光らない反射テープ



夕食後、腹ごなしを兼ねて約20分のウォーキングに出かける。前半は近所の小学校を一周、後半は幅2m位の車も通れない田畑をジグザグに貫く小道である。秋の日の暮れるのは早く、周囲は真っ暗なので懐中電灯片手に反射板テープを貼り付けたタスキを肩からかけている。


この襷は運転免許証更新の際、運転免許所からくれた高齢者用安全襷で「守山野洲交通安全協会」の名が刷り込んである。免許所から貰ったと書いたが、実は運転免許証更新料支払いの時に同時に交通安全協会会費として徴収された1,000円と引き換えにくれたので購入したと言う方が正しい。


この交通安全協会会費の支払い方法は地方自治体により異なるようだが、私は京都にいる時から現在の滋賀県での方法と全く同じで、同じ窓口で免許証更新料と同時に支払う。従って新しい免許証の交付を受けるために必要な費用と思ってしまうが、本当は任意で断ることが出来るというのは相当更新を繰り返した後で知った。そう言えば、支払いの時に「交通安全協会にご協力頂ける場合は更新料と同時にお支払い下さい」との一言はついている。但し、辞退出来るとの説明はなかった。


交通安全協会に入会すればどんな特典があるかの説明はない。ただ地元の道路交通地図とか教科書のような交通教本をくれる。くだんの安全襷はその時に貰ったものである。私は会費を支払う時はいつも「ハイ、警察OBの天下りの給料」と嫌味の言葉を添えて支払っている。事実はその通りらしい。


夜のウォーキングにはその安全襷をかけて歩いている。小学校に沿う道は自動車の行き交いが多く、ヘッドライトに照らされる度に襷が光っていると思っていた。ある時、同じように懐中電灯を持って行き違った人が同じ安全襷をかけていたが全く反射しない。相手の人が「オタクも同じ襷をかけておられるが、全然光っていませんね」と言う「そう言えばオタクも全く見えませんよ」と言うと吃驚していた。お互いに光っているものと思っていたのである。


これなら、スニーカーの踵に貼り付けている百均で買った黄色い反射テープの方が良く光る。交通安全協会は格好だけつけて、実際に反射するかどうかの検証はしていないらしい。天下りの給与さえ確保出来ていれば良いのである。














米国の警官は年間千人もの市民を殺害している



日本の警官は拳銃を持っているが殺人を犯した話は殆ど聞かない。逃亡する容疑者に止むを得ず発砲する場合は、それ以上逃げられないために足を狙い、逮捕して犯行の理由を聴取するとの話を聞いたことがある。ところが、米国の警官は有無を言わさず射殺するらしい。米国民の殆どが銃を携行しているので、応射されることを予想しているのである。


その結果、毎年1000人の市民が殺されていると言う。特に、黒人市民に対する対応は度が過ぎたもので、世界的なBLM(黒人の命も大切だ)運動につながっている。警官による無差別な殺人事件が各地で起っている割にFBIによる公式発表数字に疑念を感じたワシントンポストは5年前から独自の調査を開始した。その結果、約半数以上の犠牲者がカウントされていなかったことが判った。理由は警察のFBIへの報告は自主的なもので、多くの警察で報告を怠っていたことが判明した。


そのためワシントンポストは警察当局の公式発表に加え、各地の報道記事やSNSで広く情報提供を求める方法で集計したのが年間1000人という数値である。具体的に2019年度は1010人だった。犠牲者になった人数は実際には白人が約半数と多かったが、米国の白人人口に対する比率は13%で、全黒人系総人口に対する黒人の犠牲者の割合は2倍以上になっている。ヒスパニック系米国人も似たような傾向にある。


犠牲者の95%以上が男性で、半数以上の年齢は20~40才となっている。警官による殺傷事件は全米各州に及び特に人口密度の高い州、ニューメキシコ・アラスカ・オクラホマに顕著である。


出典:ワシントンポスト電子版


米国警察官が特に黒人差別をするのは、南北戦争時代以来の奴隷制度の名残によるとされていて早急な解決策はないと半ば諦められている。では警官は全て白人かと言えばそうでなく、屈強な黒人警官が多いが、殺傷される市民は白人警官に集中しているらしい。


とすれば、街を歩いていて頼りにするのは、黒人警官ということになる。




日本維新の会に除名議員が多いわけ



今朝の毎日新聞デジタルに「杉田水脈議員が問題発言を繰り返す背景」という解説記事がある(こちら)。確かに同議員は、主に性差別発言で世間を騒がせ、その真意を尋ねられても一切答えなかったり、「そんな発言はしていない」と否定して物議を醸している。彼女は今自民党所属だが、政界に入ったのは12年衆院選挙で日本維新の会から比例で復活当選したのが最初だった。


彼女は17年に自民党に鞍替えし、その右翼的な国家観で安倍首相の異例の比例候補名簿順位で厚遇され当選している。安倍退陣で後ろ盾を失い、今後の道がないと見る政治評論家もいる。


杉田議員は日本維新の会が生んだが、同党が折角担ぎ出して議員にしながら、不祥事で次々と除名した議員の面々を見ていると不思議な共通点がある。


ネット上で記録に残っている名前を見ると順位不動ながら、国会開催中に秘書と不倫旅行したのがバレて除名された上西小百合議員、国後島視察中「ロシア女の胸を揉ませろ」とダダをこねた丸山穂高議員、百田尚樹氏に対する名誉棄損発言の足立康史議員、カジノ汚職の下地幹郎議員、反党行為で幹部の逆鱗に触れ渡辺喜美元みんなの党代表などの名前が並んでいる。


党除名を喰らったのは国会議員に留まらない。公然わいせつで逮捕された赤坂大輔東京港区議、党内部批判の増田仁三鷹市議、福岡空港出資決議でキャスティング・ボートを握りながら党の意向に逆らって反対し廃案をもたらした天野浩福岡市議など数々の名が列挙されている。橋下、松井代表が除名処分書にハンコを押したのは何件あるか。これら議員に共通しているのは、除名処分を受けたにも関わらず議員辞職をしていないことである。


何故、このような資質の議員が日本維新の会から続出するのか、橋下元代表がかって丸山議員を例にして総括したのは、「維新の会の名前で勝ったのを履き違えて自分の力と思っている。維新の会の看板を過少評価し自分の力を過大評価した。維新の会の中に支えてくれる仲間がいなかった」とあるが、これは議員になった後の反省で、選挙に出る時の公認審査で各自の身体検査はどうだったのかには触れておらず、再発防止策にはならない。


杉田議員を含めて、良く似た議員が輩出される党である。尤も、維新の会だけの話でもないが。




ガラケー睨んで「To be or not to be」




ソフトバンクより案内状が来た。「ソフトバンクでは周波数の有効利用による安定した品質かつ快適な通信サービス提供のため、2024年1月下旬に3Gサービスを終了します。サービス終了に伴い、お客様がご利用中の機種は、通話・メールなど全てのサービスがご利用頂けなくなります」とある。


“お客様がご利用の機種”とはガラケーである。この機会にスマホへ乗り換えるよう勧めている。携帯を手にして眺めながら考え込んでしまった。


サービス終了までまだ4年ある。自分は今82才。現在の体調・体力から考えて、後4年永らえる見込みは限りなく薄い。しかし、「人生百年時代」と言われ、周囲を見渡しても本来の予定日がどんどん伸びている人が多い。仮に自分もこの傾向に乗って、4年経ってしまったとしても、その頃には現在の携帯で連絡が取り合える活動が出来ているかと言うとその可能性も極めて薄い。サービス終了と同時にスマホを手に入れても、使うことがない状態になる。


それなら、今から切り替える手もあるが、毎日の電子ニュースはパソコンで十分事足りているので、スマホを持つメリットはない。加えて、菅新総理が「携帯電話料はまだまだ下げられる」と総務省や業界にハッパをかけている。今、慌ててスマホに切り替えると、後で損をしたと後悔することもあり得る。


と言う訳で、現下の情勢は「スマホ乗り換え先送り」に傾いて来たが、私の周囲にはガラケー派が少なくなって来た。先日も、長年の友人から「Line を勉強中。Line 友達になってくれ」と如何にもスマホに替えたと示唆するメールが入った。そのウラには「お前は当然既にスマホ派」と決め付けているニュアンスがある。


秋の夜長、長年愛用のガラケーを手にして眺めながら、ハムレットのような心境になっている。





また大きな星が堕ちた





我が青春時代の一時期に影響を与えた巨星の名を久し振りに耳にした。失礼ながら「まだ達者だったのか」と思わず口にした程遠い昔の人である。その名はジュリエット・グレコ、93才で亡くなったとのニュースが世界を駆け巡った。世界中にフランス・シャンソンを流行させた偉大なアーティストの一人であった。

歌謡曲や軽音楽と異なり、シャンソンとは独特の性格を持つジャンルの音楽である。曲のメロディーやリズムは裏方に追いやられ、歌詞を物語を聞かせるように聴く者に話しかけ、身振り手振りを交えて表現する音楽である。例えばシャンソンの代表作の一つとされる「枯葉」も、歌手により違った曲のような印象すら与える。

シャンソンの歴史は古いらしいが、全世界に流行したのは第二次世界大戦の直後で、テレビやビデオが登場する直前だった。その映像メディアがない時代に、視覚に訴える要素が強いシャンソンを広めた多くの歌手たちの表現力は卓越したもので、ジュリエット・グレコもその一人だった。当時の最高の歌手の一人として「シャンソンのミューズ(女神)」ともあがめられた。

私は若い頃からいろんなジャンルの音楽に親しんで来たが、シャンソンを紹介してくれたのは日仏学館京都でフランス語を習得していた友人だった。それ程、シャンソンは物語の要素が強い音楽だが。フランス語が判らなくても聴く者の胸に沁みる不思議な力を持っていた。

日本にシャンソンの火をつけたのはジュリエット・グレコとされているが、数多くの来日公演の中から1991年11月に昭和女子大人見記念講堂での演奏会の映像がある。曲は極め付け「パリの空の下」、「聞かせてよ愛の言葉を」、「パリ・カナイユ」の3曲。



60才代とは見えないシャンソンの神髄が良く表現されている名演である。その当時、相前後して来日したイブ・モンタンの長時間テレビ・ライブを観た本場シャンソンの雰囲気を改めて思い出させてくれた。

彼女の死去の報に、フランス・マクロン大統領も「彼女の顔と声は、我々の生活と共に生き続けるだろう」との弔意を表明している。

プロ野球選手間で呼び合う名前



ネット上のニュースをサーフィンしていたら、『広岡達朗氏、「SBに4連敗した原辰徳を名将とは呼べません」』の記事が目に付いた(こちら)。川上監督の持つ通算勝利数1066勝を抜き巨人歴代勝利記録を更新した日の記事である。


私もかねてから同意見で、いつぞや優勝を決定した時の勝利監督インタービューで、「凄い選手達だ。いざと言う時に力を出す」と語ったのが印象に残っている。この言葉の真意は「誰が監督であっても、選手達が勝手に勝ってくれる」と正直にゲロしたものと聞いた。カネに飽かして他球団から一流選手ばかりを集めた集団なので、監督の采配は無関係だったのである。今日のブログのテーマは原監督の資質を取り上げるのではない。記事の中で次の一文に目が引かれたからである。


カワさん(川上)時代、“国鉄の天皇”と呼ばれたカネさん(金田正一氏)が巨人に移籍してきた時、お手並み拝見という態度で接した』


これを読んで、私の小学校時代の同級生で、後に甲子園で地元の高校を準決勝まで進出させ、後プロ野球に入団した友人が、ことある毎に話してくれたことを思い出した。スポーツのクラブはどこでも年齢による順位序列が厳しい。プロ球団でも同様で、彼の所属は当時のパ・リーグの東映フライヤーズだった。通算16勝を挙げて今では好成績だが、他球団の同期に稲尾和久と言うシーズン42勝を挙げた鉄人がいて、友人の活躍にも関わらず影が薄かった。


その彼の話では、球団内での選手の呼び合いは、先輩年長者に対しては苗字に一部を取って、例えば前述の通りカワさん、カネさんと呼ぶ。同僚或いは後輩には“さん”を省略する。当時、友人の東映球団には今、日曜日朝のTVスポーツ番組で『喝!』と叫んで人気の張本選手がいたが、友人より3才年下だったため「ハリ」と呼んでいたと言う。


この名前の呼び合いは今に至るもこのルールが継承されているらしく、TVのヒーローインタービューの中でも良く使われている。その呼称を聞く度に友人の話を懐かしく思い出す。その友人も6年前、77才で先に逝ってしまった。






米最高裁判事の死と一国の司法



衆院選挙の際、最高裁裁判官任命の国民審査でも誰がどんな人か判らず、白紙のまま投票してしまうのが普通である。これで合法的に承認したことになる。日本の裁判官ですらこうなので、最近死去した米国最高裁のギンズバーグ判事とはどんな人か全く知らなかった。


今回の訃報に関連して同判事の卓越した頭脳と見識、特に差別撤廃のため数々の功績を挙げた実績を知ってその存在の偉大さに驚嘆した。今日は彼女の残した足跡をテーマにする訳ではないので詳細は(こちら)を参照。


