話す英語力と大学教育は別物(その2)


前回同一タイトルでこのブログを更新し、「以下次号に続く」と記載しながら一向に続くことなく一ヵ月が経過した。理由はその直後、共通テストが英語だけでなく、国語・数学まで当初の記述式が突然延期になり目標がなくなったためである。また「桜」問題で次々と疑惑が提起され、関心がそちらに向かったためもある。ところが、文藝春秋最新号に藤原正彦氏の「英語教育が国を滅ぼす」との寄稿を読んで、横着を決め込んでいた先のテーマに関連するので先を続けることにする。


藤原正彦氏と言えば著名な数学者であり著述家でもある。文藝春秋の巻頭言にも寄稿していて、ケンブリッジ大学で教鞭を執っていた国際人である。その国際人が、「日本人には英語の教育は要らない」とでも言いたい論調に驚いた。いちいち頷ける部分もあるがその結論には与み出来ない。


何故この論文が出てきたかは、やはり今回の文科省の大学入試改革から出ている。従来のセンター試験からの改革の目的は、「これからの激しい社会変化に耐えうるグローバルな人材の育成」が目標となった。「英語が話せないと国際競争に負けてしまう」という点にあった。ところが、OECDの調査で英語によるコミュニケーション能力で日本は先進36ヶ国でダントツのビリ。アジア29ヶ国中26位。日本は英語に関し全くの無能との結果が出ている。


しかし藤原氏の論調は、「この英語無能国民が世界第3位のGDPを誇り、自然科学でノーベル賞を24人が獲得している。一国の経済力や知的生産力に英語力は無関係を証明している」とし、「小学校一年から毎週3時間づつ英語の学習をしても話せるようにはならない。その分、国語や算数が減らされ漢字や九九がままならない日本人が激増する。英語を学ぶことは壮大な無駄ということだ」と説く。この辺から氏の論理に基本的な誤り(或いは実態の見落とし)がヘンな方向に進む。【以下次号】

================================== 

今度は本当に近々続編を投稿する。本当は続けたいところだが、ブログとは長々と記述するものではない。友人からお前のブログは長過ぎると注意され、一時は毎日新聞の「余録」や朝日の「天声人語」に倣って600字を目標としたことがあるが遂に尻を割ってしまった。それでも極力短くすることを目的としてここで中断するものである。



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント