬私の地理勘が混乱した。この区間は、朝晩通勤で通っていたが、宇都宮線などは走っていなかったので、首都圏の中でも代表的な超“痛勤”区間のこと、新線が出来ていたのかと思った。

私の東京勤務時代は、自宅は大宮、会社は神田(ビル立替のため、その後新宿に移転)だったので、利用交通機関は国鉄東北線・高崎線・京浜東北線の三線が併走し、勤務地変更にも関わらず、いずれも赤羽―浦和間はずっと通っていたのである。もう40年も前の話になる。この時期に新幹線大宮駅が開業し、リレー号と称する電車が東北本線を利用して走っていたが、宇都宮線などはなかった。

通勤ラッシュ時間帯は、大宮駅のこの三線のホームには多数の駅員と学生バイトが待機し、乗客の背中を押して車内へ詰め込んでいた。途中停車駅の少ない東北・高崎線には乗り込む余地がなかったので、私はやむなく通勤時間が長いのを覚悟で、各停の京浜東北線を主に利用していた。この線でもホームで駅員から押し込まれ、積み残しが出るのは同じであった。

耳慣れない“宇都宮線”なのでウィキペディアで調べると、当時の東北本線の上野―黒磯間の呼称だったことが判った。丁度、今私が時々利用する東海道本線が琵琶湖線と呼ばれるのと同様である。

ウィキペディアの“宇都宮線”の記述は詳細を極めている。当時の併走三線に加え、その後に出来た埼京線を加えた併走四線が区間ごとに高架の上になったり下になる光景が生き生きと記述され、私が利用していた時と全く変貌してしまっているのが良く判る。特に上野から東京の区間で山手線や中央線が絡んで来て複雑を極めている描写は圧巻である。

自転車投げ込み事件の記事が、極最近と思っていた当時の通勤電車の窓外風景を思い起こさせると共に、私の身をもう一度桑畑が海になった場所に行かせたい気持ちにさせた。





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