今まで米国最高裁判事は9名で、保守派5名、リベラルと称される自由主義派が4名とほぼ均衡していたが、リベラル派の代表である彼女の死去により3名となった。トランプ大統領はこの機会に乗じて自派の保守派から選出する運動を始めている。一方の民主党は、大統領選挙が近い現段階で後任判事は新しい大統領が決まった後で選出すべきと反対している。


本来、司法の独立で時の政権の意向に左右されないのが原則であるが、かって日本でも安倍政権に近い黒川東京高検検事長を法を曲げて定年延長し検事総長に据えようとした動きと良く似ていて、米国でも同じ目論見があると見える。ただ、ギンズバーグ判事の来歴に見られる通り、司法とは時の政権の権力に屈せず独立した判断と行動が求められるものである。日本でも明治の昔、大津事件でロシア皇太子暗殺未遂事件を外交上の問題から犯人を死刑にすべきとの政府の意向に対し、司法的判断から無期懲役として三権分立意識を国民に植え付けた立派な実績もある。


米国最高裁判事は一旦任命されれば任期なしの終身資格というのに若干異論があるが、任命に当たっては大統領の指名だけで決まるのでなく、その候補者が公聴会で演説して承認を得、その後上院で審議するなどの民主的な手続きがある。米国上院は大統領の共和党が野党の民主党より4名多いので可決される公算は高いが、その共和党から現在2名の反対表明があり、なお態度不明の議員がいて事態は流動的らしい。


日本では大臣に指名されても米国や韓国のように公聴会の関門がなく、その制度があれば大臣有資格者は出て来ないし、また与党からも大統領意見に反対表明をするなど日本の議会では考えられない民主的な運営がされていることが判る。



我々は字が書けなくなっている



スポーツ選手やタレント、「時の人」がよく色紙やフラップに揮毫させられてテレビの画面に披露する場合が良くある。将棋の藤井翔太さんが「二冠」と書いて見せたあの類である。テレビ画面や新聞写真に披露された文字を見て、我々日本人は文字を書く基本を失ってしまったとの感を強くする。


かなり昔の話になるが、月刊誌文藝春秋に当時の政党党首の筆跡の品評記事が出たことがある。個人名を出して失礼だが、福島瑞穂氏の筆跡は女学生が書くマル字が党首になる年齢まで残っていたのに対し、小沢一郎氏のそれは筆黒々とした堂々とした達筆で、その対比が鮮烈だった。雑誌記事には、ご本人の能力ではなく学校での初等教育の差とあったと記憶している。


今は立派な大人になった娘が小学校に入りたての時に鉛筆で字を書いている姿を見て驚いたことがある。鉛筆を人差し指と中指の間に挟んで掌を握り拳にして書いている。吃驚して親指と人差し指で鉛筆を挟むよう矯正したが、学校ではこう習ったと強弁する。今では正規の持ち方になっているが、娘の友人には大人になっても人差し指と中指で挟む癖が抜けなかった人もいると言う。


正しい文字が書けなくなったのは、小学校で習字の比重が低下した精だと思う。正しい運筆や筆順の教育が出来ていない結果だろう。


現役の頃、企業訪問をする海外からの来客を応接する時に、中国からの来訪者に限って記帳して貰っていた。北部の東北三省や南部の広東省・雲南省の違いに関わらず、いずれも見事な達筆だった。筆の持ち方も日本人と少し違って、筆を垂直に抓んで持って書く方法は共通していた。社会主義中国でも文字を書く作法は古来から引き継がれていることを目の当たりにした。


かく言う私も、若い頃は看板や書信の代筆を頼まれる程の力量があったようだが、今は無惨な程に崩壊し悪筆の見本になっている。パソコン時代に入り、文字を書く機会がなくなったのが輪をかけている。唯一の助けは、色紙に揮毫を頼まれる程大成しなかったことで恥を晒す機会もないことである。


統一性のない健康測定器具



計量法というものがある。長さや重さなど物を測る時に使う各種計量器の正確さを確保し国際的に計量基準を統一するための法律で、計量器の製造販売にあたっては計量検定所の検定を受けねばならない。従って、検定済みのシールのある物差しやハカリはどの国に持って行っても信用される。しかし、検定を受けなくても良い計量器もあり、メーカにより測定結果が異なるものがある。血圧計、体温計、歩数計などがそれである。


「下がるまで何度も測る血圧計」という川柳がある通り、家庭で測る電子式自動血圧計は測る度に数値が違う。予想より血圧が高い結果が出たので、何度も測って一番低い数値が出た時に血圧手帳に記録して安心する人もいる。


電子血圧計は診療所で使われている聴診法による手動加圧式血圧計より10mmHg以上高く出るのが90%以上あるとの調査結果がある。その内の20~30%は20mmHgも高く出た報告もある。聴診法では年寄りの医者は耳が遠くなっているので、若い医者より正確度が落ちるとのデータもある(日本医事新報社)。


今、コロナ騒動で体温測定が俄かに脚光を浴びている。どんな集会に参加する時でも入り口で体温を測定される。グラウンドゴルフの競技に参加する時は受付で口頭申告するか、測定して来なかった場合は赤外線式体温計をオデコに当てられる。


私が家庭で毎朝使用している体温計は、腋の下に挟むデジタル式の従来型で測定を始めてから7~8分でチリチリと測定終了の音が出る。早い時は4分程で鳴るので統一性がない。この音が小さ過ぎて良く聞き漏らすので測定後10分経って結果を見ることにしている。その時に初めて鳴り出す時もある。


ある時、4分経って鳴り出したので体温を見ると36.0度とあった。念の為終了音を聞き漏らした積りでいつもの10分後に確認すると36.4度であった。これ位の違いは誤差範囲と思われるかも知れないが、コロナ判定基準を37.0度としている所もあるので、平熱の高い人にはこの差は大きい。


大袈裟に言えば生死に関わる問題でも、体温計や血圧計に検定義務はないようである。



非世襲首相になって世襲大臣は減ったか



北朝鮮の正式国家名称は朝鮮民主主義人民共和国である。民主主義と唱えているが、国家主席は金日成以降代々金一家の世襲制で、民主国家と言えるのか疑問の声もあるが、我が国にそのような批判をする資格があるか。


菅総裁が選出された時、自民党には稀な非世襲・無派閥総裁と評判になった。総理に選出される前には、非世襲総理は海部俊樹氏以来実に30年ぶりで、七光りの世襲大臣が一気に減ると予想(期待?)されていたが、実際はどうだったか。


蓋を開けてみると、全閣僚21名の内、世襲大臣は33%の7人、別に直接の世襲ではないが伯父の地盤を引き継いだのが2人いるのでこれを加えると9人で43%と半数近くなる。一方、自力で這い上がって来た非世襲議員は菅総理を含めて12名の57%。北朝鮮や一部王国を除く諸外国から見れば非民主的な状態と見られているに違いない。


