信長の家来にいたアフリカ人



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昨日のこのブログページで米国の三大ミスコンテストが全てアフリカ系美女を選出した記事を書いたが、今日も再び黒人の話題で、今度は日本の戦国時代にアフリカ人がいた話である。この時代は群雄割拠した諸大名だけでなく、講談などで良く出て来る豪傑や忍びの者など広く名前を知っているが、織田信長の家来にアフリカの男性がいたとは知らなかった。

この話を知ったのは外国からの情報で、昨日の米国CNNニュース電子版(こちら)である。何故か当日のトップニュースに出ていたので目を引いた。我が国でも知っている人が多いらしく、知らなかった私が不勉強で常識に欠けていたらしい。

主人公は、アフリカのモザンビーク(スーダン説もある)で、奴隷商人によってインドに連れて来られた。宣教師に買われた彼は従者として長崎に同行する。2年間の滞在中に日本語を習得し、宣教師が当時最大の実力者であった織田信長に会うために京都への旅に同行することになった。

当時の京都では、アフリカの黒人が街中を歩くのは珍しく、たちまち見物人が押しかけ、怪我人まで出る騒動になった。騒動を聞きつけた信長は宣教師と彼を呼びつけ、初めて黒人を見た信長は、特殊な塗料で肌を塗っているとして身体を洗わせたが、益々黒光りするので黒い肌は本物と信じた。興味を持った信長は宣教師から百両という破格の価格で引取り、「弥助」と名乗らせた。

信長の傘下となった最初の戦いは、忍者の里の伊賀攻めだった。当時の小柄な日本人の中で180cmを超す大柄な黒人は一際目立った存在だった。その後信長が本能寺で謀殺された時に駆けつけて明智軍に捕えられ、光秀から日本人でないので殺す価値がないとイエズス会に引き渡された。その後、忽然として彼の記録は消えうせ、数多くの憶測と謎を生んでいる。

今回、CNNが記事にした理由は不明だが、米国で謎の黒人武士を主題にする映画が予定されているのに関連しているのかも知れない。

自分の知らなかった日本史の一面を外国紙から教えられた初めての例となった。








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