視覚障碍者がホームから転落死



今月27日午後、東京のJR総武線阿佐ヶ谷駅で視覚障碍者(51)が一人でホームの線路沿いを白杖をついて歩行中、足を踏み外して転落し、進入して来た電車と接触して死亡する事件があった。悲報を聞いた妻は「ホームドアがあれば」と悔やんだとのニュースが出ている(毎日新聞デジタルこちら)。


コロナ渦中とは言え東京は人出が多い。特に時刻は白昼午後3時前だったというから、ホームにはそれ相当の人混みがあったと予想される。電車が入線して来る時刻にホームの線路際を白い杖を突いて歩いている視覚障碍者を見て、誰も声を掛けなかったのか、ご本人の後ろから肘を添えてホームの中程に誘導する人はいなかったのか、「混雑の中でもお互いに疎遠な東京人」と言われる光景が目に浮かぶ。


ホームドアが叫ばれて徐々に実施され始めたのは、ほんのこの数十年の間である。それまでは、ほぼ百年近くもホームには柵がなかった。視覚障碍者や走り回る子供がいなかった訳ではない。それでもホームをかすめて通過する特急列車や貨物列車から、周囲には自ずから弱者を守る社会ルールが存在していた。


新幹線が開業して暫くの間でも通過駅に柵はなかった。最高時速200kmを超える列車が、スピードを落とさずに通過するのは流石に危険と各駅に順次ホームドアが設置された歴史は決して古くはない。1974年に通過退避線路のない新幹線熱海駅が初めてという記録がある。在来線や私鉄・地下鉄にも混雑する駅には順次、ホームドアが設置されている。時を同じくして、スマホが普及し「歩きスマホ」で前方を見ないで歩き、スマホに熱中してホームで衝突して二人とも線路に落ちて列車に轢かれて死亡する事件も多発した。ホームドアはこんな不埒な行動を予防する効果を生んだ。


ホームドアはこんな変遷を経ているが、同時に隣人同士の配慮が希薄或いは無視の社会を生んでいる。


かって私が海外出張中、オランダのロッテルダムからアントワープを経てパリまで列車で移動したことがある。途中、ブラッセルで下車したが、欧州の各駅は殆どがプラットホームすらないのを目撃した。日本の市街電車の停留所程度の低い乗降場所を急行列車が通過する。それでも危険を回避する市民の習慣が根付いていた。かっての日本と同様である。


プラットホームでの危険は、ホームドアがなくても市民の協力で回避可能なのである。






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