日本は有史以来、国家の政体だけでなく、地方の行政、家族制度に至るまで長年世襲制度が固守されていた経緯がある。明治維新で改革された印象だが、長年培われて来た世襲のDNAが完全に消滅した訳ではない。財閥組織などに形を変えて来たが占領軍に強制的に解体させられても、そのDNAは国民の意識の中に浸透し世襲を無意識に受け入れる因習的な国民性がある。


選挙で世襲議員候補に反発を覚えながらも一票を投じてしまう行動はこんな所にも現れる。先代が無難に地元に貢献してくれた実績がそのまま引き継がれるものと勝手に信用してしまう甘さがある。


ただ最近とみに指摘されている議員の質的劣化の一因は世襲議員にある。苦労をしないまま経験不足、勉強不足から得たポジションで先代のような力が発揮出来る筈がない。勢い側近、官僚に依存して提出されたメモを読むだけの仕事になってしまう。そのメモすら読めずに失笑を買う失態すら披露する場合もある。


菅首相はかって議員の質向上のため、自民党の世襲議員を最高1割に制限する提案をしたことがあるが、多くの世襲議員の袋叩きに逢って引き下がったことがある。首相に就任して改めてこの問題を推し進めて欲しい。非世襲首相にして初めて取り組める問題であり、これこそ行政改革の一つである。




非世襲首相になって世襲大臣は減ったか



北朝鮮の正式国家名称は朝鮮民主主義人民共和国である。民主主義と唱えているが、国家主席は金日成以降代々金一家の世襲制で、民主国家と言えるのか疑問の声もあるが、我が国にそのような批判をする資格があるか。


菅総裁が選出された時、自民党には稀な非世襲・無派閥総裁と評判になった。総理に選出される前には、非世襲総理は海部俊樹氏以来実に30年ぶりで、七光りの世襲大臣が一気に減ると予想(期待?)されていたが、実際はどうだったか。


蓋を開けてみると、全閣僚21名の内、世襲大臣は33%の7人、別に直接の世襲ではないが伯父の地盤を引き継いだのが2人いるのでこれを加えると9人で43%と半数近くなる。一方、自力で這い上がって来た非世襲議員は菅総理を含めて12名の57%。北朝鮮や一部王国を除く諸外国から見れば非民主的な状態と見られているに違いない。


日本は有史以来、国家の政体だけでなく、地方の行政、家族制度に至るまで長年世襲制度が固守されていた経緯がある。明治維新で改革された印象があったが、長年培われて来た世襲のDNAが完全に消滅した訳ではない。財閥組織などに形を変えて来たが占領軍に強制的に解体させられても、そのDNAは国民の意識の中に浸透し世襲を無意識に受け入れる因習的な国民性がある。


選挙で世襲議員候補に反発を覚えながらも一票を投じてしまう行動はこんな所にも現れる。先代が無難に地元に貢献してくれた実績がそのまま引き継がれるものと勝手に信用してしまう甘さがある。


ただ最近とみに指摘されている議員の質的劣化の一因は世襲議員にある。苦労をしないまま経験不足、勉強不足から得たポジションで先代のような力が発揮出来る筈がない。勢い側近、官僚に依存して提出されたメモを読むだけの仕事になってしまう。そのメモすら読めずに失笑を買う失態すら披露する場合もある。


菅首相はかって議員の質向上のため、自民党の世襲議員を最高1割に制限する提案をしたことがあるが、多くの世襲議員の袋叩きに逢って引き下がったことがある。首相に就任して改めてこの問題を推し進めて欲しい。非世襲首相にして初めて取り組める問題であり、これこそ行政改革の一つである。




認知症に及ぼす音楽の力



英国リーズのあるカフェに異民族の人達が寄り合っている。彼らは主にアジア・中東・アフリカ系の英国内ではマイノリティで、おまけに認知症を患っている。夫々の文化や言葉が異なるが、音楽を聴き一緒に歌うために週一回集まっており、これが認知症の進展を和らげる効果をもたらしている。音楽とはこの点で強力な武器なのである。


「言葉の違いにより話することに抵抗感を持ち、夫々生きて来た道や文化の違いにより、寄り合うことに消極的になりやすい。認知症を患っている人達には負のスパイラルに陥る道である。音楽はこんな障害を簡単に解決してくれる」と専門家は話す。「認知症治療に於ける音楽は、安らぎを与え、人々の生きて来た過程の記憶を軽く叩き出し脳に良好な刺激を与える。誰もが母親の歌う子守唄を聞きながら、彼女に抱かれて育って来た。成人になってからも音楽のリズムは誰もの身に付いている。多くを語る言葉は必要ではない。音楽は自分を表現したい人々に大きな力となっている」とも付け加えている。


ガーディアン紙記事より一部抜粋(英文こちら)。


記事は音楽とはどのジャンルのものを指すのかについては触れていない。民謡なのか歌謡曲なのか或いはクラシック音楽かはこの際無関係なのだろう。今まで生きて来た過程の中で身に付いた音楽を思い出して懐かしむのはジャンルを問わない。


私の知人の中で、クラシック音楽にかけてはプロ級の専門家がいる。作曲家の生涯や無数の曲の構成や成り立ちに詳しい。所有しているレコードやCDの数は資料館に収められる程の量がある。その彼の口癖が、「音楽を『癒し』として聴くべきでない」と言う。もっと高尚なものだとの意だろう。


音楽の聴き方には基準はない。癒される積りはなく聞き出した名曲に知らぬ間に癒されていることもある。初めから安らぎを求める聞き方もある。知人のように厳格な文法のように聴く聞き方もある。どれが良い悪いの話ではない。


ガーディアン記事にあるように、音楽とは理屈では表現出来ない大きな力を持っているものと改めて認識した。



初の女性プロ・チューバ奏者の死



数日前のNYタイムズ電子版の訃報欄を眺めていると、普通は2~3人の名が並んでいるところを7人の名が見える。知らない名ばかりだが、チェコのナチス強制収容所を脱走して後年アパレル製造で名を挙げた92才の男性、盲目だが25年間老人介護施設で世話をした65才の知的な女性、南アフリカでアパルトヘイト時代以降の法律改正案策定に取り組んだ53才の男性などが並んでいる。


この7名に中で、最初から5番目までは記事の最後は「died of the novel colonavirus」の記述で結ばれている。5人とも新型コロナ感染死だったのである。ナチスに捕らわれ命からがら逃げ92才まで生き延びた人も、最後は思いもしなかったウィルスの犠牲になった。


音楽好きの私に特に目を引いた訃報欄の最後は「コンスタンス・ウェルドロン(88)、チューバ演奏の大家。1955年に彼女がボストン・ポップス管弦楽団に入団した時は、世界的に著名な一流管弦楽団で女性として初めてチューバを演奏した先駆者」とある。幸いにしてコロナ関連死ではなかった。


Constance-Janet-Weldon.jpg


チューバとは金管楽器の一番大きなサイズの楽器で、一寸やそっとの肺活量では音が出ない。ホルンやトロンボーンでも満足に音が出せない私にとってはお手上げである。その難物の楽器を抱えた女性が世界一流オーケストラの金管楽器セクションの席についた時の聴衆の驚きは想像に難くない。第一、持ち運びだけでも大変である。また何とも美人だから大きな反響と称賛が与えられたと思う。


いずれにせよ、男の専任部署に続く女性へ道を開いた。チューバは元々伴奏を受け持つ楽器で表舞台に出る曲は少ないが、ベルリオーズの幻想交響曲の第4楽章「断頭台への行進」ではソロでメロディを受け持つ聞かせ処もある。


楽器の技術の発展もあるのか、最近は中学生のブラスバンドは女子生徒で構成されるのが多い。聞けば男子はスポーツ系統のクラブを選ぶ傾向にありブラスバンドには来ないという。その女子中学生が非常に巧みに金管楽器を演奏し、中にはチューバどころか、チューバから発展したスーザフォンと言う管に巻かれて肩で担いで演奏する15kgの大きな楽器を演奏する女子生徒がいる。朝顔のような形の音の出口が大き過ぎて向かい風の中では行進出来ないのに演奏を続けている姿を見たことがある。凄いものである。






ジャーナリストにとって世界で危険な国



「またまた記者の殺害死体発見、ジャーナリストにとって世界で最も危険な国の一つ」との見出しの記事がある。一瞥してまたロシアかサウジアラビアかと直感したが、今度は予想もしていなかった方角違いの中米メキシコだった。


「今週、またまたメキシコでジャーナリストが一人殺害された。今年になって5回目のメディアに対する陰湿な攻撃である。ベテラン記者フリオ・バルディヴィアが先週水曜日の午後、湾岸地帯のベラクルスの鉄道線路近くで首を斬られて横たわっているのが発見された。傍には彼の青いバイクが見付かっている」と記事が始まっている。


ベラクルス州政府は、「以前からも明らかにしている通り、事件には州政府は全く関係していない」として直ちに殺人を非難する声明を発表した。但し、記者の殺害に関する詳細には触れていない。


メキシコのジャーナリスト保護委員会は、昨年メキシコで11名の記者が殺害され、シリアの7名を上回るペースで世界最悪である。今年も既に5件目で4月には著名なビクトール・フェルナンド記者が、今回と同様首を斬られて殺害されていると発表した。また、メキシコ当局はかかる犯罪を防止する手段を何ら講じていないことに責任を負うべきであるとも主張している。


メキシコの治安は年々悪化しており、昨年の殺人件数は35,000件で前年の33,341件より増加していて、内93%が未解決である。一般的に、メキシコ政府も州当局もメディアに対する犯罪について積極的に調査する能力に欠けていることが露呈しており、プレスへの攻撃を目論んでいる人物は、逮捕されたり検挙されたり実刑を受ける心配は何らなく犯罪を繰り返している。


出典:CNNニュース電子版(こちら英文)


では何故メディアが攻撃の対象になっているのか、記者が行政の腐敗を摘発したためか、麻薬カルテルの暗部を記事にしたための報復措置なのかの説明はない。理由はメキシコで発生している犯罪の93%が未解決のまま放置されている(調査されていない)と言う警察組織が機能していないことが原因だろう。



感銘を受けた清々しい敗者のコメント



テニスの全米女子オープンは、大坂なおみがビクトリア・アザレンカに逆転で勝利を収め、二度目の優勝杯をもたらした。激戦の模様と同時に、無観客の本大会で大坂なおみが示した米国での黒人差別に抗議するため、7名の黒人犠牲者の名前を表した特製のマスクを毎回取り換えて試合に臨んだことも大々的に報じられた。


勿論、報道は覇者の大坂なおみにスポットライトが当たっているが、その陰に隠れるような敗者アザレンカの見事な大人のコメントを報じた記事が印象に残った。


「ガッカリしていないし、またガッカリする必要もない。ただ敗けたことが悔しいだけ」とアッサリ総括し、「第2セットの初めから、ナオミはいいプレーをするようになった。とても攻撃的になって来た結果、彼女が勝った。名誉は全てナオミのもの。彼女がチャンピオンなのよ」と讃え、「素晴らしい2週間を過ごし、プレーを楽しんだ。今日は出来ることは全てやれた」と晴れやかに言ってコートを去った。


「報知新聞」9月13日電子版よりの引用だが、何とも爽やかなコメントでないか。敗者に焦点を当てた記事にも感銘した。


ビクトリア・アザレンカは大坂なおみより9才年長の31才、四大大会の全豪オープンで2度も優勝している実力者である。大坂なおみも「小さい頃からアザレンカの試合ぶりを見て来た」と言っている。4年前に長男を出産し、一昨日のABCニュースには「今回全米オープンで優勝すると、史上4人目のママさんチャンピオンが誕生する」と暗に応援する記事もあった。


今回は大坂なおみと6-1、3-6、3-6で逆転負けしている。実は準決勝ではセリーナ・ウィリアムスに奇しくも全く同じスコアの逆転で勝ち上がって来た。この経過が頭にあったのか、アザレンカの決勝戦後のコメントに、「第1セットで6-1で先取して、心理的に守りの姿勢に入ったためか、以降は大坂の攻めに後手後手に回った」と反省があった。


スタートが好調だと守りの姿勢に入る傾向はどんなスポーツでもあるようである。プロテニスとは世界が違うが、身近なグラウンドゴルフでも最初の8ホールを好スコアで消化すると勢いづいて後のコースも好調が持続すると期待するが、無意識に攻めの姿勢が失われ平凡なスコアで終始することが良くある。もって教訓としたい。





安倍政権支持率アップの怪



安倍首相退陣表明直後の新聞各社の世論調査で、安倍政権の支持率が急騰し70%に達したという。その前の調査では支持率が最低を記録し、それが退陣に一因になったとも言われている。支持・不支持が逆転した理由について、各社とも説得力ある解説は見当たらず、意表を突かれたような雰囲気すら感じさせる。


そのためか、各社の論評はいつものような歯切れ良さや切込みの姿勢がない。「病を押して長く政権を運営しご苦労様」の惜別のご祝儀の意の表れとか「安部さん、ごめんね」と何とも新聞論調でない意味合いがあると説明している。


ここで、安倍政権の支持率70%という数字一人歩きしている。橋下徹弁護士がプレジデント・オンラインで「何故政治学者は国民の7割が評価する安倍政権を全否定するのか」との投稿の中で、「国民の7割が安倍政権を評価している」と言い切っている。


しかし、メディア各社の世論調査で「大いに評価する」、「評価する」は朝日新聞で17%、読売新聞で19%、共同通信で21.2%である。これで国民の70%が評価していると言えるか。


調査項目はこれ以外に「ある程度評価」、「多少は評価」と一歩退いた意見が朝日で54%、読売で55%、共同で50.1%とある。この数字を上記「評価する」に無理矢理に加算した数字をもって70%が評価していると解釈しているのである。安倍政権を評価していると誇示したい人の恣意的な解釈である。


一方橋下氏は「政治学者は安倍政治を完全否定している国民10%程の声の代弁」とも言う。この10%という数字はどこから来たのか不明である。共同通信の調査では、「あまり評価しない」が19%、「全く評価しない」が9%とある。この時に限って19%を無視しているのである。統計数字は使う人により恣意的に利用されるものであることが判る。


今回の各社の世論調査は、安倍首相退陣表明だけを取り上げて実施された。退陣表明された以上、長年の安倍政権の足跡や問題点を徹底的に解明した上で改めて実施されるべきものである。どの国も、前政権の功罪を調査し、残された疑惑解明に全力を挙げて取り組んで再発を防止するのが常識である。







大坂なおみ、抗議のマスクで全米オープン


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大坂なおみ選手が、ニューヨークで開催中の全米オープンテニス大会で、試合の度に異なった名前を表示したマスクを着けて登場し注目されている。その名は、米国白人の人種差別的な暴力の被害になった黒人犠牲者たちである。英国ガーディアン紙が9月9日電子版のトップ記事で報じた。


ジョージ・フロイド。今年5月にミネアポリスで白人警官により足の膝で首を抑え付けられた結果死亡し、米国だけでなく全世界に「Black Lives Matter(BLM)」の抗議運動を展開させた発端となった犠牲者の名である。大坂なおみが試合の都度、7枚の用意したマスクの内、第5番目のマスクで準々決勝の際に着用した。


トレイヴォン・マーティン、2012年に当時17才の黒人青年が無実の罪で射殺され、犯人が無罪になったことで現在のBLM運動の引き金となっている。また、アフマド・アーベリー(25)の黒人男性がジョギング中に白人男性2人に射殺された。前者の母親は「特製マスクでトレイヴォン・マーティンとアフマド・アーベリーのことを訴えてくれたことを大坂なおみに感謝したい」、「心の底から感謝している。成功し続けて欲しい。全米オープンで勝ち続けて頂きたい」との感謝のメッセージを発表し、後者の父親は「私の家族を支えてくれて有難う。貴女の行動と貴女が私の息子のことで我々家族を支援してくれていることに神の恵みがありますように本当に感謝しています。貴女にも神の恵みがありますように」と大坂なおみへの感謝を表明した。


出典:ガーディアン電子版(こちら英文)、上掲の写真も。


こんな遺族の祈りと全米のファンの応援に支えられて、大坂なおみは最終的に決勝まで勝ち進んだ。再び、テニス界の女王だったセレーナ・ウィリアムズとの再対決があると期待していたが、セリーナは準決勝でベラルーシのビクトリア・アザレンカに逆転負けを喫した。アザレンカも四大大会2勝の強者である。大坂なおみもセレーナの敗戦に気を引き締めて再度王者の位置について欲しい。



憂鬱なパソコンの自動更新



我がパソコンはラップトップ型でWindows10である。XP、Win7など使い勝手の良さが改悪されて不便をかこちながら、他に代替品がないので仕方なく使っている。自意識では作業効率は今までのOSに比べて格段に低下しているのを自覚している。


その今のパソコンを終了する時に、電源ボタンからシャットダウンを選択するが、その際「シャットダウン」の表示の左側にあるリンゴのようなマークの肩に小さな丸い印が付いているのを認めると憂鬱になる。「更新してシャットダウン」の意味である。案の定、「更新プログラムをインストールしています。電源を切らないで下さい」の表示が出る。直ぐ終わって無事シャットダウン出来た場合はラッキーだが、長々と続く場合がある。「xx%進捗中」の表示が出るが、こちらは知ったことではない。早く終わって欲しい。


何とかシャットダウン出来たとしても問題は解決しない。次回立ち上げる時に直ぐには反応してくれない。「xx%更新中、電源を切らないで下さい」のサインが出て中々立ち上がらない。急ぐ作業が待っている場合は苛々が嵩じて来る。


ユーザーにかかる迷惑をかけた結果、どんなプログラムが更新されたかを確認するメニューがあるが、これが何とも判り難い。専門家向けの高度な内容である。


ネット上のサイトから「Microsoft、2020年9月の更新を発表~Windows10で修正された脆弱性は約70件」と題するYahoo!ニュースを見つけた。(こちら


内容はどう見ても一般ユーザー向けではない。パソコンに結構知識があると自負していた私もお手上げである。実際に操作している一般ユーザーに直接不便をかけている以上、もう少し顧客本位に立った判り易い説明が出来ないものかと思う。


大体Microsoftの解説は、原文の英語を自動翻訳して日本語にしているだけに判り難さに輪をかけている。



裏庭を覆いつくす朝顔

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毎年この時期になると、このブログページに同じ記事が登場する。全く手をかけていないのに、我が家の裏庭一杯に覆いつくす朝顔が余り見事なので、つい記録に残したくなる。今回はその一部の姿のみ冒頭の写真に掲げる。


毎年7月の終わり頃になると、別に種まきをした訳ではないのに、裏庭の花壇の隅から朝顔の葉と蔓が顔を出し、次第に花壇仕切りの煉瓦を越えて庭の中に伸びて来る。その頃になると花壇とは全く関係のない庭のあちこちから蔓と葉が蔓延って来る。前年に盛りを過ぎた頃、花をつけなくなった蔓を引っこ抜いてしまうのだが、この時に多数の朝顔の種子が零れ落ちて砂利の隙間に入り込んだのが翌年に発芽するためである。


蔓が伝い伸びしやすいように、家屋の壁面やフェンスに粗い目の網を架け、伸びて来た蔓を手で誘導するが、庭面に絨毯のように張り出した全ての蔓は処理仕切れない。勢い、伸び放題に任せている。面倒を見ると言えば、朝夕に散水ホースで水をかけるだけである。


その蔓延って来た葉と蔓の間から、今年の第一輪が顔を出したのは丁度一ヵ月前の8月8日だった。葉の間からたった一輪、顔を出した花弁は何とも言えない可憐さがある。丁度アルプスの岩の間から顔を出す高山植物に似た趣きがある。


翌8月9日は2輪咲いた。以降、毎日倍々ゲームで花の数が増え、8月15日に25輪まで数えられたのを最後に、以降は数え漏れが出る程に増えて来た。


花弁は極めて脆弱なので散水ホースで霧状の水を直接浴びせただけでも萎れて来るので細心の注意を払って水をやらねばならない。昨9月7日は台風10号の影響による大雨を浴びたため、庭一面に顔を出した朝顔の花は全てすぼんで下を向いた姿となっていた。花は一年でたった一日しか咲かない。そんな台風の日に開花日を迎えた花々は不運という他ない。


今朝9月8日は台風一過の青空の下に、今年最多の朝顔が庭を埋め尽くした。数時間の命だが、爽やかな朝風に吹かれて咲き誇る姿は見事であった。



地方から見た本社の姿勢



「長いものには巻かれろ」は日本社会で生きていくための自己保全的な、一歩身を退いた半ば諦めのニュアンスがある。会社組織だけではない、政治の社会でも同じらしいことは、今回自民党総裁選挙で地方議員の投票権を一部制限され、地方から苦情が出ていることでも明らかになった。


自民党は党勢拡大のため党員を120万人獲得のための運動を展開している。目標には遠いらしく(昨年末で108万人、前年比1.3%減)、党中央では各都道府県の党員登録状況をチェックし、成績の悪い地方選出の国会議員に年間1000人獲得のノルマを課している。目標に達成しない場合は不足数1人につき2000円の罰金を支払わせるので、100人しか集められなかった場合は108万円の支払いが必要である。


党員獲得数ベスト10とワースト10は実名を公表している。成績の良い議員は次回選挙の際に公認が受けられやすい利点がある。何のことはない、自民党の議員は政策立案能力よりも党員獲得能力の方が評価されているのである。河井克行議員のように金をばら撒く習性の素地はこんな所にもある。


党員獲得の謳い文句は、「日本の議会制度では、国民は首相を直接投票で選出出来ないが、党員を2年続ければ投票で総裁を選ぶ権利がある。政権を取っている時は総裁=首相なので直接選挙と同様である」で、年間4000円の会費で党員になれる。


ところが今回安倍首相退任後の総裁選挙では、この地方党員投票は実施しないと中央で決定した。緊急事態のため政局が停滞するのを避けたいというのが表向きの理由である。地方から見れば、「総裁を投票出来る」と言われて金を払ってまで党員になったのに、これでは詐欺と言われても仕方がない。そんなクレームを有無を言わせず抑え込むのが中央の力である。自民党だけでなく、一般企業でも存在する。


今回の地方票省略は、地方に人気の高い政敵候補を引き下ろす卑劣な思惑があるとも伝えられている。日頃、汗水垂らして地方遊説に力を注ぎ、その政策を地方に浸透させる努力を続けた議員より、地方遊説もしたことがない本部の中だけで上の目を気にして仕事をして来た地方軽視の議員を支援する、これも中央の勝手な行動である。





西高瀬川



昨日のこのブログページで、碁盤の目の京都市街道路で唯一斜めに走る「後院通り」が古くからの材木商店街に阻まれた産物として紹介した。では何故首都の旧市街の入り口に材木商が集まったかを昨日の続編として紹介する。子供の頃、近くに住んでいた人間にのみ見聞き出来た京都の歴史の一部分である。


これら材木商が扱っていた木材はどこから来たのか。京都府北部の遠く丹波の山奥から運ばれて来たものである。輸送手段は丹波から保津川を下り、亀岡、嵐山を経由して西高瀬川に入り、真っ直ぐ東向して材木商が集まる千本三条まで「筏(いかだ)」に組んで運ばれて来た。


森鴎外の「高瀬舟」は京都市の東、加茂川に平行して走る運河「高瀬川」だが、同じ運河ながら「西高瀬川」は保津川下流、大堰川の嵐山渡月橋近くから取水し、嵐山を起点とする三条通り(東海道の源点)に沿って西から東に千本三条まで5.7kmを真っ直ぐに走る。1863年に開削された。以後明治に入って延長工事し、その先を直角に曲がって南下し、東向・南下を繰り返して最後には鴨川に合流している。


私は子供の頃、嵐山大堰川を見下ろす小倉山の展望台から、長い筏がゆっくり流れて来るのを見たことがある。6~7本の丸太を横に並べ、5~8組を縦に結わえたもので、先頭と最後尾に菅笠を冠った人が竿を持って乗り、下って来る光景を強烈に覚えている。恐らく、大堰川で筏の運行を直接見た最後の世代だろう。ただ、西高瀬川での筏運行は見たことはない。私が産まれた頃に、西高瀬川と交叉する天神川が天井川だったので度々水害を起こしたため、天神川を深く掘り下げた結果、西高瀬川の豊富な水量は天神川に雪崩落ちてその先の水量が激減したためである。


それまで筏は千本三条近辺で解体され集積された。その前の西大路三条から西高瀬川に沿って千本三条まで多数の材木集積場が連なっていた。子供の頃、高く積まれた丸太の山に登るのは絶好の遊び場だった。この辺りはすっかり宅地に変わったが地主は殆ど材木商である。


木材は住宅や寺院建設など京都の発展やまた応仁の乱など度重なる火災での復興需要にも欠かせない重要な産業であった。それだけに発言力も強く、この辺りに「後院通り」を無理に捻じ曲げさせた背景があったに違いない。丁度今の京都市長が、室町や西陣の和服組合の圧力で毎日着物姿で登庁しているのと同じである。




碁盤の目の京都市街に唯一の斜めに走る通り



京都の市街地は、1200年の昔に日本の首都となった平安京の条坊制に基づく南北と東西に直交する大路小路の基盤が、その後の都市計画による拡張事業に厳格に維持されて、碁盤の目と呼ばれる現在の形になっている。その中に唯一、市内の中央部西側に斜めに走る道がる。


先日、朝日放送テレビの夕方の番組「なんでやねん」で、何故この道だけが斜めになっているかの理由を探る番組があった。千本通と三条通の交差点を起点に、急に斜めに東南に向かい四条通と大宮通の交差点までの距離にして僅か767mの道路である。私は起点の千本三条から程遠からぬところに住んでいたので、この辺りは良く知っていたが60年以上も昔のこと、テレビに映る光景を懐かしく見たが、その後の様変わりにも驚いた。


日本で初めて市電という路面電車を走らせたのは京都だった。市街の条理の主な道路に市電の線路を網の目のように張り巡らし、市民の重要な足になった。この路面建設時、千本通りを南下して三条通りに至った先は、昔から多くの材木商店が狭い道を挟んで立ち並び、市電が通れる程の幅に拡張することが出来なかった。止む無く千本三条から左斜めに大宮通りにつなぐ道路を建設し、中程に市電の広い車庫を設置した。何が幸いになるか判らないもので、全国でも最長の営業路線に成長した市電の重要な拠点となった。壬生車庫と称し、斜めの道は「後院通り」という正式名称がありながら、我々近隣の住民しか知らず、「車庫前通り」が一般名称であった。



テレビの「なんでやねん」はここまで解説して市内唯一の斜め通りの由来を説明したが、では京都市民が挙げて支援した市内のインフラ整備に敢て反抗し、道路を無理に斜めに曲げさせた千本通りの材木商の由来、市街地の中に何故かかる材木業界が集中しているのかまで追及しなかった。これには、その界隈に住んでいる人しか見聞きしなかった、斜め道路の背景以上にテレビの題材になる面白い話がある。私もそれを知る古老の一人となった。歴史の足跡を残すため、次回のブログでこの話を取り上げる。





この写真は何を写したものか?


鰐の子は何匹?.jpg

ノーヒントで上掲の写真を眺めて、何を写したものか判る人が何人いるか。私の第一勘は美味しそうなプリプリした海老が寄り集まっているという印象だった。その数の多さに目を奪われて、手前のグロテスクな物体は川底から頭をだしている岩にしか見えなかった。


正解は絶滅危惧種に指定されているインドガビアルという名の鰐の赤ちゃん達で、全面のグロテスクな顔は父親鰐である。掲載記事には「この写真に写っている鰐は何匹?いくら時間をかけても良いので数えて見て欲しい」とある。高齢者運転免許更新前の認知症試験のように、30秒眺めてから、後で思い出させるような意地悪な設問ではない。


親鰐は子供達を守ろうと周囲を警戒している。多くの四つ足動物が赤ちゃんを運ぶ時と同様、鰐も子供達を大きな口の中に入れて運ぶが、このインドガビアルは鼻の先にある口の端が盛り上がっているのが特徴で、そのため子供達を口の中に入れることが出来ない。子供達は親の頭や背中に掴まって守って貰っている。


この鰐は淡水の中で住むが、川がダムや灌漑用の堰で流れをせき止められて行くので棲息地が減少している。従って種の数が減り、今では実際に野生の棲家を見ることが殆ど出来ない。ロンドン自然史博物館にあるような標本の形でしか見ることが出来ないが、今回はプロの写真家が偶然に現場に遭遇して撮影した貴重な映像で、今年の野生生物写真家コンテストで大きな注目を集めている。


入賞作品は10月13日に発表される予定で、10月16日からはロンドン自然史博物館で企画展示も行われることになっている。


出典:BBCニュース(こちら英文)



メーカの開発努力による成果が食い物に



今年の10月1日より酒税法の改訂で、ビールは減税されるが、第三のビールと言われる新ジャンルは大幅増税となる。昔からビールの税額は高く設定されており、350㎖缶入りでは平均販売額195円の内、税額は77円、実に約40%が税金である。


若者のビール離れの傾向に危機感を持ったビールメーカは、法の規定を巧みに潜り抜けて、税率の低い発泡酒を開発し売り出した。従来のビールと比べ遜色のない味と喉ごしでブームを起こし、価格の安さと相俟って従来のビールの売り上げ量を凌駕する人気商品となった。これに目を付けた財務省は発泡酒の税率を上げ、小売り価格で従来のビールと変わらなくなった。この時点で既に財務省はメーカの汗水流した開発成果を机上計算するだけで失敬していたのである。その結果、発泡酒の売り上げは激減した。


メーカは発泡酒の販売減を補うために、更に新製品開発努力を重ねた結果、税率の低い新ジャンルと呼ばれる第三のビールを開発した。庶民は少しでも安いビールを求めた結果、その遜色のない味が人気で、たちまち販売量でビール・発泡酒を追い越した。


第三のビールが好調と見て、財務省はこちらに目を付け、10月1日より1缶当たり税金10円の値上げを行う。その代わり、従来高率だったビールの税金を7円引き下げる。これで、ビール離れの傾向を少しでも改善し、売り上げ好調な第三のビールから税金を取り立てる算段である。


どんな業種でも、メーカは新製品開発に多大の投資を伴っている。第三のビールの現在の好調な売り上げで初期投資が回収されたかどうかは判らない。しかし今回の大幅アップの結果、最終販売価格がいくらに設定されるか不明だが、過去の発泡酒の売り上げ急減の二の轍を踏みそうなのは目に見えている。


コロナ禍で業務用ビールの消費が激減、第三のビール値上げで庶民の需要が減れば元も子もない。お役所も取れる所から取る安易な姿勢を脱却し、もっと庶民の立場に立って広く消費を喚起して経済発展に寄与する政策が立案出来ないものかと思う。




未解決の不祥事を残して辞めた首相



米国トランプ大統領が安倍首相辞任に対し最大級の惜別の賛辞を寄せたこともあってか、欧米のメディアは概して首相の業績を評価する論調が見受けられるが、その中でNYタイムズが「安倍晋三、数々の不祥事の跡を残して辞任」と相反するような表現の見出しで記事を掲載したのが目を引いた。


いきなり本題を離れるが、この記事は毎日メールで送られて来るNYタイムズの見出し一覧から見付けたものだが、記事そのものは同紙と提携している他紙からの転用である(こちら)。NYタイムズから来信の見出しをクリックしても記事は一瞬にして消えてしまう。今は有料購読(と言っても週50セントだが)でないと読ませてくれない。そんな訳で同じ見出しで検索すれば提携他紙のサイトから同じ内容が見られる。


記事は、安倍首相が慢性的な持病に苦しんでいた事実を述べているが、にも関わらず休みも取らずに働き続けたとの公式発表にいきなり疑問を呈している。「この発表には不審がある。国民にはコロナ対策や経済再生で首相が働き過ぎた印象は全くない。むしろ何もしなかった」と手厳しい。


次いで、森友学園・加計学園・桜を見る会問題で、疑惑を解明する姿勢は全くなく証拠隠滅の形跡が次々と露呈。次いで、河井案里議員を当選させるため1億5千万円を投じて支援した、憲法を無視して臨時国会開催の野党要求を拒否したなど、我々日本人は誰でも知っている不祥事が次々と登場する。記事の最後は、「はっきりしていることは、これら数々の不祥事に対する国民の説明責任要求を避けて、慌てて官邸から逃げ出したことである」と決め付けている。英文での記述だけに新鮮味すら感じさせる。


流石にNYタイムズらしい論評と感じ入ったが、記事は上智大学政治学教授中野コウイチ氏の寄稿とあった。今までは国際的な発信は皆無だった日本から、海外には知らされなかった日本の恥部を吐露して国際世論に問う姿勢と、その記事を受けて立ったNYタイムズの姿勢を賞賛したい。